第6話 まずは足元から固めよう(3)
人外魔境サバイバル、三日目。
朝から遠征用の食料確保が始まった。しかし拠点周辺の可食植物を取り尽くしてしまっては元も子もないので、作業にはタマさんが同行して全体の資源管理を行うことになった。
より正確には、本来の資源採掘装備としての、機械知性とのパッケージング運用だった。
当初、輸送機に積み込まれた時に、タマさんが接続されていた背負子の事だ。それに空調服とマルチツールとPDAに、シンの中の
タマさんは夜なべして居住シェル周辺の環境整備をすると共に、空調服の作業服部分を裁縫したりして、装備の調整を行っていたのだった。
背負子は古い地球の船外活動服を思わせる、結構な大きさになった。その重量は肩バンドの縦軸と胸バンドの横軸とで、上半身全体に分散するようになっていたが、動き易いモノではない。これの左側上部にタマさんが乗り、シンの左肩越しに辺りに目を配っている。背負子の右脇からはホースが伸びて、マルチツールの下部マウントレールに接続している。
このフル装備の状態は、白色の作業服も相まって、何というか、清掃員じみて見えた。
マルチツールが掃除機じみて見えるのは、もう仕方ない。あながち間違いでもなく、用途は正に掃除機を兼用していた。ホースは背負子内部の集塵機から伸びていて、高強度レーザーで破砕した資源を吸引し、圧縮、パッケージングする。ゴミ排出の仕組みまで、掃除機に酷似していた。
他にも内部にバッテリー、飲み水も積み込まれており、長時間の野外作業を可能にする。
これでじゃんじゃん資源採取……と行けば良いのだが、拠点直下のボーリング・コアからは希土類は検出されず、地下からの岩塊が露出した山地へはドローンを派遣できず、足踏み状態である。
今はジャングル内部に落着していると目される自動砲台を無力化し、接収して資源化するため、ジャングル深部探索の準備を行っていた。
「さぁ~、ばりばり採取してくださいよ~」
と、背負子に固定されたタマさんは、資源管理のお目付け役とは思えないセリフを吐く。
「またそんな景気の良い事ばっかり言って……」
シンは実際には言うほど景気の良くないPDAの標的表示の方に目を落としながら、ジャングル外苑を歩きつつ、マルチツールのトリガーを引いていた。
野草、というか可食部のある雑草。粒の小さい原始的な豆と、その食べられなくは無い蔓。わずかに糖分を含む蔦。甘いが、えぐみもひどい野生のベリー。水分を溜め込むが、味も水のような瓜。
背負子に次々と吸い込み、内部で圧縮され、最後にはパッキングされた板が排出される。それらを集めて中継地点でドローンが下げたコンテナに積み込み、居住シェルまで運ばせる。
昼に一度帰り、大量の標準配食パックに加工されるのだろう。
もともと栽培作物でないので旨くも無いとはいえ、嬉しくもない。が、惑星外からの入植者が、原生の植物を問題なく消化吸収出来るように加工するのだから、偉大な仕組みではあるのだろう。
背負子に採集された各種栄養素からは、不足する栄養素が探し出され、PDAの標的表示が逐次更新されてゆく。同時に原生植物の成分データとしてまとめられ、タマさんがテラ人自治政府に納品し、債務の償却に充てられる。
もしかして、これだけでも結構なデータ量と金額になるんじゃないか、なんて思ったが、そこはタマさんに否定された。
「多少の薬事成分の発見は価値がありますけど、すべてが新発見な今のうちのボーナスですよ。それよりは、自動砲台の稼働中の反応炉あたりを拝借できれば、即座に債務をノシ付けて叩き返せます。それどころか、落着した衛星砲なら、自治政府との取引材料にすら出来ます」
捕らぬ狸の皮算用であるが、タマさんはまったくやる気であった。
そんなに上手くゆくものなのか。むしろシンの方が懐疑的だが、機械知性が演算で導き出したのだ、人間が思い悩むよりは現実に即しているのだろう。
シンは信頼の方向性で思考を放棄し、PDAの情報に集中した。
それからも採取作業は継続した。何度かドローンが食料の詰まったパックを運び、帰ってくる。時間も経過して、気温は息苦しさを覚えるくらいに上がってきた。
シンは背負子の肩バンドから伸びているチューブを口に含み、つまみを捻って解放すると、ごくごくと水を飲む。殆ど作業を阻害することなく水分補給できる仕組みだった。戦闘用の
