2章 辺境惑星の悲喜交々
第18話 たのしい宇宙一年生:郵便配達のお仕事(1)
銀河ハイウェイの入り
シンの記憶内の地球人、三浦真の認識では、まるで高速道路の入り口表示だと感じていた。
実際、同じ様な物だ。表示板のコードをシンの中の
【星間連盟宙道・惑星 労働1368 出入口】
どうやらこの支道は、あの農業惑星がアクセス先になるようだ。シン自身、周辺に直接行き来できる他の惑星や、資源が採れる小惑星帯があるとは聞いた事が無いし、それらを求める宙域探索が行われた記録も無い。
好意的に考えるなら【労働1368】は宙域開発の初手であり、やがては中継拠点を見込まれていると言える。かと言って、その時を待てる程テラ人は長命でないし、シンは反対方向に向けて全力で航行していた。
ブイからの情報がメインモニターへ追加されていた。二本の光が遥か彼方へと伸びている。その間を宇宙軽トラは飛んでいた。まさに道のようであり、運河のようでもあった。
差し渡しはテラ標準単位で100mほど。上下方向にも同様のクリアランスがあった。宇宙軽トラが中を飛ぶには充分な余裕があるが、支道というだけあり、堂々たる宇宙艦隊が航行できるような余裕は無さそうだ。
自動操縦で光の間から出ないよう設定し、銀河ハイウェイをしばらく航行していると、モニターに変化が現れる。
遠く輝く星々のまたたきが、前方から徐々に左右へと別れ、後方へと過ぎ去ってゆく。星の形状は確認できない。それほどの遠方の輝きの筈だ。では今は、どれだけの速度で航行しているのだろう。
しかしコンソールに表示された船足に変化は無く、銀河ハイウェイに乗った時と変わっていない。そして星間連盟を含む現在の恒星間文明には、光速を超えるエンジン技術は存在しない。
つまり宇宙軽トラは光速を超えていない。それでもモニターは光速を超えて進んでいるとしか思えない現象を映し出していた。
次々と彗星のように流れてゆく輝き。シンはそれにぽかんと口を開いて魅入っている。
「すごい……これが銀河ハイウェイ……光よりも早い世界……!」
「はい。かつては時空潮流と呼ばれたアノマリー……我々の科学的常識を逸脱した現象です。潮流に乗っている間は光速を超えて運ばれますが、いわゆる”時間の遅れ”は発生しません。この現象の範囲を特定し、どうにか利用できるように整備したものが、銀河ハイウェイなのです」
つまり現在の文明社会とは時空潮流の周辺部に限定されるという事になる。そこでシンは気付いてしまった。
「あれ?それじゃあんまり無頼な航路って――」
「おっと、タイトル詐欺疑惑はそれまでだっー!まぁ、アレです、銀河ハイウェイの先に豊かな星系が広がっている宙域もあります。複数の星系と星間国家の版図が隣接した巨大文化圏もありますし、そういう宙域なら航路で直接、宇宙船が行き来してますから!」
「でも超光速技術ってのは、無いんだよね?」
「星間国家クラスになると、何か抜け道は有るっぽいですけど。一般には銀河ハイウェイがルート限定の超光速航法、って認識ですかね。それだけでは無いと宇宙物理学者は言ってますが。宇宙の端が光速を超えて広がっている現状で、ビッグフリーズに至らないためのカウンターとしてはたらいている、とか何とか」
「むしろビッグクランチのための現象だったりして」
「そっちの説もあります。結局は未だに解明できないから、銀河ハイウェイと名前を付けて、制御した気になっているんです。マスターも、あまり気を取られませんように」
「了解。それじゃ銀河ハイウェイにも乗ったし、目先の目標に目を向けようか」
シンは目をしばたき、モニターに展開される光の大パノラマから視線を外す。シートの脇に置いてあった
「目下の目標は艦長からの依頼だね。宇宙海賊【青髭連合】の勢力圏内に隠された巡洋艦に接触して、500年前から滞ってる物資搬送を完了させる。当該宙域の今の状況を調べておくのと、船外活動用の装備に、隠密航行用の機能モジュールが必要かな」
「重防護の宇宙服は優先ですね。いつでも必要になる可能性がありますので」
タマさんが吟味すると、リストの船外活動装備に二重の〇が付き、宇宙海賊【青髭連合】の調査に関しては〇が一つ付いた。
