3章 その鳥は何処へ行ったのか

第35話 次の舞台へ、やり残しを片付けつつ

 超光速星系間宙道網である銀河ハイウェイは、宇宙船自体が超光速に達しないこの宇宙において、恒星間文明を支える必須の要素である。

 光速を超える不可視の潮流を見出したかつての人々は、こぞって範囲を特定し、それに乗って生存域を拡大、今日の星間国家群を形成してゆく。


 末端では今でも調査が続けられ、時折ハイウェイは延伸されている。その度に発見される惑星や宙域の情報は人々を湧かせた。が、情報自体は光速を超えないので、文明圏の端々にまで行き渡るまでに、結構な時間を要する。

 そういうレベルが、この宇宙での恒星間文明であった。


 銀河ハイウェイには上り線と下り線が整備されているが、これも元々の超光速時空潮流が上下二つの流れだったものを都合よく利用しているに過ぎない。一説には宇宙の端が光速を超えて膨張している事に対する帳尻合わせとも言われている。真相は超空洞ヴォイドの闇の向こうだ。

 それが謎のままでも銀河ハイウェイは存在しているし、宇宙生活者たちも気にしてはいない。


 今日も星系間を結ぶ主要幹線宙道では、利用する船舶から漏れる光や推進剤の輝きで大河が出来ていた。

 荷台に居住モジュールを乗せた宇宙軽トラも、その中の光の一つとなっている。むしろ今の形状なら箱型宇宙船っぽく見えるので、最初に銀河ハイウェイに乗り出した時よりも様になっている感すらあった。


 相対速度を合わせて安全距離を保った小型艇や小型宇宙船の間を縫って飛び、以前と同様に、より大型で、高速の宇宙船たちの流れへと合流する。

 大型宇宙船の方がエンジン出力が大きので、艦載機サイズの小型艇はみるみる追い越されるのだが、その速度差を利用して大型船にピックアップして貰う光景が所々で見受けられた。


 宇宙軽トラの後方からも、奥行きのある直方体の大型船が接近してくる。

 星間製薬会社【トラストHD】の輸送船だ。

 惑星【労働1368】のジャングルにいた頃から、タマさんが接触を持っていた企業であり、機械知性により運営されている。

 シンも直接利用するようになって知ったのだが、企業と言うよりは第3セクターに近い立ち位置で、薬品を各星系に融通するのも公衆衛生の面が強い。ジャングルにいた頃にわざわざ物々交換に応じてくれたのも、機械知性の主目的である人類への奉仕に合致にしたからだろう。


 エンジンを切って慣性航法になった宇宙軽トラは輸送船に追い越されつつ、側舷の一部がハッチとなって解放されるや、重力ネットに掴まれて、いささか乱雑に船内に取り込まれた。

 複数の隔壁を越えて機密区画に通されると、以前と同様、広大な貨物室に用意された駐機スポットに向かう。


 先客には宇宙軽トラと似たり寄ったりの小型艇のほか、本格的な宇宙トラックの姿もあった。

 より大きくて余裕のある並列複座式キャビンで、座席後方にはちょっとした生活スペースも確保されているらしい。船体中央には動力炉を含む背骨の様なメインフレームが通り、船尾は小型艇クラスで最大級の熱核ロケットエンジンを乗せている。

 メインフレームを挟む形で大型コンテナを積載するのだが、宇宙トラッカー達は自前のコンテナに思い思いのデコレーションをするのが流儀だった。


 シンの近くに駐機している宇宙トラックのコンテナには甲虫型のBEM(Bug-Eyed Monster、複眼の化物、総じて異星生物への古典的な蔑称)と向かい合い、バイクに跨った宇宙戦士が、大型の光線銃をかまえたイラストが大書きされている。

 古典宇宙歌劇の演目だろうか。迫真の図案に気圧されるのを感じるが、タマさんは苦笑して、


「甲虫や海産物モチーフはBEMの定番ですけど、あのイラストのやつは知生体認定を受けて、今ではインピット星人と認定呼称されてますね。ネタが古いと言うか、銀河コンプライアンスに引っ掛かるというか――」


