第45話 たのしい宇宙一年生:宇宙考古学者のお仕事(1)

 もう宇宙と頭に付いていれば何でもアリなんだな。きっと接頭語なんだ。

 シンは何故か浮かんだそのフレーズに首を傾げた。


「何かありましたかな?」


 助手席にどうにか足ごと収まっているシュープリンガーが訊ねてくる。シンは「いいや、気のせいだった」と答えると、携帯端末PDAに目を戻す。


 宇宙軽トラは牧畜惑星【タッタ】の都市間を結ぶ幹線道路を走っていた。可住地域の殆どが草原であるこの星では、他の惑星以上にバイパス道の風景に変化が無い。

 上は書き割りのような青空。下は深い緑の草原と、そこを貫く強化コンクリートの灰色。位置関係も殆ど変わらない。


 こうも変化が少ないと、風景に慣れてしまい、集中が切れやすくなる。社会では事故原因として周知されており、宇宙時代ともなれば自動操縦で対応出来た。その代わりにシンはダッシュボードに乗せた携帯端末PDAのアプリケーションへと集中する羽目になっているのだが。


 アプリで表示されているのは周辺地図のようだ。バイパス道周辺は明るく、これから進む前方は暗く色付けされている。

 明部分は現在位置を中心に増加しており、リアルタイムで更新されているようだ。それも明るく色付けされると、草原の植物層の下に隠された大地の起伏までが詳細に書き加えられてゆく。


 上空からレーザーを照射し、反射光の時間差等から、地表部までの距離や形状を計測しているのだ。

 ジャングルからの付き合いであるクアッド・ローター式のドローンから二機が、宇宙軽トラの左右上空を飛行していた。標準装備の測距用レーザーで計測したデータを、シンの手元の携帯端末PDAに送っている。


 その先は表計算ソフトで観測した数値を整理し、地図作成アプリに読み込ませた既存地図をベースにして、詳細な地形情報として地図をアップデートさせてゆく。更にAIが周辺環境を参考に、現実的な範囲で補正をかける。


 そうして出て来た地形に、例えば一直線の丘陵や円形の溝などが出てきたら、それは集落などの遺構の可能性があるだろう。この手の探査技術なら、森林の下に埋もれた都市遺構の痕跡も見つけ出す事が出来た。

 そして開拓前の事前調査とは、おそらく衛星軌道上からのスクリーニング調査までが関の山だったろう。


 多少の不幸な行き違いがあったとすれば、惑星【タッタ】の土地利用は放牧地としてであり、牧草を撒くために表土を耕作する程度にしか、長らく手が入らなかった事だ。

 採掘や都市開発といった大々的な計画があれば、土地も深く、大きく、形を変えるだろう。が、この星にその機会は訪れていない。


 では本格調査の嚆矢となったとして、シン達が何らかの発見を出来ているかと言うと、これがそうでもない。実績あるレーザー測量を利用した調査ではあったが、第二都市ザンギを発ってから既に半日近くバイパスを転がし、未だにアタリは無い。


 タッタ鳥は草原を生息域にしている。こうなると幹線道路からオフロードに乗り出すべきなのだろうが、草原は個人の牧場である可能性があり、ヘタに踏み入れない。

 が、広大な草原をアテも無くさまよう事になるよりは、現段階ではバイパス道の方にまだ目があった。シンはPDAから少し目を離し、横目でそれを見遣った。


 バイパス道に並走している、タッタ鳥たちの獣道だ。

 テラ標準単位にして既に300キロメートル。かなり走って来たが、あいも変わらず踏み折られ、締め固められた植物が一直線に続いている。頻繁にタッタ鳥たちが通っているのだろう。

 シンはレオナルドの指示を思い出す。


『彼らの直線移動の行動理由は不明なままだ。生息域から離れて何処に行くのか、何をしているのか。或いは、今は意味が失われてしまった、古代タッタ人時代の名残りが習性として残っているのかも……』


