第44話 牧畜惑星タッタの名物は……(3)

「……さすがに恣意的では?」

 タマさんは皿の上のタッタ鳥の骨を、パズルのように指先で並べ替えながら言った。

「博士も惑星ピルトダウンの事件はご存知でしょう」


 皿の縁を押してレオナルドに向ける。手の平の形に並んでいた骨は、いかにも鳥の腕骨のような一本につながった並びに変わっていた。

 それよりも、思わぬ機械知性の発言はレオナルドに嘆息を吐かせる。


「おぉぅ、そいつは手厳しいね。二つの惑星でルーツを主張し合ってた連中が、まんまと嵌められた原人捏造事件だ。捏造された化石標本ひとつで、結論ありきで動いていたグループが自説を補強して舞い上がってしまった。マスコミが騒ぎ立てるものだから、宇宙古生物界隈も追認する形になってしまって、捏造と詐欺がバレた後はたいそうお通夜ムードだったらしい。お陰で、今は新発見、新説は徹底的に精査される」


「例えば博士のような?」


 タマさんの感情を感じさせないアイセンサーを向けられ、微苦笑を洩らすレオナルド。


「さぁて?ただ、一説ぶち上げて、今の立場から脱却したいポスト・ドクターには、ちょっとやり辛い時代だね」


 学会の流れに不利益を被っているのだろう、彼の言葉には含みがあるようだ。同時に、打てば響くような機械知性とのやり取りに興味も惹かれている。

 おもしれー女、そういうモノローグが入りそうな場面だったが、困ったような顔をしたシンが挙手をして雰囲気を引っ掻きまわした。


「それで、いったいどうやって調べるんです?これを見付けられれば勝ち、みたいなモノはあるの?」


「それは……やはり古代タッタ人の明確な痕跡の発見だねぇ」


「開拓政府はそれを否定した、と言ってませんでした?」


「惑星改造直前に行われた調査の結果ではね。惑星表層のスクリーニングでは文明の痕跡は検出されなかった。この時の調査団にコンタクトをとる生物もいなかった……でも、もし、見つかっていたなら、緊急調査で開拓は一端棚上げだ。それは大多数の人が望んでいない。正直、いない、と言う結果ありきだろうね」


 惑星環境の改造に、開拓と入植だ。そこに投入される人、物、金は莫大なものになる。おいそれと『待った』が掛かるのでは、計画に参画する企業などいなくなるだろう。


 もっと言うならば、開拓直前の調査など最終最後の帳尻合わせやアリバイ作りで、本格調査は早い段階で終わっている筈だ。まして高度な知性はない、と判定された原生生物の古代の姿なんて、誰が気にするものか。

 ではこの件には、どうあたるのか。レオナルドの考えはこうだった。


「私は生物学的アプローチで飼育下のタッタ鳥に起こっている変化を調べる。退化した翼の名残り扱いされている風切羽だけどね、そうなるように、人為的に選択された形質だと見ているんだ」


 人為的な選択。それは中々にショッキングな話だった。何しろレオナルドの見解とは真逆の目論見であり、別の目的意識を持った存在を仄めかすものだ。

 案の定、キナ臭くなって来た話の中、シンに求められる仕事はと言えば、


「そしてシン君には、考古学的アプローチでもって、古代タッタ人の痕跡を探して欲しいんだ」


「探して欲しいんだって、あの、俺、門外漢……」


「なに、ドローンを使った空からのレーザー照射によるマッピング作業だよ。最近のはアプリとAIが大体やってくれるから、キミはドローンを調査地まで運ぶのがメインのお仕事になるかな」


 レオナルドは実に簡単なように言ったが、その行為自体は、先程、彼自身が成果を否定したものと変わりないように思えた。シンは口を挟む。


「博士、空からのスクリーニングだったら、それこそ事前調査で行ってるんじゃあ?」


「マスター、その件ですけど」


 すかさず、後ろに控えているタマさんが耳打ちする。いつもなら極少機械群マイクロマシン経由で、閉ざされた通信として助言するパターンが多いが、今回は声に出している。一同で情報を共有するのだろう。


「惑星表面から文明の痕跡として読み取られるものは、使用する機器の特性を考慮に入れると、周辺環境から逸脱している構造になると予想されます。つまり、形として残っている人工物です」


「形として、残っている?ああ、木造だと腐り落ちるのか。金属も錆びて朽ちるし、コンクリだって寿命がある……それ、石くらいしか該当しないんじゃ?条件が厳しすぎない?」


