第21話 ブラックマーケットへ行こう(1)

『さっきは悪かったな。威勢が良いのは悪い事じゃない。だが体格差を埋めるには、まだまだ業前が足りないようだな。それで、翻訳ロボットから事情を聴いたが、宇宙に出たばかりだって?いろいろと物入りだろう、都合のつくマーケットを紹介してやるよ。詫びと言っちゃナンだが、遊び人のヴィクトルさんと名前を出せば、悪いようにゃならんだろ。それじゃあな』


 ヴィクトルと名乗った偉丈夫の姿が、携帯端末PDAの画面から消える。

 受け取ったデータが指し示す先は、惑星【ヘキチナ】の荒野のド真ん中だった。以前は露天掘りの鉱山があったらしい。そこを目指して星都を出てから、丸一日が経過している。

 宇宙港からの降下の際にも、惑星の自転速度を考慮に入れ、絶妙に上から見えない土地になっていた。民間機のフライト許可が渋かったのも、そこが原因かも知れない。


 しかし地図上ではあくまで無人地帯。

 どこが無人なものか。と、タマさんは憮然となる。先ほどから不躾なレーダー波や、赤外線アレイセンサーが船体を撫でてゆくのを検知していた。荒野のどこかに監視哨があって、近付く者を見張っている。

 とんでもないマーケットを紹介されたものだった。やはりあのゴリラ星人は凶悪な海賊に違いない。と、評価が低い事おびただしいタマさんだったが、シンの方の評価は複雑だ。


 苦も無くひねられた強者。が、そこに至った経緯に理不尽は無い。さりとて自分に非があったとも、微塵も思っていない。

 大人の都合。母親にも幸せを求める権利がある。子供も一個の人格。

 うるさい、知ったことか。生きているなら、ちゃんと育ててから言え。

 煩悶しながら宇宙軽トラを運転していると、タマさんがやれやれと首を横に振った。


「マスター、突然『僕は、あの人に勝ちたい』とか言い出さないで下さいよ?ヘンなフラグが立ちますからね」


「そんな事はぁ……」


 無いとも言い切れない。への字口でまた考え込んでしまうシンを見て、タマさんも再びやれやれという顔をした。


「悪党の極論なんですから、いちいち取り合ってたら良心が持ちませんよ?」


「それも極論な気もするけど、なるほど、確かに一理ある……」


「あーいうのは大体、高重力星出身の頭蛮族なんですからね」


「でも、それはそれで、強力な個性なんじゃあ?」


「では対抗して、マスターも体内の極少機械群マイクロマシンを少し増やします?元々、現行人類は宇宙生活を送る上で困難が無い程度に、極少機械群マイクロマシンによる補助を受けていますが、量を増やせば強化細胞による神経伝達速度上昇とか、各種恩恵がありますよ。あんまり増やし過ぎると、今度は生体サイバネ器官と区別が無くなりますけれど」


 悩んでいる暇があったら、金払って強化を受けろ、という事だろうか。この宇宙では無能力とかスキルが無いとか、そういうのも機会―—金銭を含む―—さえあれば何とか成ってしまうものらしい。


「はぁ……まったく科学様々だねぇ」


「ええ。粗略に扱っては”バチ”があたりますよ」


 嘘でしょ?シンは突っ込みたかったが、思いも寄らぬ答えが返ってきそうで出来なかった。

 調度、セントラル・コンピューターのナビが、目的地への接近を告げるアラームを鳴らした。


 ゆるやかな登り坂を上がり切ったところだ。遮蔽物も大して存在しない荒野の小さな隆起を乗り越えると、目の前の光景がガラリと変わった。山中の地下都市とは別ベクトルの驚きで目を丸くする。


 平坦な荒野に突如、巨大な窪地が穿たれ、その中に街が存在していた。多層建築は背が低く押さえられて、全てがGL――グラウンド・レベル、地面の高さ――以下に収まっている。水平方向から観測する限り、街の痕跡は見えないだろう。そして航空機の飛行も押さえられているのだから、上から観測する手段も限られる。衛星の目はこの街を捉えているだろうが、それを保有するような組織は、この街の側の人間だろう。


