新たな日常、魔女との日々。


 日常は続き、平日がやってくる。



 幼なじみがいなくなっても。

 異世界から少女リィナが来て、そして帰れなくても……。




「…………眠すぎる」


 しつこい気だるさを感じながら、俺は朝食の準備をする。



 ……頭に眠気がこびりついていた。



 その疲労感の原因は……わざわざ思い返して探るまでもない。

 単純な話、ここ最近、あまり寝ていないからだ。


 何度目かの欠伸をかみ殺していると、 

 

「ふあ……おはよ」


 タブレットを胸の前で抱えて、件の異世界少女――リィナがリビングに顔を出す。

 その目は充血し、うっすらと隈も見える。


 たぶん、俺も同じような感じだろう。

 まあ、その状態でも充分に美少女なのが俺と奴との違いだが。


「今日はずいぶん早いな」


「ううん、寝てないだけ」


 そう言って、タブレットの背面を指でさす。

 どうやら徹夜で画面に向かっていたらしかった。


 ……学校に行く必要のない奴は良いな。

 心底羨ましい。


 リィナの分の朝食を並べつつ、一体なにを見ていたのかを聞くと、


「この世界の……歴史? ってやつとか。あとダンジョンとか、配信とか」


 という答えが返ってきた。


 ……著しく心配だ。

 ネットに落ちてる妙な陰謀論に引っかかって「で、あの空に浮かんでる太陽ってニセモノなんでしょ?」とか言い出さないといいが。

 

 ともかく。


「いただきます」


 ふたりで朝食を摂る。


 もはや、それが当たり前の光景になりつつあった。



 二週間前……。

 リィナのために服やらベッド(とは言ってもエアベッドだが)やらを揃えようとした時は、申し訳ないとか恐縮とかを通りこして、

「いや、なにもお礼できないし、ここまでしてもらう謂れがないんだけど、なんで……?」

 と、もはや軽くビビっていた様子だったが。



「んまい……」


 

 今や、そんな様子は微塵もない。

 心底幸せそうな顔でパンを口に運んでいる。


 ……いや、なんなら食べ物に関しては、二週間前からすでにこんな感じだった記憶もあるな。

 

 

 大丈夫なのかそんな無警戒で、と思わなくもないが……まあ、魔女だしな。


 なにがあっても自分の強大な力でなんとかなる、的な余裕が常にあるのだ。


 もっともその気質の結果、異世界まで飛ばされてきちゃったわけだが……。


「…………なに?」


 食べる様子を見ていたら、怪訝そうに首をかしげられた。


 いや、と俺は苦笑を押し隠して訊く。


「配信って……なに見てたんだ?」


 んー、と寝不足でイマイチ頭の回らない様子だったが、


「さっき、改めてユウキの配信を見てたんだけど。デーモンみたいなのと戦ってるやつ。

 ……やっぱりすごいね。

 人がたくさん見に来てた理由が分かった。あんなに動ける人、私が見た中ではいなかったし。向こうの世界でも……」

 

 そう言いかけて、リィナはじっと俺を見つめる。

 

 ――向こうの世界でも、勇者サマくらいだった。

 続く言葉は、そんなところだろうか。


 ……いや。

 それは自惚れすぎか。

 俺より強い奴も、動きが良い奴もゴロゴロいたしな。

 

 ただ、再び俺の戦い観たことで、疑いはいよいよ強まったことだろう。


 いま目の前にいる鍋島有希こそが、勇者だったユウキナベシマではないか、と。


「……あのさ」


 リィナが俺から視線を外さず口を開く。そして、


「…………どこかに行くの?

 なんか、きっちりしてる格好……な気がするんだけど」


 ……ぜんぜん違った。

 白シャツにネクタイを締めているのが気になっていたらしい。


 というかお前、二週間目にして今初めて気付いたのか……。



「……そういえば、いつもこの時間は寝てるもんな。

 俺はこれから、学校に行かなきゃいけないんだ」


「ふうん……学校……。

 ……え、もしかしてずっとそうだったの?」


「そうだが?」


「ええ……」


 正気……? という目を向けてくる。なんでだよ。


「私たち、まだ会って少ししか経ってないんだけど。そんな人間に留守を任せていいの?

