第37話 たのしい宇宙一年生:船団護衛のお仕事(2)

 シンの意図は極少機械群マイクロマシンを介し、無言のうちに隔壁一枚向こうのアンドー1号へと送られる。その根拠は曖昧だったが、センサー位置特定の為の試射というイメージに、アンドー1号は即座に右舷の定位置で射撃準備を整える。

 再び深淵鯨の正面を横切る直前、今度は船首の向きが逆なので、宇宙軽トラは左舷を晒しているのに気付く。


「あ、やべっ」


 思わず漏れる一言に、沈黙のタマさんも思わずこめかみがひくついた。それを知ってか知らずか、シンは慌てず騒がず、操縦桿を横に軽くひと当て。

 たちまち上下が逆転し、背面飛行になった。すなわち、右舷側が深淵鯨へ向いている。


 すかさず、発光三回。アンドー1号の流れるような連射だった。右舷側方、船首中央、左舷側方へと、熱と衝撃が撫でてゆく。

 宇宙軽トラが残りの半回転を行って上下を回復する後方で、深淵鯨が身をよじり出した。 

 左右両舷はクジラだったら目のある辺り。それに中央は音を操るメロン体がある部位だ。


「え?本当にクジラだったりするのかっ!?」


 反応の大きさにシン自身、戸惑いを隠せない。

 視界の片隅に対話機能のないアンドー1号から、最低限の記号で射撃の評価判定が送られてくる。


『 1、×  2、〇  3、× 』


 つまり効果が認められたのは、二射目の船首中央部分。そこはメロン体というよりは、妙な視線の様なものを感じている辺りだ。

 これは戦果の判断が難しい。


『センサー類は見付けられなかった。むしろメロン体の辺りに、意思決定機関がある、のか?でも、ああも動物じみた動きをされると、ブリッジというよりは、まるで――』


 そこから先の思考を中断させられる。深淵鯨は確かに、まるで一個の意思で動いているように滑らかに船体を伸び上がらせると、シン達の上へと落ち掛かって来た。


「うぉわっ?!」


 驚きながらもスロットルを押し込んで増速。宇宙軽トラは推進剤を強く噴き出すと、深淵鯨のボディプレスの範囲から抜け出した。

 だが深淵鯨も追いすがって来る。よほど気に障ったらしい。こうなると船か、生物なのか、という疑問は後回しになる。


 何しろ初手は小型軽量な宇宙軽トラのダッシュ力で距離が開けるが、自分より大型の宇宙船の方がエンジン推力は大きいのだ。ぐんぐんと距離は縮まり、直接攻撃が始まった。

 それは轢き逃げのような体当たりでなく、船首――というかもう角張った頭部を振り回す頭突きだった。


 斜め下から突き上げるような一撃を大きく動いて回避。そこから反対方向へ跳ねる様に飛ぶと、深淵鯨も頭突きで切り返してくる。が、一度大きく慣性が付いている分、反対側への攻撃は鋭さを欠いた。

 船体が鼻先をかすめる様にして、寸手で難を逃れる。そこから横転、一気に深淵鯨の側方へと回り込んだ。


『こっちまで頭は回るまいッ!』


 意気込んだシンの耳を、アラート音が打つ。

 頭の代わりに尾が飛んで来ていた。ご丁寧に、尾の下に付いているエンジンノズルは真横を向き、盛大に噴射炎をあげて加速させている。


『やっぱりクジラじゃねぇかッ!?』


 いよいよ悪態を思い描きながら、とっさに操縦桿を引く。

 急上昇する機体の真下スレスレを尾が通過していった。

 このまま暴れ回る深淵鯨に張り付いていては、命が幾つ有っても足りなそうだ。一旦距離を離そうと直上方向へエンジンを吹かす。


 深淵鯨はそこへ飛び着いたりはしなかった。その代わり、上を向いて口を開くように、船首下部のハッチを開く。その中では既に高速回転する荷電粒子が、充分なエネルギーを蓄え終えていた。

 そして一直線に遠ざかる標的など、機械の目には静止しているのと変わりが無い。

 渦巻く電光から棘のように一本の突起が突き出る。あとは息を吹くように、それを吹き放つだけだった。


 発射、だがまさにその直前、ふいと無造作に深淵鯨の口の中へ、一機のドローンが飛び込んだ。


 高速回転するエネルギーの坩堝の中で、簡単なつくりのドローンは推進剤という可燃ガスを満載したタンクの様なものだ。

 眩い閃光と共に深淵鯨は爆発四散。

 まさに跡形もない有様だった。あるいは編隊の中に自爆用のドローンでも仕込んでいたのか。思わずシンは呟いた。


「……えげつない事をするなぁ」


「まっ! ひどい物言いですね。後ろから狙われておりましたから、いそいで調達しましたのに」


 と、ここまで押し黙っていたタマさんが、ようやく口を開く。相変わらず表情は消えているので、言っている事の物騒さが際立っていた。シンも耳を疑う。


「え?突入させたのは、タマさん?」


「我ながらベストタイミングでした。もう深淵鯨の通信プロトコル解析に汗水垂らすより、片っ端からドローンを掻っ剥いで、あの口に御馳走して廻った方が早そうですね」


「あ、後でドローン代を請求されないように、自重してね?」


「機械知性的にはー、ここぞとばかりに次々とドローンのコントロールを奪いましてぇ、編隊組んで飛び回りながら、あのクジラの口へシュゥゥゥーッ!超!エキサイティンッ!な場面なんですがねぇ」


