第13話 里帰りRTA(3)

 シンは極少機械群マイクロマシンに埋没した宇宙船を前に、暫定海賊と自分の過去とに捕捉されていた。

 コンビニで尾行者に抱いた既視感は、あの暫定海賊たちのイメージだった。素人ではないがプロでもなく、荒んだ雰囲気をまとった男たち。遅まきながら、そう気付かされた。

 だがそれよりも驚いているのが、自分の過去。元同級生の事だった。


「あちゃ~」

 タマさんも失念していた事態に嘆きの声をあげる。メンテナンスハッチ内に取り付き、宇宙船の状況を確認しているので、動くに動けない。

「暫定海賊とマスターに含みのある警官のセット。こりゃあ、地方警察は何らかの反社会的集団とつながってますねぇ……」


「えっ!?まさか?とんでもない汚職じゃないか」


 会話の上では驚くような反応はするが、シンは油断なく背負子を降ろし、タマさんとメンテナンス・ハッチの前に置いて海賊たちの視線から隠した。それからマルチツールをプラズマ・スキャッターにモード変更しておく。


 暫定海賊の一人は左腋の下にホルスターを吊り、黒い拳銃を露出させていた。あとの二人も腰裏の見えない所にホルスターを差している可能性が高い。警官の方は知らない。

 が、あいつらの仔細はどうあれ、武装している不審者を相手に、我が身の安全を確保せねばならなかった。

 シンはゴーグル越しの太陽に目を細め、男たちに相対する。


「あんたら、今度はここで猟をしてるのか?」


「お前こそ、今度はここに堕ちたのか?違うなぁ?そうやって大昔の墜落船をサルベージしてんのか」


 ホルスターに拳銃を吊っている男が言った。先日と同じ男だった。こいつがリーダーなのだろう。そして警官の方に顔を向け、自分の言った事の真偽を確認する。


「おぅ、どうだ?」


「あ、あぁっ!」

 元同級生の若い警官は、ぶんぶんと首を振った。

「ドローンで上空から監視したんだ。シン・ミューラは、ここのところ荒野を掘り返していたっ!」


 それを聞いて拳銃の男はシンへ向け、肩をすくめて見せた。


「ヨー、ホー!お前、恨まれたもんだな?……まぁ、俺たちも”街の外で宇宙船を探してる奴がいる”って聞いたら、黙ってる訳にゃいかんのよ、仕事柄」


 拳銃の男はいささか砕けた調子で言ったものだった。シンの正体が工業惑星によくいる子供のゴミジャンクヤード漁りの類と知れて、警戒が緩んだのだろう。

 と同時に、それは彼らが荒野に稼動状態の宇宙船を隠し持ち、人目を忍ぶ者たちであるとも語っている。

 密漁者、密輸業者、宇宙海賊。YOUは何しにこの星へ?

 この場合はハッキリさせない方が良いだろう事は、少年のシンでも解る。作り笑いを浮かべて、


「それじゃ、穴掘りを見てゆくのかい?地味~な作業だけど?」


「そうさなぁ……」


 拳銃の男は顎に手を当てると、考え込む素振りを見せる。他の二名が黙っているのが薄気味悪かった。それと警官は慌てて付け加える。


「シン・ミューラは金を持ってる!宇宙船を用意するって言ってるんだッ、持ってる筈だ?!」


『ほぉぅ、こいつ、そういう事を言っちゃうかぁ……』


 シンは性根が冷えこんでゆくのを覚えた。冷やかな怒りだった。今、トリガーを引けば、さぞかし軽く感じるに違いない。が、そうはならなかった。先に拳銃の男の怒声が響いていた。


