第11話 里帰りRTA(1)
大型ドローンの作成には艦橋構造物の構造材が切り出された。シンとマルチツール以外に、アンドー1号と船内作業用の工具が役に立った。考えれてみれば、工具類が艦橋内に結構残されていたのは行幸だった。
工具類は微に入り、細に入りして求めれば、かなりの出費になる。それが最初から揃っているので、非常時にはシンとアンドー1号とで、作業効率を
タマさんの言う”将来的には”とは、そういう運用面での利便性を指しているのだろう。その運用するための宇宙船が無いのが、差し当たっての問題なのであるが。
実際、設計図を共有してからのアンドー1号の活躍は目覚ましかった。精密加工ではシンよりも効率がいい。お陰で今回はシンも
二人工の威力はてき面で、金属製の大型ドローンは三日後には出来上がった。
最終工程は分割状態をドローンで吊ってジャングルの外へ。居住シェルの周りで組み上げられた。
そして四日目、大型ドローンの胴体内に準備された隙間へとシンは身体を滑りこませ、背負子とマルチツール、それにタマさんも積み込んで離陸と相成った。
有人と言っても所詮はドローン仕様だ。まともなセントラル・コンピューターなんて無い。背負子に各部分から伸びる配線をつないで、それをタマさんが統括した。
「アッテンションップリィーズ!当機は間もなく離陸しまぁーす。機長は私、副機長もわたし、キャビン・アテンダントもワ・タ・シ--」
「いや、そういうイカれたメンバーを紹介するぜ的なのはいいから……」
シンは適当に断りを入れつつ、寝返りをうてる事を確かめると、着替えの入ったバッグを枕にする。首のすわりが良いところを見つけた途端、機体が大きく揺れた。
機体は風当たりの良い草原に、風向きに相対して駐機してある。翼の後縁からフラッペロンも下し、風を受け止める面積を増やしていた。これで惑星【労働1368】に吹く熱風を受け止めると、機体を凧のように空へ舞いあげた。
すかさずタマさんがフラッペロンを翼内へ収納し、プロペラを回転させて、機体を飛翔させる。
大型ドローンは最初こそ左右に揺れながら、みるみる高度を上げていった。
キャビンならぬ格納庫には窓が無い。シンは遠ざかるジャングルをPDAに映る外部映像として見ていた。二年近く生活していた緑の海を離れるのは感慨深いものがある。
目を瞑ると毒虫に噛まれて腫れた事とか、漆の類を触ってかぶれた事とか、夜霧で濡れて体調を崩した事とか、腹を空かせた四足獣と鉢合わせした事とかが浮かんでは消えてゆく。
『うん、やっぱりロクな思い出が無いぞ。生命の危機と紙一重じゃないか。これが暴力沙汰の代償だと言い張られるのは業腹だぞ』
納得のゆかない感情はあるが、市民登録と同時に思考制御されていた頃では、それに腹を立てる自由すらも無かった。それが転じて、この管理社会から旅立とうとしているのだから、切っ掛けとなった”多元宇宙との会合”様々である。
しかし、シンも目的地まで寝そべり、思い出に耽るだけは済まされなかった。
何しろ飛行時間が長い。大型ドローンは効率重視だ。太陽光と風という少ないエネルギーでもって、長距離を安定して飛ぶための機能に絞っている。つまり速度は二の次。到着は丸一日以後となれば、覚悟を決めたシンは大人用おむつまで着用していた。
なけなしの速度を稼ぐため、タマさんは惑星上空を吹く気流を利用する。
南半球を南東から北西へ向けて流れる風に乗ると、気流に後押しされて速度が出た。が同時に、手作りの機体がミシミシと鳴り出す。ジャングルで貴重な金属から切り出したのは、この時の頑強さも計算に入れての事だ。
それでも腹の下の金属板が風にあおられて震えるのに、シンは顔色が悪くなる。
「えぇと、タマさん、機体の剛性は計算通りなのかな?」
「ダイジョーブヨ-、ワタシヲ、シンジテー」
片言で答えるタマさんの球体前面は、演算中を示す光の帯で輝いて見えた。多分ヘンな言葉遣いになっている事も気づいてないだろう。シンの股座がひゅんと縮まる。
『こりゃ思ってたより大変なことになってるぞっ?!』
シンは押し黙り、目的地に一刻も早く着くことを祈るしかない。騒いでも状況は良い方向に転がらないし、タマさんの負荷を増す事は身の危険を増やすだけだ。
