第40話 星の貧――もとい、賢者(2)
宇宙海賊【青髭同盟】の大型艦は、深淵鯨が逃げ散らかすと早々に姿を消していた。やはり反社会的組織らしく、人の目は気になるものらしい。
加勢に来た宇宙トラック野郎たちも、臨時船団司令部から防衛参加の証明データを受診すると、銀河ハイウェイまでは同行した。そこで超速宇宙バスと貨物船共々、銀河ハイウェイに乗って光の速さを超える。
銀河ハイウェイの出入口には自動砲台が配してあり、深淵鯨のような正体不明の勢力の施設利用はお断りしていた。まずは安心だろう。
自動砲台はビーコン等の他の設備同様、銀河ハイウェイ内の衛星網から潤沢な電力供給を受けており、火力は折り紙付きだ。
そして最後に残ったのが貨物船数隻と、旧式の葉巻型宇宙船である星の
~ ~ ~ ~
星の
ブリッジは狭く、コンテナハウスの現場事務所を思わせる。入口寄りの中央に船長隻があるが、人手不足なので使用されている雰囲気は無い。あとはブリッジ奥の三面にそれぞれ席があり、そっちで船の運行が制御されていた。
今は真ん中の席にシュープリンガーが犬座りで収まり、専用のヘッドマウント・ディスプレイを着用して船を操っている。コンソールパネルに片手を置いているが、肉球型に凹んだ専用のタッチパネルだった。
別の席ではタマさんがレオナルドと携帯端末を覗き込み、今後の雇用条件を詰めている。
流石に孵卵器の利用一つで全ての雑用を廻されては割りに合わない。最初にレオナルドが口走った試料調整の締め切りとやらも、内職的なやつだろう。その辺りを請け負ったり、シンとアンドー1号で船体の保守を行ったりと、謝礼なり便宜なりを引き出せる”問題”を洗い出していた。
そして残った最後の席のコンソールでシンは船団の航行記録を閲覧し、何が起こったのかを学んでいた。
ドゥ・イナカ星系の工業惑星を発した船団には、当初、警備会社の
宇宙海賊【青髭同盟】の大型艦の活動範囲である事を考えれば、戦力的には鎧袖一触も良いところだろう。が、船団護衛の観点なら、別の見方がある。
大型戦闘艦一隻でも、船団の全ての船から略奪を行うのは不可能だ。略奪の伝統的手法としては、対象船に手勢を乗り込ませ、コントロールを奪うというのがポピュラーだった。だが今日日、船の制御に関するセキュリティは非常に高度だ。辣腕のハッカーがそれなりの時間を掛ける必要があった。
あるいは手っ取り早く武力で脅し、荷物をパージさせる手もあるが、それならば持ち帰るための輸送船が必要だろう。
さらに警備会社の戦力も寡兵だろうが、死に物狂いで抵抗――乗員は仕事にあぶれた辺境宙域出身者だ――する。乗り込む為の小型艇や、輸送船などはいの一番に攻撃される。
加えて最初の犠牲となる貨物船が出たならば、護衛船団自体はその間に逃げ去る段取りが出来ていた。酷薄、という訳でなく、逃げて救援へと情報を送り続けられれば、それだけ海賊の跳梁する時間を削る事につながる。
ひいてはそういった一連の抵抗の姿勢が抑止力となり、宇宙海賊側も『労多くして益少なし』と判断すれば、諦めてもっと楽な標的を探すことだろう。
普段なら、それで上手くゆく。が、今回は通用しない相手だった。
深淵鯨という未知かつ優勢な戦闘集団の襲撃を受け、護衛のコルベット二隻は時間稼ぎに船団を離れた。同時に船団は輪形陣を組むと共に避退。
未知の艦艇群の目的は不明だが、その襲撃は執拗で、損害をおそれない事が知られていた。
コルベットは五分後までは反応があったが、その後は反応炉からの電磁波等が一切消失している。命にかえた五分であった。
銀河ハイウェイに接近していた事もあり、施設内の超光速通信網が、緊急電をいち早く関係各所に伝えられた。
後はシンが実際に体験した通りだ。
おそらくコルベットの乗員の遺族には、辺境宙域には珍しい充分な年金が支払われるのだろう。でなければ、こんな仕事に誰も命はかけない。
どうにも重くなる溜息を吐くと、シンは続けて深淵鯨に関するレポートをタップする。
銀河帝国大学の生物学研究室から出されているオープンアクセスの小論文で、共同著者にはレオナルド・シトーの名もあった。大学の機関紙に寄稿されたものらしく、内容も概論的なものだ。というより、研究はそこまで進んでいない、というのが現状のようだった。
