第42話 牧畜惑星タッタの名物は……(1)

 ドゥ・イナカ星系の惑星【タッタ】は温暖な星である。

 惑星改造は最低限度で居住が可能となり、入植から既に700年。近年では原生生物との宥和的な生態系の構築も進み、辺境ではあるが大成功した植民星と評価されていた。


 起伏の少ない陸地は地下資源に乏しかったが、開発に伴う土壌・地下水汚染もないので、穏やかに農畜産業が営まれている。銀河ハイウェイに近接するという有利な立地条件もあり、食料3Dプリンター用の栄養元の産地になっていた。


 それ用の大型輸送船舶の出入りも多いため、衛星軌道上の宇宙港も辺境のわりに設備が整っていた。

 巨大な円盤状の居住ブロックが複数重なり、その間々には係留用の桟橋が縦横に組み合わさって伸びている。星のスターオウルと、シン達の宇宙軽トラもドッキングしているのが見えた。


 別々なのは手続きがそれぞれに必要だからであり、特に星のスターオウルの半知性化コーギーたちは頭数もあって、検疫の検査に時間が掛かった。一方でシン達も【トラストHD】からの委託業務である薬品と郵便物の引き渡しがある。

 結果、惑星上での合流の段取りを決めて、それぞれで入星審査を受けていた。


 宇宙港内に搬入された貨物のチェックが終わるのを待ちつつ、シンは宇宙軽トラの操縦席でタマさんからの報告を受けている。【タッタ】に到着するまでに突貫で進めた、深淵鯨の残骸の解剖調査の結果だった。


 シンとアンドー1号は重機の解体のような力仕事をこなし、タマさんは高速で解体の記録作成。レオナルドがレーザー・メスを奮って次々とバラしてゆくのを、シュープリンガーが阿吽の呼吸でサポートする。半知性化コーギーたちも時折、小さな部品をくわえてはダストシュートを行き来していた。

 最後にはタグ付けされてパッキング後、冷凍庫へ。

 慣れない仕事内容も含めて、正直、重労働だった。


「――以上が解体箇所の内訳でして、判明した部位だけでも機械部品とサイバネティクスに基づいた代替機器、つまりサイバー・パーツと呼べる代物の集合体と言えます。その周囲を航宙船クラスの外殻が覆い、内部には正体不明の赤色の物質が充填されていました。赤色物質は多様な宇宙放射線を遮断する防護層と思われますが、現行の主要技術とは異なりますね」


「つまり異なる技術体系で全身義体化した大型生物のような?」


 シンは携帯端末PDAの膨大な目録を流し見しながら言う。確かにサイボーグ手術のカルテを見たら、こんな風になりそうだ。


「はい。あるいはレオナルド博士の主張のように、金属原子を日常的に取り込む環境で、内臓器官の構成物質が無機物に置換し、あたかも機械部品のように振舞うようになった……のか」


 ナビゲーターシートのタマさんはそうは言ったが、本題は次の案なのだろう、わざと声を潜めて言う。


「もしくは、わたし達だけが知る因子ですが、【独立した機械知性に関する準備会】通称【独機会】の機械知性が接続した、言うなれば外宇宙用の拡張躯体なのか……もっとも、この案でも深淵鯨が人工物なのか、自然発生の野良なのかは判然としませんが。あと、何か検証しようにも残骸の中のサブ電脳は、マスターがキレーに焼き斬っちゃいましたしね」


「狙ってやった訳じゃ無いんですけどねー」


 シンは自分で真相への道を断ち切ってしまった事に、苦々しい顔をする。

 【独機会】の通信を受信する。それはおいそれとは他言出来なかった。人類に敵対するスタンスをとっている【独機会】である。それを理由にタマさんがどこぞの星間国家に召し上げられ、研究に供されたら溜まったものではない。

