元勇者のダンジョンレイズ ~余生を送る気満々で帰ってきたのにダンジョンがほっといてくれないんだが……
秋サメ
プロローグ
帰還 ①
「――勇者よ、ありがとう……」
聖女の涙が落ちる。
それが、乾杯の合図になった。
「魔王は倒された!」
「暗闇の時代は終わったのだ!」
「勇者万歳!」
歓声で満たされる場から抜け出し――俺はテラスに出て息を吐く。
「勇者、ねえ……」
まさか今さら手垢のつきまくった魔王と勇者のファンタジーに俺が召喚されることになるとは思わなかったが、俺は成し遂げた。
魔王の討伐。
世界の平和。
それがどれだけ大変だったかは、言うまでもない。
長い時間がかかった。
何度も絶望し、何度もこの異世界召喚を呪った。
だが、ついに俺は「勇者」としての役割を成し遂げたのだ。
「……しかしまあ、二十年もかかるかよ普通……」
まさか今どき、せいぜい「魔力量が多い」だけで何のチート能力もなしに放り出されるとは思わなかった。
無双させて一年くらいで帰らせろ。
二十回も季節を巡らすな。
そんな愚痴も口を衝くが。
……まあ、ひとえに俺の力不足かね。
「ともあれ、ようやく終わったか……」
顔を撫でると、ざらりと髭が当たる感覚があった。
俺は今年で、もう三十六歳になる。
三十六歳、職業勇者。
現代日本的感覚に基づけば、そこはかとなく絶望的な響きのする言葉だ。
「勇者様ー!」
「ありがとう、勇者ー!」
……もっとも、こちらでは英雄そのものに違いない。
俺は王宮前に集まった市井の人々の声に応え、グラスを挙げる。
…………いろいろなことがあった。
魔王討伐を成し遂げた面々を眺める。
筋肉隆々の男、修道女風の女性、魔女、その他大勢。
みんな、よく戦ってくれた。
……のだが、個人的にはなんの思い入れもないのもまた、事実ではある。
ここにいる最終メンバーなんて、いよいよ魔王討伐というところで近くの村で四日前に集めたメンツだ。なんなら名前も怪しい。
治癒魔法が多少使えるという理由で入ってもらった、農作業中だったばあさんとかもいる。
ただひとり、覚えているのは――。
「……おつかれ、勇者サマ」
この世界では珍しい、黒髪ショートカットの女の子がそう声をかけてくる。
ローブを着た小柄な
結局、彼女だけがこの二年間、俺と行動を共にしていた――ということになる。
……逆に言えば、大抵の人間では二年も耐えられる旅路じゃなかったということだ。
道中の過酷さに離脱したり、モンスターに手ひどくやられて精神的にやられたり、あるいは死んだり。
それが……当時十五歳だったこの少女が最後まで残るなんて、思いもしなかった。
「あのさ。
これから、勇者サマはどうすんの」
「そうだな……」
魔王の支配は終わりを告げた。
だが、魔族自体が消え去ったわけじゃない。
この世界は、ハッピーエンドの後も続いていく。たくさんの苦難と共に。
どうしようかな、と一瞬考えた。
でも、一瞬だけだ。
……まあ、もういいだろ。
あとは、この世界の人間でなんとかやってくれ。
「とりあえず――帰るよ」
言葉にしてみると、それが一番正しい気がした。
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