曰く、星系国家間に広がる惑星数の少ない辺境宙域を中心に、ここ10年程で被害を出すようになった所属不明の艦艇群であり、今もって正体は不明。
社会の認知度が低く、公称も定まっていない。深淵鯨というのも出没宙域周辺での俗称であり、大型海棲生物、あるいは宇宙空間に住まう極限環境大型生物に外見が似ている事から、宇宙の深淵より来る鯨のようだ、と扱われていた。
観測データに核融合反応と思われる電磁波と、その反応を内部に封じ込める熱と圧力による赤外線が検知されるため、深淵鯨には熱核融合能力が備わっていると思われる。
一般的にそれは機械的アプローチによる人為的な機関だったが、一部の極限環境大型生物は星間物質を取り込んで体内で核融合を行うものがあり、これをもって非生物であるとは断言できない。
「――深いな、生物ッ……!」
シンはのっけからの宇宙的剛速球に、変な笑いを浮かべながら読み進める。
その核融合を行う生物か機械か判別できない何かは、まだ”生け捕り”にされていない。襲撃に法則性が見出せず、辺境ゆえに監視の目も少ないためだ。
加えて緊急時徴用船舶の宇宙トラッカーたちの勇戦、というか小遣い稼ぎが流行ってしまったのもあり、報奨金目当ての撃墜が横行していた。先程も宇宙トラックに不釣り合いな大火砲を積んでいたのが目立っていた。こうなると検体に供される遺骸――残骸?――も残らない。
「まぁ、それでも今回は、少し破片を収容出来たんだよね。遠出した甲斐があったよ」
ディスプレイの文面に気付いたレオナルドがそう言った。シンは都合の良い合流タイミングの理由に呆れを憶え、思わず眉根を寄せる。
「指定の合流ポイントがこの辺りだった訳は、ホエール・ウォッチングのついでですか?」
「いや、本命はこの先の惑星だよ。深淵鯨探しは時間合わせのついでだけど、まさか本格的な襲撃を受けられるなんてね。ツイてるなぁ」
「……ツイてるの?」
シンは小声でタマさんに問うと、彼女は肩をすくめた。
「さて?ただ、星の
隔離された変人疑惑が掛けられているとは露知らず、レオナルドは熱弁を奮う。
「時間が出来たら解剖をするから、その時は手伝ってね。なに、さっきも言ったけど、専門的な要求は無いから。金属フレームの骨格に、まるで硬化した人工筋肉と、神経索を思わせる太いケーブル。一人で切開するには、なんとも骨が折れてね」
「……何か、生物と言うより、全身義体の解体みたいな……?」
ふと思った疑問を口にしたシンに、レオナルドは「そうなんだよ!」と勢い込んで席を立った。
「生物のように振舞う機械なのか、内部の構造を機械で代替した生物なのか、そこが未だに判らない。後者であるなら原型となった生物が存在して、生息環境の影響下で何世代もかけ、あの姿に変化していった可能性だってあるんだ」
どんな環境だよ、それ。思いはするが、その後に解説ラッシュが始まりそうなので、シンは空気を読んで口にはしない。
鉄球やガラス片が超高速で飛び交う星、なんてのも広い宇宙にはあるらしい。それならば金属イオンを多量に含む大気や重金属の海から、機械生命体が誕生する星だってあるのかも。
『……そして【独機会】はそういう星に辿り着いた?』
たまたま傍受してしまった深淵鯨たちの遣り取りと、傍受できた理由である【独機会】の通信プロトコルを持つタマさんの自動人形躯体。関連付けてはみたものの、全ては状況証拠に過ぎない。
あとでタマさんと検討してみよう。
シンは心の中でどんどん多層化してゆく棚へと、その考えも押し込んだ。それから話題を変えて、
「ところで、これから向かう星で待っている仕事って、どんな内容なんです?」
まだ何か言いたそうなレオナルドだったが、そっちも大事なのか多機能グラスの端を指で直すと、ブリッジの光源を反射してレンズが意味あり気に輝いた。
「ひとつの種族を、滅亡から救いに行くのさ」
~ ~ ~ ~
宇宙標準時刻において、夜。主に宇宙生活者たちが労務上の理由で利用している、仮のタイムテーブルである。
日月や周期の概念は、惑星とそこに住まう知生体の文化によって異なる。昼夜や季節は観測者へ規則的な循環を教えてくれた。だが惑星の公転周期や自転速度に基づくそれらは、恒星と惑星のサイズや、位置関係で大きく変わってしまう。