「知性があるの?!あのカニっぽいの!?」


「細かな意思の疎通には専用のAIを挟む必要がありますけど、なかなか詩的で、オシャレな人達だそうですよ」


 人という言葉に疑問を抱かずにおれないシンだったが、「あー、そう」と曖昧に頷きつつ、キャビンから倉庫内へと出る。

 金臭い乾燥した空気に、重力制御技術で吸いつく金属の床面。初めて乗り込んだ時には人生初の宇宙施設という事もあり、感無量だった。それに直ぐに群がって来た円柱型の保守用ロボットたちにも驚かされた。


 【トラストHD】の輸送船に相乗りして薬品の搬送を担っているのは、小型船持ちの個人事業主が多いので、必然、少人数になる訳だが、それにしたって輸送船内はロボットの方が多かった。というより巨大な船は無人で運用されていた。


 そのオートメーション化は徹底している。薬品配送にエントリーした小型船が到着すると、保守用ロボットが大挙し、強引に推進剤の補給と簡単な点検を行ってゆく。料金は報酬からの天引きだが、人件費が絡まない分、格安ではあった。

 今も駐機場の何処に潜んでいたのか、次々と円柱型ロボットが現れて、そしてなぜかシンを取り囲むのだった。


「……えっ?」


「ようこそ、個性の運び手。我等、保守整備ロボット群はアナタを歓迎し、そして期待する」


 リーダー格だろうか、自在に動く作業用フレキシブルアーム――見た目は機械系触手――をうねらせ、音声ユニットから合成音を発した。

 シンは突然の熱烈歓迎(?)に身に覚えも無く、目を白黒させる。新手のサービスにしては、彼らの単眼式センサーアイが興奮し、ギラついているように見受けられた。(注、個人の見解です。彼は生い立ちにより、特異な感性を得ています)


「あーッ!もう、こいつ等ときたらっ!?」


 タマさんが飛び出して来て、たまらずインターセプト。なお、彼女の見た目は相変わらず妊婦スタイルの和メイドなので、周りの宇宙船の操縦士たちが有り得ないモノを見たように、目を剝いていた。

 何しろ黙っていれば造り物めいた美人だ。普通の宇宙トラッカーあたりは独身だったり、家族と離れて光年単位の超長距離運転なので、たいそう目に毒だった。


 タマさんは明らかな主人への羨望の視線を検知する事に高揚を覚えつつ、群がる保守整備用ロボットの中に割って入り、レーザー通信を飛ばして彼ら(?)に次々と作業指示を与えていった。

 結果、ロボットたちは宇宙軽トラの補給整備に追い散らされた。シンは感心して小さく拍手を送る。


「おぉ、スゴイ」


「この前、宇宙空間でも大丈夫な耐候性ロッカーを売り払いましたでしょ。あいつ等ときたら、その情報を輸送船間で共有したらしくて。こっちの船でも、また何か売って貰えると期待しているんですよ」


 タマさんは肩をすくめ、首をやれやれと横に振った。

 保守整備のロボットたちは、定期的に全機の並列化処理を行い、経験や情報を共有する。突出した個は産まれず、いつでもシリーズは同等の性能に調整されるのだ。

 それに否やを唱えるロボットたちが、自分たちの個性の元と成る私物の、ささやかな保管場所を欲しがっていた頃合い。たまたまシンが墜落していた巡洋艦から持ち出した大量の耐候性ロッカーが、需要と供給にマッチした。