 その不可思議な行動を、空から科学の目で追っている訳だ。もっとも、この日は朝からタッタ鳥を見れていない。


「……昨日は何気なく走っていたものだけど」


 シンが所在無げに呟くと、律儀に彼と反対方向を見張っているシュープリンガーが答える。


「隠れているのかも知れませんな」


「トレーラーが隣りを走行していても、構わず走っていたけど?」


「たぶん、トレーラーは自分たちを襲う事がない事を知っているのでしょうな。道を横切らない限り、ですが」


「じゃあ、何から隠れているのかな?」


 シンがシュープリンガーの方を向くと、大型犬特有のデカい手が上を指していた。


「アレではないですかな、ドローン」


「ドローンって、非武装の小型ドローンだよ?驚かすような要素は無いハズ……ああ、ローターの回転が発する周波数を、ちょうどタッタ鳥が忌避する、みたいな?」


「なるほど、いいえ、そういう具体的な話では無くですな。タッタ鳥は生息域を制限されています。人類が区切った牧場に囲まれている訳ですが、その境界を見張っているのはドローンやタレット、電気柵といった無人機械の類でしょう。ほら、酪農フェスで見たような」


 殺意高めな原生生物用の防御装置の展示を思い出し、シンは膝を打った。


「非武装だろうが、ドローンに追い立てられた経験があるのかッ!」


「それは何世代にもわたり、本能に作用する恐怖になっているのやも知れませんな」


「それじゃあ、ドローンでレーザー測量してるかぎり、タッタ鳥は出てこないってことかぁ」


 まいったな。シンは困った顔をすると側頭部を掻いた。

 タッタ鳥の実物がいれば、獣道の利用状況の確認も出来て一石二鳥と思っていたが、そうそう楽は出来ないようだ。

 シュープリンガーが宥める様に、手首をぱたぱたと振った。


「ひとまずは予定通り、この街道周りを明らかにしようではありませんか」


 主人レオナルドが何とかスケジュールを工面してつくった調査計画ではあったが、シュープリンガー自身は犬の頃の特性だろうか、実に呑気なものだった。


 そこから日が傾くまで、彼らはバイパス道を走り続けた。

 宇宙軽トラは居住モジュールを降ろして牽引していた。代わりに荷台の上はソーラーパネルにバッテリー、ドローン用の接続コネクタ等が並び、非可動のドローンが二機、充電状態にある。二機交代で常に上空からレーザー測量を行うシフトだった。


 それでも、ひとたび太陽が傾けばもう発電は出来ない。その日の作業は終わり、折良く見付けた駐車スぺ―スだけのパーキング・エリアで夜を明かす事になる。

 トラック・ストップのような設備の整った休憩スペースではない。トイレと自販機と、非常用の通信端末のみ。先客もおらず、徐々に夕闇の濃くなる小さな駐車場には独特の侘しさがある。街路灯の白い照明はあるのだが、バイパス道には街灯が無いので、特に闇の中に浮いている感が強い。


