第36話 たのしい宇宙一年生:船団護衛のお仕事(1)

 花火会場を上空から見ているようだった。

 熱・光学兵器の命中により船体の塗料が剥離、気化し、次々と火花に変わる。内部の空気が吹き出し、引火したのか、派手な炎の花が咲いた。

 いったいどちらの陣営の損害だったのか。たなびく推進剤が目まぐるしく交錯し、状況を認識するのが難しい。


 シンと銀河ハイウェイを降りた宇宙トラッカーたちは、示し合わせたのか、即席の編隊を汲んで飛び回っていた。ときおりパルスを散らす砲弾の様な何かを、機動と同軸上に撃ち放っている。

 遠間で見ている限り、いくつかの小型船の集団が激しく機動していたが、その判別がつかない。だが目が慣れてくると動きのない集団がいるのが見えて来た。


「あそこが襲撃を受けているのか。船団かな」


 シンは癖で目を細めて言う。映像精度は船体のセンサー依存なのだから、自身の視力は関係ない。ないのだが、人類の祖先である猿が、身を隠せる森から見通しの良い平原へと踏み出して以来、ずっと続いている本能の様なものだった。


 隣席のタマさんは瞳を閉じ、参加船舶の数よりも、戦場を飛び交っている電波を探っている。おそらく今、この戦闘宙域で、彼女と同等の情報量を得ている者はいないだろう。その一端を短く開示する。


「当該宙域を銀河ハイウェイへ向けて航行中だった船団ですね。超速宇宙バスが2、貨物船6、民間船籍の調査船?1隻。バスを中央にした輪形陣で避退中。緊急時徴用船舶は8、宇宙トラッカーをメインに3つの編隊を組んで応戦中……敵味方識別完了、表示します。なお、さきほどの爆発は敵船ですね」


 前面モニターの混戦が青と赤のコンテナで括り直された。

 青は古来より味方に使用する配色であり、対する赤は敵方となる。そして今回は赤色のコンテナが戦場に広く散らばっていた。


「多いなぁ」


 シンはうんざりした声を出していた。彼の中の極少機械群マイクロマシンは赤色表示を瞬時に10個とカウントしている。すべて単機。宇宙トラッカーのような編隊の方が戦力は上と考えられるが、防衛対象がいる時点で、10個の独立した攻撃の意思というのは厄介だった。

 しかもその内の一つをピックアップして拡大させると、シンは驚きと戸惑いの声をあげる事になる。


「んんっ?!こいつら、宇宙船……か?」


 シンの中にある地球人、三浦真の知識を持ってくるなら、襲撃者の姿はまるで『クジラ』だった。


 飛び交う光学兵器の火灯りに照らされ、黒色の外殻がぬらつくように光っている。船首側は角を取った直方体の様な形状で、船尾にゆくにつれ先細りになっていた。船腹には前方寄りの位置に左右一対のヒレが伸びている。

 特に船尾の単発式のエンジンノズルを、尾を動かすようにして可動させて転舵している姿は、いかにも滑らかで生物的に見えた。


 全長はテラ標準で150m程度。小型の宇宙船程度のサイズはあり、つまり駆けつけた宇宙トラックなどより、まっとうな船としての機能を備えている可能性が高い。

 観測データを告げるタマさんも、奇妙な見た目に口元がひきつっていた。


「宇宙空間では心音を検知する手だてがありませんが、少なくとも反応炉由来と思われる赤外線と電磁波が観測出来ますので、特異な技術体系による宇宙船かとぉ……」


 煮え切らぬうちに、襲撃者の宇宙船のうちの一隻の、船首下部が斜め下に開いた。それこそシンには歯クジラが捕食のために口を開いたように見えた。


「電磁波、増大ッ!艦砲クラスの――」


 タマさんが警告を中断する。パルスを撒き散らして輝きが射出された。

 それは回転しながら激しく放電し、自己のエネルギーを減衰させて飛翔している。おそろしく速いが視認できる分、光速は出ていない。それでも貨物船のような小回りの利かない船が回避できるものでもない。