 だが逆に、今のところはそれを放置していても危惧する必要がない。所詮は一方的に受信する可能性があるだけだ。


「……今は優先すべき事があるので、とりあえず、この件”は”現状維持で」


「了解、この件”も”現状維持します」


 タマさんはくすりと微笑する。表情は対人会話機能の発露だが、ままならない事が増えてゆくのは、自己の存在価値を裏付け出来て非常に好ましい。もっともこんな遣り取りは、十年以上にわたる変わらない日常風景だ。そういった思考のプロセスも、とうに省略・自動化されている。

 つまり、彼女のその微笑みは感情表現と言って差し支えなかった。

 その辺りでタイミング良く管制官の声が聞こえて来る。


「トラストHD305便、チェックは終了した。受領書と誘導路のデータを送るよ。入星審査は終了、ようこそ惑星【タッタ】へ。出発を承認します。今時分は酪農フェスだ。地上にはうまいものが、たらふくあるぞ」


 管制官は人が好いのか、上機嫌に言った。


「ありがとう、あとで顔を出してみます。トラストHD305便、タキシング開始」


 シンも短く礼を言い、左手のレバーから後退に入れ、ブレーキレバーを解除して低速発進させる。受け取ったタキシングの経路が前面モニターに矢印になって表示された。

 検疫中だろう星のスター・オウルに先に行く旨をメールし、宇宙港から離れる。

 案内に従い桟橋を抜けると、薄い緑色をした惑星【タッタ】が眼前に広がった。宇宙港の利用者も多い。軌道には幾つもの推進剤のガスが尾を引いていた。


 惑星への降下経路は現在時刻――自転の度合い――に、着陸地点やその周辺の天候にも左右される。複数の船の経路が被る場合は、順番待ちとなる。

 タマさんが受信データからフライトプランを参照し、タイムテーブルを前面モニターに表示させた。順番待ちは三隻目だった。シンはスロットルレバーに手を置き、いつでも出力を上げられるように準備すると、思い出したように口を開いた。


「そう言えばね、毎回【トラストHD】から割り振られた符号ってのは、どうかと思うんだよ」


「なんです?やぶからぼうに」


他人ひとから与えらた事務的な番号でなくてね、今後も俺たちの航跡を宇宙に刻んでゆくために、俺たちの共通の名乗りと言うか……」


「あー……会社名や団体名とかですかね」


 タマさんは彼の言わんとするトコロを何となく察する。と同時に、養護教導型機械知性としての側面が警鐘を鳴らした。


『もしやこれは、遅れて来たチューニ病というヤツですか?』


 チューニの意味は地球の座標と共に失われてしまったが、テラ人界隈では思春期に発症するものと知られている。幼年期が終わり、自我が拡大して行くと共に、社会との関わりも増してゆく。そこで年齢による実経験とのギャップから、そのアプローチが奇妙だったり、やり過ぎたものに変貌してしまう。


『――とかなんとか。機械知性の子育て掲示板では、養護対象の独立の第一歩であるが、いつもの調子で記録してマスターへのリアクション補正に採用すると、ある日突然、悶え苦しみ出した……とか言う危険事例ですね』


 これは慎重を期さねば。タマさんは惑星降下シーケンスをサポートしながら、シンの反応分析に機能の全てを割り振らねばならなくなった。ちょっと表情プログラムのラグで頬が引き攣るのを感じながら、


「例えば、何か案はあるんです?各星間国家をまたいでも、大体通じるような、普遍的で、当たり障りないやつが良いと愚考しますが」


「むぅ、なるほど」


 シンは一理あると唸り、モニターの数値をチラ見しながら考えを巡らせる。それがタマさんの”黒歴史”製造防止策とは気付かず、昨晩考えていた派手目な会社名を心の棚に戻した。