『機体が壊れる前に、はやく到着してくれっ……』
まさか自治区へ早く戻る事を望む事になるとは、思ってもみなかったシンである。
管理社会である星間連盟の中で、テラ人にとっての宗教とは、科学と功利に置き換わって久しい。シンは祈りの言葉なんて知らなかった。
~ ~ ~ ~
「地に足がついている……揺れてない……こんなに嬉しい事は無い……」
シンは憔悴した様子で地面に立っていた。
星間製薬会社【トラストHD】所有の観測ドローンとしてフライトプランを提出していた機体は、テラ人自治区の外れに広がる荒野に不時着していた。当局には無人機がエンジントラブルで荒野に堕ちた、と連絡されている。
つまりシン達にとっては、すべて予定通りだ。
荒涼とした岩地だった。
高い木々は無く、草地の緑もない。風に削られた岩が茶色い柱となり、所々に残っていた。熱風を避けて岩場の陰に逃れると、幾分かは過ごしやすい。移動手段としてドローンもそこへ隠し、機体から下ろしてきた装備品を身に着ける。
ジャングルを切り開いていた時と同様、集塵機から生命維持までこなす多機能背負子だ。左肩の後ろにタマさんが接続され、今も周辺地形から目的地を割り出していた。
手にした
それこそ目的地のひとつであり、テラ人自治区が立ち入り禁止にしている、惑星環境改造時に墜落した作業艇の位置を指している。
「ねぇ、タマさん、これって……」
「あー、気にしちゃいます?優先順位が低い物件だったので、先に最寄りのトラック・ストップに向かって、水や食料の補給を済ませてから、と思っているんですが」
「すぐ近くにあるんだし、アクセスだけ済ませて、使い物になるかハッキリさせてからにしようよ」
シンはマルチツールのトグルを回して電源を入れると、辺りを見渡して目的の墜落船の痕跡を探した。
ところが、やる気を見せてもそれっぽい塊りが見当たらない。乾燥した草が絡まって丸くなったのが、風に吹かれて転がってゆく。どこか間の抜けた空気を醸し出していた。
シンは乾いて砂が浮いた地面を見下ろした。
「もしかして地面に完全に埋没してる?」
「マスター。人間、見当のつかないモノは、それと認識すらしないものでして。とりあえず右手をご覧ください」
「えー?」
シンはタマさんに促されるまま、自分の右手方向に目をやる。日除けにしている岩の柱が立っていた。天辺まで見上げて、根本まで下す。
「もしかして、この柱?」
「その柱です。垂直に堕ちた作業艇を、地形改変用の
タマさんが言うとPDAに情報が送られる。画面越しの柱の、ちょうど胸の高さにターゲット・コンテナが表示された。
シンがそこにマルチツールの高強度レーザーを広く、低い出力で当てると、たちまち砂塵のような煙が立った。固化していたマイクロマシンが分解して風に解けていた。
マイクロマシンは惑星改造の初期段階で地表に散布され、固化して地形の凹凸を埋めている。農耕用の土壌を素早く受け入れ、均すための受け皿として、人造の平坦な岩盤を形成していた。
これは温度変化やせん断、振動といった自然環境による様々な変化に強かったが、逆に高強度レーザーのような人為的なアプローチでは素早く分解した。環境改変後も加工がし易い、という特性だ。
お陰でマイクロマシンの煙が晴れた後には、見事な穴が開き、岩の中には金属光沢が見えた。そこには四角く区切られたメンテナンスハッチもあった。ボタンを押し込んで取っ手を引き出し、ハッチを開くと、内部の無事な接続ポートへタマさんの多目的アームが差し込まれる。電力を供給して作業艇からの反応を探ると、
「——やはりコンディションが良くないですね。セントラル・コンピューターからの反応ナシ。機能回復にはかなりの手間と金子が必要でしょう。高額の機能モジュールだけ引き抜いて、後は自治区外の独立農家にでも位置情報を売りつけましょう」
さっさと見切りをつけると、接続ポート脇のハッチが開く。古い時代の書類ファイルか、はたまたハード・ディスク・ドライブのような四角い立体が、何段か重なって収まっていた。機能拡張用のモジュールの基盤が収まったポートだった。
タマさんのサーチに反応し、機能が生きているモジュールだけが、ロックが外れてせり出してくる。シンはそれを引き抜いて回収した。印字された型式から、通気膜や酸素リサイクラーと判読できる。生命維持に関わるモジュールだ。完品に近い船が手に入っても、予備があるに越したことない。