例えば惑星の赤道傾斜角が大きかったり、何らかの理由により変動するような星なら、季節どころか一日の長さすら不安定になる。
周辺に恒星が複数あれば、日照時間は長くなるだろう。そして日中が過酷だからと隠れて生きる民族の文化は、昼の恒星よりも、夜の衛星や星座を重視するようになるかも知れない。
恒星間文明では時間とは相対的になるのだ。
宇宙標準時刻はそういった星系ごとの諸事情を廃して、ハビタブルゾーンに存在する標準的な星々から割り出した平均値を採用していた。テラ人たちは知る由も無いが、かつての地球の数値もこの中に含まれている。
つまり宇宙標準時刻は24時間と大きくは変わらない。
それで夜ともなれば、シンのような未成年者は成長促進のためにも就寝する時刻であり、シュープリンガーたち犬族は、まるで電源が切れたように寝入ってしまう頃合いだった。
レオナルドだけは深夜まで自室で作業をしてたようだが、やがて室内の消費電力が減少し、眠りに入ったようだった。
タマさんはブリッジのコンソール前の椅子に、誰が見ている訳でもないが、足を揃えて斜めに流した淑女座り(仮称)で収まると、船内の電力状況のモニタリングからそう判断した。
「星空分室なんて聞こえは良いですけど、ドサ廻りの突貫現地調査班という感じですね。トンでもねぇブラック勤務ですこと」
あえて口に出したのは、空調からの乾燥空気による人工声帯の荒れを確認するためだ。声がいがらっぽい。一度咳ばらいをして微調整する。
「ごほん……しかし当直を頼んでおきながら、自身は中々眠らないとは。機械知性の奉仕精神への挑戦ですかね……いや、もしや、これが仕事が終わってから自分の研究を進めるという、ポスドクの悲哀……?」
ちょっとストロング・スタイル過ぎるので、間違ってもマスターが研究職に就かないように注意しましょう。タマさんはそう強く電脳に記録する。
それから再び船のセンサー系に同調しての当直見張りを片手間に、銀河ネットで日課の情報収集、株のデイトレード、恒常に設定した調査事象への対応、明日には到着する目的地のリサーチとまぁ、なかなか彼女も他人の事は言えない。もっとも殆どは処理能力にモノを言わせ、バックグラウンドで作業だ。
問題なのは恒常的な調査対象としている
宇宙規模で見ればローカルな事柄ばかりだ。周辺宙域のサーバー惑星のデータに無ければ、ありそうな星系の機械知性を探し、依頼のメールを送ってから、データを見繕って届けて貰う必要がある。
こうなると情報の世界に生きている筈の機械知性でも、光年単位の距離が邪魔をして、成果が出るまで実時間を掛ける羽目になった。
今日も何通かメールを送り、反応を待つ事になる。
「……あぁ、情けなや。企業の決算データも瞬時に処理する処理能力の躯体がありながら、各星系の司書系のお仲間にメールを送って、返事を待たねばならないとは」
【星間連盟】の銀河ネットに出回る情報には”アタリ”をつけ終えていた。既にそれなりに滞在しているのだから、当然ではある。今はバックグラウンド作業で、細かな真偽の洗い出しを行っている段階だ。わざわざ表情筋まで止めて、全力を割り振る必要もない。
「……手持ちブタさんですね」
所在なく呟いた言葉に、養護教導型機械知性としての認識は誤用の訂正を発していて、自動人形躯体内の対人会話プロトコルからはジョークなのでOKとの判断が下されている。
眼前の汎用コンソールはシュープリンガー用のタッチパネルが付いていること以外、他の二か所のそれと変わらない。専用の操縦桿類は無く、どこのコンソールでもアプリ経由で同じ仕事を行えるという仕様だ。そういう辺りも安く仕上げた宇宙船を思わせる。
ふと、そのシュープリンガー用のタッチパネルにアイセンサーが向く。あの太くてデカい前足で、どうやって昼間は操縦を行っていたのだろう。
「……まぁ、誰も見ていない事ですし?」
わざわざ口に出して言いながら、指を軽く握って猫の手にすると、犬用のタッチパネルにのせてみる。ぺにょ、と手の形に深く沈み込むと、彼女の電脳にアクセスがあった。
「なるほど、指でなく、設置面積を増やして
という事はシュープリンガーは知性化犬として、操縦のライセンスを正式に持っている、という事だろう。おそらく
