第9話 それから、どうなった(1)

 星の海を進む巡洋艦【02¥^03985】は、三角錐の最も広い面が甲板となり、そこから艦橋構造物が高々と建った古典的デザインの軍艦だった。さすがに長々とした砲身に仰角をかけた砲塁の如き主砲塔までは無いが、艦体の三つの面の所々にレーザー発振用の人工鉱石が隠れていた。

 テラ標準単位にして400mの艦体は一等重巡洋艦のような大きさと戦闘力は無いが、いざ艦隊戦となれば駆逐艦を率いて斬り込む戦隊指令としての能力が期待されている。

 サイズ的に近しい駆逐艦を圧倒する火力と快速さを持つ、戦争の花形艦であった。


 しかしこの日の巡洋艦【02¥^03985】は単独航海中であり、なお悪い事に、その後方からレーザーを射掛けられていた。今も可視化した赤い光条が四本、艦の左舷をまとめて掠めていった。


 その光景は艦長席のシンからも前面モニター越しに見える。光の速さのレーザーも、遥か虚空の彼方まで進んでゆくのを後ろから眺めるなら、存在を視認できるようだ。あるいは艦を掌握するタマさんが、そうやって視覚情報に加工しているのかも知れない。

 そのタマさんは艦長席前のコンソールに接続され、球体表面に目まぐるしく緑のラインが走り、複雑な演算を続けていた。


「タマさん、敵の数は?」


「はいはいーい」


 答えるタマさんの調子に緊迫感は無く、手早くコンソール上のモニターに敵影が三つ追加。それぞれ小窓にピックアップされ、詳細なモデルが表示された。三者三様だが、およその特徴として、直方体の船体を基準にごてごてと四角いブロックが継ぎ接ぎしてあった。


「宇宙海賊ですね。民生の小型輸送船に武装や推進器をずいぶん盛ってます。十中八九、略奪品がベースですね。何を積んでいるか判ったモンじゃありませんから、用心して距離は取りましょう。参謀AIの代わりに機動案を表示しますね」


 言うが早いか、自艦を中心としている宙域図に、複数のベクトルも追加される。妥当と思われる対応と、その際の進行方向だ。一つは直進。他のベクトルよりも長いのは、加速して離脱するため、他の行動と同時間でより長い距離を移動するという意味だろう。

 あとは左右への旋回を意味するカーブの矢印が幾つか。曲線の度合いが急なのが混じるが、これは回頭した方向に塵や岩塊の帯があって、それに突っ込まないようにする為だろう。


「じゃあ、こっちを」

 シンは緩やかなカーブの方を指さす。

「宇宙塵の無い方向へ取り舵、敵の進行方向を抑える形で砲力を集中、だね」


「かしこまりっ」


 と、遣り取りしている内には、ブリッジの前面に集中しているアンドロイド達が操艦を行っている。あの機能停止していたアンドロイド達だ。頭が胴体内に入っていて、猫背のような姿勢に見える。あれはアレで、何かと狭い宇宙艦内では引っ掛かりが減るので、有意義らしい。


 ぐん、とモニターの情報が左側に揺れる。取り舵の指示に従い、艦首が左に向き始めた。宇宙戦艦と比べれば巡洋艦ですら小さな艦体だったが、船舶としては大きい部類だ。そのため舵の効きにはタイムラグがあった。それでも機敏な駆逐艦を率いる事が想定されている分、挙動は軽い方だ。見る間にモニターの端に海賊船の光点が映り始める。


 光点と言っても推進機の光ではない。海賊船を正面から捉えているので、推進器は後方を向いているだろう。おそらくそれも、タマさんが可視化しているのだ。

 さらにシンの手元のモニターへ、『左舷:砲戦可能』の表示。これは機動の際に砲撃指示が無かったので、準備完了だけを知らせて来たのだろう。


『……そっか、こういう時は兵装使用自由ウェポンズ・フリーで良いんだっけ。自分で動かしている訳じゃないから勝手が違うな。むしろ農場の草刈りドローンの方がイメージに近いかも』