 ……警戒心、ちょっとは持ったほうが良いよ」


 もっともな台詞だったが、世界で一番コイツにだけは言われたくない台詞だった。


「幸せそうな顔でパンを三枚も食ってた奴に言われてもな……」

 

「そ、それは……だって焼いてくれるから! ユウキが勝手に出してきたよね!?」


「お前がおかわりしたそうな顔してたからだろ!」


「そんなの、全然してないんだけど!?」


 ……それにしても、この様子だと本当に俺の正体に気付いてないっぽいな。

 まあ、惚れた腫れたがある以上、その方が一つ屋根の下で暮らすのに面倒がないからいいんだが……。


***


「うっっ……目がっっ…………っ沁みる~~~……」


 徹夜明けの太陽光に顔をしかめつつ、リィナが大きく伸びをした。

 俺は鍵のスペアをキーホルダーから取り外して、彼女に渡す。


「……着いてくるのはいいけど、校内には入れないからな。

 あと、そのローブは脱いでくれないか?」


「やだ」


「やっぱり嫌なのか……」


 ……通行人からの視線が痛い。

 早朝からパチモンのハリポタコスプレをさせているバカップルか、ともすれば邪教の集会に向かう信者に見えていることだろう。


 帰ったら速攻でローブを洗濯機にぶち込み、一時封印を施すことに俺は決めた。

 この世界にいる限りはユニクロとか着ていてほしい。


「――たしか、この角を渡って……あれ? 次だったか……?」


「……なんでうろ覚えなの? あんまり学校行ってないの?」


 仕方ないだろ、いつも自分の部屋から転移してるんだから。

 とも言えず、なんとか記憶の中の道を辿っていく。


 大通りに出ると、同じ高校の学生が増えてきた。

 もう迷う必要がないのは有り難いが……一層注目が集まる。


「ねえユウキ。……すごい見られてる気がするんだけど」


「嫌ならそのローブを脱げよ」


「べつに嫌じゃないから」


 つんとすましてリィナが言う。やせ我慢している様子はない。

 まあ、魔女ウィッチたるもの、人目を引くことに慣れてはいるか。……今はその衆目耐性が恨めしい。



「ねえ。

 ……“注目を集めること”って言ってたよね」


 急になんの話だ、と一瞬思ったが、すぐに理解する。


 ……それは、二週間前。

 例の謎めいた少女が一方的に出してきた帰郷の条件だ。



「……そうだが、こういう意味じゃないと思うぞ」


「そんなの分かってる。

 ただ……どうすればいいんだろうって思っただけ。結局、この二週間であの日が一番注目されてたけど、だめだったし」

 

「ああ……」


 そう頷いて、俺は“あの日”のことを思い出す。

 たぶん、リィナも同じだろう。



 ……“ダンジョン配信で、注目を集めること”。

 

 少女が示したその指針に従い、その次の日、日曜日の朝イチから……俺とリィナは、“白夜の洞窟”へと足を運んだ。

 それは、瑠璃蜘蛛から桜彩を助け出した例のダンジョンである。

 

 “白夜の洞窟”を選んだのは、単にスタート位置に帰還ポータルがあることを知っていたからだ。


 つまり、試しに入ってみただけだ。

 そこですぐさまリィナがバズるなどと思っていたわけではなかったが――。

 

「……まさか、リィナに“ツールズ”自体が付与されないとはなあ……」


 “ツールズ”がなければ自分のステータスの確認ができず、その上“インベントリ”を開くことすらもできず……。

 そしてなにより、配信ができない。


 出たり入ったりを繰り返しても、無駄だった。

 謎の少女が「手を繋げて来いよな」とか言ってたのを思い出してそれも試してみたが、俺の視界に自分のステータスに加えてリィナのHPが表示されるだけだった。

 


