第22話 ブラックマーケットへ行こう(2)
バーテンダーに紹介された宿は通りに面した三階建ての低階層ビルだった。入り口の立て看板には格安の値段が提示され、シャワー付き、銀河ネット利用可能との謳い文句。いわゆるドヤ街の、ぎりぎりビジネスホテル。
タマさんは部屋で情報収集。アンドー1号を護衛にして、シンはホテルの通りにある商店を回る。経済活動を肌で感じるため、日用品を自分で買い求めに行くためだった。当然の如く、シンに気付かれぬよう、アンドー1号経由で全ての情報はタマさんにリンクしている。
多分、本人に自覚のないまま、着々とダメ人間製造機の傾向が進んでいる。
宿のある通りには製造メーカー直営や子会社の中古車・中古船のショールームもあるので、この辺りはまだ
小さな戸建ての間口を、幅一杯に取って売り場にした商店が立ち並ぶ様は、三浦真の知識では『ウエノのアメヨコっぽい』というイメージだった。
衣料品、食料品、医薬品、生活雑貨の店が並んでいるかと思ったら、工具に工作機械、電化製品に電子機器、分析機械の店まである。そのうち無造作に軒先に宇宙船の機能モジュールの基盤や、レーザー発振器の偏光レンズに、プラズマ推進器のノズル、はたまた反物質の保管容器まで並び始めた。
「……あの金属球はどう見ても小型反応炉の圧力殻だよなぁ。こりゃあ、技師でもいたら商店街の売り物だけで宇宙船が組めるんじゃあ?」
シンの軽口の背後でアンドー1号が手を横に振って否定していたが、大型船舶の機関長ともなると、車輌くらいは自分で組み立てられる知識があるとも言われている。
まったくカオスな空間だった。何でもありそうだが、一々全ての店舗を回っていては、時間がいくらあっても足りない。ひとまず喫緊の目的である肌着と普段着を探すことにする。
惑星【労働1368】での国民服であった作業着のイメージが強いので、ファッション的なセンスは限られている。つい見慣れた服が並んだ現場系の星間アパレル企業の店舗に入ってしまった。
「この二年間、肌着なんて獲物から精製機で分別した繊維を、タマさんが加工した物だったからなぁ……ずっとタダかと思ってたよ」
100%天然物による手工品なので、考え様によっては手間暇かかった超高級品だ。PDAには他にもタマさんの見繕った普段着のコーディネートの例が送られている。
概念的には殆ど『母の見繕った服』であり、一般的な思春期的にどうかと思われるが、その前段階が管理社会の歯車だったもので、一般とか大衆とかいう概念にイマイチ疎い。なので、選んだ普段着もカーゴパンツとか気化熱素材の多機能シャツとか、アウトドアで便利なウィンドブレーカーとか実用重視で次々、買い物かごに放り込んでゆく。
宿を出てから小一時間もする内には、買い物袋をアンドー1号の胴体内に押し込み、当初の目的を達していた。
なお、荷物を詰め込まれたアンドロイド内の空白部分は、現在未使用の装備用ペイロードである。主人の荷物なので、アンドー1号は『用途的には問題ナシ』、と自分の電脳を納得させていた。
そのアンドー1号であるが、不意に一件の雑貨屋を指さす。意識するとシンの目は
「……花?」
とシンが呟いたのは、鮮やかな色合いの布を摘まんでこしらえた、花弁の髪飾りが見えたからだ。女性物の飾りだが、タマさんに、という勧めでも無いだろう。すると尚のこと、彼の言いたい事が判らない。
不思議な顔をしているシンの手をアンドー1号が指さした。
「あぁ、またPDAを意思表示に使うのか。キミ……本当に非対話型アンドロイド?」
冗談めかしてタッチパネルを差し出すと、またもアンドー1号は産業機械のように素早く人差し指を上下させ、情報を呼び出した。画面には【ヘキチナ】で最初に訪れた、あの林の中の集落の位置情報が表示される。それでシンはピンとくる。
「そっか、あそのこの宿の女の子に調度良さそうだね」
シンの顔に淡く、苦い色が浮かぶ。宿の孫娘の母が本当に家庭を捨て、集落を去ったのかは判らない。それは本人に会えないのだから確かめようがないし、孫娘の便りが入った記録チップもヴィクトルに破壊されてしまった。これでは依頼失敗だ。
「うーん、あの
どうにも煮え切らない主人の前で、アンドー1号はタッチパネルを手際良く操作すると、驚くべき速さで手続きを進め、後は承認ボタンを押すだけの画面を見せて来る。シンは目を見張った。
「えっ?!宅配オプションを指定して……簡単な謝罪の言葉を付けたカードを同梱するのか!?なるほど、他に気の利いたやり方なんて思い付かないし……ありがとう、注文するよ」
