魔女が降りる。


 ――ダンジョン最深部の、巨大な壁……。



 そこに刻まれた魔法陣らしき模様は、俺が触れた瞬間、さらに明るく発光し、そして――。


「ぐっ……!?」


 身体から魔力が急速に奪われる感覚に、思わず飛び退く。


 ……なんだ、これは。

 ここに入る時や“白夜の洞窟”に転送されたときにはなかった感覚だ。

 


 やはりこれは、ただの帰還ポータルじゃない……のか?


 

 というか、だ。

 こんな風に魔力を消費させられる仕組みがあるということは、ダンジョンと異世界はなにか関係があるのか――。

 

 様々な疑問が浮かぶ最中にも、魔法陣の発光は収まる気配がない。

 

 ……時間にして、三十秒ほどが経っただろうか。

 

 突如として、音が鳴り始めた。

 

 

 古いドアの蝶番がきしむような音。

 ドアが開いて、勢いよくバタンと閉まるような……。

 そんな音が繰り返し、森全体から鳴り始まる。

 

 ギィ……バタン!

 

 ギィィ……バタン!

 

「――――」


 俺は“インベントリ”から一度仕舞った刀を呼び出し、何が起きても良いように構える。

 

 やがて、拍手のように鳴り響いていた音がまばらになり、一際近くで蝶番の悲鳴が聞こえた――気がする。

 

 

 ……それは、突如として起きた。


「なんだ……?」


 まばゆさに思わず目を細めながらも、俺はそこから目が離せない。

 ……目の前の壁に刻まれた魔法陣の光の中から、なにかが出てくる。

 

 それは――。

 

「人、間……?」

 

 ――それは、女の子だった。

 

 

 小柄な体格は黒いローブに包まれている。

 短めに手入れされた黒髪が魔法陣の起動光に照らされ、わずかに風を受けてはためいていた。



 全身の出現とともに地面に倒れ込みそうになったところを、すんでの所で抱きかかえる形で支えて。

 

 俺は――その顔を見た。

 


「なんで……」


 想像だにしない事態に唖然としながら、俺は彼女を支えたまま呟く。

 

 ――その子のことを、俺は知っていた。

 

 

 勇者一行として、魔王討伐まで俺と旅をした少女。



 

 魔女ウィッチの、リィナだった。




***


「ただいま……」


 玄関のドアを開ける。

 我ながら、その声はかなり疲れていた。


 ……時刻は、午前一時を回ろうとしている。



 あのあと――つまり、少女出現後。

 用済みとばかりにすぐに現実世界に戻された俺は、例の廃アミューズメント施設から徒歩で帰路につくことになったのだった。

 

 ……眠ったままの女の子を背負い、さらに彼女から拝借したローブを羽織った俺の姿は、さぞや珍妙だったことだろうな。


「桜彩は……まあ、もう寝てるか」


 ほっと息を吐く。

 連れて帰ってきた少女のことをどう説明するか――とりあえず、その辺りのことは先延ばしにできそうだ。


 なるべく足音を立てずに自室に向かい、ベッドに彼女を横たわらせる。


「リィナ……だよな?」


 ……その容姿は、疑いようがなく俺の知るリィナそのものだ。


 ただし、その黒髪は最後に会った時よりは伸びている……気がする。

 少し大人っぽくなった、という印象はそのせいか、それとも……。


「やっぱり別人――ってことはないか」


 首元からさげられている、細工の行き届いたネックレス。

 その中心には、深緑の宝石が鎮座している。見覚えのある魔術装備だ。


 だとすると彼女は本当に、異世界からダンジョンへ召喚されたということになるが…………。


「…………」


 一体、なにがどうなってこうなったのか。


 途方に暮れつつ、異世界から突如として現れたリィナの寝顔を無意味に眺めてみるが……さっぱり分からないうえに、もうこれ以上訳の分からないことを考える気力がない。

 思考力がエンストしているような感覚。



「……まあ、とりあえず寝てから考えるか」


 こうして、俺はリビングのソファに倒れ込むように横になったのだった。



 激動だった一日が、終わる。

 




 

 ……おそらくは、このときすでに起きていた異常事態――。

 それに気付くこともなく。


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