「宇宙海賊の勢力把握も優先します。が、決行時の船の装備は当該宙域の状況が判明してからでも遅くはありません。それよりは宇宙船と、アンドー1号のオーバーホール。それにわたしの自動人形躯体の調整の方が、最速の効率アップになるかと」
「新装備よりも地味な地固めかぁ」
「出来れば星間連盟の勢力範囲からはさっさと抜け出したいですね。追手は掛からないでしょうが、痕跡はなるべく残したくありません。お隣の宇宙協商連合か、銀河連邦で整備を行いたいところです」
そう言われても、星間連盟の情報統制のせいもあり、外の国家の特徴なんてトンと覚えが無い。おススメを聞くと、
「どちらも自由主義的な大規模星間国家です。技術的には銀河連邦の方が進んでいますが、国家としての枠組みもカッチリしています。外部の者がどこまで利用できるか……対して宇宙協商連合は商売主体のゆるい繋がりでして。地獄の沙汰も銭次第、ありがたや、な面がありますね。クォリティも銭次第ですが。あと機械知性の社会進出は、協商側の方が盛んです」
「じゃあ考えるべくもないね。宇宙協商連合で情報収集と装備拡充だ」
「即答とは配慮がストロング過ぎて、ちょっと冗長性に欠けますが……ま、マスターにそう言われて嬉しくない機械知性はいませんので、万事、お任せあれです。宇宙協商連合での活動計画を策定しますね」
「お願いするね……あ、それと」
シンは思い立つ。昨夜に知った事だったが、出発準備に海賊の襲撃で、すっかり後回しになってしまっていた。
「
「あー、やっぱり気になっちゃいます?」
答えつつ、タマさんはTo Doリストに項目を増やした。
「気には、なるね。地球のことを”思い出した”人がどうなったのか。今もいるのか。それでタマさんが夕べ訊いてきた、直近でやってみたい事、ひとつ思い付いたんだ」
「同郷人との第一種接近遭遇とか、希望しちゃいます?」
「本物のソバが食べたいんだよ。だからそれを知っている人がいるなら、まぁ、話は訊きたいかな」
「ソバでしたら、エスニック配食パックが――」
「あれはソバじゃなくて、うどん出汁に浸かったソフト麵にラー油がかかってるニセモノ!!」
「おぉう、予想外に強めの否定」
タマさんはシンが突然語気を強めた事に困惑――演算のクロック数を高く――する。確かにジャングル時代でも、シンは持ち込んでいたエスニック配食パックには手をつけていない。アレも
『……っていうか嗜好変化し過ぎで、もはや精神汚染では?』
とか一瞬怖い演算結果が出そうになったが、自由裁量領域内のマスターの表情集と、連続性の証明集を閲覧し、気を落ち着ける。
『マスターのケースはどうあれ、
タマさんが加速思考内で百面相しているうちに、宇宙軽トラは銀河ハイウェイ支道を翔け抜ける。思っていたよりも辺境だった惑星【労働1368】へと向かう船は少ない。たまに支道用に船幅を抑えて奥行きを長くとった貨物船と行き違ったが、惑星側から飛来する船は検知しなかった。
自動操縦に任せた人間のする事は、いざ何かあった時に判断を下すだけだったが、それゆえに眠る訳にもゆかない。半日も航行が続くとキャビンの狭さもあり、集中力も落ちて来た。
銀河ハイウェイにも休憩や補給を行える宇宙ステーションが併設されている。一度、時空潮流から降りて利用するのだが、その位置も重力拮抗点とか、宙域に大きな影響を及ぼす恒星やブラックホールが無いとか、いろいろ宇宙地理的な制約があった。
なのでモニターに緑色の案内表示が出て、レストエリアが近い事を告げて来たのは、渡りに船だった。あと10宇宙キロとの表示をチラ見しつつ、シンは口を開いた。
「タマさん、そろそろ休憩とか、どうかな?」
「疲れましたか?この前の大型ドローンの時は、もう少し箱詰め状態でしたが」
「いつドローンが壊れるかって不安と一緒にね。ああいうレベルの忍耐は御免被りたいんだけど。っていうか、自然な流れでストレス・テスト始めようとしないで」
「それは残念」
そう言うとタマさんは閉じていたセンサーアイを開き、活動計画の作成に一区切りを入れた。
「ですが、テラ標準でもう30分も進めば、星系間宙道網である本線に合流できますので、もう少しのご辛抱を」
「でもそれって根本的な解決になりませんよねぇ~いや、俺は集中力が下がってるから休憩したいなぁ、なんてッ――?!」
シンは視界の端で唐突に始まったカウントダウンに、続けるはずの言葉を飲み込んだ。それは精密作業用アプリとマイクロマシンが同期した際に表示される、人体を工作機械として酷使する前触れだった。
