第17話 そして無頼の航路へ(2)

「1時方向、3000宇宙キロに未確認機アンノウンッ」


 タマさんはテラ標準単位と標準的航法との折衷案で、来客の位置を報告した。

 テラ人の数理モデルである12進法でつくった時計の中心に自分を据え、右回りに針を進めた際の1時の方向……つまり前方やや右寄りの辺りだ。位置取りはまるで待ち伏せのようで、何もない処に沸き立つような神出鬼没さには覚えがあった。


「もしかして……」


 険しい表情のシンの呟きを肯定するように、モニターに高脅威度を示す赤いコンテナで囲われた機影が現れる。


「げぇっ、バッカニア!?」


「知ってるのか、タマさん!……って、海賊バッカニアだって?!」


「どこかの中小工業国が設計して、ライセンス生産許可をバラ撒いてる軍用宇宙機ですよ。そんなのだから素性が悪く、まともな国では相手にされてません。飛びついたのは札付きのならず者星間国家、広域銀河犯罪シンジケート、宇宙海賊。ついには着いた愛称がバッカニア!」 


「なるほど、自己紹介してるようなモンだね……」


 それは相手が油断出来ないという事を意味していた。何しろ海賊に知己など、一人しか思い浮かばない。そして、そいつからの招待状のように、通信周波数帯が指定されてきたので、シンは表情を引き締めて通信回線を開いた。


「待ったぜ、こん餓鬼ゃあッ!」


 果たして通信の相手は、あの獰猛な宇宙海賊のリーダー格の男だった。ただ。口振りの割りには怒りに染まった、という程でもない。あと、どうした訳か、


「シン・ミューラぁ~……終わりだよッ、お前も、俺もぉッ!」


 本当にどういう訳か、泣きそうになっている元同級生の警官が同乗していた。


「……はい?」


 シンは一気に気が抜けるのを覚えた。

 モニターに開いた通信用の小窓から覗けるバッカニアの内部は、航宙機というよりは、どちらかと言えば戦車のようだ。明らかに多人数乗りでシート数が多く、壁面のコンソール毎に縦横にひしめいている。そのシートも現在使用されているのは二つ。前面の二席に彼らの姿が確認出来るので、そこが操縦に関した席なのだろう。

 あとの二人はどうしたのか。その疑問は訊いても無いのに、元同級生が語ってくれた。


「お前が二人を怪我させちまったからっ!代わりに俺は浚われて、海賊の手伝いだっ!!無断欠勤に機材の横領……もう市警には戻れないっ!全部、お前のせいだぁッ!!」


「良かったな、それでも、宇宙に出られたじゃないか」


 シンは即座に、晴れやかな顔で言ったものだった。

 割と本気だったが、元同級生は唖然としてからプルプルと痙攣をおこす。あとタマさんは隣りで「アチャー」という顔をしていた。海賊はと言えば、ゲラゲラと大笑いしている。


「ホー、ホー!やっぱり面白ぇな、お前ら」


 弛緩した空気——断じて狙った訳ではない―—に、シンはこのまま有耶無耶にして離脱できないかな、なんてトンチキな考えが浮かんだが、やはりそうは問屋が卸してはくれなかった。海賊の目に、直ぐに剣呑なギラつきが戻り、


「だが、俺も手下を医療ポッド送りにされて、手ぶらじゃ帰れねぇ。面子ってのは面倒臭ぇもんでなぁッ!!」


 バッカニアの速度が上がり、一気に距離を詰めて来る。その形状は地球のカブトガニを思わせた。機体判別は終了し、シンの視界の隅にタマさんの解説が流れている。曰く、


『バッカニアは複数人で運用される大型艦載機です。襲撃機や雷撃機というイメージですね。横方向へ間延びして、前面投影面積が大きく見えますが、そこは装甲化されてまして、中に平均6門のレールガンやレーザー機銃を抱えてます。正対は避けて下さい。大丈夫、こっちも荷物は満載ですが、装甲が無いぶん身軽です』


「最後っ、安心できないなぁ?!」


 思わず声に出しつつ、シンはスロットル・レバーを前に送りながら、操縦桿を右に倒す。

 宇宙軽トラも速度を上げながら横転。相対速度が跳ねあがり、瞬時に互いの位置が交叉するや、一気に距離が開いた。


「このまま逃げ切れないかな」


 シンの願いも空しく、彼らの背後ではバッカニアが推進剤の尾を棚引かせ、旋回するのが視認できた。旋回の半径は大きいが、速度は恐ろしく速い。すぐにこちらを追いすがる軌道に乗るだろう。


