同級生とバイト。


 今日の現場は、郊外にある廃屋同然の民家だった。


「家の中は昼の間にあらかたやってあるらしいから……あとは、庭だけだな。

 社員さんが家ん中やってくれてっから、俺たちはここの草むしりすんぞ」

 

 そう説明するのは、新学期早々に「桜彩が“さやち”ではないか」と俺に訊いてきた長身チャラ男のクラスメイト――石川だ。

 

 未だに「まさかコイツと同じバイト先とは……」という微妙な目を向けられるが、もちろん偶然などではない。


 一週間前――つまり、例の瑠璃蜘蛛事件の直後。


 可能な限り早く金を稼ぎたかった俺は、羽振りが良さそうな話をしていた石川からこのバイトを紹介してもらい、即日で働き始めている。

 

 ……まあもっとも、本人はそのことを忘れているが。


「足引っ張ったら殺すぞ。

 てか、なんで同じ高校だからって面倒見なきゃいけねえんだよ……」


「まあまあ」


「まあまあ、じゃねえんだよ」


 ぼやいている石川と、スコップを片手に雑草を抜いていく。


「で、お前なんで毎日シフト入れてんの?」


 相変わらず石川はどうにも俺を嫌遠しているようだったが、作業の単調さに負けたのか、意外にも雑談を振ってくるようになった。


「――あ? マジで?

 じゃあ日本に残るために、家賃も生活費も自分で稼がなきゃいけねえの?」


 そう納得している石川に曖昧な表情で応じながら――まあ、そのあたりの事情は俺も最近知ったんだが、と心の中で付け足す。



 ……あの瑠璃蜘蛛討伐騒動がなければ。

 俺は疑いもせずに、生活費も家賃も俺と桜彩の両親が仕送りしていると思い込んでいただろう。



 臆病で目立つのが嫌いなはずの桜彩が、なぜ探索者ダイバーなんてものをやっているのか。


 騒動の翌日夜――「正体不明の探索者に助けられた」などの口裏合わせ&次回配信の説明台本作成の最中に、そんなかねてからの疑問をぶつけてみると。

 

『海外に行きたくなかったから、ですかね……』


 そんな答えが返ってきて――俺は、ようやく俺たちを取り巻く金銭事情を把握したのだった。

 

 考えてみれば「そんなに日本に残りたいなら自分で稼げ」というのは……まあ、ありえない話ではない。

 桜彩の親はどうか知らないが、少なくともウチの両親はそういうタイプだしな。


 そして今の俺ならいざ知らず、「十六歳の俺」と桜彩なら、海外に引っ越しなど御免被るというタイプだ。

 たとえ、同居というめちゃくちゃな状況になったとしても。


 辻褄は合う。……まあ別の疑問も生まれるが、それはいったん置いておいて。


 

 そうなると………俺は、とんでもなく酷いことをしているんじゃないだろうか。

 なにせ、“二人で稼ぐ”という約束に関わらず、少なくとも先月分の生活費や家賃は一円たりとも払っていないのだ。

 

 だったらそう言ってくれよ、と思わず俺は自分の不備を棚にあげて言ってしまったが――。


『で、でも家事とかすごくしてくれるようになったので……!

 稼ぐのは私の役目ということなのかな、と……!』

 

 ……という、意味不明な答えが返ってきた。そんなわけないだろ。

 どうか本心でないことを願うばかりだ。怖い。桜彩の将来が心配すぎる。

 

 まあ実際のところ、気弱な桜彩には金銭の要求ができなかった、という話につきるのかもしれない。

 ……いや、それはそれで心配すぎるが。



 ――とにかくそういうわけで、俺は桜彩に先月の借りを返し、生活費を稼ぐために今日も労働に勤しんでいるのである。


 便利屋、ミラクルワークス。


 やってみて分かったが、便利屋という職業は案外俺に合っているのかもしれない。

 しょうに、というより、能力的に、と言うべきか。


 たとえば今回のような雑草処理程度なら、魔術を活かせることもある――。



「――ふたりとも、ちょっと休憩していいよ」


 着信があったのだろう、スマホのマイクを手で押さえながら、社員が廃屋から出てきて俺たちにそう告げる。


「あ~……腰痛え……」


 伸びをしながら石川が敷地を出て行き、俺は立ち上がって肩を回した。


 ……さて。

 これで周りに人がいなくなったな。

 

「ここと、ここ……あと、このあたりかな」


 そう当たりをつけて、庭の隅四カ所に魔法陣を描いて魔力を流し込んでいく。


 異世界だったら土の下にいる魔物に刺激を与え、特定の植物を活性化させる危険な行為だが……まあ、こっちだとせいぜいモグラがビックリするくらいだろう。

 

 最後の仕上げで、俺は庭の中心に立った。あとは一気に衝撃を与えれば、土が耕されたようにひっくり返るはずだ。

 

「……そう。これでいいんだ」


 ――魔術は、なにもデカい蜘蛛を倒したりするためだけにあるんじゃない。


 この力を持ちながら、地道に生きていく。

 もう救うべき世界もないし、課せられたその役割はとうに終わっている。

 

 ……そのはずだ。

 しつこく自問自答する必要なんて、どこにもない。


「――――」

 

 脚に力を入れて、強く踏みならす。

 どん! という破裂音と共に、土が舞い上がった。


「おい、なんだ今の!」


 敷地外にいた石川が飛び込んできて目を丸くしている。

 ……しまった、強くやりすぎた。


「ば、爆発か!? 鍋島お前、なにが――」


「今の異変は“忘れろ”」


「――――」


 石川の表情が弛緩する。

 忘却に伴う意識の空白だ。

 

 ……そうだ、ついでに訊いておこう。


「お前、配信者“さやち”の本名を知ってるか? “答えろ”」


「ふええ……知らない……」


「さやちは白瀧桜彩だ。これを認識できるか? “答えろ”」


「さやちは、シラタキ……じゃない、よ……」


「よしよし」


 まだ“認識統制モダリティ・ドミネーション”は効いているようだ。

 騒動も収束しつつあるとはいえ、あと数週間くらいはもってくれないとな。


 気付きつけ代わりにもう一度指を鳴らすと、石川ははっとして顔をしかめてから、


「……あぁ!? 

 なんか庭が……重機で耕したみたいになってねえか!?」


「おいおい、なに言ってるんだよ。俺たちが頑張ったんじゃないか」


「そ、そう……だったっけ?」


「ああ、そうだ」


「そうか……まあ、そうだよな……」


 なんとかごり押すと、首を傾げながら石川は最終的に納得していた。


 ……まったく、記憶の曖昧さにつけ込んで誤魔化すのも手間がかかるな。


 魔術は一人の現場か、いっそ倫理を無視して“認識統制モダリティ・ドミネーション”を使いまくるしかないか――と考えていると、「なんかすごい音しなかった?」と言いながら社員が戻ってきた。

 

 すっかり整地された庭に疑問を持たれたら面倒だな――と、俺は魔力を指先に込めたが、


「あーそんでさ、鍋島くん、別現場行ってくれって」


 違和感に気付く前に電話口での用件を優先したらしく、社員は慌ただしく俺にそう告げた。


「……別現場、ですか?」


「うん。

 なんかね、お客さんが鍋島くんを指名してるんだって」

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