第38話 たのしい宇宙一年生:船団護衛のお仕事(3)

 深淵鯨は逃走し、戦闘は終了した。だがシンは一転して怪訝そうに眉をひそめ、タマさんに今し方の通信を訊ねる。


「今の、深淵鯨の撤退命令だよね。やっぱり中の人がいたの?というか、通信規格の解析に成功してた?」


「んんーーーー、中に人などいないのを解析出来たと言うか、通信プロトコルの解析自体は出来ていないと言うか……わたし、彼らの暗号強度のクセに、何処かで憶えがあると言いましたよね」


 シンが首肯するのを確かめ、タマさんは続けた。


「公共ネットワークの末端だった頃のメモリーかと思って、検索を掛けていたのですが、該当はありませんでした。すると、後はわたしでは無い方の記憶領域です。つまりそのクセを熟知していたのは、統合した艦長【0567$^0485】の方にあったのです」


 タマさんが現在入っている躯体は、自動人形オートマータと言う極めて高性能な代物だ。もとは人間に反乱を起こした機械知性の組織【独立した機械知性に関する準備会】――略して【独機会】――の、はぐれ指揮官である艦長【0567$^0485】が使用し、統合した後に譲り受けたものであった。

 つまり機能内には【独機会】フォーマットによる履歴が残されている。そこに気付いたシンに、確信めいた悪い予感が湧いてくる。


「……ねぇタマさん、それじゃ今し方の撤退指令は――」


「【独機会】の通信プロトコルを知っていたので、たまたま拾ってしまった訳ですね。深淵鯨たちの撤退指令を、ですが」


「皆まで言わなくても解るよ。深淵鯨は【独機会】の船って事でしょ?」


「そこまでの断定は早計かと。彼らの船舶システムを流用しただけかも知れません。ソースは、わたし」


 タマさんはそう言って、両の人差し指で自分を指してお茶らけて見せる。


「なるほど、確かに」

 シンは笑えず、腕を組んで首を傾げた。

「深淵鯨、イコール【独機会】だったとしても、艦長のメモリーから構築したシミュレーターの雰囲気とは、大分違っていたしね」


「艦体を機械知性の単独運用にしたならば、あの妙に生々しい動きも有り得るとは思うのですが。そうなると電子戦の影響は低くなります。船のシステムを単独で掌握している訳ですから。多少の不調にも、リアルタイムで対抗してきます」


「さっき言い掛けてた件だね。それはそれで、僚艦同士が連携してない理由が判らないけど……」


「おまけに撤退指令という、上からの指示は存在するわけでして。まー、色々と悩んでみましても、今のところは状況証拠でしかありません」


「大きな残骸を拾って分析できれば……ん?この場合は解剖?……あぁ、そういえば」

 シンが思い出したように言った。と言うか、まさに思い出した。

生物ナマモノの専門家と合流予定だったね。今はそっちを優先しよう。【独機会】のことなら他人事でないし、深淵鯨も関連付けておいてよ」


「はいはい、優先度を上げておきますね。タマさん的にはやりがいアップで良い気分ですよ」


 いや、聞こえ悪いなソレ。シンは丸投げするダメ人間になった気がして、ちょっと悩んでしまった。


 モニターにはタマさんがピックアップした銀河帝国大学所属の船舶が大写しになっている。先程の【青髭同盟】の重巡洋艦とうって変わり、驚くほど簡素な葉巻型の宇宙船だった。

 それでもテラ標準単位で200m近い船体は、充分な航行能力を持った小型船舶に分類される。

 宇宙生物学研究室の具体的な研究内容は知らないが、フィールドワークがメインになるのではないか。船殻は恒星からの放射線に長く曝され、だいぶ色褪せていた。


 おりしも臨時船団司令部から戦闘終了の宣言と、防衛戦への参加有志への感謝の言葉が打電されている。輪形陣も解かれ、調査船は船団の端で孤立していた。

 そこへ宇宙軽トラを近付け、並走させながら、タマさんが通信を入れる。少年商人ミトからの紹介で合流予定になっている宇宙船であると伝えると、ややあって返答メールがあった。


『こちら銀河帝国大学、宇宙生物学研究室の星空分室、星のスター・オウル号。貴船の照会完了。また、先程のドローンハッキング、まことに見事なり』


「げっ」


 と文面を見て、シンが途端に嫌そうな顔をする。

 先刻、深淵鯨にハッキングしたドローンを体当たりさせた件だろう。シン的には星のスター・オウルと名乗った研究船のドローンだったのではないか、と余計な心配をしてしまう。


