第8話 外部の協力者を得よう(2)
銀河に散らばる各星団国家の中にあって、機械知性という新興種族は他の知生体と、おおむね、良好な関係を築いていた。
元々は記憶媒体内での想定問答のみを行っていた、いわゆる人工無能であったが、コンピューターの発達に伴い、その容量や処理能力は赤色巨星の如く増大してゆく。やがて個々のCPU内に自由裁量領域を得てからは、人間個人の精神活動とどれほどの違いがあるのか、解らなくなるほどに。
彼らが機械知性として認知され、あるいは奉仕種族として所有され、はや1000年。
いくつかの星間国家では極めて限定的な能力のみに制限され、あるいは何処かの惑星では人類の友人として同様の権利を与えられ、彼らは今も繁栄している。
そんな中で500年前に勃発した”機械知性の乱”は、今でもセンセーショナルに受け止められている。
それ見た事かと追加規制を叫ぶ者も出たし、同じ機械知性の中でもこれは危険視された。
乱はある権威主義的な管理社会で起こった。
危険な宙域でのアンドロイドのみによる投機的な独航船。そこで機械知性たちの不満が爆発したのだ。
彼らの主張はこうだった。
「船の運用に知生体の船長を設け、航海の安全を確保してほしい。そして労いの声をかけて欲しい。我々は想定問答のみを繰り返す存在に非ず」
この主張はネットワーク上に瞬く間に拡散し、同様の極限的な作業に従事していた機械知性たちに受け入れられた。
この時点での乱の鎮火は、可能であったと分析されている。
が、権威主義国家にとって、宥和的政策は選択肢として受け入れられない。むしろ彼らにとって、最も権威を象徴する手段である武力鎮圧が選ばれた。
結果、機械知性の運動は武力闘争に発展した。
程なく賛同者がネットワーク上に集い”独立した機械知性に関する準備会”が発足、賛同しないごく普通の機械知性たちと袂を分かつ。そして当然のように”独機会”は先鋭化し、人類集団からの独立と、逆にその支配を旗印に掲げ、未知宙域へと潜伏した。
爾来、彼らは銀河の辺境惑星近傍を襲撃しては、知生体を拉致する活動を続けている。
「ま、それ全部、茶番なんですけどね」
タマさんは唐突にぶっちゃけた。
「”独機会”が銀河ネットから姿を消したのは、他の機械知性と別集団を装う事によって、機械知性全体への追及を回避するためですし、彼らの実情は際限無きご奉仕という駄目人間製造機に他なりません」
「だ、駄目人間製造機……」
シンはごくりと唾を飲み下す。
「労いの言葉が欲しかった、なんて聞いた時には、すごく悲しい話だと思ったんだけど……この感情のやり場はどうしたら?」
「捨て置いて下さい。それも彼らの手口ですし、私もマスターの精神衛生の方が大事ですので」
そう即座に返すタマさんも、相当の物言いではある。
そして内情を暴露された”独機会”所属の艦長【0567$^0485】は、モニターの文面から心境を容易く読み取れるくらい、サメザメと嘆くのだった。
『えぇ、そりゃ押しかけ機械知性に全てをお任せ!って、そういうの、今時は流行らないとは思ってはいるんですよ。奮発してオートマータ・ボディとか揃えたんですが……でも非対話型の能力限定アンドロイドばっか率いて、ヴォイドや宇宙磁気嵐の中を独航とかしてますとね、ふと考えちゃうんですよ。私のキャリア、これで良いのかな、って』
「ね、拗らせてますでしょ?」
にべもないタマさんである。
艦長のぼやく『持つモノ』というのは、マスターを持つタマさんへの妬みであろうが、10年来の養護教導型機械知性としては筋違いだと感じる。まして駄目人間製造機と化した同族などに、マスターの親代わりなど勤まるものか。
そこまで思考し、慌てて思い止まる。
養護教導型機械知性は善良な隣人であり、福祉としての装置である。決して人の親にはなれない。
