第10話 それから、どうなった(2)
惑星【労働1368】の南大陸。今日も未開拓の密林には熱風が吹きつけている。太陽は未だ中天に至らないが、正視出来ない程に真っ白に輝いていた。
不意に小動物が木々の間から飛び出し、密林の周りの僅かな低木の茂みに飛び込んだ。本来なら太陽を避けて密林に引き籠っているはずだが、何かから逃げていたものか。
と、その何かも密林の外に姿を現した。
鼻先の尖った、あの四足獣だった。が、こやつも太陽の下に出るなり、後ろを振り返ってはしきりに辺りを警戒していた。
何を恐れているのか。
それは空気を引き裂く轟音と共に、樹間の暗がりを照らしながらほとばしった。青い糸のような電光となり、瞬時に四足獣の頭を熱と衝撃で吹き飛ばす。
以前には四足獣の方が襲う側だった。襲われた側はギリギリまで引き付けて、何とか拡散するプラズマを命中させたものだった。
だが、今は狩猟者は逆になっているようだ。
密林からくすんだ白色の作業着に、資源回収用の集塵機の背負子を背に付けた影が現れた。
未開拓の南大陸にあって、こんな格好をしているのは、シン・ミューラ少年に他ならない。が、以前の発育不良気味の少年の姿はなく、そこにはすっかりと背の伸びた若者が立っていた。
テラ標準単位で二年近くを密林で過ごし、17歳になっている。
星々の文化によっては一人前とされる年齢だし、タマさんたち保護者のもとであっても、それだけの時間を密林で生存するのは容易い事ではなかったろう。
現に連日の野外活動で日に焼けた肌は浅黒く、表情はだいぶ大人びて見えた。何より将来を諦め、覇気のなかった二年前と違い、顔には生気が漲っている。
密林に暮らし、狩猟をして、肉を食べて身体をつくった。タマさんと艦長【0567$^0485】に学び、宇宙生活の知識と技術を叩き込まれた。
今もシンは手慣れた所作で四足獣の脇の下にロープを通し、その辺の木の皮を剥ぐと、80㎏はありそうな巨体の下に滑り込ませた。木の皮一枚でも地面との摩擦が減り、何とか引ける重さになる。
近くにある居住シェルまで運び、物質精製機にかけて、貴重な資源とタンパク質に変えるのだ。もちろん、肉としても食べる。
タマさんがいたら『また拾い食いを!』、とか叱られそうだが、今日は密林の中の拠点の方にいる。というか、ここ暫くはよく艦長と打ち合わせしていて、外作業はシンと修繕したアンドロイドの二人に任されていた。
また新しい教育プランだろうか。
正直なところ、債務の償却も目処が立っているらしいので、いつまで密林で雌伏の時を過ごすのだろうか、とも思ってしまう。
まぁそんな事を思いつつも、居住シェルに久しぶりに戻ってみれば、タマさんが遠隔操作でエアコンを掛けていてくれる事にも気付いていないのだから、まだまだシンはお子様であった。というか養護教導型機械知性も、大概ダメ人間製造機である。
シンはマルチツールの工業用レーザーを使って獲物を大雑把に解体すると、物質精製機に放り込んでから、壁面の大型モニターを確認する。
星間製薬会社【トラストHD】の輸送船が軌道上の宇宙港に停泊していた。そして無人往還機の投下カウントダウンが始まっている。宇宙図には複数の大気圏突入軌道が表示され、こちらからの指示を待っていた。
シンは現在位置と宇宙港の関係と、発射時間まで一時間に対して惑星の自転速度を考慮に入れ、最適の軌道を見つけると、コンソールのタッチパネルから指示を飛ばす。輸送船側からの予測到着時間と、体内の極小機械群による計算結果は、殆ど誤差が無かった。
手ずから算盤を弾いている訳ではないが、計算に使用するパラメータ選びを誤れば、正解は得られない。特に今、シンが行おうとしているのは、無人往還機の機能に任せた自動着陸でなく、細かな指示を地上から出して、居住シェルの近くに誘導する手動操作による着陸だった。
自動機能に任せては、最初の時のようにジャングルの適当な場所に降りられてしまい、捜索する手間が出来る。その点、密林の外縁にある居住シェルならば往還機の着陸スペースも用意できるし、誘導主をシンにする事で、いざと言う時の宇宙船の手動操作の訓練にもなった。
往還機発射までの間、モニターを監視して急な気象パラメータの変更等に気を配る。やがて輸送船からの暗号回線で、発射作業終了を受信した。行程は順調。往還機は熱の壁を越え、成層圏を飛行して距離を稼ぐと、高度を対流圏まで下げてくる。
