第47話 たのしい宇宙一年生:宇宙考古学者のお仕事(3)

 夜のうちに装備を整えると、翌朝、シンとシュープリンガー、それに宇宙コーギーが一匹、未開発の草原に足を踏み入れた。半知性化犬の残りの二匹は居住モジュール内で留守番だ。何かあっても、彼らなら星のスター・オウルに通信を入れられる。


 まぁシンの場合、通信途絶が長いならタマさんが血相変えて――血は通っていないが――探しに来るだろうが。


 生身での捜索に際して、ここのところ宇宙軽トラの運転ばかりで、ご無沙汰になっていた作業服に袖を通し、多目的背負子を背負った。多目的な部分は後付けだ。資源採取用の集塵機を取り外し、水と食料を含むサバイバルグッズを積んで、調査用のドローンも一台収納する。

 シュープリンガーとコーギーに荷物を懸吊するようなハーネスが無いので、むしろシンが犬たちの荷物持ちになっている感すらある。


『……まぁ、そこは深く考えない事にしよう』


 何しろシュープリンガーはペットではなく、人間と同等なのだから、こういうのは助け合いだ。シンはヒザ丈はある草原を歩きながら、いささか強く自分に念押しした。


 植生に蔦の類は含まれないようで、足が引っ掛かることはない。草を踏み分ければ、進むのには困らなかった。

 が、宇宙コーギーは完全に草に埋没してしまう。シュープリンガーが自分の後についてくるように指示を出すが、もう見張りにもなっていないだろう。本人のヤル気はさておき、連れて来たのは失敗だったかもしれない。


 歩いてみると植生はバラエティに富んでいる。メインは穂の実っていない時期の穀物のような、先の尖った長い葉と茎を持つ植物だった。その中に時折、同じように背を高く進化させた別種の草が見え、所々にほんの小さな花も咲いていた。

 そして草々の合間には羽虫や昆虫がはねている。踏み分けた先から羽虫が飛び発つのを見て、シンは感心を憶えた。


「森林が無いからどうかと思っていたけど、けっこう虫もいるね」


「生態系が思いのほか豊かですな」

 答えるシュープリンガーは調度目の高さの辺りを虫が飛び回るのか、鬱陶しそうに前足で払っている。

「木々が無く、草だけなら、虫にとっては草むらが森になるだけなのでしょう」


「なるほど」


 呑気なのかアカデミックなのか判らない会話を交えながら、一人と二匹は草原を北上する。

 言うまでも無く風景は変わり映えが無い。シンもシュープリンガーも視界内に極少機械群マイクロマシンによる方位表示が出ていなければ、すぐに進行方向が狂うだろう。何しろランドマークがない。


 都市間道が終わった後は、タッタ鳥たちの獣道も草間に消えるように飲み込まれた。未開発のこの辺りには車道も牧草地も無いので、決まったルートを踏みつけ続ける必要も無いのだろう。あるいは生息数が少ないのだろうか。


 方位の他に時間間隔も狂いそうだった。太陽の高さだけが目に見える変化なのだ。

 だらだらと継続する同じ景色に、次第に精神が摩耗して口数も減って来る。目の前を不躾に飛び過ぎる羽虫が、やけに気に障った。

 いよいよ痺れを切らしたコーギーが何の目標も無く走り出そうとした、まさにその時、後方でがさりと物音がした。


 驚いて振り返る。と、少し離れたところでタッタ鳥が一頭、草の中に頭を突っ込んでいるのが見えた。何をしているのかと思えば、草の根元あたりをついばみ、一気に天辺まですき取るように首を持ち上げる。

 大きなクチバシだ、挟む草の量もちょっとした束になった。物音の原因は大量の草の擦れる音だった。そうしてタッタ鳥はクチバシを上へ向け、バクバクと開け閉めを繰り返す。


 何をしているのか。シンは以前にミト達から貰ったスマートグラスを着用し、望遠モードをオンにする。

 クチバシの辺りを拡大すると、植物と虫を一緒に飲み下していると判った。


「豪快な食事風景だな。草ごと虫をすき取って丸飲みにしてるよ」


「雑食性というのは本当のようですな。あの様子ならコーギーを丸飲みにするような食性では無さそうです。まぁ顔にも首にも筋肉が詰まっていそうですから、ついばんで引き裂くような捕食行動の可能性は残りますが」