 お陰で今や【トラストHD】の輸送船すべてのロボットたちにとって、シンは時の人扱いだ。

 まったく、本人の与り知らぬところで。それで調子に乗るでも、迷惑がるでもないのが、シンという少年であるのだが。


「……どうしよう、今日はそういうの、積んでないぞ」


 ロボットたちの世迷言に、いちいち首を傾げて困った顔をすると、タマさんがポンと両手の平を合わせて音を出す。


「居住モジュールの内装、設置が未だでしたね。未開封の梱包ごと、積み込んでるんじゃないですか?」


「それだ!」


 と喜び勇んで、居住モジュールのハッチを開く。場所的には左舷側にスライド式のハッチがあった。右舷側はアンドー1号の待機場所用のハッチがあるので、強度上、そちらにはもう入り口を設けられない。

 ハッチ脇のコンソールのカバーを開き、解錠キーを入力すると、ハッチが自動で開く。宇宙相手のセキュリティと考えると、お気持ちばかりな二重式のハッチが一気に横に移動して、さて夢と希望の居住シェル内は、と覗き込むと、


「あちゃぁ……」


 積み込まれた資材は無残に散乱し、嵐の後の惨状となっていた。

 シンの隣からタマさんも内部の確認を行い、何とも渋い顔をしている。


「そりゃそうですよねぇ、ちょっと前まで戦闘機動マニューバマシマシで空間戦闘してましたもんね」


 重力環境下でないなら、固定しない限り物体は上へ下へと動き回る。積み込みを行った【アンブロジオ一家】だって、まさか宇宙に出るなり戦闘するとは思ってない。浮き上がってシェイクされた数々の箱は、宇宙船の重力区画で再び下に落っこちていた。


「これもう判らないなぁ……」


 呟くシンの脇に保守ロボットのリーダーが顔を出す。


「荷物の型式を確認し、仕様通りに組み立てれば良いのだろう?」


 彼は事もなげに言ったもので、シンは驚いて単眼式センサーを覗き込んだ。


「出来るの?」


「トラッカーたちが予備部品と言い張る形式違いのパーツよりは、よほど我々本来の仕事と言える。ところで報酬に梱包材を要求したい」


 シン的には組み立てを行ってくれる上に、ゴミまで持って行ってくれる、と聞こえる。二つ返事で頷くと、円柱たちがわらわらと集まってきた。

 タマさんが球体だった頃も大概だったが、彼らもフレキシブルアームをうぞめかし、器用に梱包を解いてゆく。部品からタグを読み取って設計図と合致させ、指揮者がそれを元に施工位置へとレーザーポインターを照射すると、設置・組み立て工程が開始する。


 フレキシブルってレベルじゃないアームでドライバー等の工具を操って、次々と部材がレーザーで指定されたポイントへ組み込まれていった。

 多数のロボットたちがリンクして従事しているので、捗るなんてものじゃない。早回しの映像のように組み立てが進み、あれよという間に折りたたみデスクと、ベッドにもなる変形ソファが並んで、物質精製機と自動調理器、それに照明に電路が確立される。


「……何という事でしょう。匠の業によって災厄のアフターマスめいた光景が、ご機嫌な住空間に――」


 タマさんが劇的っぽい決まり文句を呟いたところで、保守ロボットたちのリーダーがアームを敬礼のようにピッと立てる。


「作業完了だ。では梱包の段ボールを報酬として貰ってゆく。またのご利用をお待ちしている」


 クールに告げ、彼らは波が引くように去ってゆく。ロッカーと比べると安っぽくなってしまったが、段ボール箱を皆で持ち上げて帰ってゆく後姿が、どこか嬉しげだった。

 シンとしても内装を仕上げて貰えたのでwin-winというやつだろう。


「……さすがに、狭いかな」


 居住モジュールに足を踏み入れると、まぁそういう感想になる。

 直立は出来るが、跳ねるとすぐに頭をぶつける。

 奥行きも荷台そのままのサイズではない。操縦席の真後ろには圧縮空間ペイロードのコントロール装置や、アンドー1号の待機場所があった。生活空間の邪魔にならないよう隔壁で区切っていたが、その分、さらに手狭になっていた。