「ざっけんなッ!!警察マッポが宇宙海賊を顎で使い回しといて、そんなハシタ金で収まるかよッ、バカ野郎がッ!!」


 言うや、警官の足元が爆ぜた。拳銃の男がいつの間にか銃を抜き、発砲していた。シンの目にも残らなかったのは、その動きがあまりに自然で、無駄が無かったからだ。

 もっと言うなら、シンの中に流れ込んだ武道の記憶と本質が同じであり、更に深度が進んだ動きのようだった。


 シンは宇宙海賊という言葉と、予想外の強者の存在に、腰を落として如何様にも動けるよう備える。男二人はこの展開を読んでいたのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。そして元同級生の警官は「へあっ?!」と、おかしな声をあげると、驚いて尻餅をついていた。


「な、なんでぇっ……?!」


「人を呪わば二重連星ってなぁッ」


 どういう意味かは解らないが、とにかく凄い自信で、拳銃の男は銃口をシンへと向けてくる。

 同時にタマさんからの警告が視界の端に届いた。


『ニードルガンです、注意を。電磁的に針を射出しますが、おそらく触れると不安定な金属同士が化学反応を起こし、炸裂するタイプです。少し時間を稼いで―—』


 タマさんへ何か返すより早く、拳銃の男の銅鑼声が響く。


「じゃあ俺たちの正体も割れた事だし、海賊の時間だぁ。とりあえず身包みと、その宇宙船は諦めて貰おうか」


「……いやだね」


「おぉん?」


「こちとら孤児で犯罪者扱いだ。装備を失えば再起は無い」


「おいおい、命だけは助けてやるって言ってんだぜ?」


 男の物言いにシンは小さく溜息を吐き、決然と言い放った。


「ここで宇宙に上がれなければっ、命の意味もないっ」


「ホー、言いやがったな。吐いた唾は飲み込めねぇぞ!!」


 男があの海賊言葉を口にした瞬間、シンの腹は決まっていた。

 マルチツールのトグルを直ぐに回し、トリガーを引く。男が言い切るのと同時に、自分の背後へ向けてプラズマ・スキャッターでなく、高強度レーザーを放った。

 周囲に沸き立つように煙が立ち込め、瞬時に互いの姿まで見えなくさせる。固化したマイクロマシンが粉砕し、風に舞っていた。

 シンはその中を斜め後方に飛び退る。刹那、すぐ脇を何かが煙を巻いて飛んで行った。直前までの自分の位置だった。


「容赦なく撃ってくるッ、くそッ!?」


 肝を冷やしながら発掘中のマイクロマシンの小山に取り付く。と、メンテナンスハッチの隣りが大きく開き、中に入れるようになっている。そして飛んでくるタマさんの叱咤。


「時間を稼いでってお願いしたんですけどっ!?誰が紋切り型の宣戦布告をしろって言ったんですかーッ」


「ごめん、でも身包み剝がされたら、タマさんまで持って行かれちゃうよ」


 謝りながら背負子ごとタマさんを宇宙船の中に押し込む。と思ったら、内部どころか、操縦席が待っていた。横並びのサイド・バイ・サイド方式で二席。座席前の張り出しにコンソールがあるが、それ以外の一切の遊びが無い。コンソールはタッチパネル式の統合モニターと、古いデザインの円形計器レイジメーターとが混在していた。


 宇宙船というよりは、なんだか宇宙戦闘機のコクピットの様だった。確かに墜落機は宇宙作業艇が殆どだったので、どちらも小型な分、余裕のある設計では無いのかも知れない。

 シンも操縦席へ滑り込みながらドアを閉める。

 内部は薄明かりで照らされ、シートからは微かに振動を感じる。タマさんが時間稼ぎを願い出たのは、その間に宇宙船の起動シーケンスを進めていたからだった。


「こいつ、動くの?!」


 シンは色めき立つ。


「まー、コンディションは一番良いですね……」

 答えるタマさんは、何か不満があるのか、多目的アームをぐねぐねと複雑に捻じ曲げている。

「でもキープしてた初日の船の方がなぁ……あー、でもでも、積載量なら三日目の方が……しかし一番手堅いのは、確かにコレかも―—」

 