 ヴィクトルの言うマーケットへ【ヘキチナ】の地理的条件を重ねると、ここは相当に後ろ暗い商業都市という事になりそうだ。


 街への降り口は窪地の内側に添って続く坂になっており、様々な車輌がそこを伝って地面の上下を行き来している。下り坂の始まりにはプレハブの監視小屋が建ち、簡単な検問が待っていた。

 道の前に立って見張っているのが一人。小屋の中にもう少し控えていそうだが、流石に外からは窺えない。


 見張りはジーンズにTシャツというラフな恰好の上に、簡易ボディアーマーであるプレートキャリアで胴体の前後を覆っていた。光学弾種の自動小銃をベルトで首から下げ、日除け用にキャップとサングラスを着用している。サングラスは銃の照準とリンクしたスマートグラスだろう。記章の付いた正規の戦闘服でなく、装備も所々簡略化されている辺り、民間軍事会社の警備員のようだ。


 接近する宇宙軽トラに片手を挙げ、警備員が静止を促した。もう片手は銃把を握っているが、指はトリガーから外している。訓練が行き届いている証だった。


「通行証は?もしくは所属船舶の船員証を提示して」


 警備員は言った。他のトラックは停車したシンを次々と追い越してゆく。通行用のIDを通信で確認しあって、反応の無いものだけを止めているようだ。

 それよりも可笑しいのは、船員証ときたものだ。どうやら今時は宇宙海賊もID管理されているらしい。

 まぁ本当に笑っている暇はない。銃口を突き付けられる前に、シンはヴィクトルからの地図データを思い返す。


「……通行証は無い。トラフィックって名前の酒場に向かう予定なんだ。紹介者の名前は……」


「いや、いい。そこに行くなら、出るまでに通行証を作って貰ってくれ」


 警備員は挙げていた腕を振って発車を促した。どうやら想定問答の内だったようだ。シンは会釈してから検問を超えると、下り坂に乗り入れた。


 下り坂は牽引のトレーラーでも上り下りできるよう、傾斜を緩やかに押さえてあった。かわりに距離が長い。ゆるゆると降りていると、次第に街が近付いてくる。

 都市と呼ぶような規模ではないが、マーケットと呼ばれているだけあり、間口を売り場として広く取った定型の家屋が立ち並び、幾つも通りをつくっていた。それらが丸ごと収まっているなんて、まったく大きなクレーターだった。


「……ん?クレーター?カルデラ?そういや露天鉱山とか言ってたっけ?じゃあ、この窪地は全て採掘の跡か!」


 自分の認識を訂正して驚いていると、タマさんが町外れの一角にある更に驚くモノを指さした。


「おそらく、アレの仕事でしょうね」


 アレ、と呼ばれたのは、錆び付いて動かないように見える、ビルの様なサイズの重機だった。大昔のロケットを移送していたみたいな超大型の装軌車の上に、ビルの骨組みの様な鉄骨組みの構造物が立っている。更に横方向にも鉄骨組みのアームが伸び、一方の先端にはこれまた大きなホイールが備え付けてあった。ホイールの外周にはバケットが並んでいて、どうやらそれが回転し、土壁を削り取ってゆく仕組みのようだった。


 壁を薄く削ると、アームの中を通っているベルトコンベアを通し、反対側へと放り捨てる、ただそれだけの動作を作業量を増やすために、見上げるまでに大きくした工事機械だった。

 そしてシンの中の三浦真の認識が、その威容に瞳を輝かせる。


「バケットホイール・エクスカベーター!バケットホイール・エクスカベーターじゃないか!」


 いきなりの無邪気な様にタマさんは目を見張った。


「ど、どうしたのですか?!大きなだけで洗練もへったくれも無い旧世代の機械ですよ?」


「い、いや、俺の中の地球人の記憶がね、突然、こうブワッと……」


「テラにあったレベルの枯れた技術ですか。納得です。マスターも自分自身の記憶では無いのですから、あまり流されてはいけませんよ?まして大きいだけの、単能のっ、作業機械なんかにッ!」


 タマさんは人指し指を立て、説教臭く念を押す。

 ははぁ、さては旧式機械に目を輝かせたのに嫉妬したのか。シンは掘り下げると面倒そうなので、察して話題を変える。


 もしかしたら、そんな気遣いなんて必要なくて、故郷でももっと突っ込んで子供同士で話していたら、学校で孤立するまでには至らなかったのかも。そう思うところもあるが、管理社会の【星間連盟】では、それこそ機会自体が奪われていた。

