ダンジョンに棒きれで挑んだ男曰く。
――何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
というか理解はできたが、意味が分からなかったというべきか。
リィナは好きな人を追いかけるために、魔法陣を使った。
そしてその結果、この世界に来た。
……ここまでは分かる。
たしかに、意外な話だとは思う。
リィナは――というか
そういう特別な関係はおろか、交友関係すらも希薄だったはず。
魔王討伐の旅に同行する前……魔術学園に通っていた頃も、ひとりで飯を食っている姿や、授業で誰とも組めずにぽつんとしているのをよく見かけたものだ。
まあ、俺も似たようなものだったので積極的に声をかけたりもしたが。
後に、「魔女は政治的利用をされたりして面倒なことになるから、下手に関係作って肩入れしないようにしなきゃいけないの。だからあえて孤独を選んでるの!」とかなんとか、結構な早口で弁解された記憶がある。
本当のところはどうか知らない。
とは言え、別になにか問題ある性格でもないし、魔女でしかも美少女という目立ちすぎる属性が、人を遠ざけていたというのはいかにもありそうな話だ。
まあ、そんな彼女も年頃の少女である。
恋慕を抱く相手がいたとしても、なにもおかしいことはない。
そう、なにもおかしくはないのだが。
…………おかしい部分があるとすれば、その「好きな人」とやらが、どうにも高い確率で俺を指しているっぽいという点だ。
いやもちろん、違っている可能性も…………。
……ないか。
あるとすれば、「城の地下で転移系の魔法陣を使って消えたリィナの知り合い」とやらが、俺以外にもいることになる。
……どう考えてもあり得なさ過ぎた。
「えー……と」
そんな迂遠すぎる思考の末に俺の口から出たのは結局、
「……なぜ?」
という、あまりに間抜けな一言だった。
「な、なぜって、なに……?」
「ー……」
頬を羞恥に染めた彼女にそう聞き返されて――つまりなにを訊き出したいんだ俺は、と自分を引っ叩きたくなる。
――なぜ、俺のことが好きなのか。
まさか、そんなことを訊くつもりなのか?
………………正気か?
いやそりゃ気になるけども。
リィナもまさか本人を目の前にしているとも思ってないだろうに、そんなこと訊き出そうとするなよ。なんか可哀想だろ。
というか……。
「その“好き”って……別に恋愛的な意味、じゃないよな?」
まだ、その可能性が…………ないんだよな。
リィナの今の表情や仕草を見れば、“そういう意味じゃない”わけがないことくらいさすがに分かる。
まさに愚問だ。
案の定、リィナから返ってきたのは、
「そ、そういう意味の好きだったら、悪いの?」
という答えだった。
もはや恥をかきすぎて開き直っていたし、なんなら目が据わっていた。
「……ねえ、なにか悪いんですか? なんで、そんなこと、訊くんですか?」
続けて敬語で詰めてきた。
開き直りの最終形態である。
「いや、悪いことは……ないが」
人を好きになるのに理由はいらない――とはよく使われる言葉だし、実際その通りなんだろう。
人はなんとなく人を好きになり、勘で恋人関係を維持するものだ。
それでも――。
俺はいつまでも魔王を倒せなかった勇者で、リィナとの年の差は二十歳近くあって――彼女は知らなかったにせよ、異世界から来た人間だ。
対してリィナは、魔王討伐の旅を二年で終わらせた世界有数の魔女で。
強力無比、才色兼備の十七歳――。
ほとんど俺の真逆だ。
……一体どんな“いろいろ”があれば、俺なんかを好きになるんだ?
疑問は尽きなかったが、これ以上しつこく訊き出そうとするとパンケーキで築き上げた信頼関係が崩壊しそうな予感がする。
一旦、置いておこう。
「……それで、これからどうする?」
その質問はつまり、“この世界に慣れるために、まずなにがしたい?”という意味だったのだが――。
「私を、ダンジョンに連れて行ってほしい」
リィナは、迷うことなく言った。
「そこに行けば、たぶん帰れる……と思うから」
「……それは……」
無理だ、という言葉が俺の喉から出かかったのには、理由がある。
俺は、異世界転移がなんなのかをある程度理屈として知っている。
通常の転移術などとと違い、対を成す魔法陣で繋がっているという類いのものではないのだ。
ゆえに、リィナが現れた例の紋様を起動すれば帰れるというわけでもない。
……と思ったが、あのとき俺が魔力を吸われたことを考えると、そうとも言い切れないかも知れない。
両者に何らかの理由でつながりがあるのだとすれば……なんとかなる可能性はあるか。
そう思い直したものの……結局俺は、「やめておいたほうがいい」と首を横に振った。
「どうして」
不服そうなリィナに、俺は心の底から忠告する。
「あのダンジョンに挑むなら……ちゃんと準備しておいたほうがいいからだ」
「ふうん……。
でも私、こう見えてけっこう強いんだけど」
リィナが少し胸を張って言う。
もちろんそれは知っている。
「それにほら、なんと言っても魔法も使えるし」
いやそれもよく知ってるが……。
連日あのダンジョンに行きたくないんだよな……というのも本音だが、なんと言ってもリィナはまだ魔力的にも万全ではないし、俺も“魔力流出”の影響が残っていて本調子ではない。
それに、物理攻撃の手段は必須である。
あのドロップ率のダンジョンに潜るなら、あらかじめ他のダンジョンで武器を入手していきたいところだ。
……少なくとも、【石斧】とかいう棒きれだけで行くのはオススメしない。
まあもっとも、リィナに近接戦闘ができるかどうかは怪しいが……。
「……なんか、すごく疑われてる気がする」
「いやそうじゃない……そうじゃないんだが……」
「街一つくらいなら吹き飛ばせたりするけど?」
なんなんだよその中学生みたいなイキリ方は。
事実なのは分かってるが。
「いや実力を疑うわけじゃないが……絶対に準備したほうが良くてだな……」
俺はあのダンジョンがどれくらいヤバいか、それをこのダンジョンエアプ異世界少女にどうやって伝えようかと宙空に視線を彷徨わせて。
「あ」
と、思い至った。
……そういえば、ある。
あのダンジョンの様子を伝える、まさしく一目瞭然な方法が。
俺は立ち上がって、ローテーブルに置いてあったタブレットを手に取った。
ブラウザを立ち上げて、配信サイトのダッシュボードにアクセスする。
「え。
なに、この光る板」
異世界人としてかなりベタなリアクションを取るリィナに、俺はタブレットを手渡した。
「ここに、俺が最奥に至るまでの記録がある。
準備が必要か……俺が大げさに心配してるかどうかは、その目で確かめてみてくれ」
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