と、煮え切らないタマさんに決定を促したのは、外部から響いてくるドラムを打ち鳴らすような連続した打擲音だった。外の光景は見えないが、誰がいるのかを鑑みれば、様子を演算予測するのは容易い。


「あー、撃たれてますねー。派手に音がしてるから、宇宙海賊の三人は実体弾でしょうか。こりゃあ籠ってるだけじゃ済まないか~速やかに復活の時して、スペース・ランナウェイしますかぁ」


「最後の文言には何故か凄い不安を覚えるけど……とにかく、この船に決定なんだね」


「もう少し厳選をしたかったですが、時間的猶予がありません……養護教導型機械知性的には、もっと安らかな人生を提案したいんですけどね」


「この星じゃ無理なら、仕方ないね。それにタマさん?これはもう”俺たちの人生”じゃないかな」


 そう言ってシンははにかんだ笑みを見せた。タマさんはその笑顔を瞬時に記録し、自由裁量領域の最重要区画に厳重保存する。それからコンソールのポートに挿した多目的アームを妙にくねらせながら、


「よぅし、タマさん、ちょっと頑張っちゃうぞー」


 言うや、球体表面をビジー状態を表す光のラインが幾重にもはしり、コンソール画面のチェック項目を次々とクリアしてゆく。パラメーターのバーやメーターの針が一挙に撥ね上がった。


「ジェネレーター、出力バランス正常。フライホイール始動、クラッチ接続願いますよー」


「クラッチ接続」


 シンはタマさんの要請に従って左足でフットペダルを踏み込んだ。体感的な操作が必要なあたり、やはり小型の作業艇のようだった。これで主機からのエネルギーが推進機関へとつながる。


「エネルギーバイパス、リリース。流体クラッチ内、トルク上昇」


 新たな円形ゲージの針が一回転するのをタマさんが説明した。

 シンがシートから感じる振動が、より明確になる。500年は前の船が問題もなく動こうとしていた。硬化したマイクロマシンに埋没し、全ての外的刺激から隔離されたモスボール保管状態だったのだろう。


 行幸に安堵するより、ついに動く船に手が届いている、という興奮の方が大きかった。ついキラキラした目で、タマさんの「推進機、着火まで3分」という報告を聞いている。

 と、同時に、ここまでの艦長やタマさんからの教育の甲斐あってか、ひとつ、根本的な問題に気付いた。


「ところ船体を覆ってる極小機械群マイクロマシンはどうするの?海賊が撃ち壊すのを待つ?」


「手持ち火器程度では破壊し尽くせませんよ。それはそれで、諦めて帰ってくれるかも知れませんが、まぁ……」


「まぁ?後顧の憂いは断った方が良い?」


「えぇ、はい。ですので、私に良い考えがあります」


 再びなぜか不安を覚える台詞だったが追及はせず、シンはタマさんがコンソール画面に出した新しいパラメーターに目を通す。

 それは随分と乱暴な手段に思え、思わず眉をひそめたが、この宇宙船探しの里帰りだって乱暴で、場渡り的だった。今更だよなぁと気付くと、文句を言う気も失せてくる。宇宙船の門出と考えれば、いっそ清々しいというものだろう。


「よし」


 気持ちを新たに、サイドスティック方式の操縦桿を右手で握る。

 操縦桿の握りの上は大きく膨れていて、多数のボタンが凹凸を作っていた。複雑な形状は生物のようにすら見える。様々な事象が機械知性やAI任せになってなお、まだそれだけ人間が決定する動作がある事を示していた。

 シンはボタンの中から中央の大きな赤色の物を見定めると、親指を添えてタマさんの進捗報告に耳を傾ける。


「推進器着火シーケンスを一時中断、ジェネレーターの出力を上げます……圧力、温度、ともに上昇中……」


 その言葉通り、幾つかの計器がぐんぐん上昇してゆく。

 外部からの打擲音は変わらず続いていた。立ち込める煙の中で躍起になって撃ち続けているのか、それとも何らかの方法でこっちを捉えているのか、音が途切れないのは命中率が高いという事だろう。