シンは捻り細工の髪飾りの購入ボタンを押した。非対話型のアンドロイドと言うが、アンドー1号にとっては人間のやる事なんてパターン化されているのだろう。むしろ彼の方が社交的とすら感じる。あと宿の部屋でリンクしているタマさんは、思わぬアンドー1号の機転に、自分のお株を奪われたと歯噛みしていた。
「さてと……」
差し当たっての目的と、意外な気掛かりが解決し、シンは何となく手持無沙汰になる。なら軽くお茶でも、という気分でもない。直前に酒場で出されたジョッキ一杯のミルクもまだ腹に残っていた。
通りの端に立ち止まり、見るとでもなく商店街の様子を見渡す。
相変わらず客層はバラエティに飛んでいる。ほぼテラ人の入植地である【労働1368】では、ついぞ見れなかった光景だ。同じ人間種でも小柄な【ヘキチナ】人と、それに輪をかけて背の低い者に、逆に見上げるような長身痩躯の者。獣人種にもテラ標準単位でケモ度10%~60%くらいの人々がいて、アンドー1号のようなアンドロイド達も人々に付き従っている。
以前のタマさんを思わせる非人型ロボットも見えた。キューブ型や円柱型が店番をしている。
ふと、アンドロイドを見て思い出したことがあった。
「そういや、アンドー1号は武器も扱えるんだよね?」
首が無いので上半身ごと頷くアンドー1号。
「そう。じゃあ大きな武器を一丁買えば、宇宙軽トラの武装に出来るかな。もちろん、恒常装備じゃなくて、ひとまずの武装としてね」
宇宙船ゴッコやろうぜ!お前、剥き出しの銃座な!なんて幼年学校の虐めっ子じゃあるまいが、あいにくと空間的余裕の無い宇宙軽トラなので、いたって本気だ。
この件に関しては圧縮空間ペイロードは何の優位性も無い。不可視の一点として仮置きするだけで、積み荷の柔軟性ある運用は不可能だった。
一方アンドー1号は主人の無茶ぶりに、ちょっとセンサーアイを七色に変えながら演算を行っていたが、答えが出たのか、PDAのタッチパネルを叩くと銀河ネット上の画像を探し出した。
「おぉーっ」
とシンが瞠目したのは、何処かの戦場の記録画像だった。
大気の無い岩石の星の上で宇宙をバックに、アンドー1号と同型だろうか、肩から上が平らになったアンドロイド達が並んでいる。手に手に、人間には箱モノ家電の様なサイズの大きな機材――おそらく武器を、軽々と構えていた。
どれほどの威力かは判然としないが、少なくとも宇宙軽トラの荷台の何処に、小出力のレーザータレットを乗せようか、とか考えるよりかは実現性がありそうだった。
「同型機かい?きまってるねー」
いかにも少年らしい感想に、アンドー1号はいつものようにサムズアップを返した。
と、ここまでが、この二年で当たり前になっていたシンと非対話型アンドロイドとの遣り取りだ。だが世間的には、これはちょっと珍しいものだった。
明確に機械知性やロボットを道具として扱うのは【星間連盟】だが、それより機械知性の社会進出が進んでいるという【宇宙協商連合】でも、言葉を発しない類のアンドロイドに一方的に話しかけ、笑っているというのは、不思議なお子さん扱いされてしまう。
おりしも、ここは闇市だ。辺境惑星の人目を避けた地面の下、宇宙海賊たちが御用達にする悪所である。
アンドロイドに一方的に話しかけているおかしな子供に、忍び寄るように影が湧いてくるのも、無理からん話だった。
「やぁ旦那、アンドロイド用の武器を探してるのかい?」
いつの間にかシンの背後に迫った男が、気安げに声をかけて来た。
ボロをまとい、ギッシリと機械や工具が詰まったカートを曳いていた。目深に被ったフードの下の顔は人間だが、油断なく顔色を窺うような目は、隙を探す森の狩猟者のようにも見える。
口振りから行商の類と思われるが、
男にとっては初見でそう見られる事は想定内だったのか、構わずに”商談”を始める。カートに押し込んだ機械類の山に手を突っ込んで開くと、
「ほら、武器あるよ~。重ブラスターにプラズマランチャー、車載サイズのコイルガン。大口径ニードルのボルトキャスター。どれもジャンク品だが、どっかの星系軍の放出品だ。戦闘能力のあるアンドロイドなら、武器の保守機能で修理できるだろ。中古の美品を探すよりお得だぜ」
ジャンク品!そういう商売もあるのか。シンはちょっと感心しつつ、こういう時、すぐに真偽を検証してくれるタマさんがいない事を実感する。だが養護教導型機械知性がいないので判断できませんでは、あまりに、これから先が思いやられるというもの。よし、と腕まくりする気分でシンはアンドー1号に問い掛ける。
「どう?選別できそう?