「ミトが宇宙の何でも屋って触れ込んでたようだから、ゼネラルなカンパニーな感じで――」


「その社名だと経営が年中火の車っぽいし、児童労働の嫌疑がありますので却下です」


「そうなの?じゃあ、何でも屋を昔の言葉にして、よろず――」


「それはマスターが死んだ魚の目をして糖尿病寸前になりますので却下です」


「なんでさ?!」


「あー、はいはい、軌道の降下コース、開きましたよ」


「了解……」


 思考を中断し、しぶしぶ、シンは宇宙軽トラのスロットルレバーを前倒しにする。降下中にアレコレ考える余裕はない。タマさんがコントロールすれば万事上手くこなすだろうが、シンが人事不詳でない限り、彼女はサポートに徹する。それが機械知性クォリティ。


 どんどんモニターを占有してゆく惑星の緑色と、目まぐるしく変化してゆく機体表面の情報に、シンは否応なく操縦に集中させられた。


~ ~ ~ ~


 テラ標準単位で高度1万m。ハビタブルゾーンに存在する標準的な可住惑星だけあり、大気組成の内訳も誤差の範囲だ。宇宙軽トラのフロントグリルから取り込み、反応炉の熱で膨張させて推進力に変えられる。


 眼下に広がる惑星【タッタ】の大地は平坦で、宇宙から見えた薄緑の正体は、そこに生え揃った背丈の短かな植生の色だった。厳密な種類分けは空からは無理だが、見た目で言えば一面の草原だ。


 所々に黒や茶の色も混じっているが、シンの目がそれを追うと前面モニターに小窓が生じ、拡大表示された。

 それは四足の動物の群れだった。自動翻訳は”牛”と呼んでいたが、彼の中の地球人、三浦真の知識よりも丸々と太り、角も無いようだ。高空からでも何となく見えるのだから、巨大な群れなのだろう。そういうのが草原の所々に散らばっていた。


「この星は人間よりも牛の方が多そうだ」


 シンの何とは無しの呟きにもタマさんは反応する。


「はい、実際そうですよ。惑星【タッタ】の広大な草原は放牧に利用されています。人と家畜の比率は1:20とか、なんとか。天然素材は高級品ですから、生産サイクルは長めの約2年。それで対人比率の大半が入れ替わりとなります」 


「【労働1368】の農場じゃ穀物を三期作してたよね。あれも一応、天然食材扱いだったけど、年単位なんかで採算とれるの?」


「動物由来タンパクの食料カートリッジは最上級品ですよ。穀物やプランクトン由来の汎用品よりも上です……そういえば、あの星では児童労働が常態化してましたね」


「農村特有の”手伝い”ってやつだよ」


 面白いところも無い思い出にシンは小さく鼻を鳴らすと、モニターの案内表示に従い高度を下げる。

 右手でサイドスティック方式の操縦桿を前へ倒しながら、左手でスロットルレバーを引き絞った。高度を下げつつ、位置エネルギーが速度エネルギーに変わるなかで、無用な加速を抑制する。


 高度が下がるとともに、草原に切り開かれたバイパス道が横切るのが目に入った。こちらの飛行経路と直行する形なので気付くのが送れたが、地平線の向こうまで一直線の幹線道路なので、並行して飛んでいたら高空からでも見えたろう。

 モニターの経路案内矢印が遅れ馳せながらと、道路と同じ方向を向いた。幹線道路の先に目的地の都市があった。


 シンは操縦桿を少し横倒ししてからニュートラル位置に戻し、次に操縦桿を引く。機が右へ45度ほど傾き、そこから機首を上げ、ゆるやかな右旋回にはいる。

 爬虫人類レプティリアンの卵は星のスター・オウル号に預けてあったので、急激な機動でも転がる様な物は積んでいないのだが、眼下ののどかな光景にそういう気分でも無くなっていた。


