第29話 名誉の死、恥辱の生(1)
タマさんが思わぬ形でレヴォリューションしてしまっている頃、主人であるシン・ミューラの姿は露天鉱山跡である窪地の縁にあった。
あの観覧車のようなホイールを備えた超巨大掘削機械、バケットホイール・エクスカベーターの見学、という訳ではない。何しろ今日は――今日も?――仕事着である作業服に袖を通し、ジャングルで体の一部のように担いでいた背負子を装着していた。
マルチツールは整備に出してしまったが、背負子から伸びる集塵機のホースも手にしている。どうやら採掘場跡地でも何かを収集する腹積もりのようだ。
巨大掘削機のホイールの下を潜る。巨大な車輪は窪地の壁面に触れた状態で停止していた。故障か、資源を掘り尽くしたのか。ひどく錆の浮いた金属の塊は、動かなくなって久しい事を窺わせる。
壁面の直下には崩れ落ちた岩屑が降り積もり、
シンの背負子の左側には、以前と同じくタマさんの旧ボディが乗っていた。中身はセンシング機能を活かすための非対話型AIになっている。今も頻繁に左右に向きを変え、周囲を検知しているが、急に動きが止まると、崖下の岩屑へレーザーポインターを照射した。
作業開始だ。
集塵機のホースがうなりをあげ、指定された崖下の堆積物をどんどん吸い上げる。採取試料は背負子から更に後方へ伸びたホースを渡り、少し離れた所に止めてあるリアカーの上の物質精製機に送られた。
ドラム式洗濯機のような外観のこの機械は、宇宙生活ではよくお目にかかるツールだ。限られた空間である宇宙船内で、消耗した日用品や有機物を物質精製機にかけて素早く分解、嵩張る前に再利用する。
ジャングルでも様々な植物から有効成分を抽出・分別してくれた。今も露天鉱床から崩れ落ちた岩屑の中に残る僅かな鉱物を抽出している。
とは言え、出涸らしの茶葉から更に搾り取るようなもので、成果は少ない。物質精製機からはかつて海底の砂だったと思われる砂岩を砕き、ブロック状に再構成した物が次々と出てくるが、インゴットになる程の鉱物は中々出てこない。
『まぁホイホイとインゴットが出てくるなら、とうに鉱山側がやっているだろうしな』
シンは渋い顔をして、離れた場所にある壁面の坑道入り口を見やった。
事業としての鉱山は閉山していたが、そちらでも僅かな残りカスを求め、山師たちが坑道を掘っている。闇市で借金をつくると、そこで返済まで労働する羽目になるそうだ。
自分には鉱物採取を行える装備がある。わざわざ同じパイの取り合いにエントリーして、悪目立ちする必要はないだろう。あくまで整備が終わるまでの手待ちに、少しでも稼ぐという目的だった。
『……目的だったんだが』
PDAから物質精製機の出来高を見る限り、作業の歩留まりは思っていたよりも悪い。この調子では明日からの作業は場所を改めねばならないだろう。
そんな事に悩みながら、引き続き崖下の隅を掃き取るように集塵機を使っていると、思いも寄らぬ声をかけられた。
「なんだ、あのガキじゃねぇか。今日はクズ拾いか?」
野太い男の声だ。昨日は散々、死闘ASMRで聞かされた。
げっ、と思いながら振り返れば、見上げるように大柄な
昨日は人を集めてミトを追い立て、シンと白兵戦を繰り広げた、虎ではあるが餓狼のような獣人類だった。
今も三人ほど手下の人間を連れていたが、彼らも荒事に慣れた乱暴者だ。隙は見せられないが、シンとしてはもう嫌そうな顔をするしかない。
そして茶虎ときたら、気安いと迄はゆかないが、昨日の事など何処吹く風で「ガハハ」と大口を開けた。
「そう身構えるな、今日は別件だ。ああ、そうだ。お前は今日は、いつからゴミ拾いをやってるんだ?」
「朝から、一人でだけど?」
「不審なやつ等は見なかったか?例えばトカゲどもの集まりとか」
今度は
