第23話 ブラックマーケットへ行こう(3)

 闇市ブラックマーケットの中の開けた区画に、露天商が所狭しと売り場を開いていた。商人のために空き地が用意されたのか、彼らが先にそこを占拠してしまったのか。テント、簡易商店、牽引式の荷台、ただのゴザ敷き。様々な形式で売り場が作られ、これまた商店街と同様に様々な商品が陳列されている。


 医薬品、機械、食料、骨董あたりは理解できるとして、鈍い輝きを放つ鉱物や、無造作に瓶に詰められた液体、植物に動物といったナマモノとくると、もうどんな用途か判らない。

 そういうのは、いずれも闇市なのだから、公に取引できる物品ではないのだろう。そして、それを買い求める客の多い事と言ったら。様々な人種でごった返した様は、こちらこそが闇市の本流なのだと理解出来た。


 他にも変わり種として屋台が並び、料理が出されていた。自動調理器やフードプリンターの類ではなく、鉄板でスパイスと炒めたり、大鍋で煮込んだりする本物の料理だ。匂いからして如何にも濃い味の、B級グルメめいたやつが漂っている。


 機能の少ないフードプリンターで我慢しながら航海しているような船員なら、ひと嗅ぎで精神抵抗に失敗して貪り食うことだろう。そして実際、海賊船の様な生活水準は二の次にされ易い船舶の食事事情は悲惨だ。


 藻だのプランクトン由来のペーストだのをメインに、機械がプログラムに添って加工するわけだが、安物のフードプリンターあたりになると、多色刷りの立体を食事として出力するモノすらあった。

 近くの屋台にも航海で舌が摩耗した船員らしき客が詰め寄せ、一心に何かの煮込みをスプーンで掻っ込んでいた。


 もっとも、シンも食事事情はタマさんの監視のお陰で愉しみが少ないので、この匂いにはかなりの我慢が必用だ。なるべく意識しないようにしながら、彼をここまで引っ張ってきた少年商人ミトに確認する。


「それで、何を探すんだい?」


「それの有無は直ぐに解るんだけどね……」


 ミトは後ろに控えたカークに目配せする。

 ごつい黒服のサイボーグ男が頷くと、こめかみの辺りに指をあて、周辺をしばし見渡した。サングラスに見える多機能センサーに、何度か赤い光が灯っていた。それから首を横にふり、野太い声が淡々と報告する。


「波長は検知できませんな。現在、この場所に、現物は無いようです」


「あったらあったで事件さ」

 ミトは歳不相応な乾いた笑みを見せたかと思うと、それを引っ込め、手を合わせてポンと音をさせた。

「さて、じゃあ次はいつも通りの聞き込みだ。カークとスーはそれぞれ回ってくれ。ボクはシンに護衛して貰うから」


 それは大胆な人数割りだったようで、もうどう見ても護衛な二人は色めき立つ。スーは寡黙なのだろう、態度だけだったが、カークが待ったの声を出した。


「それは承服しかねます。シン少年は専門家な訳ではありません」


「そのための強面のアンドロイドだろう?何かあれば、すぐに通信を入れるさ」


「……スーをあまり離れないようにさせます」

 そう言ってからカークは闇市の奥へ消えた。スーの方は去り際、シンの肩に手を置いて初めて口を開き、ハスキーな声で囁いた。


「キミはわたしと同類だろう。機械だけでない、ウェットの感覚を信じなさい」


 ウェットの感覚とは何なのか見当もつかないが、ぐっと近くで感じられたお陰か、彼女が最初にこちらへ向けていた視線の意味は理解できた。アレは密林の奥でこちらを窺っていた獣と同類の目だ。

 いや、人間と猛獣が一緒の訳がない。なら獣人類セリアンスロープ種はどうなのか、とか言い出ししたら、今度はセンシティヴな話題になってしまうのだが。


『だからウェットなのか……?センサーでなく、血の通った感覚……?』


 解ったような、解らないような。

 とりあえずシンはアンドー1号へ、不審な動きをする者を知らせるように告げると、ミトの先導で露店市をまわる。彼が何を探しているのか話される事は無く、この時ばかりはちょっと申し訳無さそうに、