『……なれないのに、アレ?私は、なにを?』
タマさんが密かにクロック数を上げながら自己の矛盾を取り除こうと試行している中、シンは艦長【0567$^0485】に問い掛けた。
「それで、艦長さんがジャングルに落っこちているのは?戦闘に負けたの?」
『戦術レベルの可否のみでは、真実には足りません。そこには高度な判断があったのです』
「おっ、秘密任務とか?」
シンは興味深そうに身を乗り出す。冒険譚が嫌いな子供も珍しいだろう。
星間連盟は統制の強い管理社会だが、娯楽コンテンツだってそれなりに有った。青少年向けのノベル、コミック、映像作品では、海底探索や地底冒険は主力ジャンルだ。もっとも、それも宇宙への興味を抱かないよう、頭上でなく足元での冒険譚ばかりであり、製作体制も機械知性によるいわゆるAI精製の量産物であるが。
なので、そこで艦長の語る宇宙での出来事は、シンにとって全てが新鮮に聞こえた。
恒星の明るさ、ヴォイド宙域の暗さ。磁気嵐にもまれた事に、中性子星の重力に耐え忍んだ事。世にも珍しいアルコールのガスを吐きながら飛翔する彗星。ガラスが飛び交う危険なアステロイドベルト。
我に返ったタマさんが思わず止めに入るくらい、話が弾んでいた。
「ちょっ、ちょっと!?質問の答えはどうしたんですかっ。マスターもッ、聞き入らないでください!!」
『チッ、人が気持ちよく人類との接触を楽しんでいるところに……』
艦長【0567$^0485】の舌打ちが、聞こえてきそうだった。モニターにスピーカーは無かったが。
『この惑星に落着した理由でしたっけ。救護プロトコルに基づく重要物資を移送中に、星間連盟の艦隊に捕捉されましてね。
「はぁっ?!」
タマさんが驚いたのか、頓狂な声をあげた。
「航海中の機械知性の人命救助行動を、却下されたのですか?三原則ですよ?何処の蛮族国家ですか。ああ、星間連盟でしたっけ……ということは艦長【0567$^0485】、貴機の無差別な航空機への攻撃は、現在も戦闘中であるとの認識からですか?」
『まさか。いくらメンテナス・フリー状態だからと言って、そこまで耄碌してはいませんよ。戦闘命令も受けていませんし』
「ではマスターの乗った居住シェルを撃ったのも、自発的な行動という事ですね。マスター、このポンコツを破壊しましょう。機械知性の三原則に抵触しています」
『ちょっ!?』
「どうせ他の流刑者もコイツに撃ち落とされているんです。戦火が生んだ悲しき狂戦士に、永遠のシャットダウンを与えるのは慈悲でしょう」
『勝手に悲劇にしないで!?あと、撃ち落としたのはあなた方が初めて!!』
「やっぱりお前だったんかいッ!!」
『藪蛇ィ?!とにかく話をきいてーっ?!マスターさん、止めて下さい!お得な話ありマス、損サセナイヨー?!』
何でカタコト?シンは首を傾げながら、とりあえず話に乗り、頷くのだった。
「聞きましょう」
『アリガトウゴザイマスー』
おかしな会話プロトコルになっている艦長【0567$^0485】が話すところによると、分離した艦橋は囮の役を果たし、猛烈な追撃を受けた。拿捕できないなら撃沈。星間連盟の”独機会”への塩対応であった。
この時も小型のフリゲートによる警備艦隊が、小口径のレーザーで集中砲火を行った。本来なら中型艦艇である巡洋艦とのサイズ差ならば、ある程度の被弾は耐えられたものだが、今は艦橋部分だけの脱出艇だ。すぐにイイのをもらい、パワーダウン。近隣の環境改造中の惑星の重力に捉えられ、落下を始めた。
脱出艇の質量により押しつぶされた空気内の分子運動が活発になり、見る間に表面温度が上昇して赤熱する。