 一方的に撃たれているのも精神的にくるモノがある。海賊には啖呵を切ったものだが、マイクロマシンの排除を失敗したらどうなるだろう、などと弱気な考えも浮かんでしまう。


 操縦席から引きずり降ろされ、ニードルガンでずたずたの死体にされ、荒野にうち捨てられるだろうか。タマさんなら初期化され、海賊船の演算ネットワークのひとつに組み込まれるかも知れない。

 いずれにせよ、そうなれば何も残らない。多元宇宙を垣間見て舞い込んだ自由の意思は、まったくの偶然、気紛れとして、量子の揺らぎの向こうに消える。

 御免こうむりたい未来だった。


 一瞬だけ、宇宙海賊を呼び込んだ元同級生の警官の事が頭を過ったが、ただ通り過ぎただけだった。相変わらず名前も出てこない。だいたい、海賊側優位でつるんでしまえば、あれよあれよと言う間に、骨の髄までしゃぶられるだけだ。

 今、この瞬間の脅威の中では、もっとも取るに足らなかった。


『……あと少しなんだ。あと少し……宇宙へ出るんだ』


 心の中で何度も言い聞かせ、操縦桿を握り直すと、思っていたよりも手汗をかいている事に気付いた。ズボンで拭い、改めて操縦桿を握った、ちょうどその時、


「規定温度、超えました。放出を」


「よ、よし!デブリ・デフレクター、展開ッ」


 シンは操縦桿上部の赤いボタンを押し込んだ。シートから感じる振動が増大する。

 デブリ用デフレクターは宇宙空間を漂う雑多な浮遊物から船体を守る防護フィールドの一種だ。宇宙船の装備としては一般的で、この船は電磁バリアを船体前方に展張させる。どうやら巨大なデブリは自分で回避する必要があるようだが、それでも凄まじい運動エネルギーになる星間飛来物を対象とするのだから、出力は折り紙付きだ。


 電磁バリアは固化したマイクロマシンの内側で展張すると、出口を求め、海賊たちが銃撃で着けた表面のほつれへ殺到する。

 それは外側から見れば、突然、小山の中から光が噴出したような光景になった。


「な、なんだぁっ?!」


 警官は海賊たちの容赦のない銃撃に、すっかりと腰を抜かしていた。少し離れていたから、何が起こったのかも確かめられた。

 シンの消えた小山に海賊たちが取り付くと、拳銃を抜いて銃撃を加え始めた。見た目通りの拳銃ではない。光学兵器用の防御コーティングを傷付けるため、炸薬を増した銃弾を装填し、嵐のように連射する機関拳銃だった。


 あれでは直ぐに掘り返され、シン・ミューラも外へ引きずり出されるだろう。身包み剥がされ、また元の農民奴隷に戻るが良いのだ。そうなったら、もうあいつも、この星から出られない。


 そんな警官の都合の良い妄想を、突然の光が吹き飛ばしていた。いや、吹き飛んだのは宇宙船が埋まっているという小山だった。

 軽い破砕音とともに、小山の斜面が砕けた。硬化したマイクロマシンが砕けた音だった。しかも礫と化して飛び散っている。


「ギャッ」


 と海賊のうち、誰かが悲鳴を上げた。

 目の前で散弾銃を撃たれたようなものだ。痛い目、だけで済むだろうか。たちまち海賊三人は吹き飛ばされ、さらに警官も大きな飛礫が胸にぶつかり、もんどりうって引っくり返った。

