異世界から来た女の子のために必要なもの。
いろいろと考えなくては、などと思いつつも、一日を寝潰すことも視野に入れていたが、実際に目が覚めたのは午前七時過ぎだった。
一瞬、自分がなぜローブを掛けてソファで寝ているのか――眠気の残る頭で疑問に思った後に、昨日の一連の出来事と、リィナの存在に思い至る。
「……まだ寝てるみたいだな」
あのリィナのことだ。
目が覚めていればとりあえず何かしらの魔術を使って身の安全を図るだろうが、特にそういった形跡はない。
俺は二度寝を真剣に検討しつつ、リィナから借りたローブの材質を指で確かめ、果たして洗濯機でいけるか? などとぼんやり悩む。
……平和だ。
昨夜の死闘が嘘のような、穏やかな休日。
……とは言っても、その静けさはリィナが目を覚ますまでの仮初めなわけだが。
「まずはこの世界のことをざっと説明……いや、それより直近のことを話したほうがいいか……」
異世界転移経験者として、「最初にあったら良かったものリスト」を脳内で作成していく。
幸い、この世界は情報を得る手段には事欠かない。
転移直後の俺と同じく、言葉の読み書きに問題がないなら、スマホかタブレットを渡して置けばあらかた問題はないだろう。
本も、こっちの世界は手が出せないほど高価なものじゃないしな。
……こうして見ると、この世界は初めての転移先にはオススメの世界と言えるかもしれん。
向こうの世界なんてまあ……つくづく酷いものだったな……。
勇者よ、我々が国を挙げてサポートする――みたいなことを初っぱなに言われてはいたものの、蓋を開けてみれば、という感じだった。
城下町から一歩外に出れば普通にスリとかに遭うし、書籍はバカ高いし、勝手に人を呼び出してくれやがった“賢者たち”は結局何も教えてくれないし、魔術も剣術も学問も、何かの知識を一つ得るためにめちゃくちゃな苦労をしなきゃいけなかったし…………。
まあ、過ぎたことの愚痴はともかくとして、だ。
今、俺がリィナに用意すべきなのは……。
「飲み物、食べ物……それから着替えだな」
そんな当たり前の結論に行き着いて、俺はソファから起き上がった。
なにかを見落とし続けているような……そんな奇妙な違和感を覚えながら。
***
駅前の商業施設やスーパーなどはまだ開いていない時間帯だが、現代日本はコンビニさえあれば大抵の物は揃う。
用意する朝食は、比較的向こうの世界のどの地方でも出てくる事が多かったパンケーキを作ることにした。
リィナが慣れ親しんだ食事、かつ温かいものの方が良いだろうという判断だ。
ついでに果物と、消化に良さそうなレトルトの粥も用意する。
俺が転移したときは、行きも帰りも体調不良にはならなかったが……まあ、一応な。なにがあるか分からないし。
それから、下着などもコンビニで揃えておく。
そのほかの着替えに関しては……ひとまず新品である必要はないというのもあるが、そもそも手持ちの金が尽きてしまったので断念した。
まあ、あとは桜彩に頼ればいいだろう。
ということで、
「……やっぱり、桜彩には先に話しておくか」
ため息が出る。
気が進まない……というより、何をどう話せばいいのか分からないからだ。
実は俺、半年前に異世界に召喚されて勇者にさせられて、ついこのあいだ二十年ぶりに帰ってきたんだが、そのときの知り合いがダンジョンから出てきたから連れてきたんだ。これからよろしくな!
……とでも言えばいいのだろうか。
無理だ。
情報量の多さに目を回すか、ダンジョンでの死闘で頭がおかしくなっちゃったのかな? と思われるに決まっていた。
となると……ダンジョンの奥から謎の女の子が出てきて、放っておけずに連れて帰ってきた……で留めるのがベストだろうか。
その場合、リィナには初対面のふりをしてもらう必要があるが……。
「……面倒くさいな……」
ズルい力は使わない……なんてストイックになるつもりは全くないが。
せめて、近しい人間に対しては好き放題に魔術を使ったりしないというのが、当然の倫理、誠意、力の責任というものではないだろうか。
「……まあ、なるようになるだろ」
そんな風に呟いて、俺は問題を先送りにすることにした。
リィナは、まだ目を覚まさない。
つい先ほど、様子を見に部屋に入ったが……なにかの外傷や異常で眠り続けているわけではなく、ほぼ間違いなく魔力不足に見舞われた事が原因だろう。
あのとき――突然発動した魔法陣もどきに魔力を吸われた感覚があったが、それは明らかに異世界転移を成せるほどの量ではなかった。
仕組みは分からないものの、巨大な壁に描かれていたのが俺の知っている転移術と同じようなものだとすれば……その不足分は、リィナが支払ったに違いない。
「落ち着いたら、向こうで何があったのかも聞かないとな……」
ともかく、昨晩よりは魔力も戻ってきているようだし、もうじき目を覚ますはずだ。そのあたりの心配は要らないだろう。
となれば、だ。
しばらくは、この静かな休日を享受するのも悪くはないかもしれない。
俺はそんな現実逃避の誘惑に負けて。
欠伸をしながら、ソファに腰を落ち着かせようとして――。
動きを止めた。
「……いや、静かすぎないか?」
昨夜から感じていた違和感の正体が、ようやく言葉になって口から漏れ出る。
そうだ、と俺は自分の呟きに同意する。
熱、音――気配。
なにかが足りない、気がする。
時刻はいつの間にか、午前八時を過ぎようとしていた。
……幼なじみは、まだ起きてこない。
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