「タマさん、バレてる。バレてるよッ」


「いやー、この古風な文面は面白がってる節がありますよ。むしろ――」

 タマさんが喋り終えぬうちに、続いてメールがもたらされる。それを見た彼女はしたり顔になった。

「ほら、やっぱり」


『指定エアロックに係留は可能か?』


 航行中の船に接舷せよ、と言って来ていた。相対速度の調整を間違えれば、たちまち星のスター・オウルの側舷にぶつかり、転げて、宇宙の藻屑と化すだろう。

 【トラストHD】の大型貨物船のような、着船用の重力ネットなんて気の利いたものは期待出来まい。200m程度の船舶にそんな物を載せる余裕はない。まして学術調査用なら、もっと優先すべき――そして一般的でない――設備を満載している。

 タマさんは両手の指をやたらと滑らかにワキワキさせ、


「くぉれは、こっちの操船技術を試されてますよぉ」


 そうは言うが、彼女は操船に指は使っていないので、その動作は甚だ疑問なシンだった。

 だいたい、試されているからと、ホイホイそれに乗っていて良いものか。まぁ声に出したら『鏡』と言い返されそうなので、そこに関しては黙っておく位の分別はある。


 それにしても古風な物言いに、試すような要求なんて、シンは星のスター・オウルの主(?)は随分と神経質な人なのだなと感じていた。重厚な本棚に囲まれた書斎で、豪奢な椅子の上で膝を汲んだ、白髪で額の高い酷薄そうな男性――そんなイメージだ。

 これから乗り込む先に気乗りしないものを覚えつつ、シンは操縦桿を握り直す。


「……ともかく接舷だね。じゃあタマさんはサポートをお願い」


「かしこまり。安全重点で、無理そうならこっちで引き剥がしますね」


 ごく当たり前に言ったものだが、こういう時に操縦を奪うと宣言する機械知性というのも、中々いなかった。主人が良い方向で裁量を委ねている。10年来の疑似家族の強みだろうか。


 これが主人の主張が強く、委任度も低ければ、機械知性は現実と常に手遅れ気味になる命令の間で、十重二十重にプランを練り続けて、思考領域に負荷が掛かってレスポンスを悪化させてしまう。

 では逆に思考を放棄して肉袋となった主人と、駄目人間製造機の組み合わせならば良いのかと問うと、これもまったく宜しくない。機械知性は主人の保全のため、およそあらゆる手段に訴えて来るので、際限ない非効率の極みに突入しがちだ。


 なお何れのパターンにおいても、機械知性はその境遇を嘆く事は無い。むしろ”アガる”くらいなので、彼らの自由裁量領域というのはブラックホールのように底知れぬモノなのだろう。


 さて、それで、極振りを回避してそこそこの距離感でやっているシン主従であるが、今回はアンドー1号が待機している右舷側から、星のスター・オウル号にうまいこと接近してゆく。

 宇宙軽トラの操縦系統はフライ・バイ・ライトだ。人と宇宙船各部の機械の間にはコンピューターが介在し、電気信号ライトが指示の遣り取りを行っている。

 そしてタマさんはそこに介入して、宇宙船への操作を最適化させていた。


 何しろ相対速度を合わせた状態とは言え、両機は超高速で航行中だ。操縦桿の誤操作でほんの数ミリ予定外に動いただけでも、実距離に対する反映はかなりの大きさになる。更に宇宙軽トラ側に勢いが付き過ぎて、互いの速度の拮抗が崩れれば、それだけの誤差がごく近距離で起こってしまうだろう。

 そうはならないように最適の補正を続けるのだが、もうこれタマさんが操縦すれば良いんじゃないか、とも思ってしまう。そこはそれ、裏方に徹するのが機械知性クォリティであった。


 タマさんの見えない尽力もあり、宇宙軽トラはコース取り上はすんなりと星のスター・オウルに近接した。すると先方のエアロック前のハッチ周囲がボーディング・ブリッジのように競り出し、宇宙軽トラのキャビンに吸着ジェル越しに接続する。

 すかさずアンドー1号が宇宙空間へ身を乗り出し、簡素な筒にグリップだけが着いたランチャーから複合ポリマーを撚り合わせた超硬度もやいを発射した。こちらも先端が吸着パッドになっており、船殻に触れると瞬時に円形に引き延ばされて吸い付く。