タマさんはシュープリンガーの見えざる努力に、生体パーツの舌を丸めた。舌を巻く、という人間の言葉を実践してみたのだが、ちょっと意味は判らなかった。
そう言えば、シュープリンガーやコーギーたちは、あのドッグランの部屋周辺で思い思いの寝床を見繕って寝ているらしい。その辺は根っから、犬のようだ。
「……知性化動物の人権って、どうなってましたっけ?」
たぶん所属国家ごとに違うし、認識すらされていないケースも多い。あるいは彼らがイマイチ普及しなかったのも、そういう面倒さがあったのかも知れない。
だが元の動物扱いのままでも文句が出ないなら、そこに目をつける悪いやつが沸いてくるのも知生体の社会だ。
例えばこの船の半知性化コーギーたちの原型は、地下生生物の巣穴に潜り込む猟犬であるが、その習性を悪用しようとしたフシがある。人の入れない場所のレアメタル等の採掘を行わせようと、訓練を行っていたようだ。ブリーダーは当然、宇宙ヤクザなどの息が掛かっていたろう。
が、どうも半知性化処置にかかる費用との折り合いが悪かったらしく、いわゆる多頭飼いブリーダーの崩壊案件になったらしい。放棄された繁殖場に宇宙保健所が立ち入り、多数の半知性化コーギーたちが保護された。
その後、どこをどう巡ったものか、知性化犬のネットワークだろうか、シュープリンガーが引き受けたと聞いた。
船員のいない星の
「……いや、どっちにしても世知辛いんじゃないですかね」
自分の記憶領域のメモリーに自分で突っ込む機械知性。何しろ人の目も無い、やりたい放題だ。
そのうち一人ノリツッコミまでしそうな位には、当直を満喫しているタマさんであったが、それだけに、意識は船のセンサーと同調して宇宙空間へと向いていた。
シュッ、と静音仕様のハッチが音も少なく開いた。
シンが移動すれば即座に検知する(!)タマさんの監視環境に反応はない。そこまで優先度は上ゲていないが、レオナルドやシュープリンガーの現在位置にも多少は気を配っており、そちらにも移動履歴は無い。ではコーギーの一匹でも起きて来たのか。
瞬時にそこまでの見当をつけ、タマさんは余裕をもって振り返った。
ちょっと困ったような顔をして首を傾げるコーギーの姿は無かった。ただ、ブリッジのハッチだけが開いていた。
「……ッ!」
瞬時に船内の通廊に関するカメラ映像と、環境値の変化の有無を洗う。
電脳内に複数の船内映像がポップアップし、気温や酸素濃度、音をはじめとする振動、電磁波と言った数値が並ぶ。
「なにも、なし……?」
異常は見られなかった。
ハッチ開閉用の対物センサーの経年劣化だろうか。船はかなりの年期のようだし。
開きっ放しのハッチの向こうは、船尾まで一直線の通廊だ。船内の光源に異常は無く、ホラー物のように一寸先は濃い闇という訳でもない。目視確認すれば一瞬で明確になる。
タマさんは椅子から腰をあげ、一歩踏み出し、そこで足を止めた。
バカらしい。電脳内には通廊の監視カメラ映像がポップアップされている。それが全てだ。何でわざわざ、自分の躯体で見に行こうとしたものか。
メインモニターから船内に警告が出ていないか確かめよう。
そう考えて振り返ると、青白い女の顔が眼前にあった。
血の気の失せた、遺体のような色だった。ブルネットの長い乱れ髪がそのイメージを助長させていた。衣服は丈の長い、くたびれて所々がほつれたワンピース。手足は露出させ、顔と同様に死体じみた白さを晒していた。
ならばその表情はさぞかし生前の恨みや辛みに歪んでいるのかと言うと、そんな事は全くないようで、まるで仮面のように表情という色が無い。
その能面のような雰囲気には憶えがあった。
だがピンと来たタマさんが何か言うより先に、女はザラつく電子音で、
「カ……エル……」
呟くと、像にノイズがはしり、空気に溶ける様に消えた。
「いや、違いますね」
タマさんはかぶりを振る。
「これは現実にいた訳でなく、またわたしの……いいえ、艦長【0567$^0485】のメモリーに残った通信プロトコルのせいで受診した雑音」
正解のファンファーレは鳴らなかった。代わりに船を揺るがす振動と、耳障りなアラート音が響き渡った。
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