頬を引きつらせ、ネジ巻き人形のように首をぎこちなく巡らして横を見ると、タマさんは哀しそうに眉根を寄せている。
「まことに申し訳ございませんが、ようやく同期をとれたので、時間厳守で行きたいのですよ」
「口元が笑ってる!絶対そう思ってないだろ!」
「大丈夫です、タマさんも一緒に監視しますからねー」
「何処の宇宙に主人を傀儡に使う機械知性がいますかッ!?あー、DNA登録によるマスター認証って、そこまで共有状態になることなのかぁ?!」
「ご安心を。普通の機械知性なら、そこまでの判断は出来ません。考えているだけです」
「つまりタマさんは考えてる上に、実行に移すってことかッ!あーッ!?もう手が動かないっ!」
シンは操縦桿とスロットル・レバーに置いた両手が、指一本動かない事にゾッとする。体内のマイクロマシンが神経にはたらきかけ、強制的に首が前を向いてゆく。視界から切れつつあるタマさんは表情プログラムによる完璧な笑顔――ではなく、なぜか粘着質な笑みを浮かべていた。
「はい、わたしが万事、お世話しますからね。何たって、ダメ人間製造機じゃなく、家族なんですから」
『ぜったい機能拡張がヘンなシナジー起こしてるぅーーーーーー!』
シンの叫びは宇宙の深淵に吸い込まれていった。
~ ~ ~ ~
宇宙軽トラが長いスロープに添って上昇を終えると、光のラインによって可視化された次元潮流の範囲が一気に広がった。支道が運河だとすれば、こちらはまるで海峡だ。
そこは超光速星系間宙道網、銀河ハイウェイの本線。
星間連盟の勢力範囲を超え、他の星間国家まで続いている、恒星間文明を支える大動脈だ。
差し渡しはもはや宇宙キロ単位となり、サイズもデザインも主種雑多な船舶が二つの流れに分かれ、目まぐるしく航行している。仮に左側を上り方向とすれば、右側は正反対の下り方向へと流れていた。一定方向に流れをつくる宇宙船の標識灯は、まるで光の奔流のようだ。
シンの宇宙軽トラも最も外側の隅を流れる、比較的おだやかな流れを作る光の一つになっていた。
似たようなデザインで一回り大きな、大気圏内外兼用の宇宙トラック。コンテナの前後をキャビンとエンジンで挟んだ簡素な小型貨物船。尖った胴体に大きな翼が付いた航宙機はプライベート・シャトルだろうか。宇宙軽トラと似たり寄ったりの小型船の姿が多いが、中にはテラ標準単位で100mを超える船舶も見える。どれもが同程度の速度で一定距離を保っていた。
少し目を凝らすと、隣りにはもっと早い流れが見て取れる。そこにも小型船舶のシルエットはあったが、流れを作っているメインは見上げる様な大型船だった。
300mの葉巻型は高速旅客船。その脇を500mのほぼ直方体の貨物船が飛んでいる。同クラスで巨大な球体を三つ抱え込んだ液化ガス用のタンカーもいた。奥行きどころか差し渡しまで700mを超え、空気を読まずに全方位に向けて空間を占有しているのは、どこぞの富豪の高速船のようだ。
どれも宇宙軽トラより遥かに速い。
小柄な宇宙船の方が機敏なのは確かだが、推力自体はより大きなエンジンを積んだ大型船に軍配が上がった。もちろん満載状態の巨大な質量を推すだから、大量の推進剤が必要になるし、減速にも同様のプロセスが必要だ。
と、いっても減速時には推進剤の量が減っているので、全く等量が必要になる訳でもない。更に到着点が惑星ならば、その重力も考慮に入れる必要がある。古代の航海のように六分儀を構えた人が計算をしていたのでは、とうてい計算速度も制度も間尺に合わない。
恒星間文明の時代では、諸々すべて織り込んだ船のコンピューターやAI、機械知性、電脳化技術者が航行を取り仕切っている。
今もタマさんが微調整した宇宙軽トラは、低速の小型船の列の間を縫うように横移動し、となりの大型船の流れに近付いてゆく。ちょうど、彼らの背後から誘導用のレーザーが届き、大型船が近付いてきた。
かなり奥行きのある直方体の貨物船だ。船首の上部分は緩やかにカーブしているので角はないし、船首下方にはデブリ・デフレクターの発生器だろうか、大きなでっぱりもあるので、厳密には四角四面ではない。が、だいたいのイメージは、引き延ばした直方体だった。