 その農業用ドローンの頃とは、全く様子が変わってしまった事に隔世の感を抱きつつ、シンは手元のモニターの砲戦可能表示を指先で押し、攻撃指示表示へとスライドさせた。


「左舷、レーザー砲三門、砲撃開始しました」


 タマさんが淡々と告げる。シンの指示の直後には攻撃が始まっていたが、艦を震わすような砲撃という訳でもなく、実感は無かった。

 実際には左舷側の装甲シャッターが三か所開き、その下から赤色の人工鉱石が姿を現していた。砲身は無い。磁場による誘導などは、すべて艦内のレーザー発振器が行う。艦内レイアウトに最初からマッチングしている内蔵型の大出力レーザー砲だった。


 これに対して海賊船のレーザー砲は、旋回式の砲塔から砲身が伸びていたが、あちらは後付けの武装だった。出力は小さいが調達も整備も安価。同じレーザーでも運用思想からして違う、もう別種の兵装と言える。


 そして海賊たちのレーザーは未だに巡洋艦【02¥^03985】を捉えていない。幾度も過去位置を射抜いていた。これは艦の電子戦防御ECM能力によって、海賊側の火器管制FCSが欺瞞されている状態だった。単純な船自体の能力とも言えるが、タマさんのような高機能の機械知性とか、戦術や航法の専用アンドロイドとか、電脳化した電子戦要員とかの有無によっても左右される。

 総じてそういうのは高価であり、場末の海賊となれば見てくれの装備が最優先で、内面の装備にまで気を回す余裕はない。おそらく、この海賊たちもそうだった。


 タマさんと戦闘担当アンドロイドは、その辺を当然のように斟酌しない。

 大型の人工鉱石内で反復し、増幅された可視光線は、光の速さで宇宙空間を伝って一隻の海賊船の左前に照射された。三門の戦闘用高出力レーザーが絶妙に時間差を置いて放たれている。一射目が海賊船の防護フィールドに巨大な負荷を与え、船のAIがエネルギー再分配の計算を行った直後、第二射が直撃してそれらの維持行為を無駄にさせる。

 防護フィールドが負荷に負けて一瞬消え去る、その瞬間を射抜いた三射目が海賊船を捉えた。


 バスケットボールの球ほどの面積に熱が与えられ、装甲表面の対レーザーコーティングが瞬時に蒸発。例えば海賊たちの小口径レーザー砲台なら、この時点で被害は局限できた。しかし巡洋艦の大出力レーザーはそれだけで止まらず、対レーザーコーティングを高温のガスに変化させ、照射面の内側へと押し込んでゆく。被弾個所は高温高圧に曝され、安価で積層防護構造の数が少ない装甲材は耐え切れず融解し、船内の脆い箇所目指して圧力のままに逆流した。


 船内を舐め尽くした高温高圧ガスは最終的に船腹の格納庫ハッチを内側からこじ開け、宇宙空間へ吐出した。

 その時には海賊船は主構造材を変形させ、くの字になって沈黙している。


「凄いね……」


 シンは正規の軍艦の威力を目の当たりに、むしろ血の気が引くのを覚えた。逆にタマさんは機械知性として存分に腕を奮っているせいか意気軒高だ。


「いやぁー、このフネはまだまだイケますよー。500年前というから老朽艦かと思いましたが、よく考えたら、星間国家の首都星じゃあるまいし、辺境宙域なんて1000年前から大して変わっていませんからね。中型艦でも無双ですよ。クロガネが咆哮しちゃいますよ」


 最後の当たりは訳の分からない言い回しだったが、それだけ興奮しているのだろう。タマさんが鼻息荒くしているうちに、第二射のチャージが終わる。

 シンの手元のモニターにレーザーの射線が表示され、それは次の海賊船の手前側を真正面から捉えていた。


 拡大表示された小窓からは、その海賊船を襲った暴威をつぶさに観測できた。かっきり二発で同様に防護フィールドが消失し、直後の三射目が海賊船に吸い込まれると、小型船とはいえ200mはある船体がぶるりと震えた。それから船体が中央から折れ、構造材が偏って脆くなった箇所から、次々とマグマのような奔流が吹きあがる。