 なんでそんなこと言うの。そう問いたげに宇宙コーギーが「ひゃん」と情けない声で鳴いた。


 それにしても、とシンは首を傾げる。またしても、タッタ鳥の接近を気付けなかった。よもや量子もつれの状態で偏在する訳でもないだろう。よほど上手く隠れているのか。

 そう言えばスマートグラスに赤外線感知機能があったのを思い出し、目を細めながら極少機械群マイクロマシン経由で起動させる。と、草むらの中に熱源の濃い赤が現れた。


「目に見える範囲に三頭、隠れてる。すごいカムフラージュ率だ」


 シンが呟くと、シュープリンガーはしきりに鼻をひくつかせるも、最後には首を傾げた。


「拙者の鼻は駄目ですな。草のにおいが濃すぎて、区別がつきませなんだ」


 そんな事を話していると、熱源のひとつが立ち上がり、歩き出した。走る訳ではないが、体躯ゆえの大股でシン達をさっさと追い越してゆく。周囲のタッタ鳥は餌場なのか、その場から大きく動く事は無いのだが、そいつだけは一直線に北上していた。


 シンは彼らの脇を抜けてゆく大柄なタッタ鳥を、スマートグラスを上げて目視で確かめた。

 年経て毛羽立ちの目立つ大きな体。昨日の朝に遭遇した、老タッタ鳥だと確信した。

 彼(?)は追い越す際に一瞬シン達に目をやり、後は興味なさそうに前だけを見ている。トレーラーのような驚かす物も無い。突然走り出す事もなく、黙々と歩いている。それはシン達の足でも追い駆けられる速度だった。


 手掛かりも希薄な中、渡りに船だ。一行は老タッタ鳥の後を追跡する。

 先日のように走り出されたら、一気に引き離されるだろう。シンはスマートグラスに目標の体温や形状を記憶させ、追跡できるように設定する。電源は作業服の襟にあるソケットに結線し、着衣の下に着込んだインナーが関節の動きで発電するのを利用した。


 貰い物のスマートグラスはやはり高級品だ、こちらの思い付きに、どうにか付き従ってくる。が、所詮はサングラス型のヘッドマウント・ディスプレイなので、今の設定で容量いっぱいになった。


 シュープリンガーも立ち込める草の匂いの中、老タッタ鳥の体臭の特徴を補助脳に記憶させ、周囲の臭いに惑乱されないように気を配っていた。

 そして宇宙コーギーはぴょんぴょん跳ね、草間の上の視界を確保しようと腐心していたが、そのうち疲れて止めた。


 こればかりは宇宙コーギーを責める訳にもゆかない。なにしろ老タッタ鳥は日中一杯、歩き続けた。時折、力尽きる様にしゃがみ込んだが、しばらくするとまた歩き出す。


 お陰でシン達もどうにか早足程度で追い駆けられていたが、太陽が地平線の向こうに隠れ始め、周囲も薄暗くなってくると、いよいよ鳥目では視界が確保できないのか、うずくまって動かなくなった。

 どうやら今日の移動はここまでらしい。


 シンは背負子を肩から降ろすと、積み込んだサバイバルグッズを取り出して野営の準備をする。と言っても、草露避けのブルーシート(銀河共通規格品)を敷いて、各自にブランケットを配るくらいだ。

 あとは栄養4号とカリカリに水を用意するが、この内容で文句が出ないのは宇宙コーギーくらいだ。シュープリンガーは火も使えそうにない草原で、カリカリをふやかす湯が望むべくもない事に口元を歪める。


「ま、仕方ありませんな。不便を愉しむのも、野外の醍醐味と言うものでしょう」


 とコーギーと一緒にガリガリとドライ・ペットフードを噛み砕いていた。

 その後は丸一日歩いた疲労もあり、ブランケットにくるまると、皆吸い込まれるように寝入ってしまう。本来なら交代で見張りでもすべきだろうが、この星にはタッタ鳥以上の大型生物はいないため、朝までぐっすりとなった。