シンはホクホクと背負子の腰裏あたりにあるポケットに仕舞い込んだ。
生命維持のシステムが随分とファジーなのでは、と疑問を抱くところだが、致命的な部分だからこそ手直しは容易になっていた。企業間での共通化も進んでおり、よほど生活環境の違う種族でない限り、自分好みの環境を再現できる。
この手のメンテナンスハッチと追加機能のポートは、船の各所に点在していた。
エンジン、主機関、防護フィールド、兵装、セントラル・コンピューター等々。船主は手軽にカスタマイズが行えるし、それが海賊船を跋扈させる遠因にもなっている。
兵器メーカーなどではオンライン登録の使用許諾で対策していたが、やはりそういうのはイタチごっこなのが現状である。特に型落ち品はプロダクト・コードの突破対策が確立しており、実のところシン達の企ても、似たようなレベルであった。
主従は取るものを取ったら、さっさと墜落跡から離れる。既に太陽は高い。
できれば速やかに宇宙船を手に入れてジャングルへ凱旋としたいが、差し当たって次の目的地が炎天下で5㎞先の長距離トラック用の
その後はレストエリアで長距離路線バスを拾い、最寄りの都市へ。そこでオフロード用バイクを購入してから、本格的な宇宙船の墜落地巡りがスタートだ。
と、予定を確認しながら荒野を歩いていたところ、おかしな一団に声をかけられた。
「おいっ!そこのお前!!」
威圧的な男の胴間声だった。
声の主を探すと、岩場の上に男が三人、こちらを見下ろしている。荒野に慣れているのか、頭から顔へかけてシェラフを巻き、体はポンチョで覆って強い日差しから身を守っていた。
シンの思考の中に警告音が鳴り、タマさんが無音の注意を視界の隅に送って来る。
『待ち伏せですね。赤外線反応が小さく、検知できませんでした。盗賊家業に成果が出るような場所とも思えませんが、それにしては本格的な擬装です。要、警戒を。会話サポートを行います』
本当に盗賊の類なのか。シンは俄かに緊張で身体が強張るのを覚える。
ジャングルで着用していた空調作業服はくたびれており、到底、今の彼の姿は金を持っているようには見えない。そもそもこの時世、お金というのは、PDA等からアクセスする口座上の数値だ。商取引に代替通貨や貴金属・貴石が使われることもあるが、庶民が実物の”お金”をお目にかかる事は滅多にない。
では手持ちが無いから安心安全かと言われると、タマさんのような高度な機械知性は十分に価値があるし、先ほど手に入れた宇宙船のモジュールの件もある。
そしてタイミングの悪い事に、曲りなりにも武装機能のあるマルチツールは、荒野を歩く際の邪魔にならないよう、背負子の中に格納していた。
歯噛みするシンの感情などお構いなしに、男は変わらない高圧さで問うて来る。
「こんなトコで何してやがるッ!」
そりゃ、こっちのセリフだ。心の中で突っ込みつつ、タマさんからの返答案に目を通す。
『カバーストーリーを思い出して。不時着した観測機の
了解、心の中で頷いて、シンは男たちを見上げた。
「企業の依頼で観測機を飛ばしてたんだが、エンジントラブルで不時着したんだよ。これからハイウェイのレストエリアまで歩いて、迎えに来て貰うんだ。それで、あんたらは?」
シンの問い掛けにはすぐには答えず、男たちはヒソヒソと話し合っていた。一人がポンチョの影でPDAを出し、それを見た高圧的な声の男がうんうんと頷いている。次に男が口を開いたとき、語気は幾分か柔らかくなっていた。
「ホー、ホー、そりゃ命を拾ったな。俺たちはこの先で狩猟をやってるハンターだ。危ないから、こっちにゃ来ないでくれよ。ハイウェイはそのまま、真っ直ぐだ」
男はしっしっと手で追い払う仕草を見せた。
シンは目礼し、一言、挨拶をして会話を終えた。
「わかった。グッド・ハンティング」
何事もなく、そのまま両者の距離は離れてゆく。得体の知れぬ男たちに背を見せた辺りで、かなりの緊張を味わったが、タマさんが後方警戒をしてくれていた。だいぶ離れた頃、
「——不確定名:盗賊、こちらから視線を外しました。警戒レベルを下げます」