「くそ、あっちの方が足が早いかっ」


 シンはスロットル・レバーを最大出力に押し出しながら、前面モニターに開いた小窓にピックアップされている後方視界を注視する。敵影は長い旋回を終え、こちらの真後ろを狙う位置に着こうとしていた。


「どうする、タマさん?!武装は無いよね」


「本船は現在、非武装ですね。武器になりそうなマルチツールは荷台ですし」


「あったら窓でも開けて撃てたかな?あ、俺の宇宙服が無いか」


「あー、もう、ないない尽くしですね。反撃手段を構築中……マスター、しばらくはナビゲーションに従って回避をッ」


 答えるタマさんは目を閉じ、演算に集中をはじめた。回避ナビゲーション自体も彼女が介入している。もはやタマさんが宇宙軽トラの頭脳と化していた。


「了解ッ」


 口にしながら、直ぐにモニターに表示された変針矢印に進行方向を合わせる。圧縮空間ペイロードに積み荷を満載したぶん、宇宙軽トラの反応はたいぶ鈍くなっている。更に積み荷の重量が振られ、余分な慣性まで着いてきた。


「おっ……おおぉっ?!」


 横滑りに戸惑いながら操縦桿を操り、次の変針指示に従う。わずかな直進の後、すぐに先刻とは反対方向へ機を傾けた。続けざまに再び反対方向への矢印。シンは半ば反射で対応。


 宇宙軽トラはタイミングをずらしながら蛇行を繰り返していた。

 余分な切り返しを交える分、直進をするより距離が稼げない。対してバッカニア側は真っ直ぐに追い縋って来る。たちまち距離は縮まってしまうが、攻撃のチャンスまでは与えない。


 左右への切り返しはバッカニアからの射線が通る直前で、計ったように行われていた。それは古くはジンギング等と呼ばれる、大気中で航空機が戦闘を行っていた頃に考案された、戦闘用の機動だった。

 更に機体とコンピューターの性能向上や、AI・機械知性・サイバネティクス技術といった、機械制御に関わる新要素もあって”犬の追いかけっこ《ドッグファイト》”は重層、複雑にっている。


 今もタマさんは宇宙軽トラの航法のみを行うセントラル・コンピューターに代わり、激しい電子戦ECMを遂行していた。パイロットが主に勘で行っていた切り返しのタイミングを完全にサポートし、こちらの位置はバッカニアの火器管制FCSに補足されないよう、ニセ情報を流し続ける。

 バッカニア側のメインモニターには、宇宙軽トラの見た目の位置以外へと、幾つもターゲット表示が発生していた。


 もちろんバッカニアのコンピューターも電子戦ECMに対する電子戦防御ECCMを行っている。演算を繰り返し、欺瞞情報を除去するのだが、モニターが綺麗になるのは一瞬のことで、次の瞬間にはタマさんから新たな欺瞞情報が送りつけられる。これではFCSが本物の標的を認識しないため、射線が通っても射撃ができない。


「どういうこったッ!?」

 海賊は埒の明かない追いかけっこに苛ついてくる。

「あんな軽トラがっ!軍用機のFCS騙すようなコンピューターを積んでるって言うのか?!」


 実際そんな事はない。が、通信を開いたとき、海賊はタマさんを認識していなかった。いかにもアンドロイドでござい、という外見だ。姿を認めれば、電子戦能力を持っていると考えて、危険視する筈だった。

 これは通信の時点で既にタマさんが自身の偽装を行い、電子戦を始めていた事を意味する。

 そうとは気付かない海賊は正しい目標にロックオンできず、攻撃のチャンスをふいにし続け、ストレスを貯めてゆく。


「くっそがぁッ!?おい、警官!!何とかならんのかっ」


「な、何とかって……」


 海賊の剣幕にシンの元同級生はたじろぐ。横暴な市警の先輩たちを思い出すようで、居心地が悪いったらない。それでも幾つか対処は思いつく。伊達に星系軍目指して勉強をしていた訳ではなかった。コンソールに向き合い、6門のレーザー機銃の筒先を一基一基、ターゲットに合わせてゆく。


 偽データを補足したFCSはロックオンすべき諸元が得られない事から、欺瞞情報を排除してゆく。6門を矢継ぎ早に回してゆけば、排除する速度も上がっていった。そしてバッカニアのコンピューターも偽データから、類似性があるものを率先して排除し始める。