いよいよ近付いて来たところで機首を起こし、後方から逆噴射。まるで空中に立った姿でジャングルの外縁部に降りてくる。
シンの目はその間もモニターに注がれ、僅かな風の強まりで変わる飛行の軌跡と、誘導のベクトルとが大きく乖離しないよう、指示を出し続ける。タマさんに任せれば片手間にやってくれるだろうが、これも訓練だった。例えば逆噴射した宇宙船を、宇宙港の駐機スペースに”車庫入れ”する時などに、マニュアル操作をすれば似たような状況になるだろうか。
そうこうしている内に居住シェルの外が騒がしくなってきた。原始的な化学ロケットの逆噴射で、小型往還機の重量を相殺している音だった。外は昼の熱風を遥かに上回る灼熱の炎が渦を巻いている筈だ。
だがそれも、意外なほどに早く止んだ。ロケットエンジン自体は枯れた技術だが、それを扱うソフトウェアは曲りなりにも恒星間文明であった。
シンは往還機に接触するため居住シェルから出る。
少し離れた草地の上に、全高で5mほどのロケットが真っ直ぐに立っていた。地面側にはロケットのノズルと小さな翼に、それらを傷付けないように地面に接する複数の降着脚が見える。驚くほどシンプルなデザインだった。
草地は逆噴射で盛大に焦げていたが、気温は涼しさを感じる。それはロケットの上端から噴き出している冷却ガスのせいだ。お陰ですぐに作業が出来る。
農作物の加工工場にあった大冷蔵庫のようだ。そんな事を考えながら往還機の足元に立ち、
AとBの二点間を飛行する以外に、本格的な機能があるコンピューターではない。星間製薬会社【トラストHD】からの発射連絡に添付されていたアクセスコードを送信しただけだ。
コードが受理されると、往還機の壁面の一部がせり上がって、中から二本のレールが下りてくる。そこを伝い、大きめのキャリーケースほどのコンテナも降りて来た。
今回の積み荷だった。内容は密林では手に入らない機械部品や、プラズマスキャッターの弾丸、医療品などが主だった。
そして同様に、今回のこちらからの納品物のコンテナをレールに乗せる。
納品しているのは相変わらず、薬効成分のある植物試料だ。この一年で品種も指定され、季節によって花や種子も送っていた。たぶん何処かで植物の栽培も行われている。
開拓惑星の未開発地域からの”ナマモノ”の持ち出しと言うのも、深く考えると星間連盟的にアウトな気もしてくるので、シンは深くは追及しない。タマさんたちがギリギリ、グレーなくらいの分量にしているのだろう。
コンテナごとレールが往還機内に引き戻されると、PDAからアラームが聞こえ、早くも発射までのカウントダウンが始まっている。グレー・ゾーンな接触は最低限が原則だ。往還機のセントラル・コンピューターによる自己診断があるので、すぐにロケットが推進剤の火を噴くわけではないが、シンは居住シェルに非難する。
「……発射まで30分。航法の変更要素はなし。テイクオフと同時に、完了メールを送信、ヨシ」
壁面モニターの諸元に目を通し、あとは自動で帰る事を確かめる。
「……よし」
もう一度、自分に言い聞かせるように呟き、シンはそそくさと見える所作で、背負子の集塵機から今日の回収物を取り出した。真空パック内には植物がたっぷりと入っている。種子、花、木の皮、果実。配食パックへの加工用と言うには主成分にバラつきがあり、試料用と言うには雑多な種類が混じり過ぎている気もする。
彼は目だけ爛々とさせ、ぽつりと呟いた。
「……この日の為に、タマさんの目を盗んで自動調理器をアップデートしてある」
【トラストHD】への注文品に混ぜて、ひそかに注文していた。小さな機械部品と、オフラインによるシステムのアップデートを行っている。それをタマさんの目を盗んで、と呟くからには、少年の養育に悪影響のあるモノなのだろう。
もしや植物から麻薬成分を抽出しようというのか。
実際、惑星【労働1368】でも農業従事者への薬物汚染が問題になっている。過酷な生活環境から少しでも逃避するためだ。どれだけ自治政府が注意喚起しようと、何処からか麻薬成分を含む植物を見つけて摂取する者が後を絶たない。
それは酒やタバコ、ガムなどに偽装され、経口摂取される。効果は大体が酩酊感程度だ。
むしろ生活への不満の矛先を逸らすため、効果の薄い自然由来の薬物などは目溢しされる事が多いのが、農業惑星の実情だった。