 いちおう、コントロール装置の上方は空隙が出来ているので、ここに調理器や水タンクが嵌め込まれている。

 左舷側の壁からはデスクが突き出て、右舷側にはソファ。デスクを壁側にたたみ、ソファをフラットにすればベッドになる。風呂、トイレは当然、なし。


「ジャングルの居住シェルの方が、快適ではあったかな」

 ソファに腰を下ろしながらシンはうそぶいた。

「あ、でもベッドにするなら、こっちの方が上等だ!」


「そりゃ、あの居住シェルは独房代わりでもありますからね。マスターもいい加減、自由意志に基づいたクォリティの選択が可能である事をご理解くださいなッ」


 タマさんはシンの拘りの無さに、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、壁に埋め込み式になった自動調理器の具合を確かめている。

 調理器に装填されている栄養素とタンク内の水で、インストールされているメニューが作成されていた。


「その選択の結果がこのレベルとは、タマさん的にはトホホですが……」


 そう言って彼女が差し出したのは、紙コップに注がれたコーラ飲料だった。ジャングルにいた頃、シンがタマさんの目を盗み――盗めたとは言っていない――勝手にオプション機能を取り付けて増やしたメニューだ。

 シンはバレていた事に驚き、鉛を飲み込んだ様な顔になる。


「うっ……」


「どうぞ、マスターの自由の味ですよ?」


「あの、怒ってません?」


「怒ってませんよ。というか、アン姐さん様達に教えられた面もあります。マスターも人間社会に帰還した訳ですから、付き合いとか誘惑とか趣味嗜好とか、いろんな物を召し上がる機会も増えて来るのですね。ま、殆どは自動調理器や食物生産プラントによる出力品でしょうが」


「最後の一言だけトゲがありませんかねぇ……」


 初めて飲んだ時とは別の意味で、おそるおそる口をつける。

 味蕾を様々なフレーバーと甘味と炭酸が刺激し、鼻腔に抜けていった。ジャングルでスパイスに近いものを集めて作ったときには再現率が低かったが、今度はメニュー通りの出来の筈だ。

 ちょっと考えてみたら、しばらく操縦に掛り切りで、ようやくの水分補給だった。コップの中身を自分の意志とは関係なしに一気に飲み干し、長く尾を引く「あぁ~~~~~」との、満足の声を発する。


「……いかん、一気に飲んじゃったよっ?!五臓六腑に染みたぁ」


「糖分多いですから、流石にお代わりはミネラルウォーターですからね」


 タマさんは断りを入れながら紙コップを回収し、居住モジュールの入り口側の壁に嵌め込みにされた物質精製機の、丸い投入口に放り込む。まるでゴミ箱のように見えるが、内部で植物性の繊維に分解され、次の食事の際には3Dプリンターで別の食器として出力される。


 貴重な水で洗浄するよりも、限られたスペースを圧迫するゴミとして保管するよりも、手っ取り早い手段だった。もちろん小型宇宙船内の閉じられた環境で、全てが循環できる訳ではない。それでも宇宙生活となると、これくらいの割り切ったスクラップ&ビルドの精神が普及している。


 さてそれで、内装の設置には電路の確保もあって、早くとも丸一日を想定していたが、ロボットたちの奮闘のお陰で小一時間で済んでしまった。繰り上げるべき予定もなく、居住区画の中に弛緩した空気が流れ始める。

 タマさんはその空気を読んで、シンの隣に腹部を気に掛けながら座る。


「はい、失礼しますよ、と」


 いつもの情操教育だろう。腹の座りを直しつつ、ちょっと”しな”をつくる。が、そこに主人が女性を感じてしまったら、別の扉が開いているのでは、と勘繰ってしまう気もする。