茶虎は喉の奥で唸り、確かに人気のない採掘場跡を見渡した。
「……まさか坑道に隠れてやがるのか。お前も、トカゲの群れを見ても突っ掛かるんじゃねぇぞ?ちょっと毛色が違うやつ等だからな!」
「そりゃあ、ご忠告どうも」
突っ掛かるなとは、一体どういう風に自分は見られているのだろうか。シンは心中で渋面をつくりながら、足早に離れて行く茶虎たちを見送った。
あの調子では昨日の事など試合、手合いの類とでも思っているのだろう。死ぬ気で立ち向かったシンには、いい面の皮だ。
警戒したつもりが、なんだか毒気を抜かれてしまった。少し休憩し、気分転換するべきだ。そう思って荷物を載せたリアカーの方を向くと、
「……なに?」
何かいた。
粗末な布を頭から被った何者かが、リアカーの前でゴソゴソと蠢いている。
「ちょっと?!」
思わず声を掛けると、布を被ったそいつは素早くリアカーから離れた。地を滑るような俊敏さだ。それから布の下に青い色をした長い尾が見えた。
そいつは振り返ってこちらを注視している。布のつくる影からトカゲを思わせる先細りの口が見え、更に口の端にから標準型配食パックの茶色い生地が見えた。どうやらシンの弁当を貪り食っていたようだが、当然ながら惜しくも何ともない。むしろ、
「おい、それは水が無いとキツいだろ」
シンは散らかされた荷物の中から、水のボトルを引っ張り出すと、布を被ったそいつに投げて渡した。
「ス……マヌ」
声帯のつくりが違うのか、掠れるような声で礼を言うと、そいつは走り去った。やはり素早い。あっと言う間に採掘場に残った機械類の影に消えた。
「……うん、もしかしたら【青髭同盟】の言ってた
シンは昨日の分の確執も、正常化バイアスもアリアリで、思いっきり事なかれに徹した。
というか弁当を奪われたのだから、昼は自分で準備せねばなるまい。何を食べてやろうかと、そればかり考えてウキウキしていた。
~ ~ ~ ~
昼は闇市の屋台をめぐり、かなり迷ってからヘキチナ風タコスに決めた。
薄焼きの生地に培養肉を焙って削ぎ切りにしたものとクセの強い香草を乗せ、サボテンの類を刻んだサルサ風ソースをかけると、店のオヤジの進めるままに小さな柑橘を目いっぱい絞って振り込む。
かぶりつき、だくだくの汁気と一緒に噛みしめると、肉の脂とスパイシーなサルサが口の中に溢れ、香草と柑橘が鼻腔に抜ける。それを炭酸飲料でサッと流すと、日差しの強さもあってヘンな笑いが漏れた。
生きていると、うまい物を食っているのは、もはや同義だった。
お陰で午後は上機嫌に資源採取を続けられたのだが、結果の方は今一つに終わる。
テラ標準単位で2kgほどの鉄の延べ棒。物質精製機を通して不純物を分けているので、洗練せずとも純度は高い。10000Cr《クレジット》にはなるだろうか。
人一人の一日の労働の対価にはギリギリだ。その上、個人事業主としての諸経費を加えれば、評価は赤字に転落する。
明日は場所を変えてみるか、タマさんに相談だ。そうこう考えてトラフィックまで彼女を迎えに行くと、
「いらっしゃいませー……って、マスタぁー?!」
なぜかウェイトレスの真似事をしているタマさんが、目を丸くして出迎えた。
真似事と思ったのは、彼女の妙な恰好からだ。アン姐さんのような長衣にエプロンと布の頭飾り。内なる三浦真の感覚なら、和服メイドじゃないか、だった。
が、シンには和風メイドって何ぞやと思う前に、やけに滑らかなタマさんの動きの方が気になった。
「タマさん、なんか動きが……」
「んふふふっ、気になっちゃいます?これはですね――」
と含み笑いで言いかけたところへ、店の客から「おーい、注文お願い」と声が掛けられる。
「はいはい、ただいまぁー!すみませんマスター、後で伺いますから」
急いで客の元へ向かうタマさんは、矢張りいつものぎこちない動きでない。実にしっかりとした足取りだ。