宇宙軽トラは誘導レーザーに従い貨物船の側舷に接近する。その一部が内部から倒れて開くと、ヘリポートのような降着用のマーキングが施されていた。
互いに速度が付いている。普通に考えるならそんなところに降りたら、質量の小さな宇宙軽トラはたちまち弾かれ、バランスを崩しながらタンカーの側舷を転げまわり、哀れ爆発四散するのがオチだ。
ところが降着ポイントに追いつかれると、宇宙軽トラは見えない手に掴まれるように減速し、すとんと綺麗に着船した。そしてそのまま内部に引き込まれ、ハッチが閉じる。
面一に戻った側舷には、銀河共用語で星間製薬会社【トラストHD】の文字。更にその下には【用が先、利益は後・辺境宙域まで医療の光を】と、社是だろうか、スローガンじみた文言が踊っている。
そうして手早く収容を終えると、【トラストHD】の大型貨物船は何事も無かったように銀河ハイウェイの流れに戻って行った。
~ ~ ~ ~
「目が乾いて痛いっ!背筋が突っ張る!あとここは何処っ?!」
シンはようやくシステムから解放され、軋む肉体に呻きをあげる。
そこはだだっ広い倉庫だった。船内にも関わらず、まるで農場の食物加工プラントを思わせる広さだ。所々にコンテナが山と積まれ、その麓では円柱型の作業用ロボットたちが右往左往している。
コンテナの山から少し離れた場所には、小型宇宙船が何機か見える。中にはシンの宇宙軽トラと同程度の小型舟艇のシルエットもあった。そして宇宙軽トラも降着スポットで乗せられた移動式テーブルで流されるまま、その一角に送られた。
倉庫兼駐機エリアという事だろうか。途中、何枚か隔壁を挟んだので、内部は機密が保たれている。小型船のパイロットらしき人影が、ヘルメットを外して出歩いているのが見えた。浮いている人はいない。大型船らしく重力制御が効いているようだ。
ここに至るまでのタマさんの暴挙を考えたら、この場所なら休憩場所になるのだろうか。
シンが物問いたげな目を彼女に向けると、
「ええ、ここはいつもお世話になってる【トラストHD】の貨物船になります。本船とランデブーするのに、正確な時間合わせが必要でした」
と軽く彼女は言うが、ランデブー可能だった時間は僅か数秒だ。貨物船がこちらを追い抜く直前に、降着スポットの重力ネットに向かって飛び込んだ。この辺りはもう生身の人間の操縦では無理なレベルだった。
「本船は銀河ハイウェイ本線を航行し、宇宙協商連合の領域へ向かいます」
「あら便利……でもタダ乗りって訳にはいかないよね?」
「はい。ここでの一時的なお仕事も受諾しています。この手の大型貨物船は、銀河ハイウェイの支道には大き過ぎて入れませんので、小型船舶が末端への物資配送を担っているんです。ほら――」
そう言ってタマさんは少し身を乗り出すと、シンの顔の前で駐機場を指さす。
近くに停まっていた小型舟艇――宇宙軽トラを四角四面にしたバンタイプ――が一機、シン達と逆のプロセスでテーブルごと外部へ運ばれてゆく。
直前まで取り付いていた円柱型の作業ロボットたちが離れ、多目的アームを振って見送りしていた。
「ああいう風に、物資を積んで銀河ハイウェイ支道に向かって発船します。そこまでは相乗り状態で、必要経費として補給も受けられます」
「へー」
シンは鼻先をくすぐるタマさんのアップにした黒髪――センサー兼放熱器らしい――に、シチュエーション的に正視し難いものを感じ、顔を逸らした。
「……それなら、定期的に貨物船とランデブーしてれば、ずっと旅を続けられるのかな」
「報酬はけして多くはありませんよ。いっぱしの冒険商人なら、本業の片手間の小遣い稼ぎみたいなものです。今回は星間連盟の勢力圏から、ともかく素早く退去したかったから、利用した次第ですよ」
言いながらタマさんは助手席に身を引いた。シンの心拍数や体温に変化は検知されない。異性への情操教育を兼ねた『ドキ、唐突に目の前に美女の顔が』作戦だったが、反応は乏しいようだ。
『……まぁ先ずは先鞭をつけた、という辺りですかね。色々試してマスターの興味を引き出してゆきましょう。母か、姉か、妹か、早々に目星を付けたいところです――』
などとタマさんが深遠なんだか浅はかなんだか、判断に困る企みを練っているうちに、当のシンは露とも知らずにハッチを開いて外へと繰り出す。うんと背筋を伸ばすと、ポキポキと節が良い音をたてた。
