配信者、さやち。


 学校に着いた。


 始業式の今日はいつもより三十分ほどホームルームが遅く始まるらしく、慌てたわりにはまだまだ時間はあった。


 クラス分けの発表に従って、二年生の教室の扉を開く。

 


 俺は指定された席に着いて、新しいクラスメイトの顔を見渡してみるが……。

 

 …………誰も彼も、全くピンとこないな。

 見覚えがあるような、ないような……という感じだ。

 去年(というか、二十年前)同じクラスだった人間がどれかも思い出せない。



 というか、だ。


 誰からもメッセージが来ないことや、スマホに残された履歴を見る限り、もしかしてそうなんじゃないかと思っていたが……。


 ……俺って、もしかして友達いないのか……?


 たしかに、異世界に召喚される前の俺も、クラスに馴染めていなかった記憶がある。


 原因は、入学直前に原因不明の高熱で入院する羽目になったからだ。

 一ヶ月ほど経って登校したらクラスの交友関係はほぼ決まっていて、入り込む隙がなく…………って、まあ言い訳か。ひとえに俺のコミュ力不足だ。



 しかしそれから半年もの間、変わらず孤独を貫いていたとは……。

 プライドが高かったんだな、たぶん。

 ひとりでも平気、むしろそっちのほうがいい――みたいな、無意味な見栄を張ったんだろう。


 俺の知らない「半年間の俺」のことをおもんぱかっていると、「うぇい!」と背中を叩かれた。

 長身に派手な頭髪。香水の匂いが強く鼻を衝く。


 ……俺の友達、なのだろうか。

 だとしたら意外な交友関係、と言わざるを得ないが。


 俺が異世界魔王討伐旅での二十年間で学んだのは、相手とコミュニケーション手段を合わせることだ。


 というわけで、俺も「うぇい!」と長身チャラ男のケツを叩いたのだが。


「……痛えな」


 剣呑な目つきで俺を見てきた。

 ……間違ったか。これじゃないのか。

 難しいな十代は。


「すまん――いまのことは“忘れろ”」


 周りの注目が集まってないことを確認して、ぱちん、と指を鳴らす。

 男が何度か瞬きをすると、すっと表情が呆けたようなものになった。口がぽかんとあいている。

 かなり出力は抑えたものの、効き過ぎなければいいが……。


「……へあ?」


「どうした? なにか用があるみたいだったが」


「……あ、そうだったわ」


 俺にケツを叩かれたことをすっかり忘れた男は、再び軽薄な笑みを浮かべた。


「でさ、お前、シラタキと幼稚園から一緒ってマジなん?」


「白瀧……」


 どうやらこいつとは友達ではなさそうだ、と思うのと、「ああ、桜彩のことか」と思い至るのは同時だった。


「まあ、たしかにそうだけど」


「今も仲良かったりするわけ?」


「いや、ほぼ絶縁してるよ」


 そういうことにしておく。

 思春期の身の桜彩としては、死んでも俺と同居していることをバラされたくないだろうしな。なるべく学校では無関係を装おう。


「ちっ……んだよ……」


 あからさまに舌打ちをする男子生徒を見ながら、もしかして桜彩って人気があるのか、と驚く。


 ……いや、そりゃ見た目で言うなら驚くに値しないのだが、引っ込み思案で目立つのを嫌う性格なのだ。こういう非常に明るそうなタイプにまで好かれているとは思わなかった。


さあ……白瀧さんに何か用があるのか?」


「あ? シラタキと縁が切れてんなら用は……」


「“言え”」


「……ふえぇ……これ見てみろよ」


 そう言って差し出されたスマホの画面を見る。


 画面には、どこかの森林のような景色が映し出されていた。

 手持ちのカメラで撮っているのだろうか、補正が効いていても手ぶれが酷く、酔いそうになる。


 と、そんなカメラが何かの影を捉えた。


『……んえ?』


 撮影者の少女の声がして、ぴたりと流れる景色が止まり、“何か”にカメラのピントが合っていく。

 それは、緑色の肌と二本の角が特徴的な、筋骨隆々の大男で――。


『――オ、オーガだっ!』


 ホイッスルボイスをあげながら、カメラが著しく動転する。

 少女が身を翻して逃げ出したのだろう。一瞬だけ少女の長い髪と、うさぎを模した仮面が映る。

 その様子に、コメントが盛り上がり始めた。



――――――――――


・戦えーッ!

・逃げるなーッ!

・そろそろオーガくらい倒せ!

・また逃げてて草

・いや戦えや!

・知ってた

・逃げる以外のコマンドないんか?

・倒すのは無理でもせめて小石投げるとかしろ

・こいつが何かを倒したことってあるの?

・↑巨大ダンゴムシとか

・ダンゴムシ草


――――――――――


 ……盛り上がる、というか、大半は罵倒だった。

 

 なるほど、これがダンジョン配信ってやつか。

 試しに適当な配信者のものを一回見たきりだったが、この配信はそれとはまた趣が違う。

 モンスターと戦わず、おどおどと逃げ惑うのが趣旨なのだろう。

 

 手元が狂ったのかカメラがぐるりと回り、地面から空が映り、そして――。


「……おっと、ここだ」


 男子生徒の長い人差し指が、画面をタップする。

 動画が止まり、スピーカーから流れた『わあ』という情けない悲鳴が途中で止まる。


 そこには、うさぎの仮面が落ちて慌てた様子の少女の素顔が映し出されていた。


「どうよ、幼なじみの目から見て。

 白瀧さんに似てると思わねえ?」


 俺はじっと見てみる。

 ……いや、じっと見るまでもない。

 髪や眉はなぜか明るい青に染まっているが――それは、間違いなく桜彩だった。


 あいつ、こんなことやってたのか。

 探索者ダイバーやってるのは知ってたが、実際見たのは初めてだ。

 こういう系統の配信か……と思いつつ、俺は自信なさげを装って首を傾げる。


「まあ、似てるっちゃ似てるが……。

 いっそ、本人に訊いたらいいんじゃないか?」


「……逃げんだよ。俺が近づくと」


 男子生徒はプライドを傷つけられたような表情を浮かべている。


「…………なるほど」


 まあ、こういう“陽”な奴は苦手だろうしな。

 

「ま、知らねえならいいや」


 露骨に「時間を無駄にした」という感じを出しながら、男子生徒は俺から離れていった。

 利用価値がないのが分かるやいなや、彼の中で俺の存在はモブ以下に成り下がったのだろう。

 後ろで仲間内での「あいつ、使えねー」という小馬鹿にしたような笑い声も聞こえてくる。


 こういうのが苦にならなくなったのは良いことなのか、悪いことなのか……分からないが、そんなことよりも。

 

「“さやち”ね……」


 ちらっと見えた桜彩らしき配信者の名前を口にしたそのとき、担任が教室に入ってきた。


 ダンジョン配信にはそんなに興味がなかったが……あとでもう少し見てみるか。



 ちなみに、俺の隣の席は始業式が終わるまで空席のままだった。

 初日からフケるとはなかなか勇気のある奴だ、と少し感心する。俺もそうすれば良かった。





――――――――――――――――


2024/01/05

「幼なじみと迎える新学期。」に同棲について若干追加

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