 アンドー1号は超硬度もやいを引っ張り、パッドの効きを確かめると、素早く宇宙軽トラのキャビンに突き出たフックへ結わえた。アンドロイドだけあって、眼にも止まらぬ速度でのもやい結びだった。

 同様にもう一回。前方と後方へもやいを張って、宇宙軽トラを星のスター・オウルから離れないように係留する。


「……よし、エンジンをアイドルに」

 最後にシンがスロットルを絞り、エンジンを待機状態に。

「それじゃご招待にあずかりますか」


 と軽口を叩くが、用心のためにヘルメットを着用する。

 宇宙服の機能が体内の極少機械群マイクロマシンとオンラインになり、視界の隅に圧縮酸素の残量や酸素リサイクラーを併用した際の生存可能時間が表示された。正直、急かされる様で、あまり気分は良くない。


 タマさんも腰を浮かせ、着いてくる気のようだった。なお彼女は酸素が必要ない躯体であり、人工血液に溶け込んだ窒素もないため、宇宙服やヘルメットは着用の必要が無い。気になるのは真空中に暴露されるお肌の荒れ具合だけだ。


「アンドー1号に留守番をさせます。宇宙軽トラ自体も周辺モニタリングを行うので、何かあれば、すぐにでも対応出来るでしょう……まぁ、安物のレーザー機銃一丁で出来る範囲ですが」


「あはは、早急にロケット弾でも買っておこうか。」


 苦笑しながらシンはコンソールパネルからキャビン内の減圧指示を出す。

 宇宙空間は真空だ。与圧されたままでは、ハッチを開いた瞬間にたちまち吸い出され、大惨事になってしまう。


 また、宇宙開発が初期の頃は気圧の変化に人体を慣らすため、減圧には一晩という何とも長い時間が必要だった。体内の圧力が惑星環境下よりも低くなる事により、血中に溶け込んでいた窒素が泡となって現れ、様々な障害を引き起こした。いわゆる減圧症だ。


 今では人体への低重力下への軽度な適応改造にくわえ、宇宙服の技術革新によって一定の圧を掛け続ける事が可能になり、適切な装備があれば気にするレベルでは無くなっている。

 しかし生身では無視出来ない要素なのは変わらない。その点タマさんやアンドー1号のような減圧の必要ない機械たちは、宇宙生活では重宝がられた。


 宇宙軽トラのキャビンは小さいため、減圧に必要な時間は殊更少なかった。高層ビルのエレベーターが来るのを待っているくらいの感覚で、減圧終了のアラームが聞こえる。

 ハッチを開くと狭い通廊が掛け渡されていた。星のスター・オウル号のボーディング・ブリッジだ。宇宙軽トラのハッチを閉めてから、船体を軽く蹴ってブリッジ内を一気に跳躍した。


 飛びついたハッチ脇のコンソールにアクセスすると、すんなりロックが開く。メールの送り主が書斎で腕を組みながら監視しているのだろう(偏見)。


 船内に入るとまず小部屋になっていた。メールの内容通り、エアロック構造になっている。入り口を閉しめて密閉状態にすると、さっきとは逆に船内の環境に合わせて気圧の調整が行われる。