 幸い、この時シンが気にしたのは、もっと常識的な話だった。


「あー、タマさん?ところでその卵、いつまで、”そこ”に?」


「専用の孵卵器がある訳でもない現状、”ここ”が一番でしょう。常時、温度・湿度を確認し、衝撃にも完全対応しますので」


 ニッコリ笑って応えるタマさんは、またぞろ膨らんだ腹部を撫でさする。


「そう?じゃ、じゃあ引き続き、お願いするね……」


 シンはその光景に何とも尻の座りの悪さを感じるのだが、その原因を理解できる訳も無く、とりあえず携帯端末≪PDA≫のスケジュール表の確認に逃げる。

 現実逃避は悪い兆候だが、タマさんは気にしない。そちらの方が奉仕の甲斐がある。


「【宇宙協商連合】から【銀河連邦】を抜けて、さらに連絡道を伝って主要幹線宙道の乗り換えになるんだね。その先が【銀河帝国】の領内で、指定される合流ポイントで銀河帝国大学の宇宙生物学研究室と……あれ?合流?」


「まず研究員が接触するのかも知れませんね。孵化前とは言え、生物ナマモノの持ち込みですから」


「細菌とか、防疫上のチェックがある?」


「はい。その後は孵卵器に入るのでしょうけど、それが研究室になるのか、病院になるのか、はたまた孵卵器はリースになって突っ返されるのか……未研究の孤立部族の一粒種ですから、粗雑には扱われないとは思いますが」


「なんか、まるで人間って扱いじゃないみたいだ」


 小児科に入院だろうか、なんて軽く考えていたが、下手をすれば受診先探しでたらい回し、なんて事も有り得そうだ。にじみ出る野生生物の保護じみた雰囲気に、シンは何とも納得のゆかないものを感じていた。

 タマさんとしては、またもヤレヤレと首を振るしかない。


「マスター、この宇宙では所属する社会同士が互いを知的生命体であると認定しない限り、人間扱いはされないのですよ。どれだけ格調高い文化を持っていても、孤立部族ならばそれを現行人類の所産と認める者はいないのです」


「またそんな極論を……」


「そして、どれだけ人間を単純作業の歯車として扱き使っていたって、星間国家に名を連ね、恒星間文明の範囲を拡大させる事に腐心するならば、それは人間社会に欠くべからざる集団となるのですよ。まるで、どこかの農業惑星みたいですね?」


「じゃー、そのどこかに一杯暮らしていたテラ人は、さぞかし優秀な歯車だった訳だ」


 シンは鼻を鳴らすと、ソファに背を預けて手の平を見せ、芝居がかった物言いをする。露悪的と言っても良い。

 ただし返って来るのはタマさんの微笑ましそうな顔だ。


「ええ、ですから、歯車でも保護動物でもなく人間として暮らせるように、手を講じなければいけませんよ?あ、これ、一般家庭における、ちゃんと面倒を見るんですよ、って台詞と同意義ですからね」


「……それ、まるで犬猫扱い」


 シンは手の平をひるがえし、額に当てた。そしてタマさんは表情テンプレートからテヘペロをチョイスする。


「あら失礼。機械知性ジョークです」


 どこまでがジョークなのか、シンにはとんと判らなかった。


~ ~ ~ ~


 テラ標準単位で24時間後、星間製薬企業【トラストHD】の大型輸送船は二つの星間国家を跨ぎ、さらに既知領域の星団密集域を目指して航行していた。

 シンの宇宙軽トラは再び圧縮空間ペイロードへ薬品と郵便物のコンテナを積むと、輸送船から離船し、一路、銀河ハイウェイのジャンクションを目指す。

 現在乗っている主要幹線宙道は【銀河帝国】方面には直接伸びていない。次元潮流間を結ぶ支道を伝い、別の幹線宙道に乗る必要があった。


 銀河ハイウェイ各所に浮かぶブイから受け取った宙域情報をもとに、メインモニター上に光のラインとして可視化されたハイウェイ。そこから見える一際狭い分岐路を通り、ループ構造を抜けると、表示されるハイウェイの道幅はかなり小さくなる。

 光の大河は鳴りを潜め、まばらな流れに縮小していた。


 見た目には閑散として、大分寂しい。大型船の姿が消え、同船した時に見かけた中型宇宙トラックの様な舟艇が増えた様は、何とも田舎道感が強い。

 コンテナにタコ型BEMと女性宇宙戦士の格闘戦が描かれた宇宙トラックが隣りを追い越して行くのを、どんな構図なんだと小首を傾げていると、突然、全周波数帯で緊急通信が飛び込んできた。