 モニターから次々と偽装のターゲット情報が消えてゆき、海賊は手をたたいた。


「いいぞいいぞ!やるじゃねぇか。がははは、勝ったな!」


「……とか思っているんでしょうねぇ」


 タマさんは人工表情筋を悪辣な笑みに変えた。この瞬間は、どっちが悪党か判らなかった。

 送り込んだ最後の偽装情報が除去された瞬間、タマさんはこれまで以上の強度の偽装情報をバッカニアへと送りつけていた。

 モニター上を埋め尽くす勢いの偽のターゲットに、海賊は思わず仰け反る。


「なんだとぉッ!?おい、警官?!」


「!! ダメだっ、今度のは情報に中身がある?!補足しても消えないぞぉッ?!」


 涙目になる元同級生。明らかに機体制御の質で負けている。この格差は下手をすれば、宇宙空間で生命維持装置を停止させられる危険性まであった。そこまでゆくとFCSの騙し合いでは済まなく、もはやハッキングによる機能の奪い合いだ。


 サイバネ技術により意識とシステムを直結するようなハッカー達なら、そんな物騒な根幹部分も率先して狙ってくるだろう。一方、AIや機械知性だと、生命維持に関する機能の奪取には倫理コードがはたらき、大それた真似は中々できない。そこまでには強い権限や、高度な思考領域が必要になる。


 なお、今ここに野放図な権限拡大と、自由裁量領域の拡張が行われたにも関わらず、所属社会よりの抑制がほぼ存在せず、個人所有に収まっている稀有な機械知性がいるのだが、その特殊性は考慮に入れないものとする。

 ともかく、元同級生はこの事態に、ありもしない辣腕ハッカーのまぼろしを見て恐怖した。


「もうダメだぁーっ!?機体の制御を乗っ取られちまうッ!!」


「やっかましいッ!!」

 海賊は恐慌する元同級生を怒鳴りつけると、コンソールパネルの一角に手を伸ばした。

「火器管制が問題なら、こうすりゃ良いんだろうが!」


 赤色のプッシュ式スイッチを親指で押し込む。とたん、コンソールの一部が暗転し、モニターを占拠しつつあった偽のターゲット表示も消失した。

 何たる裏技か!とは、元同級生は思わない。むしろ、もっと絶望的な顔になった。


「なんでマスター・アーム・スイッチ切ってるんだぁーーーーッ?!」


 FCSの主電源スイッチだった。

 なるほど介入を受けているFCSを切断すれば、その影響も消えるだろう。かわりに全ての火器へのコントロールも消失し、文字通りの電源オフになったのだが。


「あんたッ、それでどうやって火器を動かすつもりなんだよぉ!?」


「なんだよ、子供なのに分別臭いヤツだな。こうすんだよ!」


 海賊は鼻をフンとならすと、コンソールパネル下の鉄板を蹴り剥がす。無重力を薄板がクルクルと舞った。


 露わになったコンソールデッキの中は、インターフェイス部分のタッチパネルやボタンから伸びた配線がひしめき合い、シリコン基盤へとつながっている。そのレイアウト自体には真新しさはなく、えらく古典的な見た目だった。

 配線の集まりの途中には切り替えスイッチでリレーした箇所があり、海賊は身を屈めてそれらのスイッチを入れてゆく。するとモニターにだいぶ簡略化されたターゲットサイトが再表示された。


「おら、こいつで復活だ」


 海賊は操縦桿を握ると、無造作にトリガーを引いた。

 バッカニアの前方下部から、6門のレーザー機銃が一斉に火を噴く。それはコンピューターによる照準を行っていない、電力と発射指示だけを直接送っただけの射撃だった。そのアナログさに気付いた元同級生は、干からびたミイラが両の頬を押さえている様な、いわゆる”叫び”の顔をした。


 目測による射撃は宇宙軽トラを外れて横を通り過ぎてゆく。機械知性に制御された船体に直撃させるには、まったく見当違いな射撃だった。が、操縦桿を握って当たらない事を祈っているシンにしてみれば、唐突に自分を追い越して行った青白い閃光に尻の座りが悪くなる。


