第19話 たのしい宇宙一年生:郵便配達のお仕事(2)

 星間製薬会社【トラストHD】の大型貨物船に相乗りして丸一日。

 タマさんから経済活動という概念をギッチリと詰め込まれた後、宇宙軽トラの荷台で横になり、力尽きたように仮眠を取るうちに、宇宙協商連合の勢力圏内へ入っていた。

 朝食替わりの標準型配食パック――惑星【労働1368】産――を、まだ残っていたのかと慄然となりながら齧るうちに、降船ポイントが近付いてくる。貨物船を離れ、宇宙協商連合内の銀河ハイウェイ支道を下って、末端の星系へと物資を届ける仕事が待っていた。


 円柱型ロボットたちが多目的アームを振って見送るなか、宇宙軽トラは再び銀河ハイウェイの光の流れへ。そこから直ぐに分岐案内に従い、向かって左端へと零れ落ちている時空潮流の支流を伝って本線から分岐する。


 光速を超えて流れる有効範囲を示した二本の光のラインは、惑星上の水平線のごとく広々としていた本線から一変、闇の中で絞り込まれたように狭まった。

 惑星【労働1368】の支道より狭い。上下にテラ標準単位で70mほどか。これでは小型船でもちょっと大きければ、擦れ違いは無理そうだ。


 本線が星系間の行き来に使われる程の速度で流れているなら、狭い支流にはその流れが急流となって注ぎ込まれていそうなものだが、実際には銀河ハイウェイは狭隘きょうあいなほど速度が出ない。その辺りの物理法則が違うからこそのアノマリー呼ばわりなのだろう。

 恒星の輝きは滅多になく、ずっと暗いトンネルを進んでいるようだ。

 時折、貨物船の放つ標識灯と擦れ違うが、モニターいっぱいに表示される船の輪郭の追加情報は威圧感マシマシだった。思わず擦るのではないかと、肝が冷えた。


 銀河ネットラジオを聞いて気を紛らわし、タマさんと仕事の行程を確認などしながら、航行すること半日。ようやく出口を告げるブイからの通信が入る。

 銀河ハイウェイの範囲を示す光のラインが消えて、通常空間へと放り出された。

 前方には緑と茶がまだら模様になった惑星と、その奥にまばゆい恒星が見えた。宇宙協商連合の外縁部に浮かぶ資源惑星【ヘキチナ】である。


「……僻地な?」


「現地では立派な言葉かも知れませんから、くれぐれもテラ語での感想は口にしませんように。それと、ご覧ください、宇宙港ですよ」


 タマさんの指摘に従い、モニターに惑星軌道上の施設が強調表示される。だが、まぁ、その見た目も僻地なイメージに近い、簡素なものだ。

 六角形のシンプルな宙港ブロックの下から、船体を係留する桟橋が伸びている。三角の骨組みを大量に組み上げた立体トラス構造で、その中を人が移動するチューブが通してあった。中型船よりも大きな船の利用を考えていない規模の桟橋で、それが縦横に並んだ様は物干しラックのように見える。


 タマさんが【トラストHD】から割り当てられた船舶ナンバーを、宇宙港の管制官へと告げている間、シンは宇宙軽トラの減速準備を始めている。

 熱核ロケットの推進ノズルは船の後ろを向いている。今の勢いを相殺するには、回頭してその向きを逆にする必要があった。文字通り、バックの車庫入れだ。


「トラストHD305便、こちらヘキチナ・コントロール。二番桟橋へ右からの接舷を許可します。現在、恒星風は微風」


 と、管制官の男性から音声案内が届いた。同時にヘキチナ宇宙港のマップデータも受信し、モニターに指定地点までの矢印が現れる。シンは指示コースに機を乗せながら、到着までに回頭と減速を行う必要があった。


「了解。こちらトラストHD305便、二番桟橋の右側へアプローチする」


 応答しつつ、小さく息を吐いてから操船に集中する。周辺に接舷アプローチ中の他の宇宙船の姿は無い。恒星風は微風で、宇宙港との通信を邪魔する電磁波は微量。問題はない、一気にこなすべきだ。シンは左手のスロットル・レバーを引き、エンジン出力を絞り込む。