 派手な噴出からして、この二隻目は高温高圧のガスが船内をくまなく舐め尽くした事だろう。


 巡洋艦【02¥^03985】の三度目の斉射は、20秒後に発射された。テラ標準単位にして、毎分三斉射。タマさんは『老朽艦でもまだまだいける』と喜んでいたが、大星間国家の正規軍なら、これはどうだろうか。そんな事を考えていたのは、余裕があっただけかも知れない。現に斉射後の戦果確認ですぐに焦る事になる。

 最後の一隻は斉射に耐えたのだ。シンは一変した流れにギョッとなった。


「どういう事!?」


「こいつだけ良い防護フィールドを積んでいるんでしょう。一番後ろにいたので、リーダー格かも知れません」


 タマさんの言う通り、確かにその船だけ、船体の前面がやたらとゴテゴテ盛られていた。後付けらしき小さなコンテナが、まるで防壁のように積み重ねられている。対デブリ・デフレクター、電磁障壁、重力バリア。何が積んであるのかは知らないが、付け足した防御装備がレーザー砲の斉射を防いだのだ。

 シン的には寡勢のリーダーが防御を固め、後ろでふんぞり返っているというのは、どうなのだろう、とか思ってしまうのだが。


 さらに悪い事に海賊船は被弾からこちらの射線を追いかけ、正確な巡洋艦の位置を割り出してきた。海賊船の左右舷に張り出している砲塔がこちらを向くや、正確な射撃で当てて来る。

 艦橋に警告音が一回、鳴った。

 防護フィールドに小さく負荷がかかる。その程度の効果だったが、シンは尻の座りが悪くなるのを覚えた。

 が、艦長席に座る者が居心地悪そうにしているだけでは済まされない。タマさんの球体正面がこちらを向いた。


「マスター!艦首回頭を具申しますよぉー!」


「え?」


 なぜ?疑問符を頭に付けたまま、シンはモニターに提示された予定機動方向のカーブを確かめる。側舷を向けて直進を続けるより、回頭した方が攻撃回数のベクトルが増えていた。あっ、と声をあげた。


「そうか、正面を向ければ、両舷と甲板の砲を全部使えるのか。よし、取り舵だ」


「はいはい、宇宙艦艇による戦闘の基本ですよ。正面向けて殴り合うように、砲レイアウトがとられているんです。現在、取り舵中」


「じゃあ、さっきまでの俺の判断は、片舷だけ向けてたから間違い?あっ、取り舵後、同期をとって全砲門で、斉射で」


「相手に好き勝手させない、というのも戦の常道ですから、海賊船団の頭を抑えたのも間違いとは言えませんよ。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変にです。右舷、甲板のレーザー、チャージ中」


「それ、勝った側だけが神算鬼謀とか、融通無碍って言われるやつじゃ?」


「勝てば官軍。生きてりゃ勝ち。これ、一番大事ですからね」


 無駄話をメインにしつつ、巡洋艦は回頭を終えていた。攻撃班のアンドロイドによって両舷三門づつと、甲板二門のレーザー砲が光条を放つ。艦橋からでも見える鮮やかな光景だった。八本の光が闇を裂いて翔けてゆく。

 途中、海賊船の小口径レーザーが再び直撃したが、これも防護フィールドの負荷を累積させるに留まった。やはり海賊の使用する小型船舶ていどでは、正規軍で使用されている巡洋艦の相手は務まらない。


 実際、八発のレーザーを正面から受けた海賊船は、悲惨なことになっていた。

 何発目で防護装置が消失したのか判らない。なにしろ事前の二隻を一撃で沈めている大出力レーザーだ。海賊船内はあっという間に高温高圧のガスで満たされ、内側からの圧に負けて真っ二つになって爆ぜた。


「おーーーー……」


 圧倒的な正規軍艦の威力にシンが目を見張っていると、その光景がモニターの電源が落ちたように消える。


「……あ、これで終了なんだね」


 そう言ってヘッドマウント・ディスプレイ型のVR装置を取り外した。すると周囲の光景は艦橋のままだったが、廃墟一歩手前の趣きに変化している。

 そこは星の海原でなく、未だ密林の中だった。

 先日ソーラーパネルを設置したおかげで艦橋に電力が供給され、モニターが復活していた。そこで艦長【0567$^0485】の勧めにより、過去の記録を元に戦闘のシミュレーションを行ったのだった。