 貨物船の一隻に直撃する寸前、輝きは防御フィールドと接触して膨れ上がった。いっそう激しく放電を繰り返し、全てのエネルギーを使い尽くして消滅する。

 防御フィールドが勝った。シンはそう思ったが、続けてタマさんが再開した報告は彼を驚かせる。


「貨物船の防御フィールド、不安定化しました。同じ船が被弾すれば、今度は抜かれます」


「ウぅっソだろ?!」


 シンは頓狂な声になっていた。

 貨物船とは言え、大出力の大型反応炉を備えた一端の宇宙船の筈だ。駆逐艦などの軍用小艦船に達していないサイズの襲撃者が、ただの一発の直撃で防御フィールドを機能低下に陥らせる事など、


「ありえないだろッ!」


「あれは……サイクロトロン・ハープーン、とでも言いましょうか」


「知ってるのか、タマ電ッ!?」


 シンは何故かそう口にせねばならない気がした。宇宙の摂理的な何かだろうか。タマさんもそこには突っ込まなかった。


「電界で回転させた荷電粒子を、高エネルギーの銛として撃ち出してます。コルベット程度の小艦艇が持つには過ぎた火力ですよッ。あれじゃ殆どの時間をサイクロトロンの生成に費やしてるようなモノです」


「なるほど……どうあれ、そういうのは生物ナマモノじゃなさそうだ」


 興奮のタネが知れて安心が勝ったのか、シンの口からいささか緊張感に欠ける言葉が出る。遠間で観戦しているだけなら、トンデモ兵器でも他人事だ。

 戦況はタマさんの見立てが正しい事を裏付ける様に展開してゆく。傍受する宇宙トラッカーたちの通信にも、襲撃者たちの発射レートが低い事が盛り込まれていた。


『追い立てろ!一発撃った”深淵鯨”は、次発まで時間がかかるんだ!』


 深淵鯨。不思議な名だった。やっぱり生き物なのか。

 不審に思うシンの目の前で、三隻の宇宙トラックが深淵鯨を追い駆け回すと、背負うような不釣り合いなサイズの単装砲からプラズマを砲弾のように発射する。


 直撃し、仰け反る様に深淵鯨は身をよじる。黒く照り光る外殻が砕け、内部に高温高圧のプラズマが侵入した。もし、疑っているような生物なら、それで重篤な外傷と脊椎の損傷がおこり、致命傷となっているだろう。が、やはり船なのか、砲口――口腔?――から引火した推進剤が派手に吹きあがり、大破、停止していた。


 正確には慣性が残るので、口から前方へと吹いた分、尻尾方向へと低速で漂流を始めている。

 反応炉も停止して赤外線反応が消えた。電力を喪失し、船としては死んでいる。宇宙軽トラのセントラル・コンピューターはそう判断し、深淵鯨の反応をひとつ消した。


『……それにしては、もっと派手に爆散すると思ったのですが……可燃物が少なかった?』


 タマさんはそこだけ腑に落ちなかったが、今は情報収集に専念する。

 他のトラッカーも上手く立ち回っているのか、深淵鯨の表示が更にひとつ消失していた。彼らはこのシチュエーションに慣れているようだった。撃破の出来高で周辺惑星の政府から謝礼が出るようで、しきりに盛り上がっている。

 それなら貨物船も武装の一つでも積んでいそうなものだが、そういう雰囲気は無かった。


『そのかわりに輪形陣の直上に多数のドローンを展開してますね。接近阻止のためでしょうか。あら、やけに強いレーダー波を飛ばしてるのも混じってますよね、観測用か、し……らぁーーーーーーッ?!』