 結局、俺が配信をつけて、視聴者に思い当たる原因がないかを聞いてみることにしたが……。



 まずコメントは俺が生きていることに盛り上がり、それが落ち着くと隣にいる謎のリィナは誰なんだよだの、お前の女を見に来たんじゃねーぞだの、いいから顔を見せろだの。


 インターネットの愚かしさだけがよく分かる時間が過ぎたのちに――。



――――――――


・わかんね

・ツールズがないわけないだろ

・意味不明

・いいから早くダンジョン攻略行け

・俺たちはお前の彼女に興味がないんだが……

・これなんの時間?

・登録解除します


――――――――


 などと、コメントの風当たりが強いものになってきたあたりで、配信を切ったのだった。



「あれは注目っていうか、まあ炎上に近かったな……」


 登録者は増えはしたが……配信サイトの管理ツールで確認すると、登録解除したユーザーもかなりいた様子だ。


 SNSや掲示板も批判的な論調だった。

 よく調べてはいないが、それでも『カップル系ダイバーに突如転向wwwwww』『ユウキくん、結局インフルエンサービジネスだった模様』などと煽る文言は目に入ってきたくらいだ。


 まあ、期待外れや肩透かし感に異常に厳しく、過剰に叩くのはインターネットの……ひいては大衆の常というやつだろう。


 この有様にはさすがの俺も凹んだ――というわけでもなく、これが自分でも意外なほどにノーダメージだったんだよな。


 異世界で二十年も役立たずの勇者として白い目で見られてきた経験が活きた形だ。

 そんな経験、できれば活かしたくなかった。

 今まで気付かなかったが、俺は世界でも五指に入る炎上耐性持ちなのではないだろうか。


 まあ、そんな自慢にもならない話はさておき。



「あれだけの注目度合いでも、帰らせてくれなかったってことは……」


 リィナ自身が配信しなければ意味がない――というわけではないだろう、というのが俺と彼女の結論だった。

 そもそも、ダンジョン側の存在がリィナにダンジョンのシステムを付与してくれないわけだし、まさかそこでアウトってことはないだろう。

 

 つまり、話はもっと単純で――。


「……あの程度じゃまだ足りないってことだよね」


 あのときはトレンドに入ったとはいえ、一瞬のことだ。

 その最大瞬間風速も、大人気ダイバーの同接数には敵わない上に……離脱数も多かった。


「……この世界では、四十年くらい前に“将来、誰でも十五分は世界的な有名人になれるだろう”って予言した人がいてな」


「え、うん」


「結局いま、世界はその皮肉通りになったんだが」


「おおー。

 ……それで?」


「……俺はそのをすでに使い切った可能性がある」 


「ええ……」


 主に、瑠璃蜘蛛討伐か悪魔との死闘あたりで。

 立ち回りによっては、安定して視聴数を伸ばしていく道もあったはずだが……。


 考えれば考えるほど、あの日の安直な配信は悪手だった気がしてくる。


 何気なく切った手札がまさかジョーカーだったとは。

 もっと自分の配信を分析できていれば……とも思うが。



「……ま、やっちゃったものは仕方がないか」


「……ユウキって、すごい……なんか、前向きだよね」


「そうか?」


「うん。そういうところ、私の知ってる方のユウキに似てる。

 無鉄砲とか考えなしとも言うけど」


「ギリ悪口じゃないか?」


「すごい苦労させられたし、ばかなんじゃないかってすごいムカつくときもあったけど」


「本当に悪口だったのか……」



 というか、ここまで言ってて本当に俺の正体に気付いてないのか?

 あと、お前は本当に俺のこと好きなのか?



 そんなことを若干訝しみつつ、校門でリィナに見送られて昇降口に向かったのだった。



 ……結局。

 あいつはなにがしたくて着いてきたんだ? と思いながら。


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