アンドー1号はすぐには反応せず、しばし間を置いてから、上半身全体で頷いた。
サムズアップじゃないんだ。シンはちょっと引っ掛かるものを感じたが、それ以上深くは考えなかった。
ジャンク品の山へアンドー1号が手を伸ばす。商人らしき男が誰にも見えぬフードの下で口角をあげた。
「……お兄さん、停止指示を。そんな事したら、ウィルス送り込まれてアンドロイドを奪われるよ」
背後から穏やかだが、確かな意思を感じさせる声がした。シンは失念していた可能性に一気に肝が冷える。
「ストップ!アンドー1号ッ!?」
アンドロイドはまるで意図していたかのように、指示から誤差なく手を引っ込めた。彼はその危険性に気付いていたのかも知れない。だからシンの指示に対する反応が、いつもと違っていたのかも。
だが機能として対話する事のないアンドー1号は、シンの命令に従うよりなかった。彼らにとって、検討や検証は命令する側の役割だから。
一気に自分のしくじりを理解し、シンの顔がくしゃりと歪んだ。それから奥歯を噛みしめて表情を無理にでも引き締め、その場から横っ飛びに跳ねる。前の商人の方でなく、後ろの助言らしき声でもなく、双方から距離をとった。
「アンドー1号、俺に追尾と護衛……別名あるまで継続ッ!」
アンドロイドへの指示も付け加える。それを忘れたら、自分もアンドー1号も危険に晒してしまうと、今、思い知った。
シンの着地場所のすぐ前に、アンドー1号が大股で位置取る。都合、アンドー1号を楯にして、ようやく状況を確認できた。
商人は舌打ちをしながら荷物をまとめ、ボロを翻して逃走に入っていた。どうやら本当にウィルスか何かを仕込んだジャンク品だったらしい。
それから背後からの声だが、そちらには三人の人影があった。人間の子供、男、女。組み合わせ上、親子と言う認識が普通だと思ったが、どうもそうは見えない。
声は三人の中で子供が発したものだろう。その子供が真ん中で、あとの二人は三歩後ろに従っているような印象だった。
『……どういうこと?』
と思ったのはシンでなく、アンドー1号とリンクし、逐一状況をモニターしているタマさんである。もちろん、あのままアンドー1号にウィルスが侵入しても無事なよう、念入りに防壁を準備していた。だが、これは、
『もしかして……また、見せ場を奪われましたかッ!?わたし?!』
彼女的には一大事であった。
~ ~ ~ ~
やわらかな赤髪の少年だった。背丈は成長期のシンより大分低いので、歳の頃も少し下だろうか。だが瞳には少年に不相応の落ち着きがあった。線は細く、肌白で目鼻立ちが整っている辺り、農民奴隷やゴミ山採掘者のような生活は送っていないだろう。
男は長身で黒のスーツを着用し、金髪を短く刈り上げてサングラスを付けていた。手も黒グローブで、絵に描いたように堅気と言う印象がない。
女も同様だった。女性物のパンツスーツにミラーシェード。ただ、肌は浅黒く、頭の後ろでアップにまとめたブロンドと、男の方と違って現実味はある。また、反射コーティングのグラスの向こうから、こちらを窺う視線を確かに感じた。
それで少年を前に据えて、大人二人が後方左右に控えているのだから、やはり親子という位置関係ではない。では何なのか。さっきの商人に引き続き、こっちにも胡散臭さを感じつつ、シンはアンドー1号の前に立って軽く頭を下げる。
「ありがとう、お陰で大切な仲間をどうにかされずに済んだ」
「いやいや、ただのお節介焼きだよ。何か、最初の頃のボクと同じような雰囲気だったから」
赤毛の少年は微笑を返した。自然な反応で、まるで感謝の言葉に慣れているようだ。上流階級、とでも言えば良いだろうか。シンのまだ短かな人生経験では、初めてのタイプだった。
「それでも、助かったよ。俺はシン・ミューラ。宇宙生活者の成りたてだ。ここには船外活動用の装備を探しに来てる」
当たり障りない自己紹介だと思うが、それでも赤髪の少年はちょっと困った顔をした。
「ダメでしょう、そんなにホイホイ相手を信用して個人情報を洩らしたら。ここまでが僕の仕込みだったら、どうするの?」