 だからそういう未来は無かったのだ。

 シンはスロットルレバーを調整し、下り坂に合わせたトルク重視にすると、つとめて何気ない期待を口にする。


「宇宙用の装備が見つかると良いんだけど」


「宇宙海賊が利用する市場なら、お金次第で何とでも、って感じでしょうね。そもそも【宇宙協商連合】がそういう風潮ですし。それだけに悪質業者も横行している筈ですから、見極めが重要になります……重要になります」


 タマさんはもう一度、同じフレーズをリピートさせて念を押した。圧を感じたシンはうんうんと頷いた。


「了解。【星間連盟】の支給品と違って、品質は一律じゃないんでしょ」


「はい。手っ取り早く品質を担保するのは知識、交渉、札束です。そして今のマスターに無いのも、その三つです」


「タマさん、もう少し、こう、何というか……事実の羅列だけじゃなくてですねぇ」


「精神的に痛くなければ覚えません。ただでさえマスターは経済観念から見放さ――隔離されて育っているのに加え、野生生活で社会性まで置いてけぼりになっているのです。だからゴリラ起源の男に殴り掛かって、返り討ちに遭うのです。タマさん、覚えました」


「そりゃあ肉体的に痛い目に遭ってるので、俺も覚えたよ……」


 藪蛇にシンはばつの悪い顔になる。

 そこから暫し、タマさんの『弱肉強食で恐ろしい自由主義経済に食い物にされない心構え』を聞かされながら、宇宙軽トラは露天掘りの底面に降りて来る。


 何処を見渡しても露天掘削跡である斜面がそそり立ち、空の青を丸くくり抜いたようだ。街の造りは上から見た通り背が低く押さえてあり、【ヘキチナ】星都の地下都市のように、限られたスペースに敷き詰めた感がある。だが広くスペースを取ったショールームもあり、そういうのは車輌や宇宙船を取り扱った大手メーカーの提携や、子会社である中古品販売店だった。

 タマさんがセンサーアイの倍率を変えながら、店舗内の様子をじっくりと観察する。


「あー、店内の端末や立体映像に正規ディーラーの新品も混じってますね。札束で殴れば正規品まで手に入る、と。【宇宙協商連合】、こりゃ思ったよりも信頼を金銭で買う感じですかね」


「歩いてる人も星都の歓楽街よりも隠してないね」


 そう言ったシンの目線の先を、大型の猫科の猛獣をそのまま人型にしたような獣人類セリアンスロープ種がのしのしと歩いている。体表まで薄毛に覆われており、暑いのかTシャツに短パンに、さらに素足だった。たぶん足裏には強固な肉球が備わっているのだろう。

 身の丈はテラ標準単位で2mはあり、大きく裂けた口の両端には太い犬歯が覗いている。好きな食べ物はと訊かれたら、まず肉と答えそうだ。


 見るからに獣人の隣りを通り過ぎ、宇宙軽トラはナビに従って街の中を走る。角を曲がると、建物の間から広場が見える場所があった。どうやら布張りテントの簡易店舗がひしめいていて、蚤の市やフリーマーケットの様相を呈している。そこへ蟻がたかるように、人がわらわらと行き来している様は、たいそうな盛況に見えた。


 宇宙軽トラはそちらへは背を向けて、ショールームや建屋の商店の並んだ比較的静かな区画へと入ってゆく。さらに路地を一本内側へ。それだけで人通りはめっきりと減った。

 こちらは商店の裏手や、店員たちの生活の場のようだ。表側の喧騒は嘘のように鳴りを潜めている。それだけ外部からの客が多く、街に根付いた人が少ないのかも知れない。


 トラフィックはそういう通りの片隅に、半地下式で店を構えていた。建屋の足元から土の下へ伸びる階段と、黒塗りのスタンド看板に金塗りで店名。正直、どういう店か分からない。

 トラフィック、という言葉自体は『交通』と言う意味で、テラ語内のバリエーションの一つだが、それも銀河共通語表記を体内の極少機械群マイクロマシンがテラ人向けにローカライズしているに過ぎない。


 まぁ所属文明内では未成年であるシンには、そもそも酒場自体が知識の埒外であり、元から想像のつく余地がない。

 なお参考までに惑星環境によっては、主なカロリー摂取方法がアルコールを含む発酵飲料という過酷なケースもあるし、文化的側面から未成年でも家族との食事内での接種は合法、というケースもある。