 タマさんはセンサーアイを引ん剝いて、座席からズリ落ちかけた。

 観測用ドローンに付いた電子の紐を辿ると、操作している船が判った。あの一隻だけ混じっていた民間船籍の調査船だ。


「銀河帝国大学ですってぇっ!?」


「な、なにごとッ?!」


 シンも思わずモニターから目を離す、タマさんには珍しい狼狽えっぷりだった。

 コホン、と咳払いして取り繕って曰く、


「えー……避退中の輪形陣内の調査船は、銀河帝国大学所有の宇宙船です。時間的、空間的な因果関係を考慮に入れますと……合流予定の船って、アレではないかと」


 言った先からタマさんは躯体にかかるGが増したのを検知する。シンがスロットルレバーをメカニカルロックが掛るまで押し込み、急加速を開始していた。

 キャビンが下を向いて、遠間に捉えていた戦闘がどんどん眼前へと接近してくる。


「タマさん、敵味方識別装置IFFに味方発信をお願い。花火の中に突っ込むぞ」


「もうやってます。トラストHD305便として、直掩に参加と打電……受け入れられました」


「直掩。船団の上に張り付いているドローンに加わるんだね」


「時間が無かったので、勝手にそれらしいポジションを指定しちゃいましたけど……マスター、直掩の役割、解ってますよね?」


 その辺りの軍事教練的な話なら、ジャングルにいた頃に艦長【0567$^0485】からとっくりと叩きこまれている。シンは船団上空へのアプローチに入りながら、前面モニターへピックアップされている計器類の数値だけ見て答えた。


「着かず、離れず、持ち場にピッタリと。チャンスがあっても釣り出されず」


「ご承知で何よりですよ。それはそれで、危ないのですけれどっ」


 タマさんは誰が見て居なくとも、溜め息の仕草をした。対人プログラムの発露だったが、ここまで来ると、もう当人の意志なのか見分けなど付けようが無かった。


~ ~ ~ ~


 輪形陣とは護衛対象や高価値目標を中央に据え、残りの船で円を作って周囲に目を光らせる、防御重視の船団陣形である。

 もとは水上艦艇の時代の考えなので、三次元に拡大した宇宙空間では球形に囲い込む方が適当だと思われるが、いかんせん参加船の数が少ない。それで深淵鯨の主な攻撃方向へ向けて貨物船による輪形陣と、ドローンの直上防御による仮想の半球を形成して事にあたっていた。


 件の調査船は――気を遣われてか――円形の中の最も敵から遠いところ、それに防護対象である路線宇宙バス2隻は陣形の中央にいる。

 ここに普通は警備会社のコルベットなり、星系軍の駆逐艦なりが1~2隻にらみを利かせ、それが抑止力となってヘタな宇宙海賊などは襲撃を諦める。が、今は護衛戦力の姿が見えない。


 もしかして貨物船の防御行動が堂に入っているのは、当初は指揮する護衛戦力があったのだが、緒戦で早々に脱落して、残存船がここまで逃れて来たのかも知れない。

 真偽は定かでないが、シンが合流した船団は、そういう修羅場の真っ只中にあった。


 ドローンは一列の縦隊を組み、船団の上で輪を描いていた。相対速度を合わせて宇宙軽トラを輪の中に加える。全体の速度はかなり早い。

 そもそもドローンと言ってもサイズは宇宙軽トラより大きな方錐形で、無人宇宙機とか、自立ミサイルとか呼んだ方が適切な気もしてくるが、そうでなければ母船よりも推力で負け、置いてゆかれる。


「合流、完了。相対速度、現状で固定します」

 一歩間違えれば追突の危険もあった相対速度を合わせながらの合流を終え、タマさんがシーケンス終了を告げる。

「それと直掩参加の礼文が、定型ですが臨時船団指令部から届いてます」


「お、それじゃあ、頑張らないと」


「頑張らないでくださいっ」


 タマさんがぴしゃりと言うと、彼女の細かな仕草がゼンマイの切れた人形のように失せてゆく。対人反応を局限して殆どの性能を深淵鯨への電子戦ECMに絞ったのだ。


「わたしが敵船のロックオンを散らしますから、マスターはくれぐれも自重しますように。いいですか?フリじゃありませんからね!」


 と、言っても相手は通信プロトコルも不明な未知の船だ。上手くゆきましたら拍手御喝采、というレベルだろう。タマさんの集中の深さを考えたら、前準備にも時間が掛かるのが予測される。

 シンは宇宙服の襟元に人差し指を入れて締まりを直すと、大きく息を吐いて気を落ち着けてから、モニター上にまとめられた戦術情報を再確認する。


 銀河ハイウェイの入り口インターチェンジまでは、残り6宇宙キロ。ただしハイウェイ内では戦闘行為は禁止で、違反者は出禁という沙汰を無視する無法者であった場合、退避もサドンデスとなるだろう。

 その点で深淵鯨の立ち位置は不明。数は残り8隻。これを追う騎兵隊、もとい宇宙トラッカーたちは3グループ。つまりシンが加わったドローンによる直掩隊は、のこり5隻が攻撃位置に就かないように適宜、邪魔をするのがお仕事になる。