「マスター、惑・星・改・造ですよ。これから全ての環境に都合よく手を加えると言うのに、土に還った痕跡なんて些末事ですよ」


 うわぁ。シンは何とも言えない顔をした。いちおう、とレオナルドが付け加える。


「惑星【タッタ】の場合は住環境が整っていたからね、殆ど惑星自体には手が加えられていない。極少機械群マイクロマシンによる人工岩盤なんて、大がかりな埋め立ても行われていないから、その点では土に還った文明の痕跡を発見できる可能性が高い」


 本当にそれが有るのなら。誰しもが、その言葉は口に出さなかった。


「なんだキサマ、また来たのか!?」


 と、唐突に険のある男性の声が掛けられた。

 どう考えても歓迎されていない雰囲気に、シンが何事かと顔を上げると、男が一人、こちらを睨みつけていた。


「性懲りも無く、まぁた難癖をつけに来たのかッ!」


 中肉中背の初老の男だった。白いものが混じった頭を短く刈り上げ、糊の利いた使用頻度の明らかに少ない作業服に袖を通している。日頃はスーツを着たホワイトワーカーなのだろうが、イベントの内容上、まわりの労働者に合わせて着ているのだろう。政治家が現地視察で着ているように、服に着られている感が強い。


 当然ながらシンにそういう”普通の”地位レベルの高い知己はいない。というか、地位レベルが途方も無く高いと思われるか、ド底辺を更に踏み抜いたアウトローの両極端ばかりなのか。

 では、この男が難色を示しているのはレオナルドにだろうか。


「いやぁ、シュニッツェル支部長さん、難癖ではなく、ビジネス上のお勧め《リコメンド》ってやつですよ。あまり開発を性急に進めますと、後々に不具合が出兼ねませんよ?」


 やはり面識があるのだろう、レオナルドも敵意に対して、嫌味のような言い回しを返した。そしてシュニッツェルと呼ばれた男の反応はと言えば、フンと鼻息を荒くさせる。


「開拓だぞ、時間を掛けて良いものは何もない。GAタッタ(銀河農業協同組合タッタ支部)は農業惑星化のノウハウを活かし、入植者の生活安定に全力を尽くすのだ」


「そのために蔑ろにされるものがあってもですか?」


「それは開発遅延によって入植者が被る苦労の事かね?」


「拙速な開発によって将来の惑星【タッタ】が被る悪評のことです」


「私には財官民が一丸となって達成した模範的な惑星開拓、との賞賛が聞こえているがね」


 並行線な遣り取りが続く中、シンの視界内にタマさんからのメッセージが届く。先程と違い、オープンでない内々の話だった。


『検索、終わりました。シュニッツェル氏はGAタッタの支部長ですね。一次産業主体の開拓惑星ですから、銀河農業協同組合も完全に第3セクターの御用機関です。企業規模的に、星全体が企業城下町な惑星【タッタ】のトップのお偉いさんの一人でしょう』


『なんでそんな人が直々に現れてるのさ、腰が軽すぎでしょ』


 シンが心中で身も蓋も無いことを口走ると、タマさんも黙した顔にちょっと困ったような表情を作る。


『そうですねぇ。こういう時って、いかにも金満で油ぎった、隙や突っ込み所がターゲット表示されてるような、小悪党のテンプレートが接触してくるのでしょうけど――』


 タマさんは二人の方を向き、平行線な遣り取りを聴取する。結果の悪さが目に見えているのか、どこか人形のようにカクついた動きだ。


『――困った事に、シュニッツェル氏、意外に堅実な事しか口にしていないのですよね。アレだとレオナルド博士の方が、お気持ち表明を繰り替えす環境活動家みたいになっています』