 シンは宇宙軽トラを降りて伸びをしたり、曲げっ放しだった足のストレッチをしたりして、うめきとも嘆息ともつかない声を出す。

 シュープリンガーも前足を折り、尻を思いきり上げ、うんと背を伸ばしていた。そのいかにも犬っぽい仕草に、シンはひとつ忘れていた事を思い出す。


「あっ、そうだった、あいつ等は――」


 急いで居住モジュール左後ろのスライドドアを開くと、だんっと勢い良い音をさせ、毛玉が三つ飛び出していった。

 半知性化コーギー達だった。彼らは室内が余程ヒマだったのか、脇目もふらずにパーキングエリアを走り回る。

 シュープリンガーの話では、わざわざ手伝いに名乗り出てくれた若い衆らしいが、シンから見れば、


『……まことに申し訳ないけれど、本当に犬だなぁ』


 それでも全身で跳ね回るように疾駆する姿は、先祖が猟犬ならではだろうか。足が短いので跳ねるワンストロークも短時間で、犬よりはウサギのように見えなくもないのだが。


 彼らがひと仕切り飽きるまで走り回って、「やってやりましたよ!」という溌剌とした顔で帰って来る頃には、草原の向こうに太陽が沈んでいた。

 夜の藍に染まった一面の草原の上端が、地平線の向こうの太陽の残照で線で引いたように赤く輝いている。絶景だった。


「まるで野火のようですなぁ」


 いつの間にか隣りに立っているシュープリンガーが遠い目をして言う。


「野火?」

 シンは聞き慣れない言葉に瞬時、首を傾げる。

「ああ、林野火災のこと?」


「それは……余りに浪漫に欠ける物言いですな。あまり直裁に過ぎますと、ウチの主のような面白みのない大人になってしまいますぞ」


 仮にも主人にエライ言いようだが、我が身を顧みればフリーダムなタマさんがいるので、当事者同士にしか判らない距離感と言うのもあるのだろう。

 特にシュープリンガーは今は廃れた、失敗する危険性のある知性化処理を施された愛玩動物だ。だが、気になるものは気になる訳で、シンは彼の横顔を窺いながら問い掛けるのだった。


「あなたのその面白味がある言い回しっていうのは、知性化で焼き付けられたもの?」


 聞き様によっては甚だ無礼な物言いだろう。その知識はコピーされたものか、そう問うているのだから。

 シュープリンガーは自制が効いているのか、それともシンが犬の顔色を読めないだけか、これまで通りの調子で答えた。


「知性を得てからの独学ですな。主に代わり、場を和ませる必要がありましたもので」


「詳しく、聞いても?」


「なに、よくある話ですよ。我が主の家であるシトー家は、銀河帝国の末端貴族です。どれくらい末端かと言いますと、いろいろと面倒な制度説明を省きまして、本家にメンディール家をいただく、その傍流でありますな」


 いわゆる寄親・寄子制度だろうか。銀河帝国の直臣ではない。つまり銀河帝国は陪審団を抱えた多数の大貴族の、その上に立っているのだろう。

 確かに面倒くさいので、シンはその先を追及しなかった。


「御本家は惑星ひとつを領土に持ちますので、日々、色々なことが起こります。たとえば、あたらペットを犠牲にしないようにと禁止された知性化動物を、わざわざこしらえてお縄になる資産家とかですな」


 たとえ、ではなく、そのものズバリだろう。

 そのたとえは俺に効く、ではないが、シンは爬虫人類レプティリアンの卵の件もあって、そういう話にはやはり憤りを覚える。


「形の上では保護された知性化動物実験の唯一の成功例は、メンディール家に連れて行かれました。突然、人間の言葉が丸々と理解できるようになった上に、難しい顔をした人間に囲まれて針のムシロでして、もう尻尾を丸めて縮こまっておりました」


 そう言って振ったシュープリンガーの尾はほんのひと摘みで、丸める長さは到底無さそうだった。(注釈:1)。

 これは今度こそ突っ込み待ちなのだろうか。戸惑うシンをよそに、シュープリンガーは懐かしむように目を細める。


「すると、当時はまだ学徒だった主がですな、拙者を抱えてうちで面倒を見ると言ってくれたのですよ。嬉しかったですなぁ、おもわず嬉ションするくらい」


「それは……大変だったろうねぇ」


 主にメンディールの屋敷が、とは流石に口にしなかったが、シュープリンガーも似たような事を思っていたのだろう、犬歯を見せてにやりと笑ったようだった。


「まぁ拙者も主も、あの御本家の権威主義的な処は大嫌いですので、先払いでひっかけてやったようなモノですな」


 なんとも太い物言いではあったが、そこがまた彼のレオナルドへの忠誠心を窺わせた。


「そうしてシトー家に迎えられますと、郊外のボロ屋で家人はおらず、飯炊きの婆様が朝に訪れて昼前に帰るだけという、何とも侘しい家でした。どうやらシトー家は御本家から放逐された主の、名ばかりの家だったようでして。拙者、腹が立つやら何やら。ともかく自分が立派な家宰を務めねばならぬと、そう心に誓いました次第で」