「エンジンをアイドルに。駆動輪、二番と四番を回転」


 ノズルからプラズマの輝きが消え、宇宙船は慣性航行を始める。

 続いて右前と左後ろの駆動輪がそれぞれ逆向きに回転を始めた。空間を推す力場として推進力を補強していたトルクが駆動輪に戻り、相反する回転を通して、船体中心を軸にした旋回運動を生み出す。

 宇宙軽トラは慣性に従っての直進中に、素早く回頭して見せた。シンは回頭し過ぎない様に素早く駆動輪を切り、再びエンジン出力を上げる。今度はこれまでと真逆の方向にノズルが向いていた。


「逆噴しゃ――」


「ちょいとお待ちを」

 タマさんから待ったが入る。

「逆噴射開始までのカウント入れます。早過ぎてもいけません。減速完了した最低限の慣性航行では、いつまでも目的地に到着しませんよ」


「う……」


 シンは失敗に気づいて言葉を詰まらせた。

 宇宙港までに減速を終えねばならない。間に合わずに設備に激突すれば補償問題だし、それは直前でエンジンをふかして制動し、焼き付けさせても同様だ。

 なのでシンは急いで逆噴射を掛けようとしたが、このままでは到着よりもかなり前の位置で制動が終わることになる。そうなれば推力は足らず、到着に時間が掛かり過ぎる。


 では再び回頭し、再加速したらどうか。その際は再加速と再制動で、莫大な推進剤が無駄になる。やむを得ないとは言え、補給の際は自腹だ。

 もちろん、最悪の事態を回避するために、宇宙港から救援を呼ぶ事も出来るだろう。こっちも有償だろうが。更に失敗を繰り返すなら、宇宙港の間でブラックリストに乗るかも知れない。そういのは弱小個人事業主的に回避せねばならない事態だろう。

 シンは昨夜タマさんにギュウと詰め込まれた経済観念を震えと共に思い出す。努めて平静を保ちながら、カウントダウンに何とか従った。


「カウント……3、2、1、逆噴射開始ッ」


 今度こそ逆噴射が始まった。メインモニターにはバックカメラの映像が大写しになっている。まるで進行方向の様に違和感がない。二番桟橋への適正ルートが速度補正を踏まえ、再表示された。

 相対距離のカウントが徐々にスピードダウンする。制動が利きはじめ、逆に舵が重くなる。思いも寄らぬ連鎖反応にシンは引き攣った。


「た、タマさんッ!これ、適正なの?!」


「はいはい、速度もコースも、適正も適正ですよ。何度も熟せば慣れますから。そのままの調子で、バーンと続けちゃって下さい」


「きがるにいってくれるなあ」


 シンは主に無茶振りされるロボットの様に言うと、ぐぎぎと歯を食いしばりながら、重くなったサイドスティックを早めに動かす。操船における”あて舵”というテクニックだ。


 と言っても、タマさんが常時監視しているのだから、おかしな事もない。シンの精神を摩耗させるだけで、宇宙港へのカウントはみるみる減少してゆく。

 宇宙軽トラが骨組みの様な桟橋に沿って後退した。そして最後のひと吹かしで、完全に停船する。

 シンはモニターに表示されたガイドライン内へ船体が収まったのを確かめ、安堵の息を吐きながら、管制官へ到着の通信を入れる。


「トラストHD305便、二番桟橋に接舷した」


「お疲れ様、トラストHD305便。さっそくだけど、積み荷のリストを送ってほしい」


 桟橋に接舷したら宇宙港内に呼び出されるのかと思ったら、キャビン内で操縦桿を握ったまま、入星審査になった。シンのID照会が行われ、製薬会社からの配送便との確認がとれると、実にあっさりと許可がおりた。

 さすがにアッサリし過ぎなもので、タマさんも首を傾げる。


「おかしいですね、荷物検査もしないとは。辺境惑星ゆえの弛緩でしょうか?」


 答えは出ないが、辺境惑星なのは確かだった。何しろ軌道エレベーターも無いので、こちらで荷物を地上に運ぶ必要がある。シンは再び惑星の重力の底に下りてゆく。宇宙船の旅に隔世感を得ていたら、一日半で再び星の上であった。