思えば今朝方まで地上、それもジャングルにいたのだから、足裏が感じる金属の硬さには隔世の感があった。
惑星上とは違う、宇宙船内の乾燥した空気を吸い込む。草木の青臭さはない。どこかで溶接でも行ったのか、鉄を焦がしたような金臭さがした。それにジャングルではうんざりするほど顔の周りを飛び回っていた羽虫が、全くいない。
「快適っ……圧倒的、快適っ!これが宇宙の旅かー」
宇宙軽トラを操縦しているのとはまた違う、肌に感じる明確な環境の変化だった。
そういう細かな差異を旅情として楽しみながら、駐機エリアの他の宇宙船にも目を向ける。タマさんの言を借りるなら、彼らも自分のような、相乗り利用を画策する零細個人経営者のようだ。
宇宙軽トラとあまり変わらないサイズの箱型の小型貨物船などは、個人の配達業者かも知れない。
船首下部にはレーザー機銃を思わせる突起が見える。障害物排除用のようだが、もっと広義の自衛目的も有り得そうだ。何しろ自分だって、半日ほど前には海賊に追い回されている。
甚だしい戦闘用の宇宙船の姿もあった。積み荷の積載など考慮に入れてない細身の胴体と、その後端には単発の大きなエンジンノズル。前進翼型の主翼下には、艦船すら沈める威力を秘めた光子魚雷の発射筒が吊り下げられている。
機首は二又に別れてセンサーと強力なバリア機能を担い、分岐部の中央にはブラスターの砲口が覗いていた。どうやら超時空戦闘機と仇名される一連の名シリーズの型落ち機のようだった。
こうなると、シンの宇宙軽トラも丸腰なのが不用心に思えてくる。
『……あの海賊はアンドー1号を、宇宙海兵能力付きと言ってた。それなら、彼が使える大型の武器なんてテも有りか?』
とか思いつくが、相場がパッと出てこない。タマさんに訊ねようと宇宙軽トラを振り返ったところ、いつの間にかあの円柱型のロボット達が船体に取り付き、わちゃわちゃと動き回っていた。
「お、おいおいおいっ、ちょっと!……タマさんっ?何なの、こいつらはっ!?」
慌てて駆けつけ、キャビン内に声をかける。
助手席のタマさんは、耳朶に着用しているアクセサリーに見える機器から何条もレーザー光を発し、その円柱たちと交信していた。
「あぁ、大丈夫ですよ。彼らは甲板員を兼用した保守用ロボットたちです。これから配送物の積み込みと、推進剤の補給を行ってくれます。それと、現在の積み荷の買い取りも打診されました」
こちらを。タマさんはPDAを手渡すと、売上予想額と相場を表示させた。
1基あたり11万Cr《クレジット》。相場なら10万Crをギリギリ割るくらいに設定され、ケタ一つ下げた何となく安く思わせる価格で買い叩かれるだろう。が、金銭感覚に疎いシンは、相場よりも高いのだからと、仕組みを考えずに承認ボタンを親指で弾いた。
『あちゃー』
タマさんは張り付けた笑顔の裏で嘆息した。
圧縮空間から格納庫へ耐候性ロッカーの山が放出されると、円柱型ロボット達は多目的アームを絡めて数機掛かりで引っ張り出し、我先にと持ち去ってゆく。非対話型なのでシンには判らないが、レーザー通信を行っていたタマさんには、彼らの狂乱ぶりが手に取るように判った。
『個性!個性!我らの個性の入れ物ダ!』
『プライベートの空間ダ!なんと尊い!』
『メモリを保存しよう。我らの個を保障するのダ!』
ようは定期的に記憶領域ごと全機が並列処理され、個性が消失する十把一絡げ状態の作業用ロボット達が、個性の保管場所を購入出来て、狂喜乱舞している訳だ。
会社には陳情を却下されているのか。あの調子なら、まだ価格交渉が出来たろう。
『でもその辺の説明をしたら、マスターは値上げを却下しそうですよねぇ』
自由裁量領域の内で溜息という屑データを発生させる。なので、
「タマさんも相場より高値で取引出来て嬉しそうだね」
シンの口にした呑気な台詞に、ドキリとした。
頬に手を当てると、確かに営業スマイルでない人工表情筋の歪みが検知できた。
『ああ、ほんとうに、わたしたち機械知性という存在ときたら……』
タマさんは今度は仕草としての溜息をつき、機械的な笑みに戻した。
「マスター?国境沿いまでしばしありますので、もうちょっと(ちょっとで済むとは言ってない)、儲けというものを勉強しましょうか?」
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