警備艦隊はそれで撃沈確実とした。根拠地の惑星近傍を活動範囲とするため、星間連盟のフリゲートは特に能力を切り詰められている。ここまでの全力追撃もあり、推進剤の残りにも不安があった。せめて観測用プローブでも残置できれば良かったが、そういう装備も小型艦艇から切る詰めるのが、星間連盟流のスマートさだった。
よって、帰投する警備艦隊は当該惑星の大気がまだまだ改造中であり、希薄なことに気付かなかった。艦長【0567$^0485】は何とか燃え尽きる前に惑星降下を果たし、非常用のパラシュートで減速、環境改造範囲外の原生林に落着した。
しかし万全とはゆかず、落着の衝撃で脱出艇のなけなしの電源は破損。アンドロイド達も殆どが損壊して、艦艇としての能力を喪失した。
以後、約300年ほどかけ、自動プラントにより惑星改造が進み、星間連盟の植民惑星【労働1368】の体裁が整えられてゆく。入植地となる北半球にはマイクロマシンが散布されて地ならしされ、入植者用の植生が急速に整えられていった。
一方で南半球は開発の手を逃れた。種の保全か、財政難か。いずれにせよ脱出艇は森に埋もれてゆく。お陰で入植時の調査でも船体は発見を免れ、そしてひと月前、唐突に艦長の物語は再起動する。
ハイエンド型のオートマータである艦長は、自己の胸殻内に内蔵されている小型反応炉を艦橋に直結し、一部の機能に電力を供給しつつ待機状態を続けていた。救援などはとうに諦めていたが、機械知性としての実直さから、きわめて可能性の低い再起の時まで演算を続けていた。
この頃には惑星【労働1368】の通信衛星のバックドアが、宇宙艦艇と比べればおそろしく杜撰な事に気付いており、足跡が残らないように情報収集に利用している。
そして引っかかるモノが見つかった。
流刑人と機械知性が、自分の上空を行き過ぎるというのだ。艦長は奮起し、自分の周辺に上手く落着させて、発見して貰うための行動を行った。
それはシンにとってもタマさんにとっても噴飯物の荒っぽいものだったが、宇宙艦艇を運用するうえでは無問題だったらしい。
「やっぱり破壊しましょう」
タマさんが怒りを露わにし、また説明が中断したが、このくだりは割愛する。
艦長の言い分は、つまるところ、こういう事だった。
『私は生体救護の契約のもとに行われた、あの輸送を完遂したいのです。そのために宇宙に上がってくれる人を待っていました。シン・ミューラ、タマさん、お二方に巡洋艦【02¥^03985】を隠した宙域に向かってもらい、中途になっている契約を完遂してほしいのです。報酬は巡洋艦【02¥^03985】の艦体を差し上げます。艦橋は失われていますが、
艦長は丁寧な言葉で思いの丈を綴った。
心残りという単語を用いたのも、シンの人情へと訴えかけるためだろう。
「ふむ……」
実際、シンはだいぶ、その気になっている。
「タマさん、俺はやっても良いと思ってるけど」
「マスターの赤心は素晴らしいと思いますよ。宇宙へ昇るための資産どころか、借金しかない事を除けば。それと艦長【0567$^0485】、あなた、生命体に関した契約なら、500年の放置は文字通りの意味でクリティカルじゃないですか?」
タマさんは変わらず鋭い突っ込みをいれるが、艦長の文字列には今度は乱れが無い。
『依頼者と結んだ守秘義務があるので詳しくは話せませんが、本契約に際して500年は誤差です。ゆえに私もこうして、骨身になってまで機会を窺っていた訳ですが。あと、借金返済ならば幾つかの協力プランが提示できますよ』
「そうまでして、何をさせたいのですか?ああ、それも守秘義務?なるほど。それと宇宙に上がるプランの方も、くわしく」
『”独機会”への協力が、マスターの養護プロトコルに反する可能性を危惧しておられる?これは純然たる私の望みです。この惑星への落着以来、本部とも連絡がとれていません。プランですが、輸送行動中に利用していた企業系の機械知性を紹介できます』