 店の隣の駐車スペースに宇宙軽トラを停めると、客の物と思しき車が目につく。それは黒塗りのセダンだったり、高級ワゴンだったりした。


『堅気じゃないなぁ……!』


 何とも言えない顔をして、用心にマルチツールのホルスターをベルトへ吊るす。幸い武器とは思えない見た目だが、惑星【労働1368】からこちら、ずっと作業服なので、まるで施工業者のようであり、これでは客にも見えない。

 アンドー1号を宇宙船の直衛に残し、地下への階段を前に意を決すると、神話の英雄の冥界探索のような心持ちで降りてゆく。後に続くタマさんの金属質な足音がやけに耳に残った。


 階段の先には古体な扉が待っていた。重厚な見た目の割に軽いのは、岩山の星らしく、木材が少ないためのイミテーションだからだ。店内は薄暗く、アルコールの芳香と紫煙が充満し、ムーディーな曲が低音で流れていた。

 酒場に付き物の騒がしさがなく、客は小声で談笑している。あるいは燃焼の遅い葉巻を燻らせ、あるいはグラスの底に少しばかり注いだお高い蒸留酒を、舐めるように口にしていた。


 余程むつかしい事を話しているのか、皆が険しい顔をしている。もう険しすぎて、全員が劇画調になっていた、と勘違いするくらいだ。余程の因業な生き方をして来たのだろう。その目が一斉にシンに注がれたが、案の定、恰好を見ると視線が散ってゆく。代わりにカウンターの向こうにいる陰気なバーテンダーが声を掛けてきた。


「店を間違えちゃいないか。工事の予定はないぞ」


「いいや」

 シンは首を横に振る。

「トラフィックって酒場でしょ。遊び人のヴィクトルさんの紹介だ」


 手短に伝えるとバーテンダーは眉間に皺を寄せ、シンの身なりを再確認してから首を傾げた。


「”遊び人”の?本当に、そう言ったのか」


「確かに、そう言った。映像記録を出そうか?」


「いや、いい。というか、今はママが不在でなぁ」


「ママ……?」


 年嵩のバーテンダーの口から出るとは思えない単語に、シンは彼の言葉を反芻する。と、タマさんからヘルプ情報が視界に飛んだ。


『ママ、とは飲み屋の女性経営者の総称ですよ。あと、ママがいつ帰るか確認してください』


「了解……その、ママさんは、いつ帰ってくるの?」


「同業者の会合でな。明日の昼には戻っている筈だが……まあ、午後に来れば大丈夫だろ」


「では明日の午後に、もう一度来ます。それと……」

 言い置き、視界の脇のタマさんからの追加ヘルプに目を通す。

「……信用できるホテルと、日用品の商店を教えて欲しい、です」


 ヘルプの文言の最後にだけ取って付け、言葉の体裁を整える。

 バーテンダーはよく見れば少年なシンの顔に、つい答えそうになるのをグッと堪えた。メニューのタブレット端末を取って、カウンターに立てる。


「酒場に来て情報をタダで持って帰るってのはどうなんだ?え?」


 ワンドリンクでサービスひとつ、という事か。シンはメニューの中から目敏くコーラ飲料を見つける。あの炭酸とフレーバーの香りを思い出し、小さく喉が鳴った。


「じゃあ、コーら――」

「ではプロテイン強化ミルクを一杯」


 主人の注文を遮り、タマさんの外向きの涼やかな美声が響いた。

 シンが振り返ってやるせない顔をするのを尻目に、バーテンダーは肩をすくめてミルクを用意する。


「通訳ロボットと思ったら、人間様に口出すだけの自立レベルがあるやつか。兄ちゃん、外に出るなら、そのロボットの美人な顔も隠しとくとイイ。判ってると思うがな、ここは闇市ブラックマーケット。この場で盗品を調達する悪党だっているからな」


 そう言うとグラスでなく、ジョッキ一杯のミルクがでんと出された。

 シンはずしりと重いジョッキを持ち上げるや、ヤケクソ気味に喉を鳴らして一気に飲み干すと礼を言った。


「ありがとう、いろいろと」


 牛乳ヒゲが付いたままだった。

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