『……うん?』


 突然飛び出した放逐、なんてセンシティブな単語に、シンの心中で疑問符が点灯した。

 彼のレオナルドへの印象は、仕事の口が少ない研究職に、どうにかこうにかしがみ付いている苦労人だった。が、更に実家から疎まれている、という家庭の事情まであるらしい。


 だいたい、紹介を頼んだのが銀河帝国の暫定お偉いさんである少年商人ミトである。彼も何やらお家の事情っぽい荒事とセットだったが、絶賛、そのお墨付きでの紹介らしい。


『やっぱり、これは俺が紹介して貰ったんじゃなくて、レオナルド博士へと俺たちが紹介された?』


 そんな風に考えてはいけないのだろうが、面と向かい合って相談している訳でもないため、余計な考えが廻る。


 正解はどうあれ、そうなると複雑な貴族の家庭の事情なんて、知っていて良いことなんて無い。余計な事件に巻き込まれるだけだろう(現在進行形である可能性は、考えないものとする)。

 シンは回れ右して居住モジュールへ向きを変える。


「そうかー、大変だったんだねぇ。ところで、そろそろ夕食だ。まぁ俺には標準型配食パックと栄養4号っていう最悪の選択肢しか無いけど」


「あれれー?やけに棒読みではありませんか。それにここから拙者の修行偏とか、激闘編とか、話が広がるところですぞー」


 背中越しにシュープリンガーのとぼけた様な声が聞こえて来る。シンは次の一言だけは真面目な声のトーンにして、


「あなたのその喋りには必然性があって、知性が本物だからこそ至ったんだ。そう理解出来たので充分だよ」


 後ろ手に手を振ると話を切り上げ、居住モジュールに歩き出す。入り口の足元で待っていた宇宙コーギーたちは「あ、話おわりました?ご飯の時間ですよ?」という顔で期待の目を向けてくる。何とも無垢な欲求に、シンは思わず苦笑した。


「まったく、お前らの頭の中には、本当にシュープリンガーの半分の脳ミソが詰まっているのか?」


 単純な容積の問題ではない。それでもコーギーたちは小馬鹿にされたと察したのか、「わふ」と不満げに一声ないた。それがまた可笑しかった。


「ははっ、それじゃあカリカリを準備してやろうかね」


 飼い主ではないのだが、それでも餌をくれるシンにコーギーたちは短い尻尾を振ってついてゆく。そしてシュープリンガーはその姿を小さな溜息と共に見つめていた。


「いや、さすが【H5】のTiリメーン問屋の若旦那の肝いり。何も知らされてなかろうと、守りが硬い。されど、拙者も主のため、御将家との伝手は是非にも欲しいのですぞ」


 と、なにやら引きのシーンのような事を口走るシュープリンガーではあったが、シンとコーギーたちの姿が居住モジュール内に消えると、今度は面はゆそうに前足で顔をくしゃくしゃと引っ掻き始めた。


「……あー、しかし、こう……拙者の知性が本物なんて、面と向かって言われますと、そんな風に言われた事は無かったですなぁ。感慨深くて照れますな。シン殿、良い人ですなぁ」


 知性化犬技術の何が失敗かと言えば、原種の頃の忠良さに手が加えられなかった事があげられる。彼らは知性に付き物の悪辣さや狡猾さとは無縁だった。

 あるいは失敗と判断されたのも、それ以上の進捗を経て、知性化犬たちが人類並みのエゴを獲得したら、どう接すれば良いのか判らなかったから――かも知れない。



(脚注1)

 シュープリンガーのモチーフとなったドーベルマンは、役務のために尾と耳の一部を切除する処置を施されることが多い。が、本宇宙においては宇宙ドーベルマンという、生まれつき耳が尖り、尾の短かな大型犬種であると定義する。

 また、コーギーの尻尾も似たような理由で切除されるが、同様の設定とした。

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無頼航路 ~農奴少年、多元世界《マルチバース》を垣間見たら、重力《しがらみ》断って星の海へ~ 藤木 秋水 @to1low

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