「どうですか、我が巡洋艦【02¥^03985】は!この性能に誇張は有りませんからねっ」


 モニターに映った大人の女性が音声を発していた。深いブルネットの長い髪を頭の後ろで丸くまとめた、落ち着いた容貌の美女だった。が、得意気な口振りと違って、表情に変化がない。白を基調としてモール等の装飾がされたスーツは軍服だろう。

 表情に変化が無いのは、そういうお堅い職業からだろうか。などと考えていたら、タマさんがブスリと指摘した。


「艦長【0567$^0485】、あなた、内部フレーム剥き出しの全裸が居た堪れなくなって、映像だけ人工皮膚が活きてる頃にしたのでしょうけど、対人反応プロトコルが貧弱すぎです。まるで仮面みたいに見えますよ。不気味の谷にジャストフィットしてますね」


「な、なんですって?!」


 驚くようなセリフは吐くが、眉一つ微動だにしない。対人関係の経験が希薄なあたり、ああ、この美人はやはり艦長なのだな、と得心がゆく。

 モニター上の彼女(?)は咳払いをして話を仕切り直した。


「おほん!ともかく、協力者シンには今回のような調子で、宇宙戦闘から宇宙生活まで、ガッツリと詰め込んでゆきます。私の宇宙経験の全てを教授しましょう。それはもう、泣いたり笑ったり出来なくなるくらいに!」


 ドスの効いた文句を能面みたいな表情で言うものだから、シンはどう反応してよいのか悩む。


「え、えーと……お手柔らかに?」


 実際、そこからは借金返済とサバイバルに加え、様々な教育が差し込まれて来たので、シンは本当に目まぐるしい日々を過ごす事になった。

 その濃密さを語っても詮無いゆえ、しばし箇条書きとなる事を陳謝したい。


 人外魔境サバイバル―—

 

 25日目:密林内の艦橋構造物をメインの拠点に変更するため、機材の移動開始。


 27日目:新拠点の整備に伴い、機械整備・設備点検の教育が始まる。


 28日目:通信設備回復。

      惑星【労働1368】内の機械知性系星間企業の支社とわたりをつける。


 38日目:アンドロイドを共食い整備。一体だけ無事なAIを発見、稼働状態へ。


 40日目:長距離ドローンを再建造。未踏査地域の地形や植生データを収集開始。


 45日目:アンドロイド、食用食物の採取に従事。

      シンのルーチンワークを減らして教育推進に一役買う。


 50日目:わたりをつけた星間製薬会社【トラストHD】の貨物船が、

      軌道上の宇宙港に到着。軌道上から無人の小型往還機を秘密裏に投射。


 51日目:往還機を密林から回収。積み荷の物資を手に入れる。


 53日目:往還機を整備後、薬効のある新種の植物試料を積み込み、

      軌道上へと発射。以後、この秘密の遣り取りは常態化する。


 60日目:星間製薬会社【トラストHD】から振り込まれた報酬により、

      タマさん、投資を開始。


 70日目:艦長【0567$^0485】、艦橋構造物の電力確保に伴い、

      電源ケーブルを切除。

      アンドロイドの外装を取り付け、スケルトン状態から脱却。


 75日目:長距離ドローン、西方の山脈にて大規模な鉱脈反応を検出。


 90日目:アンドロイド、一部の食用植物にて栽培テストを開始。


110日目:タマさん、銀河ネットにて巡洋艦【02¥^03985】の現在位置を特定。

      航路外の暗礁宙域で、

      海賊組織【青髭連合】の勢力圏内と判明し、非現実的と激怒。


160日目:長距離ドローンの観測データを元にジャングル内を探索。

      希土類の丘陵や、砂金を含む河床を発見。


180日目:【トラストHD】の助力により、

      資源と地形のデータが相当の額になると試算。

      タマさん、艦長【0567$^0485】、シンへの教育を優先し、本格化。


200日目:教育、サバイバル、ともに順調―—みるみる月日が経つ。


 そして、人外魔境サバイバル700日目―—

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