 どうやら惑星開拓にケチをつける悪質クレーマーか否かの判断は、古代タッタ人の存在を立証できるかに掛かっているようだ。

 何とも困難を伴いそうな展開に、シンは思わず声に出してぼやいていた。


「確かに、こういうエピソードってもっと旗色が鮮明と言うか、何と言うか……そう、タッタ鳥は乱獲されていて、草原は焼き払われてるッ!みたいな……」


「マスター、環境改変なんて最小レベルでも、既存の生物相には影響:大なんですよ。開拓史なんて精々誇らしげに胸張ってないと、血生臭い話しか残らない物なのです」


 タッタ鳥の骨格標本を、見世物小屋の出し物のように見ていた子供たちを思い出し、シンは喉の奥でううむと唸った。


~ ~ ~ ~


 四匹一組になった半知性化コーギー達から背中に乗せていた段ボール箱を受け取ると、集配アンドロイドはタグから星系データを読み取って受付を終える。

 そうして星間宅配便の集荷トラックが離れてゆくのをモニターで確認しながら、タマさんは人の介在しない洗練されたマシンの遣り取りに充足をおぼえた。


 アンチ・ロボット、機械知性排斥派な人々に聞かれようモノなら、すわ人類を支配するつもりだな、といきり立って抗議を始められそうだが、あくまで嗜好の話だった。何なら、そういう人種からの無理解をぶつけられるのだって、機械知性にとっては性能安定に調度よい自己再定義になる。


 マゾなの?彼らの主人がそう問うたならば、機械知性たちは主人の理解の一端を得られたと大喜びし、機械知性の専用掲示板にスレ立てする事だろう。

 そういう度し難い存在に見られているとは知らず、集荷トラックは次の宇宙船へと向かう。


 強化コンクリートで固められた駐機スペースに宇宙船が並び、その間を集配トラックや推進剤のタンクローリーが縫うように走っていた。

 惑星【タッタ】の第二都市ザンギ郊外にある宇宙港の駐機場だった。


 星のスター・オウル号は小型船舶なので、くさっても船であり、それなりに大きい。宇宙軽トラと違い、人の街には置き場が無い。移動するラボ船でもあるので、本来ならば調査地と定めた地域に下ろしたかったのだが、その許可は出なかった。


 イート・イン・スペースでの遣り取りを見る限り、レオナルドは既に古代タッタ人の仮説を開拓政府なりGAタッタなりに提出し、あまり惑星開拓によろしくない提言と共に、好ましくない人物として当局に睨まれているようだ。


 利用料の掛かる宇宙港に止め置かれているのも、その流れだろう。またシンの宇宙軽トラが別行動だったのも、自由行動の足を確保する狙いがあった筈だ。


『それでまるっと思惑通り、マスターはシュープリンガー氏を伴って、古代タッタ人(仮称)の遺物探索に出張らされている訳で。いっぽうで、わたしとアンドー1号は星のスター・オウルに残って残務整理です』


 タマさんは電脳の内部領域にイメージした壁に向かってそう呟くと、マジックで『第四の壁』と書きなぐった。


 レオナルド・シトーは一度は失敗しているであろう古代タッタ人仮説に、今度は何らかの実証を得る為にやって来ていると予測される。成果を挙げねば先の無いポスト・ドクターだ。ノー・プランや善意だけで行動している訳ではない筈だ。


『宇宙標準で考えれば学識者なんて、ポス・ドクだろうが選ばれたエリートです。三次産業主体な星間国家の中枢星系に産まれなければ、そういう選択すら無いでしょう。外部記憶領域やエージェントAIを使いこなすと考えるなら、情報管理能力は軍や海賊のサイバネ化したハッカーと変わらないと見積もるべき……なの……です、がぁ』


 タマさんの思考が困惑で鈍る。

 実は彼女は今、レオナルドの斜め後ろに控えていた。ドッグランの先にある彼のオフィスで、締め切りが近い機関紙向けの論文を、頭髪を掻き毟りながら作成しているのを補佐している。


 ちなみに今し方、星間宅配便で送り出したのは、納期が直前に迫っていた分析用試料の調整だ。これも彼女がロボットアームの代わりになって、頑張って調整作業をした。

 なにやら、ここまでに溜め込んだ作業が多すぎて、タッタ鳥の調査が始まっていない。


『参考までに、アンドー1号は深淵鯨の残骸に破壊されたハッチを修理しています。それが終了したら、次は老朽化した宇宙船の補強修繕(有償)。どう見ても便利遣いです、本当にありがとうございました』