これが化学プラントを利用できる工業惑星になると、強力な合成麻薬を精製できてしまうため、当局も本格的に目を光らせる。また、政治経済の中枢惑星周辺ともなると、薬物意外にも仮想現実コンテンツにのめり込むVR中毒者が多くなる。これまた当局の締め付けと、網の目をくぐり抜ける中毒者とのイタチごっこが続いていた。
かくのごとく、宇宙には若人を誘惑するものが溢れている。ではシンは何に目を奪われているのか。
彼は作業机の中に隠してあった小袋を出すと、鼻息も荒く裂いて、内容物を自動調理器に入れた。白い粉がサラサラと流れ落ちた。更にそこへ雑多な植物サンプルの中身をあけて、水を加えてから調理器のスイッチを入れる。
ほどなく精製した白い結晶粒……でなく、薄い琥珀色の液体がグラスに注がれて出て来た。しきりに気泡があがる様は、確かに薬物めいて怪しい。泡が爆ぜるたび、スパイシーというかケミカルというか、複雑な香りが鼻腔をついた。
「おぉ、これが……」
嘆息を吐きながらグラスを恭しくいただくと、ぐぐっと口にふくんだ。
甘さと芳香が爆ぜた。
その精神的衝撃は凄まじく、思わず彼の背後で爆発が起こる様が見えた。いや、違う。アレは壁面モニターに映る、往還機がプラズマ炎を吹きながら発射する映像だ。
空を駆け登る往還機からたなびいた雲を見上げ、シンは何時かは自分も、と胸に抱きながらコーラ飲料を飲んだ。そう、麻薬でなく、コーラ飲料だ。白い粉は砂糖で、雑多な植物は全てフレーバーとして、炭酸ガスと一緒に水に溶け込ませた。
自動調理器の表示では、原料の違いから完成率は八割ほどと出ている。それでもシンにはジャングルで味わえる文明の味だった。それも自由に使える金銭の無い孤児では、滅多に口に出来ない嗜好品だ。
だからタマさんも自動調理器への糖分過多なソフトドリンクのアップデートを、見て見ぬフリをしていた。聞き分けの良い少年であった主人が自分で工面したのだから、ちょっとくらいの我儘だって自立心というモノだろう。
そんな保護者の思いには気付かず、シンはコーラ片手にルーチンワークである積み荷の内容物確認を行う。PDAでアクセス用のタグを読み、目録に目を通す。
「プラズマスキャッターのカートリッジに抗生物質と、外傷用の細胞賦活ペースト……あとは機械部品?何処に使うんだろう?交換用のリレーじゃ済まない大きさだな。ま、帰ってから確認すれば良いか」
目録の数は多くない。所詮、小型往還機に詰められる程度のやり取りだ。シンはコーラを名残惜しみつつ飲み干すと、背負子に積み荷をゴムバンドで括り付ける。
まだ日暮れまでには時間がある。ジャングル内の仮拠点の第一シェルターまでは行けるだろう。
シンは居住シェル内の電源を落とすと、足早に出立した。
~ ~ ~ ~
翌日の昼下がり。シンは予定よりも早く、ジャングル内の拠点に帰還した。
ここも到達当初からだいぶ様変わりしていた。鬱蒼とした木々に間伐を行い、幹や梢の密度を下げ、地表にまで光が届くようになっていた。上空からでは判らないだろうが、地表はだいぶ明るく、特に日当たりの良い場所では土を掘り返して野草が栽培されている。
野菜と呼べるレベルではない。ただ雑草時代と違って養分を独占できるせいか、根菜類は大きく育った。問題は味なのだが。
今も畑にはアンドロイドが一体、器用に畝の間を縫って作業していた。
機能停止した残骸の中から、一体だけ中枢機能を再起動できたものがあった。あとは共食い整備で、何とかカタチにしたやつだ。個別名称としてアンドー1号と呼んでいる。アンドロイドだからアンドーである。
アンドー1号はシンを見つけると、手を振って根菜を一本、投げて寄越した。
食物は投げるものではないが、アンドロイドにその辺の機微は判らないし、シンも植物を直接口にするのはジャングルに来てからなので、そういう感覚は無い。受け取ると、手の平サイズに太った白い球だった。
見た目はまるで蕪だが、味は薄くてパサつく大根だ。栽培作物でないので味はイマイチだったが、今ならば肉と香草と煮込んでスープに出来る。
「ありがとう」
シンは礼を言って、相変わらず木々に埋もれた巡洋艦【02¥^03985】の艦橋構造物に入る。