目を細めて凄んで見せるが、あどけなさの抜けきっていない少年では、そういう顔はてんでダメだった。何よりシンの肝っ玉はジャングル・サバイバルで練りに練られている。だがそんな詐術の発想自体は無く、さっきのアンドー1号にウィルスを投入されかけた件も含め、感歎の溜息が出た。
「へぇー……確かに。でもまぁ、言った通りの宇宙一年生なんだ。騙されて損するほど金なんて持って無いし、いざとなったら俺の代わりに考える役がいるから、一目散に逃げろって指示が飛んでくるだろうよ」
まぁ今はいないんですけど。シンは内心でうそぶくも、実際にはアンドー1号を通して外付け思考回路であるタマさんが、現在フル回転している事までは知らない。
そして赤髪の少年はシンの威勢の良い物言いに、またも微妙な顔をする。
ただ若いだけでも商品価値は十分にある。機械力よりも奴隷労働力の方が安くあがるのが辺境星系であり、極端な話、若ければ臓器だけでもかなりの値が付く。サイバネティクス技術による代替臓器よりも、あくまで生物由来に拘る、そんな凝り性で迷惑な老富豪が幾らでも金を積むだろう。
そういう物騒な需要を理解しているのか。いや、でもブレイン役はいると言っているし。
赤髪の少年はちょっと眉間に皺を寄せたが、『まぁウチはウチ。ヨソはヨソだ』と最後には割り切る事を選んだ。
「うん、そういう心構えなら、まぁ、良いんじゃないかな……そういや、こっちの自己紹介が未だだったね。ボクはミト。惑星【H5】のTiリメーン特殊帆布の問屋の若旦那さ。こっちの二人は手代のカーク・サンダースに、スー・ケサンテラ」
カークのところで男の方が会釈し、スーで女性が目礼した。どちらも動きにキレがあり、目線はこちらから外れていない。少なくとも商人らしい愛想は素粒子ほども感じはしなかった。
ミトが苗字を含めたフルネームを名乗らないのも、さっきのシンへの忠告を反映させた、と言えばそれまでなのだが、どちらかと言えば身分を隠した少年とその護衛二人、と言った方が適切な気がしてくる。
『あー……タマさんがいないから、内緒で検証してもらう訳にもいかないや』
改めて養護教導型機械知性のありがたみを感じつつ、ミトと名乗った少年を胡散臭いとカテゴライズするか、否か、自分だけで決断しなければいけない。
もっとも、彼の一声がなければアンドー1号を奪われていたかも知れない。既にこちらは助けられた側だった。もう『えぇい、ままよ』と深く考え込まず、
「えぇと、それでエッチゴのチリメーン問屋さんが――」
「【H5】のTiリメーン特殊帆布、いいね?」
「アッハイ。それで、ここには商談か何かで?」
ミトの口振りには人をつかう立場の者が持つ言う事を聞かせる響きがあり、シンも用語の訂正で話の腰を折られた事もあって、つい
一方、ミト自身はそういう小市民的な反応を一向に解さないようで、言いたい事を言うようだった。
「決まった商談ではなくてね、探している物があるんだ。とても珍しい物だから、各星系を回って、こういう闇市や盗品市にも顔を出してる……と、そうだ!シン、これからあっちの露天市場に向かうんだけど、一緒に行ってくれないか?キミのアンドロイドは強そうだ。一緒に歩けば良い虫除けになる。キミもアンドロイドだけ連れて一人歩きするより安心だろう?」
いささか強引な申し出だったが、それよりもシンはアンドー1号が”一人”とカウントされていない事に、改めて世間でのロボット達の扱いがどういうものか気付いて衝撃を受けた。
黙したシンの反応を逡巡と受け取ったのか、ミトはシンの手を取って、
「さぁ行ってみよう。こういうのは自分に有利なうちに、なんだってやっておくモノさ。あぁ、それとキミも、目を隠した方がイイな。体格が良いから、それだけでずっと大人に見えるだろう」
そう言うと彼は後ろに控えているカークに目配せをする。手代として紹介された堅気っぽくない男が、スーツの胸ポケットから予備のサングラスを取り出すと差し出して来た。
シン的には強引な主人に何か言ってほしいとか、申し訳なさそうな素振りとか、それこそ小市民的な機微を期待したのだが、一向にそういう雰囲気もない。
『?……げっ』