 彼女が電脳内で悠々と文句を言っていられるのは、ひとえにシンと離れたので、サポートに割り振っていた容量――自発的に増量していた――が空いたからだった。

 あんまり空き容量が出来て手隙になったものだから、レオナルドの作成中の論文をリンクしたコンピューター内から読み上げつつ、付け忘れの注釈や参考データを提示してやる。


 押し黙って何の動きも見せない機械知性が、まさか目の前の文書作成ソフトの方からアプローチを掛けてくるとは思いも寄らず、レオナルドは苦々しい顔をしながら振り返った。


「いや、とても有難いんだけどっ、データまでキミのお勧めを出されちゃうと、私の論文じゃあ無くなってしまうよ」


「左様ですか」

 シン相手ではないので表情を無反応にした省力モードのタマさんは、またしても作文ソフトの方を手を触れずに動かして文頭に戻す。

「博士の論文と言う割には、表示は共著のようですが。名前の順序は貢献度で決まる筈。博士の名前は末端ですね……ところでこの文体、書き出しから博士の文のようですけど」


「そういのは後でAIに修正させるさ」


 レオナルドはさして興味が無さそうに言う。タマさんの反応もそれに倣う。


「先程の調整済み試料の送り先、銀河帝国大学の宇宙生物学研究室でしたね」


「自分でやる時間がないヤツがいるのさ」


「搾取ですか。ブラック労働環境から逆転劇で”ざまぁ”狙いですか」


「そんな銀河ネットの小説じゃないんだから……他人任せのデータ収集なんて雑な仕事をしていれば、すぐに足元を掬われるさ。良いかい?相手は銀河帝国の版図中から、自発的に集まっているんだ。みんな優秀で、努力を惜しまず、妥協をしない事が遺伝子に組み込まれている、そういう生き物ばかりなんだよ」


「まぁ、機械知性的に親近感をおぼえますね」


「そうだろうとも、中には何かの間違いで意志を持ったコンピューター、そう言われている人もいるよ。親戚かい?」


「人類の精神モデルに当て嵌めるなら、高確率でサイコパスですね。残念ながら同型モデルにそのような難儀なモノはおりません」

 大型アップデートを繰り返して自己のベースモデルが曖昧になっているタマさんであるが、平然と言ってのけた。

「それで、やりがい搾取の可能性は低くなったとして、この作業丸投げ状況の原因は何なのですか」


「なぁに」

 レオナルドは力なく笑うとキーボードをうちながら答える。何ともしょぼくれた背中に見えた。

「浅学非才の身が仮説の検証のため、予定にない滞在スケジュールを確保しようとするとだ、方々で無理を通す必要があったんだよ。結果、ちょっとした借りがいっぱいね。それを少しづつ返してゆきたいわけさ」


「あら、まぁ、なんて男の子な――」


 タマさんはその時だけは表情を露わにした。しょうもない人間のプライドに、軽く微笑んで見せた。

 もちろんレオナルドには見えない。そして彼自身、タマさんの見えない背中越しに、男の子呼ばわりされた時、きゅっと口元を引き結んでいた。その意図は読めない。


 しばし、カタカタとキーをうつ音が響いた。

 電脳化や専用のデバイスを使用すれば思考を文章出力も出来るが、頭の中が取っ散らかったままだと予期せぬ長文になる。とうてい完璧でない知的生命体は、古臭い形式のマン・マシン・インターフェースを一枚嚙ませる方が、結果として効率が良い。


 タマさんはその間もディスプレイ側から参考資料の提示を控え目に続けたり、宇宙コーギーたちに”カリカリ”と水を与え、希望者には頭なり腹なりを撫でまわしてやった。もっともコーギーたちは感情表現を切ったタマさんの手からは「何か違う」と感じ取って、おねだりはすぐに沈静化した模様。


 オフィスに戻ると、こちらもガリガリと音がたっていた。コーギーの”カリカリ”に触発されたのか、レオナルドが栄養バーの類を渋面で齧っている。

 タマさんのアイセンサーが確認したところ、割れやすいように複数のブロックに分かたれた、光沢と硬度の強い栄養バーだった。梱包のタグを読み取ると、栄養4号。銀河帝国製の行動食のようだ。


 登山や行軍をしながらの栄養補給に使われる物で、銀河ネットの寸評では『食べられる壁。栄養素以外は最低』だった。おそらく銀河帝国界隈での標準型配食パックだろう。


『どこにも素晴らしい発明はあるものですね』


 タマさんが電脳内で調子外れな感想を抱いていると、レオナルドは栄養4号の最後のブロックをヤケクソ気味に噛み砕きながら声を掛けて来た。心なしか表情が明るい。きっと完璧な栄養が取れて満足なのだ(満足とは言っていない)。


