簒奪者。


 翌日の放課後。


 桜彩に軽く「ダンジョンについて」をレクチャーしてもらった後、俺はさっそく例の元アミューズメント施設のダンジョンへとやってきていた。


「……早まったか?」


 青白い円ポータルを前に、改めて逡巡する。


 ……本当なら、何が待ち受けているのか分からないこのダンジョンに挑む前に、“白夜の洞窟”でリハーサルしておくべきだったかもしれない。

 というか、俺のような素人は絶対にそうすべきだろう。


 だが社長のあの常軌を逸した執着の度合いを考えると、あまり準備に時間をかけられなかったのも事実だ。

 あの様子だと、まさかダンジョンに行かせたいあまり、危害を加えてくることはないだろう……とも言い切れないしな。


「……ま、なんとかなるか」


 楽観的――というより、勇者をやらされていた過程で身についた諦念が背中を押した。

 俺は先ほど聞いた桜彩のアドバイスを脳裏に浮かべながら、ダンジョンの入り口を踏んだのだった。


***


「――ええと……まずすべきは……。

 周囲の状況と、“ツールズ”の確認かな……です」


「それって、あれだよな。

 ダンジョンに入った時に出てくる、推奨ランクとか、現在の挑戦人数とか?」


「そうです、それです。

 基本的なことですけど、やっぱりいちおう見ておいたほうがいいと思います……!」


***


「ここは…………森か」


 瞬きほどの間に、景色は一変していた。

 

 目に映るのは、鬱蒼と茂る木々に囲まれた空間だ。


 ただし、森林と聞いて想像するような鳥の鳴き声などはなく、葉の擦れる音などがときおり聞こえるだけだった。


 ……不気味だ。

 残念ながら俺の経験上、静かな森では碌なことが起きない。



 足元には、俺をここまで運んできた紋様がある。

 青白い光は失われていて、その原理は分からずとも起動状態にないのは一目瞭然だった。

 試しに魔力を注ぎ込んでみるが、反応はない。


「……そのパターンか」


 桜彩から話には聞いていたが、ここは「出口がどこか別の場所にあるダンジョン」ということだ。

 ……ちょっと様子を見て帰宅、ってわけにはいかないか。


「ま、そうなるんじゃないかとは思ってたけどな――っと」


 “ツールズ”がようやく起動状態になったのか、視界に「ようこそユウキ様」という文字共に情報が浮かび上がる。


 俺は桜彩のアドバイスに従おうと、それを注視した――のだが。


「は?」


 思わず顔をしかめ、手に持っていた“ツールズ”の画面に目を落とす。

 しかし手元と見比べてもやはり、視界に浮かぶ表示と変わりはない。 



【ダンジョン名:

 推奨ランク:

 現在挑戦者数: 】



 ――そこには、全てが空欄のダンジョン情報があるだけだった。


「……なんだよ、それ」

 

 思わず呆れて笑ってしまった。

 いくらなんでも、露骨に怪しすぎるだろ。


「さて」


 怪しさ満点のダンジョンということが分かったところで、気を取り直して俺は別のウィンドウを開く。


 たしか桜彩が言っていた、次にやるべきことは――。



***


「――先に進む前に大切なのは、自分になにができるかを知ること……とかですかね?

 いま持ってるスキルとか、持ってるアイテムとか……。

 自分では覚えてるつもりでも、意外と記憶から抜けてたりするので……。確認は大事、です!」


***


「……嘘だろ」


 俺は愕然としていた。


自動追尾オートカメラ】と、【自動偽装カモフラージュ】。


 習得していたその二つのスキルが、どちらも配信に関わるものでしかなかったからだ。


【自動追尾カメラ】は、空間に出現した球形のカメラが俺をいい感じの画角で撮り続ける代物であり。

【自動偽装】は、配信に映る俺の顔にグリッチじみたエフェクトをかけ続けるだけのものだった。


「おい……嘘だろ?

 これでどう半年間も生き延びてきたんだ……?」


 配信プレビュー画面に映る自分を“ツールズ”で見ながら、俺は開いた口が塞がらなかった。


 たしかに、これらは配信では便利なスキルかもしれない。

 桜彩のような手ぶれ感満載の映像で『画面酔いした』というコメントは流れないだろうし、仮面で隠しているのに素顔が露わになる事故も起きないかもしれない。



 ……でもそれって果たして他スキルより優先すべきものか?

 死んだら死ぬダンジョンで、攻撃も回避も回復も取らずに、ただいい感じの映像配信をしようとしていた“半年前の俺”は、いったいなんなんだ?


「……ん?」


 意味不明なスキル習得に疑念を抱きつつ、スキル画面を閉じた俺はとあることに気が付いた。


 二つ名の項目に、通知マークのようなものがついている。

 詳細を開くと、素っ気ないアニメーションと共に文字が浮かび上がった。


【新しい二つ名を手に入れました】


 出現したポップアップには、続けてこう書かれている。


【〈瑠璃色の簒奪者さんだつしゃ〉】


 ……これがなにかと考えるまでもない。

 瑠璃蜘蛛を討伐した際に得た称号だろう。

 

 先ほどは気が付かなかったが……よく確認してみると、ステータス画面にも変化が起きていた。


【名前:鍋島有希


 HP:100/100


 魔力:38/38


 二つ名:瑠璃色の簒奪者


 ランク:A】



「……二つ名とランク以外は変わってない、か?」


 大幅にランクアップしたものの、ステータス値は変わってない……と思う。


 思うんだが、まあ分からん。

 前回、HPは気にしていたがMPは特に気にかけてなかったからな……。


 確信はないが、たぶんこんなものだった……はずだ。


「……とすると、二つ名はただの飾りか?」


 習得スキルの画面を見返してみても、やはり配信便利スキルの二つが並んでいるだけだった。

 ステータス上で特殊能力を得ていそうもないし、その実感もない。


「……ふむ」


 何もない、っていうのもおかしな気がするが……。

 まあ、考えても仕方がない。 


 俺はそう頭を切り替えて、最後の出発準備に取りかかる。

 

 


 次にやるべきこと――それは、配信の開始だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る