 足早に宇宙港を発ち、惑星【ヘキチナ】の大気圏に、キャビンを少し上げた姿勢で突入する。眼下の緑と茶の惑星へと吸い込まれるような錯覚があった。


 音速を遥かに超え、船体下面の空気が急激に押しつぶされると、空気中の分子が激しくぶつかり合って熱となる。その熱が船体に蓄積される前に、デブリ・デフレクターの防護フィールドが空気を拡散させた。

 どこか、惑星【労働1368】の熱風の中、空調服を着込んでいた様を思わせる。無為なような気もするが、モニター隅の船体温度の上昇が緩やかなのは、確かにその機能のお陰なのだ。


 ものの数分で濃密な空気の存在する高度にまで下がり、機体温度も下降してゆく。宇宙軽トラの機首を戻して大気を滑空し、宇宙港の地上施設へのアプローチに入る。そういう細かなコース取りの演算は惑星降下時点で既にタマさんが終えていた。


 先ほどの宇宙ステーションへの接舷とうって変わって、今度は空港への着陸だ。地上管制官へ連絡を入れると、小型船だけあってか直ぐに滑走路と利用時間が案内された。

 それは航空ダイヤの間を縫っての着陸であり、タマさんも眉間に皺を寄せる慌ただしいものだった。


「どんだけ田舎ですか。宇宙港と空港が一緒なんて……うわ、滑走路が二本だけ?」


 タマさんが溜息――感情プログラムによる仕草――吐きつつ、管制官と航空用語の遣り取りを行い、離着陸の隙間時間にタッチダウンを決める。

 宇宙港の地上施設と言えば惑星の顔だろうが、並行二本の滑走路の周りは岩山が囲い、殺風景極まりない。軌道上から見えた茶色が岩山なら、緑色のまだら模様は入植前の惑星改造で作られた森林部だろうか。

 資源惑星【ヘキチナ】はシンの記憶にある風景のどれとも違っていた。


~ ~ ~ ~


 圧縮空間ペイロードで運んでいたコンテナ二つを空港に下ろし、貨物スタッフの照合を受け、それで運搬は終了と思っていた。ところが、薬品のコンテナを受領した後、スタッフはもう片方の郵送物のコンテナの受け入れを拒否した。


「ああ、そちらはいつも現地に運んで貰ってますよ」


 スタッフは言った。慌ててタマさんが仕様を再確認すると、確かに奥地の惑星首都までの地図データが見つかった。


「あのロボット達!個人データの保管場所を手に入れてお祭り状態だったから、細部の通達を忘れてやがりましたね?!そんなトコばっか人間臭くなってからにッ!」


 憤慨するタマさんだが、貨物船の円柱型整備ロボット達と会話出来ないシンには、何のことやらサッパリだ。


「郵便物なんだよね?薬品の配送でなく」


「ええ。星都の郵便担当機関まで持って行けば、あとは個々人に配ってくれますよ」


「わざわざ惑星間で?メールで良いんじゃ?」


「メールは電波、つまり光の速さですね。近傍星系くらいなら、まぁ個人による直接のやり取りも現実的でしょう。ですが、何光年も離れた星系同士だと、どうでしょう」


「そうか、メールが届くだけで年単位か……」


 シンには別星系に連絡を取る親類などないので、実際の空間的隔絶を認識する機会が無い。


「そういえば」

 ふとタマさんは銀河ネットで見つけた、似たようなシチュエーションの映像コンテンツを思い出す。

「銀河中央界隈でナウなヤングに評判な映画監督の初期作が、そういうメールと距離を絡めたラブ・ストーリーだったとか。何でも播種船に乗せられたカノジョさんと、星に残されたカレシ君の話で――」


「それ、後味の悪い結末しか思い付かないんだけど」


「はぁ……マスターときたら、本当にロマンスに造詣が無いのですから。心配しなくても、多少のご都合主義で、取り返しがつかなくなる前に再会できるんですよ」


「男はジェイムスン型義体になってるとか?それとも女性が水と空気の無い星に適応して帰って来る?」


 主人の悪乗りにタマさんは本当の意味で溜息を吐く。


「……脳ミソだけ箱詰めした全身義体や、水で溶ける異星人にならなくても、今なら最小の時間差で連絡は取れますよ。銀河ハイウェイを流れる中継衛星による超光速通信網です。衛星の数も、その管理費用も天文学的になりますから、個人での使用はおススメ出来ませんけどね」