が、シンはそういう装備のプロフェッショナルではないので、嚥下する水の量が多かったようだ。予定よりも早く、水タンクの給水を求めるシグナルが視界の隅に灯った。
「水、補給しに戻らないと」
「おおむね予定時間通りですし、少しはやい昼休憩でも良いかも知れませんね」
タマさんの提案に頷き返すシン。と、その目の前を、突然ジャングルの下生えを突き破って、影が走り抜けていった。たちまちジャングル外苑のブッシュに飛び込み、以後は気配も感じさせない。タマさんが観測情報をPDAに表示させると、中型のげっ歯類が走る姿が映っていた。
シンには判断する知識は無かったが、三浦真の知識では”柴犬くらいの大きなネズミ”という感想が沸き上がった。おそらく地表の虫や植物を摂取する雑食性のネズミだろう。それなりに大きいという事は、ジャングルの恵みが豊かな証左だ。
などと呑気な事を思っていたら、タマさんからの警告が音声でなく、マイクロマシン経由で直接訴えかけて来た。
『動体反応、ジャングルから!大きいです!!』
声をたてないのはこちらの存在を隠匿するためであり、実際、ジャングルから現れたソレを目の当たりにしたとき、彼はタマさんの気遣いに感謝した。
のそりと、大型の四足獣が現れた。子供であるシンではあるが、目線の高さが変わらない。前後の手足は同じくらいの長さであり、クマ――これも真の方の知識だった――のように後ろ足で立つような種ではないだろう。どちらかといえば四足すべてを同様に活かして、走り回る類の捕食者のようだ。
鼻先は尖って、その下の口には太くて鋭い牙が並んで見えた。あのげっ歯類ならひと噛みで絶命し、骨まで砕いて飲み込むのだろう。
シンは直ぐにマルチツールのトグルを回すと、武装にモードに変更する。目は離さず、用心しながら変えたつもりだったが、マルチツールの出力が上昇する際の高周波が空気を震わせていた。
四足獣がはっとなって辺りを見回し、シンに気付いた。獲物を捕り逃し、腹を空かせていた。たまらず、牙の合間から歓喜の唸り声がもれる。
もはや待ったなし。
タマさんは無言で観測諸元をシンの視界へ送り、『タイミング、指示します。トリガーはマスターが』とだけ付け加えた。シンはゆっくり息を吐きながら、銃口となったマルチツールの先端を四足獣へ向ける。
武装扱いになっているプラズマ・スキャッターとは、不安定だが高エネルギー状態のプラズマを、その名の通り四散させて近距離にばらまく散弾銃のようなものだ。電磁力により遠方に飛ばす、という宇宙艦艇などでお馴染みの手法の採れない手持ち火器の電力事情を逆手に取り、短射程に割り切ってまとめ込んだ、優秀な火器であった。
その本来の用途に、少年が一丁構えて大型捕食獣と対決する、という蛮行は含まれていない気もするが。
四足獣はネコ科等と違って出っ放しの太い爪で土を蹴り、シンへと一目散に駆け出した。両前足と両後足が揃って動き、小跳躍を繰り返すタイプの走りだった。
そして開いた口は、上下あわせて180度は開いたろうか。顔も見えない程の開き方はワニを思わせる。視界も塞ぐだろうが、このジャングルで小~中型のげっ歯類を一噛みで仕留めるなら、特に問題も無いのだろう。まさに強者の捕食行動だった。
ただ、今回はシンが細めた目で、その口腔を見据えていた。
彼がトリガーを引いたのと、タマさんが出した発射指示は、まったく同時だった。
もちろんシンに射撃の心得が有る訳が無い。射撃以前に、星間連盟の小作人は思考制御のせいで、好戦的な発想自体を封じられている。だがシン・ミューラは並行世界の自分の記憶と経験が流れ込んだ事により、高級基礎教育——日本の義務教育と、初等戦闘教育——団体行進を含む体育、それに高度な白兵戦教育——柔道と合気道を得ていた。
特に白兵戦の試合経験が、プラズマ・スキャッターの距離で遺憾なく発揮されたのだ。
そして機械は遅滞なく動き、四散するプラズマが瞬時に準備される。
マルチツール内に装填されているカートリッジには、特殊なガス惑星で採取された気体が充填されている。ガスの雲の中で年中放電が発生している、凄まじい環境だった。