「補足された?!」


「そんなバカなッ!?」

 これにはタマさんもセンサーアイを大きく開いた。

「……あいつらFCSを切りましたね。どんだけアナログ志向ですかっ!タマさん的には嫌いじゃないガッツですが……マスター!機動マニューバに変化を加えますよ」


「りょ、了解……!」

 シンは左右への蛇行を繰り返しながら、何とか頷いて見せる。

「それで、反撃の方は?!」


「準備は済んでますが、今はタイミングを見計らっています。これから上手く乗ってくるよう、誘導してやりますよ」


「……タマさん、また悪い顔してるねぇ」


「あらやだ、人工表情筋がまだマッチングしてませんか?」


「いや。球体の頃から、よくそんな雰囲気を出してたよ」


 シンは慌ただしい操縦の最中、懐かしむように微笑むと、改めて前面モニターに集中する。


「あらあら……まぁ……まぁ……」


 タマさんは意味のないフレーズを連呼していた。

 顔が無くてもシンがそう感じていたことが判り、理解を得られている事が喜ばしいような、なにか見透かされて気恥ずかしいような。処理しきれないが、不快とは感じないデータが蓄積されていた。

 と言っても思考の全てで、何かほっこりしている訳ではない。自身で口にした通り、機動への指示方向を増やしている。背後のバッカニアの非常識な目視による射撃の前兆を捉え、上下への振れをモニターへ加えていた。


 前後左右への小刻みな機動は、背後に着かれた宇宙軽トラの悪あがきにも見える。が、実際はタマさんからのECMにより、バッカニア側の単純な追従にも悪影響が出ていた。今や海賊は操縦も射撃も、手ずから行う必要があった。ここで標的が左右だけでなく、上下へも機動を始める。


「おまっ?!お前えぇぇぇぇぇぇッ!?」


 海賊の困惑の声が何処からともなく聞こえてくる気がした。あと、ぷちん、と冷静さの糸が切れた音も。

 バッカニアが闇雲に射撃を開始した。数撃ちゃ当たる的にレーザー機銃を掃射し、機首を振った火線で無理矢理、宇宙軽トラを追いかけ回す。


 シンの見ているモニターも慌ただしくなった。進路指示の矢印が目まぐるしく表示され、更にこちらを追い抜いて飛び去るレーザー光の方向へと、危険表示の赤色の太いラインが引かれた。そのラインに追いかけられながら機を左に振り、積載重量で悪化した機動性に冷や冷やしつつ、次の矢印に従って機を下降させる。そこから跳ねるように右上へ、火線の下を潜って元の位置へと戻った。


 と、すぐさま危険域の赤ラインが反転して左から接近し、キャビン内にアラートが鳴り響く。

 反射的に次の指示である上昇へ。自分の尻の下をレーザー光が焼いてゆく。

 息つく暇も無く、次の矢印は右下方向。


『い?』


 シンは指定方向への矢印を怪訝そうに目を細めて見直す。そっちはあたかも火線が去った方向に飛び込むようで、自分の見間違えかと惑う程だった。

 確認するか?いや。どう早口に問い質しても、それはタイムロスを産むだろう。まさに艦長【0567$^0485】の忠告通り、宇宙では即決果断が必要なのだ。


 その迷いだってほんの逡巡だった。が、生命のやり取りの場では、それはただの思考停止だ。

 シンは歯噛みしながら、指示通りに操縦桿を右へ倒していた。この戸惑いは後で反省すれば良いのか、それとも検証する間もなく全てを失うのか。


 右へ機を傾けながら下降する宇宙軽トラと、上向くレーザー機銃の光条とが急接近する。ほんの僅かな間の筈が、鳴り続けるアラートがやけに長く感じた。

 被弾するのか、しないのか。それには衝撃があるのか、それとも一瞬で操縦席ごと焼け焦げるのか。或いはこれは、自分に降りかかる死の直前に、走馬灯代わりに間延びした思考が続いているだけなのか。


 ふつ、とアラートが消える。下降する宇宙軽トラの下面を光条がかすめていった。ギリギリであっただけ、直後の互いのリアクションは遅れた。距離が大きく離れた。


「マスター!出力調整、受け持ちます。仕掛けますよッ」


 タマさんの目が演算を終えてカッと開いた。

 シンは仔細を問わず、今度は迷わず、必要な事だけを口にしていた。


「ユー・ハブ・コントロール」


「アイ・ハブ。進路指示……出します!」


 今度は上だった。それも直上と言って良いくらい、急角度の上方向への矢印。シンが操縦桿を引くと、思っていたより力んでいた。操縦桿の動きに持たせた”あそび”を超え、限界部分にガンとぶつかった。

 それからタマさんがシステム側からスロットルを一気に絞る。


 宇宙軽トラが上昇しながら急減速にはいった。バッカニアも速度を緩めたが、高速機動中の事だ。一瞬の遅れで、さっきとは逆に距離が一気に詰まる。それこそ接触するくらいに、宇宙軽トラの荷台が目の前に―—


「今です、アンドー1号ッ」


 タマさんの指示——厳密には相互リンクで間違いなく指令を出している。むしろ音声はシンへの現状報告を兼ねていた。

 実際スリープ状態だったアンドー1号の名前が出たのはシンを驚かせた。

 バックカメラの映す荷台の映像が、メインモニターの隅に拡大表示される。そこには自分の頭上の荷台カバーを取り払って、姿を露わにするアンドー1号の雄姿があった。彼の手は自分の隣に鎮座している圧縮空間ペイロードの制御パネルに触れていた。


「あ」


 と呆けたような声を洩らしたのは、シンだったか、海賊だったか。

 宇宙軽トラの荷台上に存在している不可視の一点。その中へ空間ごと圧縮、格納されていた積み荷が解放され、慣性に従って崩落しながら飛び出した。


 慣性と言っても、補助ロケット無しで第二宇宙速度を達成し、惑星の重力を振り切るようなモンスター・エンジンで追い駆けっこをした際に発生したものだ。その速度はもう砲弾のようなものだった。


 もちろんバッカニアにも対デブリ・デフレクターを兼ねた防護フィールドが積まれている。むしろカブトガニのような見た目通り、その出力や装甲厚は折り紙つきだった。

 防護フィールドがスパークを散らし、超高速で飛来した積み荷を次々と弾いてゆく。荒っぽい海賊御用達だけはあった。


「ホー!驚かせやがってぇ。さすがバッカニアだ、なんともないぜ!今度こそ勝ったな、ガハハッ」


 海賊は上機嫌で操縦桿を微調整し、機銃の照準を定める―—筈だった。

 ゴスッという重々しい金属音をさせて、積み荷がバッカニアの機体表面に食い込んでいた。衝撃で機体が揺れる様とサブ・カメラの映像に、海賊は戸惑いの声をあげる。


「なんでッ!デブリ・デフレクターがッ!?切れとんじゃあ!!当たってるの、ただのロッカーだろうが?!」


 ただのロッカーではなかった。宇宙空間でも中の収容物を守る、耐候性の特殊金属製ロッカーだ。構成材の密度は高く、頑丈で、それゆえ重い。そして重量が増せば、命中時の衝撃も増してゆく。その威力は堅牢とは言え艦載機であり、宇宙艦艇としては小型になるバッカニアの防護フィールドのキャパシティを上回った。


 この時点で海賊は急旋回ブレイクで仕切り直し、デブリ・デフレクターが回復するのを待つ、という選択肢もあった。が、見た目に非武装の軽宇宙船相手に、それは海賊の取る手段としては慎重すぎた。

 強引に機首を標的に合わせ、FCSが切れて自動照準しないレーザー機銃の狙いをつける。機体正面のセンサー類が荷台あたりを拡大表示した。


 マルチツールのモードをプラズマ・スキャッターにして構えるアンドー1号が映った。

 青白いプラズマが連続で輝く。


 一度閃光が走るたび、正面モニターに打ち抜いたような黒穴が発生した。二回、三回。あのアンドロイドは正確にこっちのセンサー系を狙っていた。正面装甲なら装甲厚で防いだかもしれない。だが機体下面のセンサー類やレーザー機銃は剥き出しだ。FCSが切れている今、とっさに装甲下に収めるような真似も出来ない。

 海賊はモニターのまだ無事な隅っこに、レーザー機銃破損のアラートが出たのを見て、コンソールに両拳を叩きつけていた。


「バカなッ?!軍用機を完全に化かすECMに、宇宙海兵機能が付いたアンドロイドだとぉ!あのガキゃぁ、どっかの金持ちボンボンかよっ!?おい、どうなんだ、警官ッ!!」


 そんなワケが無い。海賊に睨み付けられて元同級生は首をブンブン縦に振る。


「言ったろう!?あいつは孤児だ!小作人にしかなれない筈だ!!」


「で、そういうあんたは海賊になった訳だろ」


 通信機から聞こえて来た声に、二人はギョッとなった。

 眉をひそめたシンが黒塗りのすっかり多くなったモニターに映し出される。眉間の皺は何らかの感情を抑制しているようにも見えるが、元同級生は気付かない。モニターに取りすがる様に彼に話しかけた。