「しばらく辺りを見張ってて貰えないか?」


 そう言うと、幾つか露店の中でも大きな場所を選んでは店を覗き、店主と世話話しを始めるのだった。


 聞くとは無しに聞いていると、それがまたミトの知識量の豊富さを思わせる内容で舌を巻く。それとなく店の主に声をかけ、売り物の問い合わせから始めるのだが、機械、薬品、織物、骨董、酒と、どんな商品だろうと造詣が深い。そうして話が弾むと、景気や星系の治安のようなちまたの動向に話しが移る。


 ひょっとしてミトも何処かで機械知性がサポートしているのだろうか。だがそうだとしても、本人の理解がなければ知識の活かし様がない。

 そうして話の最後にはきまって『金を積んだ難破船のような、景気の良い噂話は無いかな』と軽口をたたいていた。


「そんな上げ膳据え膳みたいな獲物の話があったら、この辺の海賊連中が黙っちゃいねーよ」


 今度もジャンク屋のオヤジがそう笑い飛ばすのを聞いてから、ミトは露店から離れた。そしてシンと目が合うと、徒労からか小さく溜息を吐く。


「まぁ、こんなところかな。少し疲れたよ。何か食べようか……護衛役のぶん、ボクが払うよ」


「そりゃあ、ありがとう……」

 労いの言葉でもかければ良いのか。戸惑うシンの脇をミトはすたすたと抜けて歩いて行く。足早に追いかけて、

「探し物は?もう良いのか?」


「それで見つかるなら、とうに見付けてるね。この星系の経済状況とか、ボクが知りたい情報は聞けたし。あとはカークとスーも、自分の分野で情報収集しているだろうし。だから今日のところは、こんなトコだ」


「今日のところは?」


「この闇市にカークの知己がいるそうでね。込み入った話も聞けそうなんだ……あぁ、シンもここで買い物があるんだっけ。よければ、仲介業者を紹介して貰えるように、一緒に掛け合おうか?」


「ありがとう。でも、俺も人の紹介で来ているから、お構いなくだ。明日、会う予定になってる」


「なるほど、流石に個人業者がそこまで不用心じゃないか……あっ、ここ、良さそうかな」


 ミトが唐突に足を止めたのは、むわりと甘い匂いの立ち込めた屋台の前だった。布張りの天井の側面にはデカデカと『名物、ヘキチナ揚げ』とイラストされている。


 てっきり脂とか香辛料とかを効かせた屋台を思い描いていたシンだったが、頭脳労働をしたミトには甘味の方が良いのだろう。匂いに辟易しながら店の中を覗くと、密閉型の大きな業務用フライヤーが稼動していた。生地の入った籠を入れれば、油を含んだ熱風が駆け巡り、カラリと揚がるという寸法だ。これなら宇宙施設でも空気を汚染せずに使用できる。


 勘定を済ますと、早速フライヤーから熱々の、石くれの様な物体が出てきて手渡された。なるほど、惑星【ヘキチナ】の赤茶けた荒野の石を連想させる。穀物の挽き粉を水で練った生地に、ド甘いシロップを練り込んだ揚げ菓子だろう。

 シンの中の三浦真の認識では、ドーナツ的な物って宇宙のドコでもあるんだなぁ、だった。

 少年二人、露店市の道端で、湯気をたてるドーナツにかじりつく。


「むっ……」

「甘いなぁ~」


 どちらが、どう言ったものか。いずれにせよ二人とも、苦笑いに近い表情を浮かべている。


「これは、アレだっ」

 シンはくらくら来る程の甘さを堪え、ペースを乱さずにかじりながら言う。

「甘い物も無いくらいの劣悪な船の乗組員向けなんだ、きっと」


「……ボクは以前に蒸し暑い星で、このテの揚げ菓子がシロップに漬かったのを食べた事がある。歯の根が浮くと思うほど甘かったが、酷暑の中で体力維持に良いらしい。寒い星でも甘味は濃い方が好まれたな」


「ごもっともな事言ってるが、口が止まってないか?」


「……ムリは禁物だよ?」


「こういうのは、一度止まるとツラいんだ」


 シンは言いつつ、早くも最後の一欠けを口に放り込む。早食いの鉄則というか、標準型配食パックを食べるにあたってのテクニックだった。それから糖分でべとついた指先を舐めて、