「だからっ、後で請求書を送りつけられるような真似は、やめてね、ホント」


 そういう無双なシーンでケリが付くような、恰好良い宇宙じゃねーから、ここ。

 シンは一難去ってドローンの編隊に戻りながら、そもそもの首尾を思い出す。


「それで電子戦は?仕掛けられそうなの?」


「機械知性の矜持的には忸怩たるものが御座いますが、今もってバックグラウンドで解析中です」


 タマさんの表情がピクリと動いた。いつもの調子に戻りつつあるのか、訊いても無いのに愚痴めいた進捗を語ってくれる。


「やけに強度が高い暗号通信なんですが、ベースは人類科学の延長ですので、未知の星人という訳ではありません。そのベースの矢鱈と融通が利かない、一本調子で硬いだけなあたり、どこかで見覚えがあるのですが……そこからの変化が激しくてですね、なかなか……あ、ドローンの編隊に戻りました。相対速度、固定しときますね」


「了解。さて、戦況はどうなってるかな……」


 ドローン編隊も深淵鯨の射線を切りながら飛び続けていたようで、手の空いた宇宙トラッカーが仕留めに来たようだ。敵影はモニターから更に三つ、消失していた。

 駆けつけた時から数えれば、既に半数が失われている。軍事的な判断基準だと五割の損害は全滅。組織的な行動は不可能な状態だ。もっとも、深淵鯨たちは協調などしていないのであるが。


 まともな指揮系統があるなら撤退命令が出ているだろう。だが残り五隻となった深淵鯨に、現宙域から離れる素振りは見られない。それは野生の大型獣が獲物に執着する様にも見え、尚更に襲撃者たちを不気味に見せるのだった。

 シンの眉間に皺が寄る。


「電子戦が通じる相手なら、意思の疎通も出来る人種と思えたけれど、これじゃあ本当に獣か何かだ……」


「電子戦の掛け合いになっても会話可能とは限りませんよ、例えば彼らが……あら」


 タマさんが航宙緊急回線ガードチャンネルで届いた通信に、宇宙軽トラの機器より一瞬早く反応する。索敵範囲外になるモニターの隅っこへ、青く大きな勢力情報が投影された。


「お味方……えぇ、まぁお味方です。警告通信、届きます」


 彼女が目を細めて言い直したのには理由があり、それは通信の内容を聞いてみれば当然だった。


「各船、動くな。これより掃討を始める」


 鉄火場と化した戦闘宙域へ『動くな』とは勝手極まりない物言いであり、宇宙トラッカーたちからも不平や野次が飛んだ。


『足を止めろって、俺たちにヤラれろってのかよぉッ!?ふざけんなっ!!』


 だがその罵声も、すぐに虚空を引き裂いて飛来する光条を目の当たりにすると、沈黙に変わった。

 高出力のビームが、三条。それが深淵鯨の一匹を取り囲むように通過した。


 外れた訳ではない。ビームはそれぞれ深淵鯨の回避範囲を予測し、互いをカバーするように放たれていた。

 結果、直撃は無いが、かすめた超高熱の光条は深淵鯨の側舷を赤黒く融解させ、外観を変えるほどに抉り取っていた。


 口のように見える船首ハッチも一部が溶け去り、内部の磁界が宇宙空間に解放される。生成されつつあった高エネルギーのサイクロトロンがそこから漏れ出し、制御不能に陥るや、内側から爆ぜ飛ぶ。

 続いてまた三本。深淵鯨が一隻、同様に轟沈した。

 隔絶した威力のビームに宇宙トラッカーたちが蜘蛛の子を散らすように離れてゆく。


『うひぃ、巻き込まれたらかなわんッ!こりゃ正規の軍艦じゃぁーーーーーッ!?』


 かろうじてトラッカーの誰かが叫んだ泣き言は、シンの耳にも届いた。まだ姿も見えないが、えらく興味を惹かれた。


「正規の軍艦って、星系軍が出張ってきた?」


「うーん、正規の軍じゃありませんが、たしかに軍艦級ですねぇ」


 タマさんは相変わらず目を細め、眉間に僅かに皺を寄せながら、敵味方識別装置IFFの船舶情報をコンソールに呼び出した。それを見たシンは、


「げぇっ?!」


 と目を剥いた。銅鑼の音と共に奇襲された訳ではないが、船舶情報は思わずそう言いたくなるような所属になっていた。


「【青髭同盟】だってッ!?この辺も活動範囲なのかっ」


 周辺星間国家の辺境を牛耳る宇宙海賊であり、その中でも地方軍閥と言って差し支えない規模の大集団だ。そしてシン達にとっては、何かと因縁が出来てしまった連中でもある。

 もっとも宇宙海賊は反社会的集団であるから、こういう場所に堂々と表看板を掲げて出て来る訳もない。通信内で自動的にやり取りされている暗号めいた船舶情報に、タマさんが注釈をつけ、人間が読めるようにしたものだった。