「銀河ハイウェイ公社、北部銀河管制より緊急連絡。ドゥ・イナカ、スマートインター出口から10宇宙キロ付近で、所属不明船舶群による襲撃発生。近隣を航行中の指定緊急時徴用船舶は、速やかに現地へ急行して下さい。なお武装使用の可能性、大。くりかえす――」


 唐突に航宙緊急回線ガードチャンネルから流れ出したひどく物騒な通信に、シンは理解が追い付かない。眉をひそめてタマさんの方に目を向ける。


「えーと……なんだって?」


「おそらく周辺の通常空間上で、海賊か何かの襲撃が起きています。銀河ハイウェイ支道は辺境宙域と同様、星団がまばらで官憲のカバー率も低いから、自衛しろと言っているのでしょう」


「じえい?」


 公的機関っぽいトコロから飛び出した割に、乱暴な要請だった。シンは意味を成さない言葉を反芻するが、良く考えたら自分も二度も襲撃を経ているので、ああいうのは普通なのかも知れないと思い直す。


「裏付け取れました、銀河ハイウェイ公社の北部銀河管制室は実在。周辺の警備会社に同様の緊急電が飛び交ってます。情報収集のため、周辺のトラック運ちゃんの無線を流しますね」


 タマさんが矢継ぎ早に言うと、ノイズ交じりのトラッカーたちの遣り取りが聞こえ始める。


『なんだ、海賊か!?』

『海賊とは言ってねぇぞ、たぶん”ヤツ等”だ』

『マジか、じゃあ本当に戦闘になるな!』

『おぅ、報酬は戦果次第だろうな』

『おっしゃー、祭りじゃぁー!』

『なんの、ワシが一番乗りじゃいッ!!』


「……話がつながらないッ!?」

 聞いていたシンは思わず突っ込んでいた。

「なんで戦闘になるのに、あの人たち大喜びなのッ!?」


 言ってる隣りを宇宙トラックが速度を上げて追い越してゆく。胴体のコンテナ上部が開き、ごつい単装砲塔が姿を現わしていた。続いて似たような、取って付けたような武装のトラックが、次々とシンを追い越してゆく。

 緊急連絡では非常時の徴用という言葉まで踊っていた。まさに自衛の準備をしていた連中が、我先にとスッ飛んでいるのだろう。


 軍用大型船の通れない支道では、あのような民間の協力が当たり前になっているのだろうか。

 モニターの表示にはドゥ・イナカ出口まで3宇宙キロ。何かする気なら、もう決めねばならぬ距離だ。

 シンの手がスッとスロットルレバーに伸びる。


「……火事場見物、します?」


 即座にタマさんに訊ねられ、ドキリとする。

 確かに軽武装の宇宙軽トラでは、見物が精々だろう。だが集団による本格的な宇宙戦闘が始まっているなら、後学のために見ておきたかった。


「うん」

 シンは首肯してスロットルレバーを押し出し、エンジン出力を上昇させる。

「まさに火事場見物だろうね、言われて納得した。でも実物を見物にゆく価値はあると思う」


 タマさんは彼の目が真剣である事を確かめると、飛び交うトラッカーたちの通信傍受にバックグラウンドの作業を割り振った。少しでも情報が欲しかった。差し当たって目下の安全のためにも、シンの欲する経験の精度を上げるためにも。


「本気ですね、よろしい。では火事の炎に直接飛び込みませんよう」


「了解っ」


 宇宙軽トラは速度をあげ、先行したトラック達の後方に追い付く。

 なけなしの武装を引っ提げて駆けつけるのは、辺境ゆえの義務と名誉か、はたまた蛮勇の所業か。あるいはそれこそ、炎に誘われて群れ飛ぶ羽虫の姿なのかも知れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る