 続けて空気を震わせるエンジン音を轟かせ、砕けた斜面の下から何かが飛び出した。


 雷鳴を轟かせて岩を突き破り、砲塁のような主砲塔と見上げるような艦橋が……とはゆかなかった。

 横並びのシートが調度入る大きさの四角いキャビンと、その後ろには大体同じ奥行きの荷台。船体下部には四つの駆動輪があって、これが大地を掴んで回転していた。

 それは宇宙船や作業艇というより、


「タマさん、これ、もしかして……軽トラ?」


 シンはハンドルでなく、操縦桿を握りながらであるが、そう口にせずにはおれなかった。

 本格始動したことによりセントラル・コンピューターが完全に立ち上がり、コンソールに総合情報が投影されていた。そこには船体各部のコンディションを示す略式図もあり、その形状は農場で見かける軽貨物車輌そっくりだ。


「もしかしなくても、軽トラです。ただし、軽貨物用宇宙トラック。宇宙船としての最低限の機能は全部付いてますから、これでも”農道のスポーツカー”の20~30倍は、お値段張りますよ」


「マジかぁ~」


 艦長との訓練で散々、宇宙巡洋艦を操っていたシンとしては、喜んで良いのやら、落胆して良いのやら。

 と、キャビン内に警報が鳴り響く。前面モニターの一部が小窓になって拡大し、高脅威度判定を伝えて来た。


「はぁッ?!」


 シンは少しの動揺を覚えた。

 あの破片の嵐を浴びて無事なわけがない。そう思っていたが、正しく”フラグ”というやつだ。宇宙海賊の一人が立ち上がり、機関拳銃をこちらへ向けていた。ただし至近距離からの岩飛礫シャワーを浴びていたので、確かに無事ではない。

 左腕が千切れ、頭部は大きく凹んでいた。全身からは白色の液が吹いている。非人類型の人種ならいざ知らず、テラ人などの標準的な人型人種では有り得ない耐久性だった。と言うか、


「サイバネ野郎、それも全身義体ですかッ」


 タマさんが答え合わせをした。

 恒星間文明の時代、体の一部を高性能な人工部品に置き換えるのは、能力を得る上で最も手っ取り早い手段だ。だが全身くまなくとなると、アイデンティティを蝕み、精神に著しい負担を掛けてくる。

 悪化すればサイボーグ鬱といった精神疾患が発症し、最終的には人間性の消失=個人としての死を迎える危険があった。


 少なくとも今、シンが対峙している海賊は、五体満足で彼に戦意をぶつけてきている様には見えなかった。がくがくと痙攣する上半身と、急角度で曲がったままの首。まるでホラー作品に出てくる動く死体だ。

 あれならジャングルに残っている艦長やアンドー1号の方が、よほど人間味に溢れている。


「マスター!」


 タマさんの呼ぶ声。少なかれどショックを受けていたシンが我に返る。


「あ……な、何?!」


「このままデブリ・デフレクター全開で走り抜けますよッ」


 そう言ってモニターに表示させた矢印は、サイバネ海賊にぶつけるコースを描いていた。

 全身義体という存在の脅威度に対して、妥当な行動であったが、その辺の匙加減の解らないシンは少し引いていた。


「……もしかして、ひき逃げアタック?」


「全身義体なら損傷度に応じた最適化を終えれば、すぐにでも追いかけて来ますよ。ここは私が操作しますから―—」


「それなら俺の役目だよ」


 シンはタマさんの言葉を遮り、シートに座り直した。あの義体の中に残った人間性がどれほどの量かは知らないが、それでも未だ人間なのだろう。だから養護教導型機械知性は、”それ”をシンにやらせたくなかった。

 そう察したシンは、なるべく軽い言葉を選んで続ける。


「きっと、これからも、こういう事はあると思うからさ」


 口にしながら左手のスロットルレバーを、ブレーキから前へと押し出した。ジェネレーターから発生したエネルギーは空間変速機内でトルクに変わり、駆動輪を回転させる。どう見ても軽トラは、前面にスパークを伴う防護フィールドを張りながら走り出した。


