そして、現在へ。


 ――かくして時間は、より一層混沌さを増した現在いまへと追いついていく。



「は? ネットで俺が死んだことになってる?

 あ、そう……」

 

 妹のチハルの声を音としては聞きながらも、俺の頭の中は取り留めのない思考で埋め尽くされていた。

 

 どういうわけかダンジョンから現れた異世界の少女、リィナ。

 ――そして彼女と入れ替わるように消えてしまった、幼なじみの桜彩。

 

 一体、なにがどうなっているのか。

 ……現状はまさにカオスの一言だ。いくらなんでも色々起きすぎだろ、と文句を言いたくなる。


 とはいえ、後者――桜彩の消失に関しては、本人とのメッセージや、チハルとのやり取りで、大枠のところは見えてきたところだった。



 約半年前――つまり、去年の夏頃。

 桜彩は自身の家族や、チハルを含む俺の家族とともに海外に引っ越した。

 しかし俺だけが日本に残りたいと主張し、今なおひとりでこのマンションに住んでいる……。

 

 ――これが、桜彩とチハルの認識だった。



 昨日まで、確かに桜彩は日本にいて、俺と同じ屋根の下で暮らしていた――。

 そんな俺の記憶のほうが、間違っているとでも言うように。

 

『――まさかユウ兄が瑠璃蜘蛛の人だったなんてねえ……。

 ってか、サヤ姉もすごくない!? めっちゃ登録者いてビビるんだけど!」


「そうだな、すごいよな」


『……ねえ、聞いてる? さっきから返事が適当じゃない?』


 間違っているのは、世界か自分か。

 なにが起きて、どうなっているのか。


 その辺りのことは、もちろん気にはなる。


 ……なるんだが。

 今のところそこらへんを考えている余裕がないし、あれこれと考えて分かることだとも思えない……というのが、俺の出した結論だった。


 まあ、なんにせよ。

 桜彩自身は向こうでそれなりに元気にやっていそうなので、そっちはとりあえずいいとして……。



「――きゅ、急にこうなったの。

 私は壊してない……と、思う、けど……たぶん……」


 今、なにかやるべき事があるとすれば、どう考えてもこっちの異世界少女のほうなんだよな。


 リィナの手からタブレットを受け取って電源に接続すると、残量僅少のアニメーションが表示される。


 あー…………。

 とりあえず、『ユウ兄、女の人連れ込んでるの!?』と騒ぐチハルのメッセージに対しては……。

 えー…………。


「いいか、どうでも……」


 いろいろと考えた末に面倒になり、とりあえず無視で、と通知を切っておくことにした。

 ……よし、これでまたひとつ問題が解決したな。

 残るは……。



「……ねえ、体調悪いの? 大丈夫?」


 その声で我に返ると、電源のついていないタブレットをつついていたリィナが俺の顔を覗き込んできていた。

 こちらを伺う目には、訝しげというよりは心配そうな色がある。


「さっきもなんか、ずっと大きめの声で独り言も言ってたみたいだし……。

 熱があるとか?

 私、治癒魔法使えるけど…………この世界の人に効くのかな……」

 

 なんかいろいろ誤解されていた。

 あれは独り言ではなく通話というやつで……まあいいか。


「それで、アーカイブ……えー、動画…………映像……動く記録はどうだった?」


 リィナからタブレットを取り上げ、電源を入れてやりながらそう尋ねると、


「すごかった!」


 という元気いっぱいな小学生のような感想が返ってきた。それから、


「それと、今さらだけど……ユウキって名前なの?」


 と、俺に視線を向けてくる。

 

 なんで知ってるんだ、と一瞬驚いたが、流れてくるコメントを読めば当然分かることだった。


 これは……さすがにバレたか?


 リィナとは二年も同じ旅路を辿り、数え切れないほどの戦いを共にしてきた仲だ。

 ……戦闘中の細かい癖や仕草を見れば、勘づくこともあるかもしれない。

 

 同じ名前で、見覚えのある動きで、しかも顔に面影がある……。

 むしろ、これで同一人物だと気付くなというほうが無理だろう。

 

 

 俺は覚悟を決めて次の言葉を待った。

 ……のだが。


「すごい、なんか……偶然だね。

 私の探してる人も同じ名前だから……」

 

 などとリィナは言って、恥ずかしそうに視線を逸らしたりしている。


 …………なんか、どうやら無理じゃなかったようだ。

 


 いやまあ、これに関してはリィナが極度の鈍感というより……やはり、俺と「勇者」の年齢が全く違うせいだろう。


 リィナ自身がそうなったわけでもないのに、まさか転移した先で若返っているとは思うまい。

 他人の運命的な空似、という結論を出したとしてもおかしくはなかった。


 ……というか、聞きたいのはそうじゃなくて。

 

「……やっぱり、あのダンジョンに行くなら準備したほうが良いと思ったんじゃないか?」


 うーん、と考え込むリィナ。


「途中までしか見れなかったけど……確かに、危険度が高いダンジョンだなって思った」


「おお……だよな」


 良かった、分かってくれて。

 これで「でも私ならあんな風に苦戦しないと思うけど。魔法も使えるし」とか言われたら打つ手がなくなるところだった。


「だから、今から行こうと思う」


 急に打つ手がなくなった。


 嘘だろ?

 一体どういうことなんだ。


「なんでだよ……好きな人が云々の話は忘れてやるから!」


「べ、別に恥ずかしいからすぐに帰りたいわけじゃない!」


「……だったら、どうしてそんなすぐに帰ろうとするんだ」


「だって昨日、あれだけの数の魔物を倒してるなら……数が減ってる今こそ行かないと。

 それに私、広い空間での戦闘は得意。相性がいい。たぶんいけると思う。

 ……以上、分かった? 恥ずかしいわけじゃないから」


 恥ずかしいわけじゃないは嘘過ぎると思ったが……まあ、一理ありそうな、なさそうな。


 あれだけ何もかもがゲーム的なダンジョンなのだ。

 俺が倒した分、モンスターの数が減ってるってことはない……気はする。


 だが、リィナとあの森林そのもののフィールドの相性は良いのは確かだ。

 多勢に無勢という状況にはめっぽう強い。

 一匹一匹を相手にしていた俺よりは、きっと楽にいけるだろう。


「…………」


 俺は、なにか言葉を探している。

 それでも――。


「……ダンジョンに、連れて行って欲しい」


 真剣な顔でリィナが言った。

 それはなにものにも揺るがない、強い意志を感じる目だった。


 だから。



「……分かった」



 俺は、頷くしかなかった。





――――――

次回更新は2024/05/14の夕方です

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