不自然な答えと、巡る問答。


 駅から徒歩二十分。

 古い雑居ビルの一室に、ミラクルワークスは居を構えている。


 俺はカビの生えたエレベーターに乗り、降りた先でノックもせずにドアノブを捻った。


「な、なんだ――」


 素早く小さなオフィスの中に視線を配り、驚いたような表情を浮かべて座る三十代の男性ひとりしかいないことを確かめてから、


「“質問に答えろ”。

 “条件提示――嘘を吐くことを禁じる。知っていることはすべて話せ”」


 ――指を鳴らした。

 

 目の力が抜け、表情を弛緩させる男に、俺は歩み寄る。


 まずは、魔術がうまく効いているかどうかのテストをするのがセオリーだ。

 もちろん、魔力を知覚しないこの世界の人々に抵抗する術があるとも思えないが。


「やめ……やめて、ください……」


 熱に浮かされたように首をゆるゆると振る男の頭を抑え、机の上のカッターをその眼球の前に突き出す。


「“質問する”。

 あなたは、ミラクルワークスという会社の社長か?

 ただし、答えが社長かそれに属する人間である場合、俺はあなたの目をえぐる」


「……あ……ああ……。

 ……そう、そうだ…………う……許してください……」


 両眼から涙を流しながら男が答える。


 表情こそそれほど歪みはしないものの、答えたことで目を失う恐怖で一杯になっているのだろう。

 だが、そうと分かっていても正直に答えるしかなかったのだ。


 社長は嘘を吐けない――そのことを確認した俺は、カッターの刃を仕舞って元の場所に戻した。



 壁に掛かったアナログ時計を見る。時刻は二十時過ぎ。

 魔術の効果は十五分ほどだ。あまり質問を精査している時間はない。


「“質問する”。鍋島有希をダンジョンに行かせる依頼を請けたというのは、事実か?」


「……事実ではない。依頼人は、いない……最初から……。

 私が、ウチムラにそう言っただけだ……」


 ウチムラというのは社員のことだろう。


 ……やっぱそうか。

 それが確定したとなると、気になるのはその理由だ。


「“質問する”。なぜだ?」


「……そうすべきだからだ……」


 そうすべき?


「……“質問する”。なぜダンジョンに行かせるべきだと思った?」

 

「……そうすべきだからだ……」


 …………。


「……ええと……“質問する”。

 あー……どうして鍋島有希がダンジョンに行かなければいけないのか、そう思った理由を詳しく答えろ」


「そう……すべきだからだ……」


 …………くっそ、マジかよ?


 原因は分からないが、心の底からそうだと強く信じ込んでいる人間の反応だ。

 こちらから、ひとつひとつ探っていくしかないか。

 

 一番あり得そうな要因は――。


「“質問する”。瑠璃蜘蛛ルリグモを討伐した人物が鍋島有希だと知っていたか?」


「いいや……。

 …………知らない……」


「はあ? じゃあなんでだよ……!」


 わりと確信のあった問いを空振り、思わず宙を仰いでしまう。


 だが、そんなことをしている暇はない。

 “強制”状態で社長の応答速度が低下しているせいで、残り時間は十分を切っているのだ。


「“質問する”。

 鍋島有希が魔術を使えることを知っていたか?」


「……知らない……」


「これでもないのかよ……。

 あー…………あ、そうだ。

 “質問する”。鍋島有希について知っていることを全て答えろ」


「一週間前に……うちで雇ったバイトで……普通の子だと、ウチムラが言っているのを……聞いた……。……時給は――」


 たっぷりと時間をかけて出てきた情報は、すべて経営者視点のものだった。


 まあそれはそうか、面接以降会ってないしな――とは思うが、それでは困る。

 なぜ俺をダンジョンに行かせる“べき”なのかが、一向に分からない。


「鍋島という名字の由来は佐賀藩の鍋島家だと昔聞いたことがある」とかいう雑学を披露しはじめたあたりで、俺は踵を返した。


 そろそろ魔術が切れる時間だ。

 日に何度も行使するのは廃人にしてしまうリスクがあるし、もうこれ以上クリティカルな質問も思い浮かばない。


「……なんなんだ、一体」

 

 こちらの世界に戻ってきて初めて、俺はもどかしい苛立ちを感じていた。


 ……得られた情報はあまりに少ない。

 分かったことはひとつだけだ。


 この社長は俺という人間のことをほぼ知らないのに、なぜかダンジョンに行かせたがっている。


 ほとんど無条件に、なぜか心の底から――。


 

 そこまで考えたそのとき、俺は「まさか」と立ち止まった。

 

 

 無条件に、心の底から「鍋島有希をダンジョンに行かせるべきだ」と――。

 

 そうであるなら、あの不自然な受け答えにも納得がいく。


「っ!

 だとすれば、どこかに魔術の痕跡が……!」


 俺は引き返して、まだ虚ろな目をしている社長に“探知”をかける。

 結果はすぐに返ってきた。


「…………シロか」


 ひとまず直近に俺以外の魔力反応はなかった。


 だが、まだ安心はできない。


 三日前、一週間前、数週間前……と、膨大な魔力量を使って“探知”の感度を上げていくが――。

 ……やはり、自分以外の魔術や魔力の痕跡はまったくなかった。


「…………はあぁ」


 大きく息を吐く。


 俺以外の魔術を使える者の仕業とすれば、この状況の危険性は格段に上がるところだった。


 ……だが、その可能性はない。


 魔術や魔力痕跡のならばともかく、は不可能だ。

 そうである以上、“探知”の結果は疑いようのないものである。


 やはりこの社長は、本当に心の底から「ダンジョンに行くべき」だと思っているらしい。

 

「……いやだから、なんでなんだよ」


 最も憂慮すべき可能性が杞憂に終わったのは良かったが……それにしても、どうにも訳の分からないことになってしまった。


 なにかに巻き込まれつつあるという感覚が、チリチリと俺の後頭部あたりを刺激する。



 あの世界にいたころなら――。

 勇者一行の仲間だった魔女ウィッチのリィナあたりが力押ししようとする俺に呆れつつ、陰謀にはそれなりの答えと対策を出してくれたものだが。


「……まあ、いないものはしかたない」


 この世界へ帰る直前に見た彼女の唖然とした表情を思い返してから、俺はその像を消し去るように頭を振った。

 、リィナは各地を飛び回って“その後の世界”の平定に努めているだろうか。


 

 まあ、それはともかく。


 俺に、安楽椅子に座って全てを見通すような能力はない。


 ……いや、たとえあったとしても――何かを確実に得るためには結局、しかないのだ。



 だから。



「――行くか、ダンジョンに」


 俺はそう呟いて。

 緊張感に似た昂ぶった感情を吐き出すように、大きく息を吐いた。


 

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