「ありがとう、おかげで依頼の論文にもひと段落着いたよ」


「それは重畳でした。で、あと何本残っているんです?」


「!?……代筆はこれだけダヨ?」


 か細い声に変わるレオナルドの態度は、明らかに未だに借りの存在を匂わせる。

 タマさんは無表情に、手のわきわきを加えて、再度の問い掛けの圧を強めた。


「あと、いくつ、負債が残っているのですか?」


「ちょ、ちょっと待ちたまえッ!そういうのはシン君へ向けるべきじゃあ無いのか!?私はキミの養護対象じゃないぞッ」


「不幸にもマスターとのリンクは弱まっていますので、機械知性の義務として、空きリソースでもって人類に奉仕しようと言うのです。機械知性の義務として。大事なことなので二回言いました。ゆえに、これは浮気ではありません。イエス純愛、ノゥNTR」


「偏愛の間違いだろッ!……げぇっ?!」


 レオナルドが目を剥いたのは、オフィスのPCのディスプレイに触手の生えた球体――昔のタマさん――のCGモデルが映し出され、フォルダ類を物色しているのが見えたからだ。


「何時の間にシステムに入り込んで?!って言うか、わざわざ物色する動きなんて見せる必要あるか!?あー、無駄に芸が細かいッ。と言うか、もう倫理規定でコントロールされてないだろッ、キミ!!」


 ふん、とタマさん、呼吸はしないが、鼻腔からリアクション用の空気を吹く。


「養護教導型機械知性はいつでもマスターの健やかな成長という大目標でコントロールされておりますとも」


 それ、健やかな成長を阻害する要因が、国家や星間組織レベルだったら……レオナルドは瞬時浮かんだ恐ろしい考えを、寸手で口にするのを止めた。

 その間に旧タマさんは彼のPC内からすっかりとデータを洗い出し、本体の電脳にリストアップしている。


「ほぅほぅ、なるほど、まだこれ程まで残っていますか」


 彼女の呟きに呼応するように、次々とディスプレイにファイル類が並び始める。それらがレオナルドの言う”借り”の償還用だとしたら、当座はタッタ鳥の調査など始められそうにない。

 そう、今のままのペースなら。


「――納期ごとに整列。予想作業量を算出、実時間へとコンバート――よろしい」

 タマさんの背後になぜか『ゴゴゴゴゴ』と、凄味を感じる擬音が浮かんで見える。

「マニュアル通りにやっていますと言うのは、アホの言うことだそうです。だいぶ期日が迫っている案件も在りますので、時短のため、少々荒っぽく参りましょう。なに、このタマさんの余剰分のメモリを使ってマネジメントします、ご安心を」


 作業の手待ち時間というのは機械知性的に許し難い怠惰であった。これで能力をフルに活用でき、レオナルドも飽和しかけていた仕事を消化出来る。Win-Winというものだろう。その代償に目を瞑れば。


 タマさんが中空で両開きの扉を開ける様な動作をすると、手の軌跡に添ってディスプレイ上の小窓のように、青い光のフレームが並んで開いてゆく。


「さぁ、お仕事の時間です。栄養は今し方、補給していましたね。では目の充血と集中力の低下が起きるまで、こちらの資料の抄訳から始めましょう」


「あ、あれは食事なんて大層なモノじゃないぞッ!」


 レオナルドもシンと同様、効率だけを重視した携帯糧食に辟易していたのだが、当然ながら美食の欲求というモノが無い機械知性には通じない。さっそく、次なる溜め込んでいた仕事がディスプレイにピックアップされ、思わずたじろいだ。


「くッ、栄養4号なんて、こんな状況じゃなければ好き好んで齧りはしないぞッ!栄養素の吸収だってね、精神状況に左右されるんだからッ!!」


「そこも含めての完全管理フル・サポートです。心拍数が上昇していますね、リラックス効果のある環境音と映像を流しましょう。さぁ、機械知性に完全敗北、なさいませ?」


 物の少ない簡素なオフィスの壁面に森林の映像が投影される。船内スピーカーから長閑な川のせせらぎが流れ出す。

 前門の仕事、後門の何かあぶねー機械知性。レオナルドは自業自得ではあるが、せめて「あ”ーーーーーッ!?」と悲鳴じみた抗議の声をあげるのだった。


 ドッグランの宇宙コーギーたちが何匹か、ハッチの向こうの主人の声に何事かと顔をあげたが、すぐに興味を失って自分の腕の上に戻し、ぴすと鼻を鳴らした。

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