捜索と初戦闘。


 一瞬の発光。

 目を開けると、そこは配信で見た洞窟だった。


 空気が変わった。

 ……そう、それは異世界に初めて足を踏み入れた時に似ている。


 変わったのは空気ではない。

 世界が変わったのだ。

 

 俺には、それが分かった。



【ようこそ、ユウキ様】



 いつの間にか、俺の手にはスマホのようなものがあった。

 強化ガラスというより、石版のようなものに近いだろうか。


 

 ロードのような短い時間を挟み、続いていくつかの情報がポップアップする。



【ダンジョン名:白夜の洞窟

 推奨ランク: C

 現在挑戦者数:1】



【名前:鍋島有希

 HP:100/100

 魔力:38/38

 二つ名:なし

 ランク:F】



【配信を開始しますか? YES/NO】


 驚くべきことに、その文字は“石版”のディスプレイ上のみならず……俺の視界にも半透明のウィンドウとして表示されていた。


 ……VRゲームの中にいきなり放り込まれた、と言われたほうが信じられるが、紛れもなくこれもまた現実だ。



「――すごいな。これが、“ツールズ”ってやつか」


 探索者に付与されるという、スマホに似た機器のことは事前に調べてあった。

 

 だが改めて目の当たりにすると、疑問が沸いてくる。

 

 これは……なんなんだ?


 いまツールズに俺の名前が入力してあるのは、「俺の知らない半年間の俺」が探索者ダイバーをしていたから……なのかもしれない。

 

 

 それにしても……異様だ。


 超常現象が、こんなユーザビリティ溢れるものを渡してくる……あまつさえ、動画サイトで配信すらもできるようになっている。


 このダンジョンが、人工的に用意されたものだとしたらまだ分かる。

 だがもちろん、人類にはこんな技術はないはずだ。

 少なくとも、俺の知る半年前の世界では。


「これ、本当に誰も疑問に思わないのか……?」


 いくらなんでも人為的すぎるし、もっと言えばゲーム的だ。


 少なくともこの石版に関しては、天国のスティーブジョブズが関わってるとしか思えないが。

 ……流石にこのAR技術のような視界は、オーバーテクノロジー過ぎると思う。

 

 配信しないことを選択しようと、指で触ろうと意識すると視界上のUIを操作ができる。……すごいな。


「……これ、ツールズを介してるっぽいな」


 どうにも魔力的な繋がりが、俺とこの石版にできているようだ。

 とはいえ、感覚的にそうだと分かるだけで……俺は異世界でも魔導具のようなものに詳しかったわけではない。

 

 しかしやはりこのダンジョンは、魔法によるものか……?


「……とにかく」


 ――今はとにかく先を急ごう。

 魔法だろうがオーバーテクノロジーだろうが……使えるものは使うべきだ。 


***


 最初に遭遇した敵。

 それは、いわゆる小鬼――ゴブリンであった。


『ギイ!』


 先に互いの存在に気が付いたのは、俺ではない。敵のほうだった。

 小さな雄叫びをあげ、棍棒のようなものを振り上げるゴブリンに、俺は――。


 視界の端のインターフェイスに焦点を合わせると、【洞窟ゴブリン 危険度C】と表示されている。


「“魔弾バレット”」


 ――足を止めずに、魔術を行使した。


 直撃。

 言葉もなくゴブリンの頭部が消失し、その身体が膝から崩れ落ちる。


 ……やっぱり。


「ここでも魔法は使えるのか……助かった」


 では、と次に視界に表示されている自分の「魔力」の値を見てみる。

 

【魔力:38/38】


 ……満タンか。

 おそらくダンジョン内で得られるという「スキル」の行使以外で、この値は減らないと考えて良いだろう。


「……だったら」


 俺は走る速度を緩め、自分に強化魔術をかける。


 筋力強化。

 体力強化。

 感覚強化。

 危険探知。


 ツールズに表示されている俺の魔力値が低そうだったから温存していたのだが、自分の本来の魔力を使えるとなると話は変わってくる。



『ギャッ』


『ギッ!』


 血の臭いに反応したのか、それともシグナルのようなものが発されているのか――集まってきたゴブリンの仲間に、魔弾を撃っていく。


 心臓。

 肺。

 手足。

 

「……頭か心臓だな」


 人体と即死部位はほぼ変わらないことを確認して、俺は再び駆けた。

 この先、どんな不測が待ち受けているのか分からないのだ。魔力はなるべく温存しておきたい。


 “魔弾バレット”は、その名の通りただ魔力を撃ち出すだけの技だ。

 詠唱の必要なくともある程度の威力を出せるが、術式の補助のない魔術の魔力消費量はそれなりに大きい。


「――“射手の目”」


 左目の世界が青くなり、別の挙動を始める。


 敵を捉え、撃つ。

 必要最低限の魔弾を放つ。


 “射手の目”の補助もあり、俺は走りながらも正確に頭と心臓を撃ち抜いていく。

 

 

 俺は、ただどこかにいるはずの桜彩を探し出すために走る。


 疾く。

 もっと疾く――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る