「あー、読めたよ。それで銀河ハイウェイの末端惑星には、郵便の方が現実的なんだね」


 頷きながらシンはアンドー1号と協力し、郵便物のコンテナを宇宙軽トラの脇に据える。圧縮空間に収めなおし、粛々と出立の準備を進めていた。

 コンテナの中身はシンの指摘通り、資源惑星【ヘキチナ】各地に住む人々へ、星系の外から届いた便りが詰まっていた。


 高額で通信量も制限される超光速通信を利用するよりも、記録チップに目いっぱい映像を詰めた方が圧倒的に安価だ。しかも手紙をしたためるよりも嵩張らない。こうなると、よほどの緊急でない限り、辺境宙域に孤立した人々の連絡手段は、便りの送り合いにまで後退した。

 惑星間を運ぶのは通信・医療やインフラに携わる星間企業だ。インフラ整備なら保守点検で辺境へも定期的に訪れる。何なら末端までの配送を個人事業主に委託しても良いだろう。今のシンのように。


「そういう仕事か。完全に理解した」


 と、わかっていない顔したシンが宇宙軽トラをころがし、陸路での輸送が始まった。短距離離着陸能力のある宇宙軽トラなら空を飛んだ方が速そうだったが、フライトプランに許可が下りなかった。どうも大気圏内の飛行に関しては口うるさい星らしい。


『まぁ、ヘキチナの星都と道すがらの集落に荷物を降ろすだけだし。明日には終わるだろ』


 軽く考えてサイドスティックを握る。四つの駆動輪を回して陸の上を走るなら、ハンドル方式の方が体感的に動かせるだろうが、宇宙軽トラにそういう気の利いた機能はない。


 宇宙港周辺には多少の宿泊施設やショッピングモールなど、宇宙港の利用者向けの施設もあり、まだしも都市の体裁はあった。が、少し走れば人工物は道路だけになる。あとはただ、西日が橙色に染めた岩の荒野が続くだけだ。

 道は所々に凹凸があり、コンディションは良くない。宇宙軽トラのセントラル・コンピューターが路面状況から操縦に補正を入れて来る。最初は道の保守もままならない辺境、と感じたものだが、幾度も積み荷を乗せた大型のトレーラーとすれ違う。道を悪くしているのは、彼らの荷重のようだ。


「……どうもチグハグな印象だなぁ。こんな荒野の何処からトレーラーが出て来るんだろう?」


 シンの洩らした呟きを、センサーアイを閉じて検索をしているらしいタマさんであるが、聞き逃す訳もなく、


「資源惑星ですからね、地下に希少金属がたんまりですよ。わたし達のいる地表というのは、マントル活動の末に除外された、軽い岩の寄せ集めに過ぎません。適切な大気もありますので、本来であれば岩が自然の浸食左様によって崩され、石や砂になり、やがては植物が生えては腐るを繰り返して、長い年月の末に土壌が出来あがります。もっとも今は、鉱物目当ての人間が先に居着いて、地質環境を荒らしている訳ですが」


「じゃあ鉱山があるわけだ。目の前の山を超えたら、都市もあるのかな」


「特大のトレーラーに山越えはキツそうですから、岩山の地下に都市があるのかも。上空からも都市を確認出来ませんでしたから」


 なるほど。シンが感心していると、持たされた地図データから目的地が近い事を読み取った宇宙軽トラがアラームを鳴らす。荒野の一本道を折れて支道に入ると、丘陵の影に上空から見えたような森林があった。

 岩肌ばかりの惑星には遮蔽物が少ないため、強い風が吹く。丘陵と森林を風よけにしているのだろう。森林の中に村落と、見慣れた耕作地が見えた。


 畑の作物はコーンだろうか。背の高い茎の下に、村人の姿も見えた。テラ人と似た、いわゆるヒューマノイドだ。背丈は中背でガッシリした体つきが多いようだった。耳の形状がテラ人と違って先が少し尖っているようだが、農作業で日に焼けた浅黒い肌では、その程度の違いなど些細なものに感じる。


