保健室での会話。


「――コトネぇー、なんでここにいんの? おまえ絶対サボりだろ」


「は? カスミ見てよこれ。めっちゃ転んだんだけど」


「うわっ、グロっ! ……体育で本気出しすぎでしょ」


「いやー、普通になんもないとこで転んだよね。恥ずかしかった~」


 そう言いながら、コトネと呼ばれた女子生徒は顔をしかめつつ、ガーゼの位置を戻す。

 


 放課後まで残すところあとわずかとなったこの時間。

 なんとなく気だるい雰囲気は、保健室にまで充満していた。



「で、こんな重病人残して保健の先生はどこ行ったん」


「なんか救命講習しに行くっつってた」


「お」


 ボーナスタイムじゃん、と笑いながら、カスミが肩越しにスマートフォンの画面を覗き込む。


「なーに観てんの?」


「んー? 

 ダンジョン配信。ユウキって言って伝わる?」


「ああー……瑠璃蜘蛛のひとだっけ?

 この前めっちゃ叩かれてなかった? よく知らんけど」

 

 そのとき、奥の仕切りの向こう……ベッドのあたりで咳き込むような音がしたが、ふたりはそれを気に留めることもなく話を続ける。



「いやあ、なんか叩かれてたねー。もう二週間前とか?

 その後の配信って観た?」


「いや、まずあたしダンジョン配信にがち興味ないわ。

 でもなんか、弟が怒ってたんだよな。いきなりカップル系ダイバーに路線変更しやがったとかなんとか」


「弟くん、そっちかー。てかまー、なんなら未だにそういうコメントあるよね。

 私はむしろユウキはどうでも良くて、女の子のほう目当てで観てるから不満はないんだけど」


「異端者じゃん」


「いやそれが、けっこーそういう人いるんだって。

 そもそも今、ユウキって特に活躍してないしね。多数派まである」


「へー……たしかに、なんかさっきから女の子のほうしか映ってないな」


 スマホの画面では、先ほどから黒いローブを着た少女が手持ち無沙汰にしている様子が映し出されている。


 その顔はスキル【自動偽装カモフラージュ】を施され、素顔を伺うことはできないが……頻繁にあくびをしているような仕草から、眠そうなことは伝わってくる。


「……でさ、この子は結局ユウキのなんだったの?

 そもそもそこが謎すぎて叩かれてなかったっけ」


「あー……なんか、一応そこらへんは設定があるっぽいんだよね」


「“設定”?」


「簡単に言うと……“ユウキがダンジョンの中で出会った、なぜかツールズが使えない異世界の女の子”って感じ?」


「……わぁ……。

 なんか……“なろう系”っぽくて……キモい……」


「こっちはVtuberの設定みたいなものだと思って楽しんでるからいいの!

 オタクに厳しいギャルがよ……」


「言うほどギャルか?

 ……てか、ユウキはなにやってんの?」


「いまは……索敵じゃない? リィナちゃんのランク上げるために手出しできないし、最近は本当になにもしてないよ」


 ランク? と首を傾げるカスミに、コトネが苦笑する。


「えー、そうなんですよね、ご存じないとは思いますがぁ、ダイバーにはランクってものがあってぇ……。

 ……このハナシ、聞きたい?」


「聞きたくなーい」


 そのへらへらとした返事に、よっしゃ任せろ、とコトネは体操着を腕まくりした。


「推奨ランクCまでは誰でも入れるんだけど、Bのダンジョンに入るためには探索者ランクがB以上必要なのね。

 で、ランクBまで行くには結構命に関わるレベルのリスクを取る必要があるわけ」


「おかしいな、聞きたくないっつったんだけどなあ……ヒマだからいいけど」


「ランクって大体、強いモンスター倒したりすると上がんだけど……そういうボスってもう刈られてて復活待機リスポーンタイム中のことが多いんだよね。

 じゃあどうするかっていうと、ダンジョンには高ランクのダイバーが入ると強敵戦レイドが発生する仕様があって――」


「あ! なんか聞いたことある。

 それやって、“荒し行為プレイ”とか言われてめっちゃ叩かれてる人いなかった?」


「うわー、あったかも。……カスミあんた、ネットの炎上大好き過ぎん?

 まあ、それが叩かれるのって周りの人に迷惑かかるからなわけでさ。だからユウキたちは最近、誰もいないダンジョンで、午前三時とかに配信してるんだよね」


 ふーん、と頷きながら、だから“この子”はこんなに眠そうなのか、と合点がいった様子を見せるカスミ。


「でも、そんな方法あるんならみんなそれやりそーじゃね? 深夜のダンジョンとか魔境になってそう」


「うーん……まあ別にランク上げたい人だらけってわけでもないからなあ」


「そうなの? 激むずダンジョンに行くと数字取れるんじゃね?」


「低ランクダンジョンに入れなくなるから、まー、コラボとかしにくくなるよね。激むずダンジョンに行き続けるのって大変っぽいし。

 あとは、やっぱ自分の視聴者層次第かな……ガチ攻略とゆるふわダンジョン探索が好きな層って違うから。

 そもそも、Bランクのダイバーって全体の十二パーとかしかいないらしいよ。そういう人も、何かあったときの責任取りたくないだろうし……ランク上げに付き合ってくれる人探すのって、結構めんどいんじゃない?」


 コトネがそんな説明をしている最中――。


 画面ではローブを着た少女が、“ツールズ”を自分の目線の高さに浮かべ、欠伸混じりにコメントを読んでいる。




『――えーっと……あ、なんかすごい長文があるんだけど。

 “これ、レイド無理矢理起こしてユウキからもらったアイテムとかでワンパンする感じですか? そういうのでランク上げようとして貴女が死んだら規制とか厳しくなって迷惑です”。

 ……私は死なないから、心配しなくてだいじょうぶ』


 はあ、とため息を吐いて、


『……それと、アイテムもスキルも、私には必要ない。

 だって――』

 

 リィナは大きく伸びをした。

 それから、手のひらを前方――土煙を上げて向かってくる“なにか”に向ける。



『――私は、異世界の魔女ウィッチだから』











――――――――――――――――

2024/05/28 続きは夕方に更新します

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