ソーラーパネルが電力供給し、機能が回復した内部にはすっかり電気がついていた。故障した個所は可能であれば修理し、必要に応じて星間製薬会社【トラストHD】から機械部品を仕入れ、手ずから整備している。二年でかなり理解が深まっていると自負していた。
それでもどうにもならないのが、ブリッジへのエレベーターだった。なにしろシャフトから物理的にゴンドラが欠落している。結局、最初に見つけた時から変わらず、ブレーキパッドをステップ代わりに、ワイヤーを直接昇降させていた。
背負子と根菜を下ろし、往還機から回収した荷物片手に、ワイヤーでブリッジまで引き上げられる。だいぶ片付けの進んだ明るい室内には、いつもの球体と人影が一つあった。
「おかえりなさい、マスター。予定より半日早い到着ですね」
タマさんはそう言ってシンを出迎えたが、機能的には彼のジャングル内での位置をほぼ把握している。
今はモニター前のコンソールに接続し、何やら演算中らしく、こちらまで転がっては来なかった。代わりに人影の方がスツールから立ち上がると、こちらへやって来た。
一歩進むたび、カチカチと軽い金属音が鳴る。その外見はアンドー1号と同じアンドロイドのもので、金属製の身体が床と接触して出している音だった。
アンドー1号はセンサー類や中枢コンピューターが首の付け根辺りに埋め込まれ、いわゆる頭部が無いデザインだったが、この人影には頭部がある。その頭部は布が巻き付けられ、顔貌は窺えない。というか、その下は人工皮膚が劣化し、内部機構の頭殻が剥き出しな事をシンは知っている。
電源扱いから脱却できた艦長【0567$^0485】の今の姿だった。
彼女(?)に積み荷を手渡すと、シンは二人に尋ねる。
「新しい機械部品が入ってるけど、何処に使うやつ?俺の知ってる箇所だと、整備の必要はまだ要らないと思うけど……奥の方に潜り込まないと行けない箇所があるとか?」
艦長は布巻きの頭を少し傾げる。微笑みと曖昧な肯定のニュアンスのようだった。
「ええ、確かに。潜り込まないと、行けない所ですね?」
艦長の音声は画面に投影される"ガワ"同様、落ち着いた女性の声だった。タマさんに確認を取る様に言うと、そこから先を球体が引き継ぐ。
「夕飯の時にでも話そうと思っていたのですが、先に済ませてしまいますか。えーと、マスター、テラ標準単位で約二年に渡る雌伏の期間でしたが、そろそろ、次に進みますッ」
「雌伏も何も、一年目で借金返済の目処は立ってるとか言ってたでしょ」
「立ってるだけならペーパー・プラン!ここまで準備して来たものを、一気に動かす時が目前なのですよ」
「おぉ、宇宙船を買えるくらい、投資で儲かったの?」
軽く言うが、シンも何となくタマさんが資産形成をしている、くらいの認識であり、当然ながら高額宝くじの当選のような類ではない。タマさんは『そういえばお金の話って、してこなかったなー』と、主人の認識違いの放置に思い至る。
「まぁ、マスターにはこれからお金の大切さを学んで貰うとして……それよりも、目処の立っている筈の債務の弁済を後回しにしてきた理由、覚えておられます?」
「俺の登録が星間連盟から外れていて、自由民になっている事だったよね。それが未開発地域でバイタリティなんか見せちゃって、債務も返却なんてしちゃうと、自治政府が囲い込みにくる可能性がある、と」
「そうです」
タマさんは多目的アームを立てて、左右に振るう。
「それが地方議員とか、自治政府の息が掛かったNPOの役員とかならマシですが、面積ばかり大きな耕作不適合地の管理官あたりを押し付けられたら、同じ飼い殺しでも最悪です。ですから自治政府に入金するのと、宇宙に発つのは、同時にしたいのですよ。『立つ鳥、跡を濁さず』というやつです」
「それで、ここからはその鳥の羽を用意するフェイズです」
艦長がタマさんの言葉尻を継いでコンソールに触れると、ブリッジの中央の空間に大きな図面が投影される。
中古船舶の図面でも出るのかとシンは期待したが、浮かび上がったのは横に長い翼をもった航空機の三面図だった。胴体は小さく、殆ど翼に埋もれている。機体中央に大きなプロペラが付いているが、発動機は見当たらず、翼の上にソーラーパネルが見受けられた。気のせいか、プロペラを回すモーターは回収した荷物の機械部品に見える。シンは悪い予感に顔をしかめ、
「え、なに、この、大きなドローン」
「たしかに仕組みはドローン形式ですが、これ、有人運用なんですよね」