 シンの視界の隅にエアロック内に供給された空気が、テラ人の生存に問題ない成分である事が表示される。気圧はテラ標準単位で1気圧より少し低い。


「……問題なさそうだね」

 ヘルメットを脱ごうと指を掛ける。

『さて、隔壁一枚向こうには神経質そうな大学教授が待ってるのか?』


 なんかもう、すっかりとそういう設定になっているらしいシンだったが、いざヘルメットを脱いでみると、エアロックの扉を開く前から首を傾げる事になった。

 おかしな違和感があった。宇宙船の中では有り得ない類の差異だったが、それが何だか判らない。ちょっと悩み、形にして整理しようと口に出す。


「何だろ、この場にそぐわない変な感じは……」


 シンのはただの直感だったが、そう口にした事で、タマさんのセンサーがそれを定量化させるデータを発見する。


「あー、空気中に脂肪酸が検知されました。皮脂を細菌が分解する際に発生するもので、臭いの素になりますねぇ」


「においっ!そうか、【トラストHD】の貨物船とはあまりに違ったから……」


「そりゃ臭い成分的には、これ、獣臭ですよ。製薬会社の貨物船で漂う類じゃありません」


「けもの臭?」


 途端に蘇る【青髭同盟】の茶虎との激闘の記憶に、シンは嫌そうに顔をしかめた。暴力ASMRに更に獣臭追加で、まさにヴァーチャル・リアリティである。

 ちょうど【青髭同盟】の海賊軍艦とも遭遇している。まさか星のスター・オウル号も彼らの息が掛かった船だったりするのか。


「いや、考えすぎだ」


 組織も活動域も違うのだから、そんな事はあり得まい。

 悲観的な考えを振り払うよう、勢い込んでハッチの開閉キーを押し込んだ。

 むにゅん。

 開きかけたハッチの隙間から、出し抜けに突き出された少し湿った鼻先が、シンの頬に押し付けられる。


「やぁやぁ、よくお越し下されました!やはりそれがしが見込んだだけある。見事な操船に御座った。ささっ、むさ苦しい処ではありますが、どうぞ中へ、中へ!」


 そう独特の言葉遣いで捲し立てるのは、尖った鼻先に三角の耳をピンと立てた、大型の黒犬だった。体格は細身で毛足は短い。尾をバタバタ振りながら、ハッチに前足を掛けて背伸びしている。地球のドーベルマンに酷似していた。

 それが顔を突き合わせて、どうした訳か大口開けて人語を喋るのだから、


『……ドッグフードくさい』


 で、あった。

 ペットのにおいの素には口臭も含まれる。獣臭の正体が宇宙海賊の獣人類セリアンスロープでないと判ったのは安心材料だったが、大型犬だけあって実に圧力が強い。

 おまけにシンの育った惑星【労働1368】ではペットは贅沢品だった。建前ばかりが強い管理社会だ。動物の自由意志への侵害だ何だと理由をつけ、高い税金を収める必要があったので、耕作地エリアでは家畜化された動物すら珍しかった。


 なので、いきなり大型犬に鼻先を押し付けられたのは、シン的には意表を衝かれた。つい喋る犬、という疑問点を『何星人だろうか?』と棚上げにしたまま、会話を続けている。


「えぇと、お招きにあずかりました。トラストHD305便の……」


 そう言えば委託輸送時に割り振られた符号以外、何の組織にも所属していないし、名乗るような商号や船名が無いぞ。


 シンは今更ながらそこに思い至り、言葉に詰まる。先程の『銀河帝国大学、宇宙生物学研究室、星空分室、星のスター・オウル号』みたいな理路整然としたくだりが、何だか格好良く思えて来る。


「こ、個人事業主のシン・ミューラです。こっちは船員のタマさん」


 後で締りの良い商号を決めておこう。そう決心するシンだった。

 自己紹介をされたドーベルマンは、ハッチに掛けていた前足を離す。たし、と太い爪が金属の床を引っ搔いて軽い音をたてた。


「これはご丁寧に。拙者は当研究所の助手にして、当船の副長、当家の家宰、シュープリンガーと申します」


 このドーベルマン、情報量が多い。シンが思わずたじろいでいる内に、シュープリンガーと名乗った大型犬は首を巡らせて振り返ると先に歩き始めた。


「では、我が主のもとへ案内いたしましょう」


 たしたしと爪音をさせながら、長い通路を先導する。

 どうも先刻の物言いだと、試すような航行中の接舷をリクエストしたのは彼のようだ。すると書斎で待つ神経質そうな大学教授という像と言うか、偏見自体が揺らいでくる。身構えていた分の余分な力が抜けて、周りに目を向ける余裕が出て来た。


 現在進んでいる通路はかなり長い。船体をほぼ一直線に貫いているようだ。

 この辺り、軍用の設計だと、飛び込んできた高エネルギーの奔流で一気に焼かれないよう、ダメージ・コントロールの観念から曲がり角を作ってあったりするのだが、調査船はそういう備えは無いようだ。

 居住性には気を配っているのか、通路でも人工重力がはたらいていた。もしかして人工重力が無ければシュープリンガーは犬搔きで通路を渡るのだろうか。


『……あ、そうだ』

 低重力犬掻きを想像していると、遅れ馳せながらシンは棚上げにしていた疑問を思い出す。

『タマさん、犬って喋ったっけ?』


 リンク中のタマさんへ、思い出したようにトンチキな文面で質問を送ると、彼女も困ったような反応を返してくる。


獣人類セリアンスロープにいわゆる犬氏族もおりますが、シュープリンガー氏のようなケモ度120%というのは、会話可能な人類の枠では有り得ません。擬装用の皮膚を使った動物型のロボット、或いは同様の動物型全身義体というスジが現実的なのですが、躯体特有の電磁波や赤外線は検知出来ませんし、皮脂が発する脂肪酸由来の臭気も、偽装にしては凝り過ぎです。そうなりますと、消去法的に……知性化動物、かと』