「何だったんだ、あいつら。本当に猟師ってわけじゃないだろうし」
溜息を吐くシンに、タマさんがドキリとする報告をする。
「こちらのカバーストーリーを聞いた時、あいつらPDAで飛行の航跡を検索してました。提出していたフライトプランを見付けたのでしょう。それと足元に銃がありました。猟師が使うにはゴツイ自動小銃のようでしたが」
「げっ、やっぱり盗賊?それとも、実は軍隊?」
「最後にあの男、ある集団がよく使うスラングを口にしていました。フライトプランを見付け、警戒の必要性が下がり、気が緩んで地が出たのかも。ホーとか、ヨーとか。宇宙海賊が使うやつですね」
「宇宙海賊……」
シンは反芻する。当座の目的地となった艦長【0567$^0485】の巡洋艦の隠し場所は、今や宇宙海賊のナワバリの中らしい。
それに宇宙生活者になれば、彼らは無視できない勢力である。
「その割りには、普通の人っぽかったけど?腕が多いとか、脚が多いとか、非人間型とか。宇宙には色んな種族がいるんでしょ?」
「はい。でも星間連盟は人間型種族の星間国家ですので、わざわざ目立つ人種に野外活動をさせないと思いますよ。それに地上勤務で補給などを行っている現地の二次組織、三次組織の可能性もあります。ここは場末の農業惑星ですから」
それは暗にテラ人自治区の一部が、反社会的集団の下部組織に農産物を降ろしている、と言っていた。タマさんが場末と評したのも、そう言った工作を行い易い風土を指している。管理社会の農村にコンプライアンスとか、生産業者としての誇りとかがある訳もない。むしろ自立を促す概念からは、率先して切り離されている。
しかし自分たちが口に出来ない高付加価値の農産物を、海賊がうれうれと食べているとしたら、不満を口にする農家もいるかもしれない。
男たちの目が遠ざかってから行程は順調に戻った。昼の太陽に焙られ、汗みずくのフラフラになって到着するのが順調なのかは、また別の問題だ。
荒野のハイウェイは地平線から伸びてきて、反対の地平線の向こうへ消えていた。その途中に人工物の集合体が見えた。主に都市間を行き来する長距離トラックが利用する休憩所だ。トラックストップ、レストエリア等と呼ばれるが、シンの中の三浦真の記憶にある”高速道路のサービスエリア”とは趣が違っていた。
大型車両が行き来するので駐車スペースがとにかく広く、給電スタンドも道に面した場所に広々ととられている。休憩用の施設は敷地の中央に取り残されるように集まっていた。軽食のダイナーとコンビニエンス・ストア、それにシャワー設備の建屋があった。
シンもさっそくシャワーで汗を洗い流し、真新しい作業服に袖を通した。農業惑星では仕事着であり、普段着である。
人心地つくと空腹を覚えた。ダイナーから漂ってくるいかにも肉を焼いた匂いに後ろ髪を惹かれるが、財布のヒモを握っているのはタマさんであり、野蛮な肉食は食糧事情のよろしくないジャングルでもなければ許可が下りない。
結果、コンビニの栄養強化コッペパンとプロテイン調整ミルクで腹を満たした。それでも標準配食パックと比べれば、上等の味に思えて泣けてくる。
それからバスを待つ間、日陰に座って大型のトレーラーの出入りする様を、何とはなしに眺めている。
日に何百キロも走り、テラ人自治区はおろか、その外側にある独立農家の所にまで行くらしい。さっきの海賊(暫定)と言い、皆、土地に依拠せずに生きている。小作人になる筈だった自分には、思いも寄らない生き方だ。
密林で生活していた2年だって、あの森が密接に関わっていた。土地に縛られている、と言っても良い。
それがいよいよ、綺麗サッパリと捨て去って、惑星からも飛び立つ準備をしている。そこがどうにも現実味が無く、落ち着かないものを感じていた。
『……今さら不安なんだろうか。どうせタマさんや艦長のプランを信用するしか無い孤児だってのに』
いささか自嘲気味な事を考えている内に、路線バスがトラックストップに入って来る。そうだ、もう乗ったレールは動いているのだ。
シンは平日、日中の利用客が少ない路線バスに乗った。普通の人が使わない場所と時間帯。ちょうど、自分たちのようだなと思った。
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