「しかし、色んな星に行ってるんだなぁ……もう、長いの?」


「そうだね、もう、結構……会社の運営に必要なモノなんでね」


 ミトはヘキチナ揚げの隅っこを齧りながら、ぼつりと答えた。

 若旦那が留守にして、ずっと必要な何かを探している――そんな会社があるだろうか。だが宇宙は広い。どこかに、そんな会社があるのかも知れない。もしかしたら、それは会社という言葉でなく別の――


「なぁ」

 ミトはドーナツにジッと目を向けながら、唐突に問い掛けて来た。

「キミは、自分のいる世界を壊して宇宙へ出たんだろう?その瞬間、どんな気分だった?」


「そりゃあ……」


 シンの目は空を見上げ、ジャングルから宇宙へと翔け上がった日の、深い蒼さを思い出す。

 あの時は大したハイ・テンションだった。自分を恨んで海賊と共にちょっかいを掛けて来た元同級生を、思わず盛大に煽り散らかした。でも、そういう事を聞きたいのでは無いのだろう。


 ならばミトの問いは、自分のいる世界を壊した、その時の事だ。シンは【ヘキチナ】の赤土に視線を戻し、面白くも無い記憶に目を細める。


「……無我夢中で細かな事はあまり覚えてない。気が付いたら、俺を痛めつけようとしてた同級生が、くの字になって呻いてたよ。そこから直ぐに身柄拘束されて、鎮静剤うたれて、簡易裁判まで意識が朦朧としてたなぁ……」


「ひどい話だ……まともな裁判を受ける権利もないのかい」


「俺のいたところは植民惑星の自治政府だったからね。宗主国が認めた分の権利しか与えられて無いし、あったとしても専門家を養成する機関が無い。あの時の裁判官だって、通信教育で宇宙家族法を収めた程度じゃないかな。AIじゃないだけマシだよ」


 それは地方星系が抱える格差問題であるが、そう洩らしたシン自身、タマさんがいつぞや愚痴っていたのを受け売りで言っているだけだ。事態の重篤さを認識している訳でもない。

 聞かされたミトはそれでも唖然とするだけの知見があった。それだけに、ショックは隠せないようだったが。


「そ、そうか……その、シンの故郷で、キミみたいに宇宙に出る人は、どれくらいいるんだ?」


「俺みたいなケースはそうそういないと思うぞ?」

 シンはこの二年を振り返って苦笑する。

「何しろ受刑者からの惑星脱出だからなぁ……あぁ、俺の故郷、住民が外へ興味を持たないように情報制限されてるし、宇宙施設への就職も数が限られてるから、殆ど外へは出られないと思うよ」


「すまない、聞いたボクが間違ってたッ」


 ミトは思わず顔をあげてシンの方を向く。ちょっと思い詰めたような空気があった筈が、手ひどい地方星系の現実に、すっかりと有耶無耶にされてしまった。

 シンとしては、何か居たたまれない。


「こっちこそだよっ。何というか、求めていた答えじゃないよな、これ……?」


「いいや、やはり人は易々と生きる場所を変えられるモノじゃないな」


「良いのか?あくまで個人の意見だぞッ」


「ああ、貴重な個人の意見だったよ」


「多くの人をつかう立場なんだろッ?もっと……こう、色んな意見とか聞いたら良いんじゃないかなぁっ」


 慌てるシン。どうにも、人の上に立っている少年に、雑な意見を吹き込んでしまった感が否めない。軌道修正をしようと口添えを繰り返すが、ミトは何がしっくり来たものか、微笑みを浮かべてシンの説得を聞き流している。


『あ~、もぅっ?!』


 内心で憤慨したのが調度タイムリミットだった。不意にアンドー1号に肩を突つかれる。


「なにっ?」


 ちょっと邪険になりかけたが、アンドー1号のセンサーアイが色を変えながら明滅を繰り返し、緊急性を伝えて来るのに気付いて、ハッとなる。続けて彼の指先に視線をリンクさせ、顔は動かさずにさりげなく周辺確認を行う。


