不審な依頼。
社員の運転で、指定された現場へと向かう。
車を走らせること十五分。
着いたのは、高架下近くの寂れた施設だった。
駐車場は広く、わりと大きな建物だ。
表の看板には「アミューズメントパーク」や「カラオケ ボウリング」というネオン管で作られた文字が飾られているが、これだけ暗くなっても点灯する気配はない。
荒れ具合から見ても、長いこと営業されていないのは一目瞭然だった。
「ここで合ってる……はずなんだけど」
長らく乗られた形跡のない車の脇に駐車して、社員は首を傾げて周りを見ている。
俺も車のヘッドライトを頼りに周りを見てみるが……やはり、“依頼人”らしき人影はどこにも見当たらない。
となると、依頼自体がイタズラかなにかだった……ということだろうか?
「うーん。ごめん、ちょっと社長に確認する」
どうやら同じことを思っていたらしい社員が、「やれやれ」と言いたげに首を振って社用スマホを取り出す。
「お疲れ様です。
あの、着いたんですけど誰もいなくて――」
しかし。
苦笑交じりに状況を説明する社員の様子は――だんだんと困惑へと変わっていった。
「……え? 本当……ですか?
あれ、でもウチはそういうの受けないって……。
え、はい……はい」
終始不審げにそう相づちをうちながら、社員は通話を切る。
……なんだ?
「どうかしたんですか」
「あ……ああ、いや。
……あのさ、鍋島くん。ダンジョンって行ったことある?」
「…………は?」
ダンジョン?
…………なぜ今、ダンジョンという単語が出てくるんだ?
「……どういうことですか?」
「いや、僕だって分かんないけどさ……。
社長が、『鍋島をダンジョンに行かせろ、それが依頼だ』っていう一点張りで」
「…………」
……どうにもきな臭いな。
そもそも、入って一週間の新人バイトを指名という時点で「何かあるんじゃないか」とは思っていたが。
……なにか、警戒すべきことが起きているような気がする。
「とにかく、ここにダンジョンがあるってことですか?」
「うん、そうみたいだね……」
社員からもっと情報を“聞き出し”たいが、この様子だと何も知らないだろう。
……仕方ない。
「……分かりました。
とりあえず、行ってみます」
そう請け負って、俺は車から降りた。
……どうにも胡散臭いが。
経験上、こういう違和感は放置すると後々面倒なことになるからな。
せめて自分が今、どういう状況にあるのかは知るべきだ。
「さて、と」
車が走り去ってしまうと、暗闇の中にたたずむ建物が圧迫感を増した。
念のため強化系魔術をいくつか自分に付与し、“暗視”を起動して周囲の様子を伺う。
……特におかしなものはなさそうだ。
ダンジョンの入り口があるとすれば、この建物の中だろう。
「――ふう」
ひとつ、息を吐く。
ガラス扉の取っ手を引き、足を踏み入れた。
まず、循環をやめた空気特有の臭いが鼻につく。
姿勢を低くし、注意深く見回すが……中に生体反応はない。
……というか、なさ過ぎる。
ねずみ一匹、虫一匹いない――が、それはもしかするとダンジョンの入り口があるせいかもしれない。思い返せば、“白夜の洞窟”でもそうだった気もする。
受付カウンターを通り、ボーリングやダーツが遊べたと思わしき場所を尻目に歩を進めていく。
……こういう場所は不健全な少年少女やホームレスに使われそうなものだが、肝試しに使われた形跡すらない。
少なくとも、ダンジョンの入り口ができる前にはそういう使われ方をされていてもおかしくないと思うが……。
「……これか」
淡い光を頼りに足を進めていくと、ゲームセンター跡地のような空間に、その紋様は刻まれていた。
魔法陣によく似た装飾を施された、光る円。
ダンジョンの入り口だ。
「……誰もいないな」
“依頼人”とやらがいるとすればこの場所か、そうでなければダンジョンの内部ということになるが……もちろん、のこのこと
一度行ったとはいえ、ダンジョンは俺にとってまだまだ未知の場所だ。
こんな胡散臭い状況で迷いなく飛び込めるほど豪胆じゃないし、そういう無謀さによって痛い目を見ずに生きてきたわけでもない。
老いるとは座すことである、とは向こうの世界の偉人の言葉だったか。
まあひとまず、罠がしかけてあったり、犯罪に巻き込まれたり、待ち伏せに遭って身ぐるみを剥がされなくてよかった。
建物から出た俺は、ナビアプリを開いて現在地を確認した。
目的地を打ち込むと、経路が返ってくる。
「よし、行くか」
次にやるべきことは決まっていた。
この状況を仕向けた張本人――ミラクルワークスの社長に話を聞きに行くのだ。
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