だがそんな変化よりも、タマさんが自分の質問を差し置いて、客の注文に応じた事の方が気に掛った。
これまではそんな事は無かった。集合住宅の孤児にとって、あの狭い部屋とタマさんが世界の根幹だった。それが【星間連盟】市民の枠組みから外れ、部屋を追い出されて、人間社会に帰還させられた。
機械知性は人類の奉仕者だ。思い返せばタマさんも、元々は公共施設の演算グループを構成する端末を兼任していた。
いや、変化を気にするならば、タマさんが”タマ”で無くなった事が、もう不可逆な変化なのだ。未だに球体のロボットボディであれば、人間の社会活動にコミットする必要など無かった。しかし今は自動人形の躯体であって、たとえ宿で一人前の料金を請求されなくとも、”人”の”形”をしていれば、人間のように振舞う事が求められる。
タマさんが母か、姉か、妹かと
『……いや、本当にそうかッ?!』
シリアスな思考へと反射的に突っ込む。
『案外、艦長【0567$^0485】の言ってた、あの訳の分からん対人プロトコルの影響かもしれないじゃないか?属性とか言って、性格だの背格好だの職業だので、二人して盛り上がっていたぞ……』
いずれにせよ、タマさんは度重なる機能・権限の拡張と、艦長【0567$^0485】との統合で、負荷や屑データが溜まっている事だろう。アンドー1号と同様に、早急なメンテナンスが必要な筈だ。
人形師、或いは大手の自動人形メーカーに早いところ渡りをつけよう。シンは次の目標を順序だて――問題の棚上げ――ながら、カウンターのスツールに腰かける。
年嵩のバーテンダーが無言で突き出すタブレット型メニューから、ノンアルコールカクテルのカウボーイと、
彼女は入り浸っている【アンブロジオ一家】の手下たちから注文を聞き取り、ビールのジョッキやカクテルのタンブラーが乗った盆を持って配膳も行っていた。カクついた動きは無く、危な気なく給仕を行えているように見えた。
「気になるかしら?」
アン姐さんがグラスに入れた野菜スティックをシンの前に置きながら訊ねる。シンは頷いて、
「ええ、まぁ。レシートの整理がタマさんの仕事内容だった気がするのも含めて」
「おっと、下手なこと言ったら契約違反と言われそうね。見ての通りの、
「
首を傾げるシンに、アン姐さんは運動補助用の強化服の話をした。それをタマさんが着用し、今はウェイトレスの真似事をして、運動機能の最適化を行っているのだ、と。
「それは……ありがとうございます」
シンは低頭する。
「なんだか、色々と気を回してもらって」
「そこは、まぁ?それなりの代金は貰うんだから、この次もご利用いただけますよう、サービス!サービスゥ!ってやつよ」
なぜか野太い声で言うべき台詞ではないと感じたシンだった。
もう一度礼を言いつつ、野菜スティックを摘まむ。本物の生野菜でなく、フードプリンターが加工した物だった。場所柄、料理がウリでは無いのだろう。見た目は色とりどりの棒で、食物繊維と水分に各種ビタミンが添加してあった。
キュウリらしき黄緑の棒の歯応えを楽しんでいると、不意に昼の一件を事を思い出す。
「そういえば、アン姐さん。昼にまた【青髭同盟】の茶虎と鉢合わせしたんだけど……」
「なぁに?ヴィクトルの時と言い、あなた、ネームドモンスターとランダム・エンカウントする癖でもあるの?みたトコ、怪我は無いみたいだけど?」
「また、誰か探してるみたいでしたよ。
「あ”~~~~」
アン姐さんは心当たりがあるのか、ため息交じりの声を出した。
「あいつら、やっぱり厄介ごとを引き連れてるじゃないの!……明日から闇市で【青髭同盟】の仕切りで臨時の市が開かれるんだけど」