 進路変更を終了して機の状態を水平に戻し、高度を更に下げてゆく。

 今回は空港の滑走路でなく、幹線道路に直接降りて陸路で都市に入る段取りだった。レオナルドが言うには手続きの簡略化らしい。


 道路に他の車両の――大抵は貨物輸送のトレーラー――いない事を確認し、シンはコンソールのタッチパネルから車輪のアイコンに触れる。船体下部からはみ出る様になっていたエンジンノズルが引き込まれ、代わりに側面の4つの動輪のロックが外れて競り出る。


 推進力へ回されなくなった反応炉からのエネルギーは、船内の空間変速機でトルクに変換され、動輪を通して大気への制動を行う。

 大気圏内飛行から、陸上走行へ。だが接地まで、今しばらくは慣性を活かして滑空する。


「あれは……?」


 シンは次第に明確になる地上物のディテールから気になるものを見付けた。草原に一直線に色調の違うラインがはしっていた。それはバイパス道に並行して確認出来る。となると、色調の変化も随分と長い距離にわたり発生しているようだ。

 モニターにピックアップされた拡大映像に、タマさんがアイセンサーを細めて簡易分析を行う。


「……植物の密度が少ない部分が影のように見えるようです。何でしょう、バイパス建造時の補助道の名残とか、ライフラインの埋設管工事跡……と、か――」


 言いさしてタマさんはモニターの一部を指で弾く仕草をする。拡大映像の内容が変わり、静止画像が何枚か投影された。


 タマさんが発見した時には前方の映像だったが、今の時点でも宇宙軽トラの対地速度は、テラ標準単位で時速250キロを超えている。一瞬で前方に追い付いて、次の瞬間には後方となる。遠ざかる映像を追うよりは、詳細な画像をチョイスしたのだ。

 シンはその絵面の吟味に眉間に皺を寄せる。


「鳥?……いや、鳥ぃ?」


 それは彼が知る鳥の姿に、いちおう近かった。だが惑星【労働1368】の農場周辺には生息していない体形だ。地球人、三浦真の知識なら、ダチョウやエミューという属の分類が近かった。


 そいつらは空を飛ばず、地上を疾走している。いや、草原の植生をかき分けるどころか、踏み潰すほどの体格なので、爆走の方が適当か。


 どう考えても空を飛ぶ鳥には不必要な太い爪に、走るために発達した筋肉でパンパンに膨れあがった足。それらが支えるのはバランス的にはやや小ぶりな胴体と、さらにそこから上に伸びた、これまた太い首にでかい頭部……と言うか、でかいクチバシだった。


 特に上クチバシは先端に行くほど下を向いたカーブを描き、鋭く尖っている。肉をついばみ、引き千切る役割だろう。それが人間の大人とあまり変わらない高さにあった。


「……あの草原の色が変わってたのは、ヤツ等が踏み慣らした獣道か。まさか道と並走してるのは車を襲うつもり?」


「それこそ、まさかでは?サイズ差がありますでしょう……あぁ、あった、これですね」

 タマさんは銀河ネットで検索していたのか、静止画像の一つを百科事典サイトのページに変更した。

「この星の原生生物ですね。タッタ鳥……いわゆる飛べない鳥で、雑食性。現在は家畜化されていて、肉や羽毛が利用されているそうですよ」


「雑食性?肉食性の捕食者じゃなくて?」


「雑食です。大きな爪で穴を掘って地下茎や環形生物、幼虫の類を探したり、あのクチバシでナッツの類を殻ごとバリバリ砕いたり、小動物を丸飲みにしたり――」


「やっぱり捕食者じゃん!それも頂点に近いっ!」


 精一杯突っ込んでおくシン。この手の怪生物は気をつけておかねば、何処で関わり合いになるか判ったものではない。胡散臭そうにモニターの小窓を眺めながら、


「俺はレオナルド博士の言った救う対象とやらが、こいつ等じゃない事を願うよ」


『そういう事を口にするからフラグが立つのでしょうけど』


 タマさんは忠良な機械知性なので、そういう野暮は口にしない。何しろ口にしない方が主人の覚悟が定まらない分、狼狽える様をまた拝めるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る