 義体海賊の様子はモニター上で高脅威度としてピックアップされている。そいつは直ぐにこちらの意図を理解し、発砲を開始した。

 なにしろ見た目は軽トラだ。強装弾を入れた機関拳銃なら、正面から撃ち抜けるとの判断だろう。痙攣する上半身では狙いが定まらないが、連射速度はべらぼうに早い。文字通り銃口が火を噴きながら、嵐のような弾幕を形成する。


 が、それは次々とデフレクターに弾かれ、激しい火花に変わった。

 タマさんの言う通りに、デブリ・デフレクターの出力は最大だ。盛大に火花が弾けているのもキャビンからかなり離れた空間だった。お陰でシンは恐怖心もなく駆動輪のペダルを踏み込む。いや、やはり緊張はあった。ペダルはベタ踏みだった。


 弾かれたように軽トラが加速し、損傷で成す術ない海賊を即座に跳ね飛ばす。

 人の形が四分五裂する。白色の人工血液が空中にぶちまけられ、その下を軽トラが駆け抜けた。

 瞬間、人工血液の中を飛んで行く海賊の生首と目が合う。

 カメラアイが赤い光を宿し、こっちを追っていた。シンは脳が入った義体の脳殻は、かなり頑丈だという話を唐突に思い出した。


「スターター起動ッ。マスターはベタ踏みのままで!このまま飛びますよっ」

 タマさんの報告で再び前方へ集中する。コンソールの一部が点灯し、回転数のメーターが跳ね上がっていた。

「エネルギー閉鎖弁、解放。エンジン回転数、低速で異常なしッ」


 がこん、と音がして、シンの背後で何かが動いた気配がした。

 外側からなら軽トラの荷台が上方へ競り上がり、その下から大きなノズルが出て来たのが見えたろう。

 キャビンの前面下部にあるフロントグリルから吸引された空気が、ジェネレーターが生み出す熱とエンジン内で混合され、膨張していた。どん、という振動とともに、それが推進力となって放出される。

 排気温度とエンジン回転数が更に上昇する。


「エンジン回転数、高速へ。マスター、スロットルを飛行モードに」


「飛行、モードっ!」


 シンは力を籠め、スロットルレバーを走行モードから更に前へ押し出す。こういう細かな部分は油が切れているのか、ひどく重たい。それでも軽トラ全体としては飛行状態へ問題なく移行する。いや、普通の軽トラは飛びはしないので、問題はあるのかも知れない。


 ぐんと加速し、シンの体がシートに押し付けられた。目線だけは前面モニターの表示に注ぎ、右手の操縦桿を意識する。

 今や軽トラは荒野に盛大な砂煙を蹴立てながら疾走していた。ノズルが吐き出す高熱の圧縮空気が背後の風景を歪めている。テラ標準単位にして、時速300㎞。飛行場であるまいに、ろくに遮蔽物の物の無い荒野でもなければ、実現できない速度だった。


 モニターの進行方向表示が上向きになる。離陸速度を超えた、という事だ。

 シンは矢印が水平になる様に機を操る必要があった。警告表示は無いので、そのまま右手の操縦桿を引く。

 軽トラから突き出た不釣り合いに大きなノズルが直接斜め下を向き、推力が空へ向かうベクトルに変わる。


 安定翼もない軽トラが浮き上がった―—その直後には重力の頸木から解き放たれたように、ぐんぐんと上昇を開始する。それは推力重量比が1以上あるという事だ。車体……もとい、機体の重量よりも、エンジンの生み出す推進力の方が大きい。

 加えて飛ぶ形状でない事は、機体前方に展張しているデブリ・デフレクターが空気の流れを調整する事で補填している。

 まるで放たれた矢のように空へと駆け上がり、みるみる小さくなった。


 そして取り残された形になった元同級生は、わなわなと肩を震わせ、遠ざかる軽トラを見上げていた。だからすぐ傍でマイクロマシンの瓦礫を押しのけながら、海賊のリーダー格が起き上がり、彼を睨みつけていた事にも、ついぞ気付かなかった。

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