帰還 ②



 そうだな。

 帰ろう。

 あの世界へ。



 もちろん、俺が異世界から来たことを彼女は知らない。

 真意は伝わっていないであろうリィナは、ただ「ふうん」と頷いた。


「……勇者サマの家ってどこ?」


「まあ、遠いところだな」


「……そっか」


 それ以上の追求はなかった。

 おっさんの実家の場所なんてどうでもいいだろうしな。


 しかし、リィナももう十七歳になるのか。

 若干十七歳で、歴史にその名が刻まれる気分はどんなものだろう。


 彼女はこの先もこの世界で頼られ、英雄視される。

 増長し、傲慢になるかもしれない。

 それでもいい。俺がそれくらいの年齢だったら間違いなくそうなるし、それだけの権利があると思う。


 だが、人々の期待に応え続けなければいけないというのは、それなりに苦労するはずだ。

 そのわりに見返りも少ない。

 大衆の他力本願さに苛立つ時も来るだろう。

 

 ……まあ、俺の実体験だがね。所詮、俺には真の英雄たる器はなかった、ということか。


「頑張れよ、英雄ヒーロー


「なにそれ」


 頭に手を置くと、逃げられた。


 加齢は悪いことばかりではない。

 リィナくらいの美少女にも、に自然体で接することができるようになった。

 思春期のころに常にあった「良く思われたい」という欲求が、摩耗して消えてくれたおかげだ。


 ……まあそれは、諦念、とも言うのかも知れないけども。




 ――どん、と花火が上がった。

 それが魔法によるものか、火薬によるものなのかは分からない。


 その花火の音の切れ間に、リィナが言った。


「……帰るなら、ついて行ってもいい?」


「無理だ」


「…………そ、か」


 少なからずショックを受けたような顔になる。

 今夜限りでおさらばする世界とは言え、さすがに罪悪感に襲われた。


「駄目ってわけじゃない。無理だ、って言ったんだ」


「……覚えてる?

 二年前も、そう言って私を置いていこうとしたよ」


 ――でも、私は今こうしてここにいる。

 そう言いたげな目に苦笑を返して、俺は再び彼女の頭に手を伸ばす。

 むくれているくせに、今度は嫌がる素振りを見せなかった。


「……そうだな。

 じゃあ、見送ってくれるか?」


***


 向かったのは、城の地下室である。

 今日は人類が救われためでたい日だ、見張りの衛兵もいない。


 テーブルなどを退かし、部屋の全てを使って魔方陣を描いていく。


「なに……これ。こんな術式、みたことない……」


 リィナが圧倒されていたが、俺は答えず、魔方陣を描いていく。

 十五年の間、少しずつ理論を積み重ねていった「帰還の術式」。

 頭の中にあるそれを、転写していく。


「よし」


 一時間ほどかけて、俺は描ききった。

 ……理論的には合っているはずだ。

 ただし、俺が戻りたい「世界の座標」が間違っている可能性はある。


 ……違ってたらどうなる?

 何度も考えた問いだ。


 死ぬか、また別の世界に行くのか。


 ……結論は、変わらない。


 知らん。

 まあいい。どうでもいい。

 俺は成し遂げた。やるべき事を終えたのだ。

 帰ろう。


「じゃあな」


 俺が最後に見たのは、唖然としているリィナの顔だった。


 目の前の全てが光に包まれ、そして――。

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