名乗り出る者。


 黒く、荒れた毛並みの獣が光の粒子になって消えていく。


『ウゥウウ……!!』


 すでに数匹を処理し、さらには群れのリーダー格を倒したのにも関わらず――戦意を失うどころか苛烈な敵意を纏って、狼に似たモンスターが唸り声をあげている。


 最後に残った一匹。

 その牙は濡れ、腔内には不吉な赤が光っている。


 噛まれればその時点でHPを失い、生きたまま食われることになるだろう。


 ……まったく、ぞっとしない話だ。


『ガアアアッ!!』


 力を滾らせ、流線と化した四足が飛びかかってくる。


 ――疾い。

 だが、こちらも“目”には強化をかけている。


「――――ッ」


 身を躱すのと同時に、俺は背後の木の幹を蹴って大きく前方に跳躍した。

 今度は、急転換して黒犬の右側面へ迫る。


 ……どんなに優れた動体視力を持っていても、経験則から来る動きの予想には抗いがたい。



 奴に生まれた一瞬の隙を逃さずに【石斧】を振り抜くと――ようやく黒犬はドサリとたおれた。


「…………ふう」


 周囲を警戒し、追い討ちがないことを確かめて息を吐く。



 ……森の中で助かったな。

 平地で今みたいな肉弾戦をやらされていたら、無傷での勝利はほぼあり得なかった。


 強化魔術と異世界での経験込みでなんとかやれている、といったところか。

 魔術を自由に使えればもっと楽に戦えるが……衆人環視の手前、なるべく隠しておきたい。


 ……もっとも死んだら元も子もないので、いよいよどうしようもなくなったらガンガン使うつもりだが。


「さて、と」


 念のためHPを確認しようと“ツールズ”に意識を向けると、先にコメント欄が目に入った。



――――――――――――――――


・動き良すぎだろ!

・斧だけで狼の群れ倒しててワロタ

・身体強化スキル最弱説とはなんだったのか

・いやこれ回避スキルも相当とってるでしょ

・素手で絞め殺したところヤバすぎたわ

・ユウキー! 俺だー! クリップ作成許可してくれーっ

・伝説のマタギかなにかか?

・伝説のマタギもさすがに銃とか使うだろ

・マタギ(銃禁止縛り)


――――――――――――――――


「お、おお……」


 な、なんか……ぞっとするくらい褒めてくれるな。

 いまのところ、不審がられているわけではなさそうだからそこは一安心だが……。



 ……というか、コメントの流れ速すぎないか?


「――げっ」


 ふと視聴者数を見て、俺は思わず呻いた。

 その数は300を超え、今なお増え続けている。


 おかしいな、黒犬と戦う前は50くらいだったはずだが……。

 もしかしたら、配信サイトの急上昇紹介に載ってしまったのかもしれない。


――――――――――――――――


・これでさやちの弟ってマジ?

・姉と真逆のスタイルすぎる

・さやちなら逃げてた

・いや逃げ切れるのも充分すげえや

・逆のさやち、逆ち


――――――――――――――――


 コメントの流れが桜彩イジリになったのを横目に、“インベントリ”を開く。


「武器は……ないか」


 戦闘を重ねること数回。

 犬の群れに囲まれる直前、ゴブリンと戦った時ですらもドロップしなかったのだ。


 道具を持たない黒犬が武器を落とす期待はしていなかったが……そうなると、いよいよ得物が尽きることになる。

 最後に残ったこの【石斧】も、もってあと数回といったところか。

 

 もちろん木の棒や石を拾って投擲することも考えたが、意地の悪いことにそこら辺に落ちているものだと「攻撃判定がない」らしい。


 

 ……っていうか、さすがにドロップしなさすぎだろ。

 これが普通……なのか? 

 

 いや、それとも――。



「……あの、武器ってどこで手に入れるんですか?」


 こういうとき、やはり配信していると便利だなとつくづく思う。

 すぐにコメントが反応して、集合知を提供してくれる。


――――――――――――――――


・普通はモンスター倒したらドロップする

・ゴブリンなら八割落ちるらしいけどないの?

・あーあ、採取スキルがあればなあ

・リアルマネーで他のダイバーから譲ってもらえ

・お前には立派な拳があるだろ

・攻撃系のスキル温存してるっぽいし武器無くてもいけるいける


――――――――――――――――


 ……役に立たん。

 集合知、雑魚すぎる。


 徒手空拳で戦うのと魔術を使うの、どちらが異様に映るものだろうか――と真剣に悩んでいると、



――――――――――――――――


・この人がルリグモ倒した人?


――――――――――――――――



 ――そんなコメントが流れてきて、俺はわずかに息を呑んだ。


 いや……落ち着け。


 別になにか証拠があるわけでもない。

「さやちの身内」というバイアスがかかった、ただの憶測に決まっている。


 ここで俺が取るべき行動は、否定も肯定もない無視の一択だ。

 

 幸いにして、コメントの流れはそこそこ早い。

 このままやり過ごせば――。


――――――――――――――――


・ルリグモの人!?

・俺もそれ思ってた

・言われてみれば……

・身のこなしとか、石斧縛りなとことか

・まじで?

・瑠璃蜘蛛スレイヤー!?


――――――――――――――――


「い、いや俺は――」


 慌ててそう口を開きかけて……ふと、俺は気が付いた。


 否定する必要、本当にあるか?



 武器は、もうまもなく無くなってしまう。

 道はおそらくまだ長く、なにが待ち受けているのか分からない。



 いずれ必ず、魔術を使う時は来るのだ。


 そうなると……。

 

 …………。


 ……そうか、だとすると。

 これはむしろ好都合……じゃないか?



「…………」



 俺は“ツールズ”をポケットから出す。


 それから――その画面に“瑠璃色の簒奪者”の二つ名を表示させて、カメラの前に提示した。




「――俺があの日、瑠璃蜘蛛を討伐した探索者ダイバーです」

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