 幸い、深淵鯨が連携をとって、一気呵成に攻め掛かる素振りは無い。めいめいが距離をはかり、接近しようとしては、ドローンの編隊が射線を切る位置に居座って攻撃を断念させる。

 そしてまごついたところを、宇宙トラッカー達が狩りに入る。


『……あれ?でもそれじゃ、今この瞬間は手すきの迎撃役がいないから――』


 思い至った矢先、短いアラートと共にモニターの脅威情報が更新。小窓が二つ表示され、別々の方向から深淵鯨が距離を詰めて来る。


『来るじゃないですか、ヤダーッ!?』


 余裕あるじゃないか、とも思われるが実際はない。ドローンの編隊は相変わらず輪を描きながら、その角度を替えて手近な方の深淵鯨の射線を遮る。そうすると、もう一方はフリーハンドだ。これは拙い。

 シンは操縦桿を横に倒して編隊からブレイクすると、接近するもう一方の深淵鯨の前方を横切るように飛ぶ。


 船外では右舷のスライドドアが開き、レーザー機銃を構えたアンドー1号が半身を乗り出した。サイズ差を考えれば、どれ程の効果があるのか推して知るような代物だが、それでも指定した箇所へ、針穴を通すような真似でもしてのけてくれるだろう。

 十全の機能を取り戻したアンドロイド宇宙海兵とは、そういうモノだった。


「ヤツが攻撃準備に入ったら、開いた口を狙うんだ」


 指示をアンドー1号へ飛ばしつつ、もっとパッとした方法はないのかと自問する。

 あれば悩むものか。つい先日、火力が足りないと痛感したばかりなのに、舌の根も乾かぬうちにこれだった。戦闘は火力、そう好きな映像コンテンツでも力説している。

 現に進路を妨害しても深淵鯨は行き足を弛める素振りも無い。


 シンはスロットルを絞りながら急上昇し、宙返りになる直前に機を横転。最小限の機動で船体を反転させると、もう一度、深淵鯨の前を横切る。

 敵船へ晒した右舷側が何度か輝いた。アンドー1号が深淵鯨の前面へ向け、レーザー機銃を試射した閃光だった。その結果は、


「……表面温度の上昇を確認、程度かぁ。防御フィールドは無いけど、こいつも何か、対レーザーコーティングとは別の処理がしてある……?」


 シンの呟きにタマさんは反応しない。というか、編隊から外れた事にも文句を言ってこない。それもその筈で、先程から彼女は彫像のように微動だにせず、電子戦攻撃の糸口を探っていた。だからその辺りの所見を述べる程度の優先度は、かなり下になっているのだろう。


「どうにか気を惹けないものか……」


 シンは宇宙軽トラを水平旋回で切り返し、再び深淵鯨の接近阻止に向かう。

 例えば艦橋構造物でもあれば、そこに乗員が集まっているので、積極的にちょっかいを掛ける場所と考えられるだろう。ところが深淵鯨ときたら、姿は本当に鯨であり、そういう人の意思の介在するような部位が見当たらない。せめてセンサー類はどこにあるのか。


 悩んで唸りながら、今一度、全体像に目を配る。

 立てた直方体のようなデザインは、大型海洋哺乳類の中でも深海に潜る歯クジラ類を思わせる。上部に張り出した巨大な頭部には油が詰まり、その中で音波を増幅させて海中に放って、反響で暗黒の深海を感知しているらしい。何でもメロン体とかいう器官だそうだ。

 いや、それは三浦真の地球の鯨の知識だ。目の前の深淵鯨とは別のはず。


「別のはずなんだが……」


 シンは呟いた。

 不思議と深淵鯨の船首――正面上部の額とでも言うべき部位が、どうにも気になってきた。

 外部に突き出した艦橋はない。だが船内の防御区画に戦闘指揮中枢CICのような、意志の集まる部署がある設計なら有り得る。


 そこから向けられた電子機器の眼があるとして、それに気付いた様な、どうにも根拠のない思い付きだった。

 あるいはミトの護衛の女戦士スーが口にした、ウェットの感覚とでも言うか。


「……宇宙においては積極果敢。やってみようさッ」


 なにしろ攻撃位置までの時間が少ない。自分に言い聞かすよう、シンは口にしたものだった。

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