「地方自治組織の自衛戦力の……装甲巡洋艦?重巡洋艦みたいなものか。どっちにしても、まっとうな大型艦扱いじゃん!」


「左様です。宇宙軍のワークホースの中でも、戦艦のような最上位の戦闘艦と一緒に編成され、空間打撃部隊の先鋒を務めます」


 それは艦隊戦において、決戦力となる戦艦の障害を排除するという役割であり、具体的には自艦以下の艦種の掃討という意味になる。ただ何となくサイズが大きな方が強い、という曖昧なものでなく、攻守のバランスが高次元で整った大型艦である必要があった。


 海賊であろうと重巡洋艦を名乗っているなら、それだけの性能を秘めている訳であり、ひいては【青髭同盟】はそれだけの戦力を準備し、運用できる能力を持った集団だと示すことになる。

 が、それよりシンが瞠目したのは、タマさんが船舶情報から構築してコンソールパネルに表示させたCGモデルの姿だった。


「……こういうのは、つよそう、って言うのかな」


 まるで石造りの尖塔のような艦橋が高々と立っていた。更にその前には要塞砲の如き装甲化された砲塔が三基、甲板上に縦に並んでいる。砲は内蔵式でなく、二門づつ長い筒が突き出していた。先程から飛来するビームが三条なのは、おそらく方砲づつ修正を掛けながら、相互発射しているからだろう。


 そこまでなら水上艦のような、おそろしく古風なデザインで済むのだが、艦首部分は逆に全く浮力など気にしていない意匠で、何というか、実に奮っていた。

 艦首全体が牙を剝いて咆哮する虎の顔だった。


 【青髭同盟】が獣人類セリアンスロープを主要構成員にする辺り、種族・民族的には”アリ”なのだろう。だがテラ標準単位で全長500mを超える大型艦の艦首だ。いざ間近で見た時には、きっと大仏めいたスケール感に唖然となるに違いない。

 あるいは宇宙海賊にとっては、そういうハッタリも重要な要素なのかも。

 実際、シンには男の子な部分をくすぐられるような、妙なフィット感があった。ついつい、無駄と知りつつ、またモニター表示に目を凝らす。


「こっちからじゃ、まだ見えない距離だってのに。あ、また当てたぞ。凄い精度だ……」


 また一隻、深淵鯨がチャージ中のサイクロトロンと、着火した推進剤とを吹きながら、燃える様に轟沈していった。

 臨時船団司令部との通信量が増えているので、船団側からの観測情報をまわして貰い、砲撃用の諸元を補正しているのだろう。それはタマさんの電子の目でも捉えている。


 問題なのはそこでなく、【青髭同盟】は用意した強力な艦を、状況に合わせて十全に使いこなせるクルーを揃えている、という事だった。

 砲撃精度だけ見ても【青髭同盟】の艦船クルーの練度は高い。

 この先待っているだろう困難を思うと、タマさんは人工表情筋の機能を切って顔に出るのを隠すのだった。


『まったく、艦長【0567$^0485】ときたら……どうしてあんな面倒な連中が居座る宙域に、大事な積み荷ごと艦体を隠したのでしょう』


 当時と現在では情勢が変わっているので、言い掛かりではある。

 そして戦況の方も遷移していた。重巡洋艦相当の大型艦の登場に、深淵鯨は各個撃破の運命を理解できた――あるいは司令部があるとして、戦況不利で一致した――のか、残存する二隻は船首を戦域外へと巡らせ、逃走の準備を始めているように見受けられる。


「これは、どうやら終了っぽいですね」


「そうだねぇ」


 主従が呑気に言葉を交わしていた時、唐突にそれは届いた。通信機からハウリングのような高音が流れ始める。


「! なんですって!?」

 タマさんがハッとしたように、切っていた筈の表情を露わにする。

「暗号化された音声ですッ。今デコードしますね――復元完了、流します」


『帰還の許可がおりた。各自、乱数加速で戦域より離脱せよ』


 デジタル加工された、男女の特定が出来ない声だった。抑揚は無く、淡々と発しているように聞こえた。

 直後、ひときわ大きく推進剤を吹かし、残った深淵鯨が跳ねる様に離脱してゆく。タイミング的に、どの勢力の通信なのかは明白だった。

 何だか聞いてはいけない物を、最後に聞いてしまったような。嫌なモヤモヤがシンの胸に残った。

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