睡眠不足の日々から、次のステップへ。


 そのほとんどを睡眠時間に充てているため、学校の出来事について語るべきことは全くない。

 

 机に突っ伏したり、時には保健室のベッドを借りたり。

 そうこうしているうちに、あっという間に放課後になっている。



「……まさか、身近なところに視聴者がいるとは……」


 俺は欠伸をしながら、ベッドから降りてそう呟く。

 今日の午後は眠気の限界を迎え、保健室で寝ようとしたのだが……眠りに落ちる直前にやって来た、「ユウキの配信」を語る少女たちの会話を結局最後まで聞いてしまった。


 

 リィナ自身にファンがいる、と分かったのは収穫だった。


 俺が強敵戦レイドを起こすために先行している間、激面白フリートークなどのファンサをしている……とは考えにくいが、とにかく彼女が好かれているのは良い兆候だ。


 それは「ユウキと自称魔女の配信」という、いきなりの意味不明すぎる方向転換が受け入れられてきたことを意味するからである。

 


「……この勢いのまま、頑張らないとな」


 目指すは、推奨Bランク以上のダンジョンだ。

 

 可能ならとっとと高難易度ダンジョンに入っていきたいところだったが、どうにも“ツールズ”は付与されないリィナにも、ステータスとランクは設定されているらしい。


 しかも、“ツールズ”がないので自分のHPやMPをリィナ自身が確認できない――のは、まあ俺と手を繋いでダンジョンに入りパーティーを組み、俺の“ツールズ”を持ってもらうことで解決するにしても、だ。


 ……“インベントリ”を開いたり、敵の情報を見たり、配信コメントやスキルを確認・習得したりといったこともできない超絶不便仕様はどうにかならなかったのか。


 だったらもういっそのこと、HPもMPもランクも関係ない存在でいいだろ、と思うんだが……。



 まあ、どうにもならないことを愚痴っていても仕方がない。


 ともかく、高難易度ダンジョンに挑めば、否応なしに大きな注目を集めることができる。

 そうすれば、例の謎の少女がリィナを異世界に帰してくれるはずだ。

 

 ――というのが、俺たちの描いた青写真だった。



 

 そんなわけで、学校から帰った後はダンジョン探索に備えるべく一眠り……。


 ……したいところだが、当面の生活費を稼がなければならない。

 配信の収益が振り込まれるのは来月なのだ。


 というわけで、便利屋のバイトに勤しむことになる。


 のだが。

 こういうときに限って清掃ではなく、大量のゲームカセットの動作確認などの単純作業を担当させられ、ひたすら眠気と戦う地獄のような時間を過ごす羽目になったりする。



「……なあ石川、白瀧桜彩シラタキサアヤって覚えてるか?」


「は? 誰だよ」


「そうか……。

 ところで話は変わるんだが、配信者のさやちって知ってるよな」


「チッ……なんで知ってる前提なんだよ」


「そんな石川に耳寄りな情報がある。

 なんと、さやちは――白瀧桜彩なんだ」


「あ?

 白瀧桜彩はさやちじゃ……ない……だろ?」


「…………。

 ああ、そうだな」


「なんなんだよ……」


 ……世界が改変されても、俺が桜彩の正体を隠匿するために施した認識統制モダリティ・ドミネーションは有効か。


 俺には桜彩と過ごした記憶がある上に、使った力も改変によって消されていない。


 これはつまり、とんでもない改変能力を持った謎の少女の力の影響を、俺だけは受けない……ということだろうか?

 それともそちらの方が都合が良いから、敢えて“見逃された”のか……。


「……分かんねえな」


 ……考えがまとまらない。

 寝不足のせいもあるだろうが、そもそも情報が少なすぎる。

 

 

「――じゃあな」


「ああ、お疲れ」


 ぎりぎり二十二時に作業が終わり、石川と駅前で別れる。

 思えば最初は蛇蝎の如く嫌われていたような感じもあったが、今はそこそこバイト仲間として普通にコミュニケーションが取れている。

 まあ、学校で関わりがないのは相変わらずだが。


 単純接触効果というやつか、はたまた桜彩がいなくなったことで思うところがなくなったのか。



 まさか謎の少女による改変……ってことはない……よな?



***



 バイトを終えた俺が次に向かうのは、例の廃アミューズメント施設である。

 あの謎の少女に会えることを期待して――という理由もなくはないのだが、ここに来たのは単純に人目の付かない場所だからで……。

 

 

「――やっぱり、ダメか」


 ヂッ、と嫌な音を出して、描いた魔法陣の一部が破損する。


 特に落胆はない。

 この二週間、数え切れないほどの失敗を重ねているというのもあるし……もとより、成功を期待していないからだ。



 ――この世界から異世界転移を可能にする、転移魔法陣。


 おそらく、俺がこの手でそれを完成させるのは不可能か……可能であっても、膨大な月日がかかるのだろう。


 一度できたこととは言え、そもそも始点が「この世界」と「あの世界」では前提条件が全く違う。

 

 第一、俺が帰るために作り上げた転移魔法陣は、あくまで「呼出された人間が、元の世界に戻る」ためのものだ。


 その上、魔法陣の基幹を成す部分は「聖女様」に教えてもらったものを、ほとんどそのまま使っているだけというブラックボックス状態。



 しかし、だからといって諦めることはすなわち、完全にあの謎の少女頼り、ということになる。


 ……そこまで信頼はできない、というのが本音だった。



 たしかに彼女の望み通り、配信で注目を集めれば、帰してくれるのかもしれない。


 それが全くの嘘ということではないとは思う。

 だが……そこには重要な視点が抜けている。



 謎の少女が、なにをさせたいのか。

 真の目的は、一体なんなのか。



 俺が異世界に残した転移魔法陣を繋げて、リィナをこちらに呼び出した――。

 それがまさか「俺の配信を盛り上げるため」とは考えにくい。

 その先になにかあるような言い方をしていた気もするしな。



「……ま、できることをやるしかないよな」


 あれこれと考えても、結局のところ、たどり着く結論はいつもひとつだ。

 

 やれることをやっていく。

 そして、リィナを異世界に帰す。



 そのために、俺は今日もダンジョンに向かうのだった。




***




 ――そんな停滞気味の毎日を抜け出す兆しが見えたのは、その日の夜更け。



 いつものように入った、誰もいない低ランクのダンジョンで――。

 リィナのランクが、Bに上がったのである。



***

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