そのガスはプラズマ化の直前で都合よく封入され、ここに最後の電磁波を照射する事で励起が起こる。
瞬時、目の前で閃光が瞬いた。
それは空気を引き裂いて広がるプラズマであり、針のように細く鋭い光の集まりだ。散弾銃と呼ぶのもおこがましい、熱と衝撃を伴う光のヴェールだった。
光に包まれた四足獣の頭部は熱と衝撃に曝され、次の瞬間には声もなく消え去っていた。指示する頭部が無くなって、四足獣はつんのめる様に地面に崩れた。
後には肉と毛が焼け、血が沸き立った強烈な臭いが立ち込めていた。
「お見事ですよ、マスター!」
耳もとでタマさんが騒ぎ立てるので、シンはようやく集中が解け、現実感がかえってくる。いや、違う。現実はこれからだ。なにしろ、この大型肉食獣の遺骸を居住シェルまで持ち帰らねばならない。
それは物質精製機に突っ込んで各種栄養素や動物繊維を得るという意味もあるが、死肉をあさる類の捕食者を呼び寄せないよう死骸を処分する、という安全確保の意味もあった。
結局、ドローン一機と自分とでロープを引き、またもや汗でドロドロになって居住シェルへと帰還する羽目になった。
~ ~ ~ ~
人外魔境サバイバル、六日目。
シンとタマさんの姿はジャングルの中にあった。
四日目と五日目を食料確保とジャングル外縁部の啓開に費やし、いよいよ密林の内部へと踏み入る。
ジャングル内の生物相の内訳はシンの知る限りと、三浦真の地球の自然科学との折衷案で判断が出来た。背の高いメインの植物が繁茂して光合成可能な空間を上部で奪い合い、下部の幹では僅かな空隙を蔓の植物が絡まって埋めている。地表には太陽光が届かないが、あまり光を必要としない背の低い草が生い茂っていた。そして草と地表の間には多数の虫の類と小動物がひしめき、濃密な生態系を構築している。先日の二種類の獣も、その中では上位に位置するのだろう。
ジャングル内には苛烈な太陽光が届かず、熱風も外縁から互い違いに伸びる樹木によって徐々に力を削がれるので、外と比べると温度が低い。しかし快適な分、下草も多いので、ここからの水分の蒸発もあって湿気が強かった。
テラ人にとっては、結局は過ごしづらい環境だ。
シンの視界を妨げるように蔦と草が野放図に伸び、地表の生態系は盛況のようだ。最初はマルチツールのレーザーで道を開いていたが、レーザーとて所詮は点に対して発振、収束するものなので、繁茂する草という三次元の広がりには力不足が露呈した。
結局、原始的な鉈を持ち出し、目の前の草を切断するのが効率的だった。
タマさんはシンが鉈を振るう事に、養護教導型機械知性の癖なのか『あぶない』とか『まだ早い』とか、しきりに否定的な語句を連発していたが、プラズマ兵器までぶっ放しておいて今更感があった。
プラズマ兵器と言えば、あの四足獣は精製機によって潤沢な資材に分解された。タンパク質とカルシウムは配食パックに混ぜ込まれ、分別した塩分は錠剤に固められた。体毛は糸に形成され、用途に応じた衣服の原料になりそうだ。何より、精製機にかけずに拾得した肉は、シンの食生活に潤いを与えた。
シンの育ち盛りの肉体は、ひそかにあの四足獣との邂逅を望んでいたが、食料の豊富な密林でわざわざ初見の生物を襲うようなモノ好きは少ないらしく、タマさんの動体センサーにも遠巻きにして、やがて遠ざかる反応ばかりが検知されていた。
ゆえに、ジャングルの啓開作業は単純で変化がなく、湿気からくる蒸し暑さとの戦いがメインになった。
壁のように繁茂して行き手を遮る蔓草に、真っ直ぐに鉈を入れる。金属の重量を生かし、余分な力を掛けずに断ち切るためだった。不意の太い蔦に弾かれぬよう、指は柔らかく締めておく。これで握力の消耗を抑えられる算段だ。
切り開いた植物は左右へ押し分け、踏みつけ、場合によってはもう少し切り払いして、道を確保する。
進捗はよくない。振り返れば、朝に踏み入ったジャングルの入り口が、まだ近くに見えた。
チューブを吸って水を補給し、刻んだ標準配食パックのパンもどきを行動食として口に運ぶ。
ジャングルは平坦でなく、地面には大小の凹凸が下草に隠されていた。迂回したり、踏み越えたり、そこでまだ体力を使うのだが、ともすれば気付かずに進行方向がズレていたりする。