「助けてくれッ、俺はこんな事したかった訳じゃないんだ、海賊に脅されて……なぁ、初等学校の仲間だろ?」


 隣りで海賊がその変わり身に目を丸くしている。そしてシンは何も言わず、サムズアップした。


「シン・ミューラ……」


 元同級生が都合の良い感情に任せて猫なで声を出した時、上を向いていたシンの親指が、ぐるんと回って下を指した。恒星間文明の時代でも”地獄へゆけ”のニュアンスで間違いなかった。そして二コリと微笑んで、


「海賊への転職、おめでとう」


「言うに事欠いてソレか、テメェーーーーーーーー!!」


「よぅしアンドー1号、やっちゃって」


 言い捨てたシンに通信を切られ、モニターが閃光を映した後、殆どの部分がブラックアウトした。アンドー1号が指令通りにプラズマ・スキャッターでバッカニアの機体正面センサーを焼いたのだ。そこでカートリッジは最後の一発をカウントしていた。

 致命的ではないが、すぐさま追い駆けられる損害でも無かった。


「アアアアアアアアアア--」


 ブツリと通信機から声が途絶えると、シンはシートに深く背を預け、思い出したようにプッと噴き出した。

 三段階に大きくなる高笑いとかしたら、絵になったかもしれない。だがそこまでの確執なんて―—向こうはどうだか知らないが―—ない。何しろ未だに名前を思い出せないやつだった。

 シンが感慨のような、違うようなものに浸っている間に、アンドー1号は荷台カバーを戻し、タマさんも機体状況の確認を終える。


「マスター、被弾ありません。アンドー1号から、荷台の養生完了とのこと。進路設定、メインモニターに戻します」


「了解……積み荷、無くなっちゃたね」


「あら、圧倒的不利を覆しましたのに、そちらの心配とは。マスターったら、図太くなりましたね。ご安心ください、損耗は三割程度です」


「え?あ、本当だ。よく見たら積載量、けっこう残ってる」


 コンソールパネルのペイロード表示を見ると、重量はゼロではなかった。シンが感心しているのを横目に、タマさんが満足そうな微笑みを浮かべて解説する。


「積み荷が単一のメーカー品のお陰で演算が捗りました。一回あたりの命中時の衝撃力を割り出せば、あとはバッカニアのカタログスペックを上回るだけの回数をぶつけてやるだけです」


 いとも容易く行われるえげつない演算に、シンは一転、若干引き気味だ。だがタマさん的には勝利の美酒なので、人型ボディの胸を張る。硬いけど。


「こういう裏方はバーンとお任せください。マスターは今を切り抜ける判断をしてくだされば。後はわたしなり、アンドー1号を扱き使うなりして、如何様にでも帳尻を合わせますので」


 何だかまたしても重めな事を口走るタマさんを、シンは「お、おぅ」と適当に流しつつ操縦に戻る。戦闘のせいで予定航路から離れており、安全性や推進剤の燃費的にも、早急な復帰が望まれた。

 なので、そこからのタマさんのサブリミナルじみた呟きも、見事に右から左へと聞き流すのだった。


「せっかく換装された自動人形躯体ですからね、これまでご奉仕出来なかった分野でも頑張っちゃいますよー。母でも姉でも妹でもOKですから、ポジション決めだけはお早めに。キャラ被りしない方を新メンバーに推しますので。あ、最悪、人工子宮とかも市場にはありますので―—」


「え?何だって?」


「んー、何という難聴ムーブ」


「そんな事よりタマさん、銀河ハイウェイへのビーコンをひろったよ」


「そんな事扱いはいつか言い返してやるリストに記録しますが、ビーコンは確かに、こちらでも確認しました。インターチェンジまで60宇宙キロ……方位、適正です」


 それは宇宙空間に標識として浮遊しているブイが発進していた。

 銀河ハイウェイ。

 星と星。更には星系間をも結び、恒星間文明を支える主要幹線宙道。その末端支道への案内だった。このビーコンへリンクすれば、適切な推進剤燃費での誘導を受けられる。


 シンが表示パネルの数値に目を配ると、今の宇宙軽トラではエンジン出力を少し上げる必要がありそうだった。スロットルレバーへ手をかける。と、その上に冷たい手が添えられた。


「タマさん?」


「せっかくですから、ご一緒に」


「判った……エンジン出力、10%上昇」


 二人の手がスロットルレバーを押し出す。

 エンジンノズルから噴き出すプラズマがひとまわり大きくなった。力強く推進剤の尾を棚引かせ、宇宙軽トラが翔ける。

 足を引くようなしがらみも、重力も振り切り、軽やかに。

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