 なおコーギーによる熱烈なモーニングコールは無かった。

 その代わりに別のショッキングな事態が待っていたのだが。


「……し、死んでいるッ?!」


~ ~ ~ ~


 宇宙コーギーが、ではない。息絶えていたのは、老タッタ鳥だった。

 その日、シン達は草原を舐める様にして昇る日差しで目を覚ました。朝食をとり、野営道具を片付け、そこでようやく老タッタ鳥が全く動かない事に不審を抱く。


『まさか俺たちが寝てる間に、別の個体とすり替わったとか?』


 そんな訳があるか。シンは視界内で小さくうずくまっているタッタ鳥を、スマートグラスで観測し、昨日のデータと照合する。当然ながら身体バランスなどから同一の個体という数値が出るが、同時に体温が異常に低下している事も判った。


 タッタ鳥の平均体温は不明だが、人類を参考にすると平均よりもテラ標準単位で10度近く低い。これは重篤な低体温症の状態に近い。

 あるいは死体の体温はゆるやかに気温と同等にまで低下する。それを裏付ける様に、老タッタ鳥からは呼吸も心音も確認できなかった。総合すれば、


「……し、死んでいるッ?!」


 と、最前の台詞につながった。

 生命に関わるような外傷は無く、病原菌やウィルスだった場合は確認のしようがない。

 昨日の様子では餌をとっている姿が見掛けられなかったが、あれは摂食も出来ない程に衰弱していたのか。それも病気だったのか、はたまた老衰なのか。


「いや、そもそも野生で老衰って有り得るのか?」


 まさに突然の死、にシンは首を傾げる。


「あぁ、彼の目的地は何処だったのでしょうな」


 シュープリンガーが呟く。それでシンも当初の目的を思い出した。


「よし、この辺りのドローン調査を再開しよう。もう驚いて逃げ回る事も無いわけだし。あと、念のため、あのタッタ鳥の生体サンプルも採取しておこうか」


「なるほど、妥当ですな」


 そう頷くものの、シンの背負子内に揃えた道具なら、人間の手でないと引っ張り出せない。知性化動物が使うにはそれ用のバリアフリー仕様が必要だった。結果、サンプル採取もドローン準備もシンが行う。


 細い管をタッタ鳥の遺骸に刺し、表層から深部までの生体資料を細く長く引き抜く。サンプルはジッパー付きのバッグに封入し、背負子内の貨物室に入れて冷蔵スイッチをオンに。

 バッグは出発の際に星のスター・オウルの3Dプリンターで出力した物だから、内部は無菌状態だったが、やはり鮮度を考えたら一両日中には戻りたい。シンはドローンの折り畳まれたローターを引き延ばしながら、作業の期限を決めた。


 携帯端末PDAで操作アプリと地図アプリを立ち上げ、タッチパネルからクアッドローター式のドローンを飛ばす。

 測距用レーザーが地表をスィープし、自機と観測点までの時間差を数値としてPDAに送ってきた。

 シンたちも歩きながらドローンを追い、消えたタッタ鳥の獣道の延長線上を可視化してゆく。


「……なんだ、こりゃ?」


 が、すぐにシンは戸惑う事になった。

 ドローンからのデータ送信量が多い。先日までと違い、植生の下の地表部が複雑だと言う事だ。シュープリンガーも首を伸ばしてPDAを覗き込む。


「いよいよ、何かありました、か……な?」


 彼もまたディスプレイに表示され始めた地表の状態に、戸惑いの声をあげた。

 座標データを基にAIが粛々と描き出したのは、白骨化したタッタ鳥だった。それも一体や二体ではない。折り重なるように、あるいは隙間を埋める様に、おびただしい数が草原の下に転がっていた。


 ドローンの飛行にあわせてゆっくりと更新される光景は、更にシンとシュープリンガーを鉛を飲み込んだ様な顔にさせる。

 レーザーのスィープに合わせて延々と白骨の検出が続いた。それはまるで、


「白骨の街道だ……」


 シンの乾いた呟きにシュープリンガーもさすがに合いの手を入れる気分になれず、小さく唸るのみだ。

 タッタ鳥の白骨街道は、まるで彼らの獣道を舗装するかのように、どこまでも続いてゆくようだった。

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