ジャングルの入り口を確認して補正しようとも、現在地点から観測すれば、それは二点間の関係に過ぎない。動いているのは自分の方なので、中間に変化が無ければ、見えているものは同じに見える。もっとも、その辺りはタマさんが常に目を光らせていたので、目標への最短ルートは間違えなかった。
ただ、過酷で、変りばえのしない作業が続く。
昼まで頑張ってみたが、進んだ距離は数百メートルだ。タマさんは唸った。
「んんんんん……ジャングル、舐めてましたね。私からの補正を増やしても良いですか?」
「うん、お願いするよ」
シンは素直に従う。上位からの物騒な命令などない、と信じて以来、タマさんを全面的に信用するように振舞っている。
これはこれで、機械知性的には被保護者の自主性を奪うようで、忸怩たる思いがあるのだが、ひとまずは密林に落ちている狙撃者を確保するまでだ、とタマさんも割り切る。機械知性は奉仕種族である。本質的には、手の掛かる主人の世話ほど充足を得られた。
「では午後から移動するラインと、鉈の切断コースにも補正入れときますね。あと、水は居住シェルからドローンに運ばせて、近くに置かせます。少しでも重量を軽減しましょう」
「了解っ」
シンはチューブから水を吸い出しながら頷いた。
それでも子供の肉体である、劇的な改善とまでは行かない。が、ルート啓開の細部までタマさんの補助が入った事で、半分ほどの時間で昼前と同様の距離に達せた。
ではさらにその先へ、と行きたいところだが、Uターンして居住シェルまで帰らねばならなない。少なくとも野営を繰り返して目的地へ強行できるまでは接近していない。
その日は前進はそこまでとして、薬事効果のある植物を採取しながら帰還した。
植物は精製機にかけられ、薬効成分を抽出し、殺菌や整腸のための簡易な薬品に加工される。また幾つかのレアな成分は植物サンプルと共に、製薬会社などに売られる商材として保管された。
~ ~ ~ ~
人外魔境サバイバル、十六日目。
時系列は一気に飛ぶ。シンたちの姿はもう居住シェル周辺には確認できない。ジャングル内に奥深く入り込んだため、見上げるような巨木の傘が姿を覆い隠していた。
既にジャングルに分け入ってから10キロ地点。そこでシンは周囲の低木を切り倒し、確保した平地に、小屋を建てていた。
れっきとしたヤツではない。夜露を避け、体温を確保するための、シェルターと呼ばれる避難場所だ。
ここのジャングルは雨こそ降らないが、潤沢な地下水が植物経由で空気中へ放出され、外部の熱波から植物相を守っているようだ。そのため朝晩には霧がよく発生する。
その中で野宿などすれば、たちまち結露して水浸しになり、体温低下を招いた。シェルターはそれを回避するために必要だった。
マルチツールの加工機能を使って木材を切り揃え、高床式で天蓋が付いたベッドをしつらえる。試行錯誤中の似たようなシェルターが、入り口から5キロ地点にも設置されてた。
毎日居住シェルまで帰っていては、その移動距離が無駄と負担になってくる。キリの良いところまで作業を継続するため、ジャングルに泊まる方が効率的だった。そして最終段階には、飛び石的に配されたシェルターで寝泊まりして体力を温存しつつ、数日に分けた移動を強行し、目標に一気に近接する算段だ。
シンは幅の広い葉が茂った枝を並べてシェルターの天蓋を作ると、地面に火をおこし、慣れた手つきで野営の準備を始める。手順は否が応でも覚えるし、火をつけるのはマルチツール頼りだ。原始人のような摩擦で火を起こすような真似にはならない。
「ま、原始人でも火種を持ち運んだようですが」
背負子に接続したタマさんが、誰に対してか呟いた。
タマさんの球体ボディ全面には光のラインが何条もはしり、今も何やら演算していた。それもその筈で、地面に置かれた背負子の下面から杭を打ち込み、土壌試料の採取と分析を行っている。そしてその塩梅は、
「んーーーーーッ、やはりジャングル直下は落ち葉が分解された生物由来の土壌ばかりで、希土類は見つかりませんねー。もう少し深い地点のボーリング・コアを見たいですが、可搬式の装備じゃ限界があります」
「そこまで躍起にならなくても良いんじゃ?植物サンプルだって、それなりの出来高になってるんでしょ」
シンはカプセルホテルの個室程度のサイズであるシェルターに身を横たえると、そう楽観的な意見を述べた。