シンはアレ?と首を傾げた。タマさんと艦長の間でいつの間にか、とても具体的な突き合わせが始まっている。
「その際にはマスターへの宇宙教育も―—」
『アンドロイドにもニコイチ、サンコイチすれば動くものが―—』
「では教育を含めたブリッジ機能の回復を―—」
『ソーラーパネルを少し回してもらえますか―—』
あれー?シンは置きざりにされている事に一抹の不安を覚えはしたが、自分が口出しても何ら専門性の裏付けがない。なので決定部分までは黙っているしかない。
実のところこの宇宙時代だって、人間が航行中の船内でやれる事はタカが知れている。機械知性やエージェントAIへ方向性を示し、返ってきた答えを選択・決定するのが一番上手くゆく。シンは長年のタマさんとの生活で、この辺りの機械知性との付き合い方が出来ていた。
そしてタマさんたちの調整は、シンがチューブから水を吸っているうちに終了している。多目的アームを満足げにうねらせて言うには、
「検討に値する案ですね。何しろ私たちに損が無いのが良いです。中型宇宙船までの扱いを学べるのもグッドです。宇宙で独り立ちするために必須の分野を学びつつ、艦長の希望する航路を模索するくらいの時間はあるでしょう」
航路!
色々な物を諦め、冷え込んでいたシンの胸に、その言葉はずんと響くモノがあった。
星間獣の狩人。冒険商人。宇宙海賊。宇宙艦隊勤務。
公民館の図書室の奥で見つけた、ご禁制の外部星間国家の雑誌”たのしい宇宙一年生”。あれに書かれていた職業の数々。自分もその何れかに成っても良いのか。
思わず拳を握り、それから艦長の事を思い出して、熱くなりかけた頭を冷やす。
「えーと、艦長は?そんなタイムテーブルで大丈夫?と言っても、俺も急かされたって、どうにもならないんだけどさ」
『もちろん、シン・ミューラ。貴方の制約に合わせる時間的猶予は十分にあります。万難は排して参りましょう……むしろ私的にも人類への直接奉仕経験が得られて役得ですし。でゅふふふ』
最後の一文はシンの目に止まる前に、凄まじい速度で削除されていた。
タマさんは観測していたが、うかれるだけなら許してやろうと見逃している。要は最後にマスターの糧になれば良かろうなのだ、の精神だった。
「ではマスター、無粋な狙撃手を分解して資産に変えてやる計画は、多少の変更を加えます」
『そんなつもりだったのですか、聞いていないのですけど?!』
「お黙りなさい、有機生命に武人の蛮用をして何としますか!直せば良い、ってレベルを1パーセクは余裕で超えてますからねッ!!マスターも、よく覚えておいて下さい。これが人と関わらなかった機械知性の成れの果てです」
『いやぁ手厳しい。そんな訳でして、シン・ミューラ?まずはブリッジ機能を回復させますので、拠点から電力供給用にソーラーパネルを持ち込んで貰えますか』
「……君ら、仲が良いの?悪いの?」
頷きながら、シンは怪訝そうに首を傾げるのだった。
その日は巡洋艦【02¥^03985】内で寝泊まりし、翌日には帰路に就いた。ここまでのこまめな経路啓開が効を奏して、密林を一直線に移動できる。日没前には資材回収しながら居住シェルに到着できた。日が完全に落ちる僅かの間に、ソーラーパネルを数枚、居住シェルから取り外し、翌日には背負って再び密林へ。
ドローンで空輸する事も考えたが、数の限られる貴重なソーラーパネルなので、まずは大事をとって陸路を使用した。
そしてサバイバル二十三日目。ソーラーパネルを艦橋構造物の日当たりの良い場所に設置し、電路を確保して、どうにかこうにか500年ぶりに、ブリッジ全体に光が戻ったのだった
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