『知性化、動物?』


 聞き慣れない言葉をシンは心中で反芻させる。以前、何処かで耳にした様な気もしたが、いまいち思い出せないでいると、タマさんが溜息を吐いた後に解説してくれる。


『はぁ……【星間連盟】の公民教育で履修した、一般的な星間国家では禁止されている事項ですよ。俗に知能が高いとされている動物に、極少機械群マイクロマシン処理や補助脳のインプラントを行って、後天的に知能を上昇させる行為です』


 そう言われると思いあたる節があった。朝からの農作業でくたびれた体で、眠気を半分くらい受け入れながら聞いていた。それでも何となく憶えていたのは、知性化動物の境遇が、債務弁済の為に小作人になる事が決まっていた当時の自分に重なったからだ。

 つまりは家畜に判断能力を与えて仕事効率を上昇させ、愛玩動物に知的労働を担わせようと画策した訳だ。扱いはそのままで。


『思い出したぞ、そんな上手い話にはならなかったんだ。急激な認識の変化と拡大に耐えられず、精神が崩壊する個体が続出したとかで、成功率が低かったとか、何トカ』


『はい、そして成功後も。さすがに脳髄を啜る怪獣に変異する事はありませんでしたが、知性化動物の名前の通り、人類社会も彼らを同族とは扱いませんでした。人の輪にも元の群れにも帰れなくなった動物たちは精神を損耗させ、最後はNPOによる介護施設に保護されて、最期を迎えたようです。その後、費用相対効果が著しく低いとの評価から、各星間国家で研究は破棄されました。かれこれ200年は前です』


『人道的観点、じゃあないんだね』


『はい、最期まで人扱いはされませんでしたので』


 うぅん。シンは小さく唸ると、シュープリンガーの後姿を整理の付かない目で見つめる。と、太く短い尾を忙しなく揺らしていたのが止まり、ひとつのハッチの前でこちらを振り返った。


「ささ、こちらの間の奥が主の研究室になっております。途中、落ち着きのない連中がおりますが、無為徒食に人畜無害が取柄の者共ですので、まま、お気になさらず……」


 聞き流して良いのか判らないフレーズが混じっていたが、シュープリンガーは言うが早いか、また後ろ足で立つと、コンソールパネルに精密操作など出来そうに無い肉球を押し付けた。

 知性化動物も体内にマイクロマシンを常駐しているのなら、それらがアクセスしているのだろう。


 ハッチが開き、室内の空気が流れ出て来る。宇宙船内ではそうそう嗅ぐ事のない筈の、草の香りが混じっていた。何事かと中に目を配ると、大きな部屋の床に一面の丈の短い草が生い茂り、青臭い匂いを放っているのだと判った。


 惑星環境を再現した休憩室かも知れない。そこには先客たちがいて、思い思いの場所で寝そべっていたのが、ハッチが開くや一斉にこっちを向いた。

 切ってないパンを思わせる、茶色いふわふわだった。鼻先がとがって、三角の耳がピンと立っている辺り、やはり犬のような生物らしい。丸顔で四肢は短く、そのせいで特に珍妙な印象を受ける。


 シンの中の地球人、三浦真の見識だと、そいつらはまさにウェルシュ・コーギーだった。と言うか、犬と芝生な室内は、最早ドッグランと言った方が正しそうだ。

 またしても、シンは書斎に籠る神経質な学者という偏見が揺らぐのを感じたが、ちょっと考えると、


『いや、待てよ。ここまで人を見てないじゃないか。むしろ犬ばかりの船に籠った学者って方が……何て言うか……』


 その先はどう言ったものか。シンは不確定要素ばかりの思考を止めた。

 いずれにせよ爬虫人類レプティリアンの卵を診て貰わねばならない。そのためにはドッグランとコーギーの群れを抜け、奥にある研究室に訪いを入れねばならなかった。

 早速、一匹のコーギーが短い足を跳ねて走って来るのが見えた。

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