地面の火は遠めで焚いているが、温かさは感じる。作業終了にはそれなりに時間が掛かった。天窓のように開いた梢の間に見える空は、既に夜の藍と残照の茜がせめぎ合っていた。そして夜ともなれば、密林の温度はけっこう低下する。やはり火は必要だ。
シンの体温が上がり始め、ぬくぬくと寝る準備に入るのを観測しつつ、タマさんは多目的アームを複雑によじる。ため息を吐いているようにも見えた。
「今のところマスターは、なぜか戸籍が消失した自由人ですからね。テラ人自治政府は返済が終われば、何かと難癖付けてマスターの身分を星間連盟に嵌め込みにかかるでしょう。あの貧乏性の権威主義者の集団のことです、やれ名誉だの義務だのと、マスターに担わせる気の無かった言葉を上げ連ねることでしょう。ああ、腹立たしい……と、話が逸れましたが、今のフリーハンドな内に、最大限の準備をしておきたい、という基本理念はご理解くださいますよう」
「うん……やれる事はやるから……タマさんも、サポート、おねがい……」
シンの意識は睡眠に入っていた。
その寝落ちの様をタマさんは自由裁量領域の最重要区画内に保存しながら、これまでにも何度も試算しながら答えの出ていない問題を、再度、自己に問いかける。
ひとえに、ここ20日ほどのシンの事だった。
タマさんのマスターは孤児たちの団地の中で、特段の問題行動も無く、模範的な、他者に迷惑を掛けないパーソナルを有していた。
少し内向的すぎるきらいもあり、それのせいで肉体的に秀でた子弟達からは見下されがちであり、タマさんに負荷を与える原因にもなっていた。
『あんのクソガキども』と存在しない歯で歯ぎしりすれども、養護教導型機械知性は自己防衛以外では、上位の指令でしか人間に加害出来ないので、我慢であった。
それが突然の、シンによる暴力事件である。
タマさんも調書データを閲覧したが、アレはどう見ても星間連盟の小作人へは思考制御が掛けられている類の、近接格闘技術によるものだった。それ自体、債務償却用にアップデートされて多機能化したからこそ、触れられた情報なのではあるが。
おかげで他にも色々と解った事がある。
戦闘用技能の脳への焼き付けは、民間でも行われていた。例えばテラ人居住区の外に点在する、広大なプランテーション―—独立農家達は、自衛用の戦力を有している。凶暴な原生生物、過酷な自然環境、犯罪者、星間連盟への非融和派や独立派。星によって様々な障害があるが、彼らは国家からの干渉を最低限にする代わり、保護も最低限しか受けられない。
なので、小作人も独立農家に雇われれば、戦闘技能を焼き付けられた半農半兵となった。
もしかしてタマさんのマスターは、そういった人々と渡りをつけ、戦闘技能を得たのだろうか。
いや、それは無いだろう。
独立農家はテラ人居住区の存在する比較的安定した気候地域にはいない。
星間連盟は農民の棄農を嫌がり、彼らが知恵や野心をつけて星から出ないよう、外部情報を制限している。独立農家のような存在もそうだ。タマさんも機械知性による夜間の公務用演算ネットワークに接していたからこそ、独立農家という存在を知ることが出来た。
情報統制とて反乱精神醸成の芽を摘むというより、減った人口を補充するための金子を回すのが手間、程度の雑な認識だ。
『それにマスターの星間連盟市民登録の消失も意味不明です。そのおかげで思考制御が外れ、サバイバルがスムーズに進んでいる側面もありますが……やはり時系列的にはそれが先で、そこから自己研鑽をしたのでしょうか?』
そんな訳はない。そんな事はシンが事件を起こした晩、あれよあれよと罪状を決められて、それに伴いタマさんの機能が一気に拡張された際、一晩中自己を
タマさんに蓄積されたシンの膨大な個人情報をベースに現状を観測すると、シンの本質は何ら変動していない筈なのだ。
ならば、何が起こったのか。
この矛盾はタマさんに常に負荷を掛けていた。
自己の機能が一挙に拡大した際、本来は機能を
負荷による屑データは気付かぬうちにタマさんの自由裁量領域に蓄積し、その判断能力にバイアスを掛け始めているのだが、そこにも気づけずにいた。
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