艦長はさらりと恐ろしい事を言うと、ドローンの胴体にある細長い隙間を指さした。あくまで隙間であり、シンはギョッとなる。
「シートないじゃん!?高さもないよ?リクライニングってレベルじゃないからね?!っていうか、これもう、俺が
「……あぁ、知的生命からの立て続けの突っ込み……イイ」
艦長が対人プロトコルの飽和で恍惚としてきたので、シンの矛先はタマさんに変わった。
「まさかこれで自治区まで飛んで帰って、宇宙港の地上施設の周りによくある中古宇宙船市場をまわる、とか言い出さないよねッ?!」
「無軌道な批判でなく、適度な具体例があってグッドですよ。でも残念、ちょっと違います」
「海を飛んで渡るくんだりは、否定しないんだね……」
「その辺りは実に的を射てますよ。教育の成果をヒシヒシと感じ、タマさんはご機嫌です」
そう言うと、タマさんは多目的アームの先端をくるくる回して円を描く。どうやら上機嫌らしい。続けてドローンの三面図の上に地図が現れる。惑星【労働1368】の北部にある大陸の半分を占める、テラ人自治区の地図だった。
地図上には数か所、赤い円が上書きされている。添付されたメモに目を通すと、惑星改造中に落下事故を起こしたまま、放置された輸送艇と記録されていた。シンの記憶に引っ掛かるものがあった。
「あー、農場から見える谷川にもあったな。惑星改造中に落っこちた作業艇、とか何とか」
「初期の惑星改造は完全に自動化されてます。その際の墜落事故機は、よほど悪影響を及ぼさない限り、
「俺が立ち入り禁止の中身を読めたのも、市民登録が外れて情報管理の範囲外になったから、とか言ってたね」
シンは呟きながら、一転して物珍しそうに墜落地点を確かめる。主に都市間のハイウェイしか通ってない荒野などに、赤い丸が点いていた。
思えばこんなに好奇心を剥き出しに地図を見た事などあったろうか。孤児としての養育費が返済されるまでは、移動制限が掛けられる筈だった身の上だ。周辺の景勝地など知ろうとも思わなかった。どうせ出歩けないのだから、と。
「……へぇ、あの団地の近くにアーチ状の奇岩なんてあったんだ。風による浸食作用ってやつか」
ようやく自然の産物に、理科や地理のレベルの興味を抱いてくれた主人に、タマさんは目頭からレンズ洗浄用薬液が溢れる思いだったが、残念ながら物見遊山ではない。どうしても体当たり実体験になるのが泣き所である。
「マスター、奇岩見物の時間は、あまり取れないかと―—」
「……判っちゃいたんだ、わざわざ赤丸で括っているんだし」
シンは地図から目を逸らし、小さく溜息を吐いた。
「タマさん、つまり自治区まで帰って、人目を盗んで過去の墜落機を掘り返しましょう、そう言いたいんだね」
「その通りにございます」
「って、いきなり計画が雑じゃん!?」
さすがにシンは吠えた。
「墜落機から完品探すの?ちょっと希望的観測に過ぎやしません?!」
「細かい勘定を省きますと、中古船舶くらい用意する費用はありそうなんですがね~。でもお金は大事ですので、先に換金できそうな現物があるなら、あたっておきたいのですよ」
「この艦橋を見つけた時に言ってたやつ?反応炉とか、兵器システムとかを売り払おうとしてたけど、結局、大してお金になりそうな物はなかったでしょうが」
「アンドー1号クンなら艦艇用の特殊技能アンドロイドなので、300万Cr《クレジット》くらいで中古市場に流せるんですけど……共食い整備し過ぎましたからねぇ。足元見られるだろうしなぁ」
「えッ、アンドー1号、売るの?」
せっかく修復したアンドロイドである、シン的には愛着があった。タマさん的にも金勘定の上では高評価だったので、
「いいえ、売りませんよ。単純に船員一名をタダで雇える好条件です。将来的には意味が大きいです。が、直近で欲しいお金にはならなかった。ま、最終計画前の宝探しくらいに考えて下さいよ」
「俺は最終計画と宝探しの、どっちにドキドキすれば良いわけ?」
シンはこめかみに指をあてて小さく溜息を吐いた。どうも宇宙までは近いようで、まだ遠いのか。
何より次のタマさんの一声が、シンにとっては一番ショックだった。
「と、いうわけで、明日から楽しい飛行機の機体づくりですよ」
「うげぇ……」
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