チラリとシンの顔を見やる。まだあどけなさの抜け切っていない少年の顔だが、昼にタマさんから聞かされた武勇伝によれば、様々な修羅場を潜っているという。それならば、まるっきり子ども扱いする事もあるまい。
「……闇市の面目躍如な、素性の良くない商品を取り扱うわけよ。メインはナマモノ……奴隷ね」
そう聞いてシンは野菜スティックを喉に詰まらせそうになる。慌ててノンアルコールのカウボーイで飲み下した。
なるほど、宇宙海賊も御用達となれば、そういう売り物もあるか。
人身売買は先進星間国家間では禁止されているが、辺境となると法の目も届きずらい。極度の困窮ともなれば、人体は率先して売り物に成り得た。
後ろ暗い話をどうにか納得しようとするシンに、アン姐さんはいちおう、取り繕うように両手を振って否定する。
「幾ら辺境でも需要と供給が合ってないと、人身売買は儲けが出し辛いから、そうそうあるもんじゃないのよ。でも青髭のところは獣人類がメインだから、根こそぎ奪ってナンボな、ほんとに野蛮ところがあってねぇ……大方、
とは言え闇市の顔役として黙認しているのだから、個人がどう思っていようと最終的には弁明のしようが無い。太い溜息が漏れた。
「ま、あんまりスマートな光景でもないし、明日は闇市には顔を出さない方がイイかもねぇ」
「
シンは曖昧な返事だけして、野菜スティックをポリポリとかじる。
「あら、イイじゃないですか、奴隷だって」
と、妙に蠱惑的な響きで言ったのは、いつの間にかシンの後ろに立っているタマさんであった。
「ネット小説じゃ定番ですよ。居住区画も増えるんですし、得難い専門職なら、金で解決するのもひとつだと思いますが?」
機械知性的な功利で言ったのか、いつもの何処から拾ってきたか判らないネットの常識なのか。とりあえず話を蒸し返されたアン姐さんからは再び溜息が出た。
「アンタねぇッ……人が老婆心ってもので言った矢先に――」
「ところでマスタぁー!この
言葉を遮ったタマさんは感情プログラムに自由にさせ、いささかハイテンションに件のエクソスーツの出来を強調する。装備品の箇所を伝えるために着物の前をくつろげると、黒いインナースーツに覆われた躯体の胸部が、まるで柔らかな肉で出来たような谷間に見えた。
流石にシンも驚いてガタンと音をさせ、スツールから跳ね飛びそうになる。
「ちょ、ちょっとタマさんッ!?」
「あららぁー?これは無機物で形成されたアンドロイドのガワですよー?」
タマさんが豊かな胸の谷間に見える黒い布地を指先で弾くと、硬そうな金属音がした。
からかわれた。シンは己の”青さ”に赤面する。そしてタマさんは何処か誇らしげに、着物の合わせを直しながら、
「これなら色仕掛け《ハニトラ》用の対抗訓練もいけそうですねぇ。それとも、奴隷、いっちゃいます?気位も依存度も高い褐色の宇宙長耳とか、
ソッチとは、どういうソッチなのか。シンは興味を魅かれるが、若者らしいヤセ我慢で平静を装うと、腕を組んで首を横に振った。
「そういうのは需要があるからお高いでしょ。無駄遣いは駄目、ゼッタイ。よしんば安かったとしても、完全な戦闘用とか、航海用の特殊技能持ちとかでしょ」
「あら、艦長の薫陶が活きてますね。タマさん的にもマスターが正常運転なのは嬉しいですよ」
タマさんは自然な微笑を浮かべると、野菜スティックを一本つまみ、シンの口に差し入れた。
暫時、唖然としていたアン姐さんが呆れたように言ったものだった。
「アンタ、いつも”やらずぼったくり”ばっかしてると、どっかでしっぺ返し喰らうわよ?」
「でしたら、その時用にお赤飯の原料だけは準備しておきましょうか」
「……あ、っそう」
何だか面倒くさい雰囲気を察すると、この歴戦のオネェはそれ以上の追及を止めた。
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