そしてサングラスを受け取る際に見えてギョッとしたのだが、カーク自身のサングラスと思っていた部位は、肌と段差も隙間も無かった。サングラスでなく大型の多機能センサーが、人体に直接、埋め込まれているのだ。更によく見れば彼の肌も質感を似せた人工物で、多分、頭部全体がサイバネ部品になっている。
そこまで改造して顔面だけ、と言うのは機能的に有り得まい。きっと改造は全身に及んでいる。
シンが人間的機微を期待しようが、そういう反応すら表に出ないレベルでサイバネ化されている可能性まであった。
あと、受け取ったグラスは偏光膜によって紫外線等を遮断するというレベルでなく、着用の瞬間に機械的に全体の偏光率を変えて視界を確保するという高性能な物だった。視界がむしろクリアに補正されることに、シンの頬は引き攣る。
『これ知ってる、すっごい高いやつ……もしかして、あの泥棒商人に絡まれたよりも、遥かに面倒なことに巻き込まれてる……?』
深入りは厳禁、深入りは厳禁。シンは何度も念じながら、ミトの隣りに立って闇市の街を歩いて行く。その後ろに強面の男女と大柄なアンドロイドが続くのだから、ミトの目論見通り、威圧感を充分に稼げていた。
例えば路地の奥からスリや強盗のチャンスを狙う目もあったが、サングラスを着用したシンも背格好のお陰で大人に見られるのか、一行の中で急所に見える赤髪の少年へと、ちょっかいを出す踏ん切りがつかないようだった。
これ、むしろ悪目立ちしてるのでは?唐突な誘いに取り残され、宿の部屋でヤキモキしているタマさんは、単身、くさってたりした。
さてそれで自称商人であるミト少年であるが、なにか琴線に触れたものか、道すがらシンに色々と訊ねて来る。
「宇宙一年生って言ってたけど、どこかの貿易船の船員でもしてるのかい?」
「いいや。一応、船長ってことになる……のか?操縦席のキャビンと荷台の大きさが殆ど変わらない超小型船だよ」
持ち船と聞いてミトはへぇと感心する。
「それでも凄いじゃないか。あれ?でも船外装備を探してるって言ってたっけ?」
「言ったね。かれこれ一週間前に発掘したばっかで、最低限の宇宙生活品も揃ってないんだよ」
「発……掘?」
ミトは怪訝そうな顔をして、その言葉の意味を吟味する。さすがにカークとスーもざわついていた。まぁ普通の入手経路ではないだろう。
「ぜひ、どういう経緯だったか聞きたいな!」
好奇心を湛えたミトの上目遣いを受け、シンは発掘の顛末を語る羽目になった。
「その、あんまり面白い話でもないと思うのだけど……」
流石に多元宇宙の自身が垣間見えたら何かタガが外れました、なんて副題じみた話は出来まい。まるで電波を受信しているヒトになってしまう。
ならばそこは当たり障りなく、残った事実を搔い摘んで、『孤児が虐めにブチ切れて暴力沙汰を起こしたら、未開のジャングルに二年ほど送り込まれました』……と、これまたどう考えても障りしかない内容になってしまったのだが。
それから嘘にならない程度に真実をぼやかし、墜落船――【独機会】の巡洋艦――の発見や、機械知性――艦長【0567$^0485】――との出会いを経て、なんやかんやとあって、ここに至った事を話し終えたら、すっかりと引かれてしまった。
『当たり障りない話にしたのにっ……?!』
しくじったか、と内心で渋面をつくるシンへ、ミトは遠慮がちな笑顔を向ける。明らかに人をつかう側の彼だが、そういう気配りは出来る子のようだ。
「いや、何というか、思っていたよりも……凄かった。キミの乗り越えた試練を思えば、これからの航路が安寧である事を願わずにおれない」
「っ!?買い被りだよ。たまたま、目端の利く機械知性に力を貸して貰ってるだけだ」
シンがこそばゆそうに訂正するのを、赤髪の少年は微笑ましく見ていた。あと後ろの強面の二人もうんうんと頷いていた。それがまたシンの心根を、逆毛を撫でるように刺激する。
「お、俺の言う事なんて頭っから信じちゃ、騙されるんだからなっ!!」
「うんうん、そうだね」
ミトはいっそうニヨニヨした。
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