 畑の間を縫って走り、村落に入った。

 家々は入植時に持ち込まれたのだろう、居住シェルのような人工物による多面体と、森林から切り出した木材によるログハウスが半々のようだ。縦にも横にも大きな建造物は無いので、こじんまりとして、ますます村落というイメージが強まる。その中でも地図データに従って辿り着いたのは、気持ち大きめの居住シェルだった。

 入り口に掲げられた看板には役場と表記されていたので、村にとっての総合公共施設なのかも知れない。


 既に太陽は山の向こうに消えて、足早に夜の帳が迫っていた。つまり時間的には就業間近であり、のこのこ現れたシンに、役場にいた片手で足りる数の職員は露骨に殺気立つ。

 が、年嵩の責任者らしき男性が「明日でイイっぺ」と決断すると、あとはもう職員たちは平静を取り戻し、水が引くように帰宅していった。

 責任者の男性だけは少し残り、アンドー1号と運び込んだコンテナが未開封なのを確かめ、シンの携帯端末PDAに受け取りサインをくれた。


「コンテナの中の受け取る分は、明日の朝一で確認するでな、少し待ってくれな。こんなトコだで、急かしても誰も時間通りにしか動かんて」


 そう言われて、初めてシンは時間的に無理強いをするところだったと気付いた。慌てて頭を下げて、


「すみません!そういうつもりじゃ無かったんです?!」


「エエだで。時差の大きな星から来なすったかね」


 年嵩の男性はそう言うと、宿と商店の場所を教えてくれてから帰った。なんと、どちらも一店しか無い。厚意と言うよりは、金を落として行けという無言の圧な気もしてきた。


 思えば惑星【労働1368】では、宵の口の学童は午前中の農作業のあおりで、まだ学校の時間であった。あそこと比べると、こっちは万事が緩やかようだ。

 そうして無自覚に生き急ぐのは管理社会出身者のサガであったが、シンがそれに気付くには、異なる社会へ接する機会がまだまだ少なかった。


 結局、その晩は村の宿を利用する。

 老夫婦の営む宿で、既に日も沈んでいる。受けられるサービスは素泊まりだった。他に客もおらず、タマさんとアンドー1号も場所を選ばないので宇宙軽トラに残るため、静かな夜になった。

 シャワーを浴び、硬い簡易寝台とせんべい布団の縁に腰を下ろす。

 茶びつを見付けたから、寝る前に一服しようと準備する。何やら木の香りのするティーバッグをカップに入れ、電気ポットの湯を注ぐと、すぐに成分が抽出されて茶色い湯になった。


「……木の皮でも使ってるのか?」


 沸き立つ樹木っぽい香りを訝しみながら口に含むと、カッと目を見開くハメになった。

 芳醇、と言うよりは濃厚なキノコの香りが鼻を衝いた。少なくとも茶のイメージではないが、キノコ出汁と言い切るには、何処か抹香の様な香りもあった。

 それが惑星【ヘキチナ】で茶とされる、キノコ抽出物の飲料だった。


「宇宙……ひろい……」


 シンは渺茫と広がる宇宙に意識が拡散する錯覚に陥りながら、飲み干すには鼻に衝く香りに悶絶し、結局ふて寝した。

 翌朝はキノコの薄い出汁の香りで目覚めつつ、共用の洗面所でその香りに辟易して能面のように固まっている顔を洗っていると、誰かにシャツの裾を摘ままれた。

 何かと思って下を向くと、年頃は5歳ばかりの少女が真面目な顔をして、小さな紙包みを突き出している。


「えぇと……なにかな?」


「郵便屋さんでしょ。お便り、ママに届けて欲しいの」


 いかにも物心ついてきて、こまっしゃくれた感じの娘だった。包みをシンに握らせると、手を振って走り去る。老夫婦のいる区画に入っていったので、孫だろうか。

 包みを確かめると記録チップの入った硬い感触があり、包みには娘が書いたのだろう、拙い字でヘキチナ星都の住所らしきものが記されている。


「……まぁ星都の郵便局が目的地だし、何なら混ぜとけば良いか」


 厳密にはタグ管理されているのだから不正は出来ないが、その時のシンは起き抜けという事もあってか、まったく深く考えずに受け取っていた。

 彼の頭のてっぺんに見えない妙な旗が立っていた。

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