 雑踏に混じり、次々とガラの悪い男たちが輪を狭めて来ていた。その中には先程、シンを騙そうとしていた商人の顔もあった。

 ひゅっと感情が引っ込んだように、シンの表情が引き締まる。目の当たりにしたミトも異変に気付いた。


「どうした!?」


「さっきの泥棒商人ヤロウ、仲間を連れて来た。囲まれてる。すまない、巻き込んだみたいだ」


「なんだって……?!」

 ミトもぎょっとしながら、シンを真似て目線だけ左右に送るが、

「んんっ……見えないな。というか、誰も彼もガラが悪くて区別が付かないッ」


「とにかく離れよう。着いてきて」


 言いながら立ち話をしていた道端から離れる。例によってタマさんがいないので、視覚に敵認定表示が出るような支援はない。借り物のスマートグラスならそれくらいの識別機能がありそうだが、残念ながら使い方が解らなかった。結局、急ぎつつ、さりげなく、怪しまれないように行動しなければいけなかった。


 だがそれが、そもそも難しい。

 三浦真のイメージで語るなら、年末のアメヨコ、年始のカワサキダイシやナリタサン、はたまた連休のイセジングウの通りを歩くのだ。


 路地は人通りの多さに隘路と同然になり、各自が勝手に露店で止まるから、遅々として進まない。はるか先で一人が立ち止まれば、それを避けたりする者の急な動きが連綿と伝播し、巡り巡ってシンの目の前の人を立ち止まらせたりする。

 慌ててミトの二の腕を掴んで二人で横に避けると、移動した先の人込みからヌッと手が伸び、少年商人を掴もうとした。


「えっ?!」


 シンは我知らず間の抜けた声を出しながら、その手を下から綺麗に打ち払う。


 いつの間にかガラの悪い連中の一人に接近してしまっていた。あるいは好機と見て、一気に距離を詰めたのかも知れない。

 続け様に伸びて来る無遠慮な腕を素早く引っ掴み、逆に引き込みながら足元を刈って、自分の前に引き倒す。すかさず鼻面を靴先で蹴りつけた。


「ぎゃっ?!」


 悲鳴があがり鼻血が飛び散る。出会いがしらに派手な出血をしたそいつは、戦意を根こそぎ奪われた。


 人込みの中、誰もが何が起こっているのか、正確には判っていない。混乱のうちに、そいつを跨いで越えて先を急いだ。

 あっ、と言う間の早業にミトは感歎の声をあげる。


「お見事ッ!凄いじゃないか、驚いたよ」


 そうは言われても、つい先日に逆にあっと言う間に”のされた”シンとしては、あまり嬉しくも無い。眉間に皺を寄せ、


「相手の人数が少ない今のうちだよ。囲まれれば、地に這いつくばるのはこっちだな……そうなったら、最悪、俺を見捨てて走るんだ。あいつらは俺に用が有るんだろうから」


 前を向いたまま剽悍にも言ってのけたシンの顔を、ミトは驚いたように見つめた。それから緊迫する場に不釣り合いな、いたずらっぽい笑みを浮かべると、


「いや、天晴な心意気だ。その高潔さは尊重されるべきだけど……まことに残念だが、たぶん彼らの狙いはボクだ。ゴメン、巻き込んだみたいだ」


 最後の一言は先程のシンを真似ていた。それを聞かされたシンは一度だけ振り返ると、『え~』という顔に崩れはしたが、何とか緊張を保って前を向きなおす。


「……根拠は?」


「包囲を狭めてるゴロツキ連中は見えなかったけど、ボクを追ってる連中が混じってるのは見えた。シンに声をかけてた商人が意趣返しに大動員するよりも、奴等と繋がりがあったと考えた方が自然だよ」


 確かに、自分とアンドー1号相手に大人数を手配しても、見返りは微々たるものだ。ならばミト一人の見返りはそれに叶うくらい有るのか。なぜ、と考え出すと、嫌な予感しかしてこない。


「試みに……キミに用事があるのは、どんな人たち?」


「多分、今は真後ろから追い駆けて来てるかな。黒毛と茶虎の獣人類セリアンスロープだ。顔の毛の一部を青く染めている。あれは宇宙海賊【青髭同盟】のシンボルだよ。ボクのあ……同業他社が、そいつらと取引をしてるんだ」


 ミトは何かを言い直していたが、それどころでないシンだった。

 宇宙海賊【青髭同盟】。当面の目的地である艦長【0567$^0485】の艦が隠された宙域を、現在実効支配している海賊団の名前だった。

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