妹曰く。

目を開けると、そこは病室のベッドだった。

 開けはなたれた窓から、西日と共に風が吹き込んでくる。


「戻ってきた……のか」


 異世界転移までしたのだ、いまさら何が起きても驚かない……つもりだったが、予想外のことが起きていた。



 まず、俺の肉体だ。

 順当にいけば、二十年後の現実世界にポンと三十六歳のおっさんが出現するはずだったが――俺はなぜか、若い身体に戻っていた。


 もしかして――と、スマホを確認する。

 いくつか通知がロック画面に浮かんでいるが、俺が注視したのはそこに表示された年月だった。


「…………ざっと、半年か」


 七月中旬に異世界に召喚されたのが、今は年をまたいで次の年の三月。

 つまり――向こうでの二十年の月日が、こちらではわずか半年しか経っていないことになっている。


 異世界とこちらでは時間の進み方が違う……ということなのだろうか?


「……いや、それにしてもおかしい」


 そもそも、この状況はなんだ?

 ……俺は、なぜ入院している?


 枕元には「鍋島なべじま 有希ゆうき」というネームプレートがかかっている。

 間違いなく、俺の名前である。


 ……だが、俺は「今さっき“転移”してきたばかり」のはずだ。

 これでは、まるで――。



「――!」



 考え込む俺の手元で、スマホが震える。

 着信だ。


「チハル……」


 ディスプレイに表示されているのは、妹の名前だった。


 通話アイコンをスワイプしてから、そういえば病室内で電話はまずいか、と忘れかけていた常識を思い出す。


 自分の周囲に遮音魔法をかけて、声を出した。


「……はい」


『あ、やっと出た』


 懐かしい声が聞こえてくる。

 二十年ぶりの、血の繋がった家族の声だ。



 ……というか、と今さらその青白い遮音障壁を眺めながら思う。

 こっちでも普通に使えるんだな、魔法。


『いま、入院してるんでしょ?』


「ああ……どうやらそうらしいな」


 からかうような電話口の声に、俺はそう返す。

 さて何から訊こう、と考えていると、


『お母さんが心配してたよ。これに懲りたら、バカなことはやめなさいって。

 あ。でも、あたしは応援してるからね』


 バカなこと?

 応援してる?


 なんの話をしてるんだ?

 いや、今はそれよりも――。


「俺は二十年…………いや、半年間失踪してたわけじゃないんだな?」


『…………はあ?

 シッソー? なに言ってんの?

 頭打った?』


「……だよな」


 思った通りだ。

 何故か俺は、この世界にずっと存在し続けていたことになっている。

 

 

 だとしたら、あの異世界召喚は……夢オチか?

 いや、だったら魔法が使えるのはなんなんだ。

 ……使えてる、よな?


 通話をスピーカーモードにして、スマホをふわふわと空中に浮かべる。

 少なくとも、勇者にさせられる前の俺にこんな芸当はできなかった。


「……母さんには内緒にして欲しいんだが」


 と、俺は少し考えて切り出す。


「実は、ちょっと記憶が混乱しててな」


『え、大丈夫なの?

 もしかして、なんかしゃべり方がおかしいのもそのせい……?』


「おかしいか」


『おかしいね。もっとふにゃっとしてたよ』


 ふにゃっとしてたのか、俺は。

 まあ、二十年も経てば口調くらい変わるか。


『えーっと、あたしが誰かは……さすがに覚えてるよね?』


「妹のチハルだろ。そこら辺は問題ない。

 あやふやなのは……そうだな、具体的には去年の七月あたりの記憶からだ」


『だいぶ具体的だなあ』


「まあな。……そのころ、なにか変わったことはあったか?」


 うーん、とチハルが考え込む。


『ひとことで言えば……』


「言えば?」


『激動だったね』


 激動だったのか。

 なるべく平穏無事であって欲しかったんだが。

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