何かを得るためには。
「――“
ヤツの用心深い性質は厄介だが――そのおかげで俺は足を止めて思考し、こうして魔術を練り上げることができる。
橙色の光。
俺の目の前で生成されるその火の魔術は「火球」よりも荒々しく、巨大で――花弁のような輪郭が生まれては消え、まさに火花のような造形を取り始める。
……まあ、形が不安定なのは俺の制御が下手というのも十二分にあるが。
「――さすがに動くか」
危険を察知したのか、ポータルの前という定位置から離れて蜘蛛が距離を縮めてくる。
俺は後ろに跳ぶのと同時に、術を放った。
「脱毛しとけ!」
異臭と共に、蜘蛛から苦しげな低音が鳴り響く。
生きながら焼かれるものの叫びだ。
だが、やはり絶命させるには至らない。
本来広がるはずの火が、その身全体を包む前に不自然に消えたのは、まさに“魔力耐性”とやらの効果だろう。
もう少し練ればあるいは一撃で――とも思うが、それを許すほど甘くはないか。
結局のところ。
リスクの先にしか、確実な勝利はないのだ。
「“
自分に掛かる重力を少し操作し、俺は瑠璃蜘蛛の上方に跳び上がる。
延焼による感覚器の損傷かつ、想定外の動き――これを感知するのは相当に困難なはずだ。
空中で“インベントリ”から俺の持つ唯一の武器――【石斧】を呼び出し、魔力を込める。
それは“強化魔術”とは到底呼べぬほど荒々しく、原始的で――どんな
戦いの中の静止した一瞬の中で、俺は【石斧】の物体としての境界が歪んでいくのを見る。
握りしめた柄でさえ、今や安全を意味しない。
自分自身の行き過ぎた強化で身体が蝕まれ、HPが削れる
落下の衝撃に耐えきれず、HPがゼロになる
蜘蛛の絶命に届かず、確実な反撃を喰らう
あまりに分の悪い賭けだ。
泥臭く、全くもってスマートからは程遠い。
だが。
たとえダンジョンのルールが、俺の意識を刈り取ったとしても――。
この一撃は、絶対に届く。
――立ち止まる者は、何も得ることができない!
「――――ッ」
網膜を灼く
どん、と音が鳴った。
俺の世界を揺るがすほどの、大きな衝撃。
石斧だったものが発する、青白い
――脳天を、裂いた。
「“
瑠璃蜘蛛への着地と同時に――。
出来た裂け目に掌を押しつけ、魔術の生成と行使を何度も繰り返す。
その度、衝撃に俺の肢体が乗る蜘蛛の身体が揺れる。緑色の血が噴き出し、俺の腕や頬を汚していく。
咆哮。
振動。
振り落とされぬよう、俺は奥歯を食いしばる。
藻掻く脚がやがて動かなくなるが、それでも“魔弾”を撃ち込み続けた。
――やがて。
武器の損耗エフェクトと同じ青白い光が瑠璃蜘蛛の身体を覆い――質量を失って、無へと還る。
――その段になってようやく。
俺は視界の端に映るテキストに、気が付いた。
【“瑠璃蜘蛛”を討伐しました】
「――――」
じんじんと、手のひらが鳴っているような感覚。
その緑の血で汚れた手指を見つめながら、ゆっくりと手を握り、また開き――アドレナリンが引いていくのを感じる。
大きく息を吐いて、汚れてない方の腕で口元を拭う。
それから振り返って、俺は戦いを見守っていた少女を呼んだ。
「――桜彩。帰ろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます