その場所で、出囃子を待つ。
――ユウキたちが挑戦する以前。
唯一【
そのうちの要となったのが、超高耐久の防御力特化ビルドでモンスターの攻撃を受け止め続けることを配信・動画の特徴とする
第二階層は“メノラー”が相方を護り、一直線にポータルまで強引に進む。
そして第三階層でHPを全て消費して発動するスキル、“
かくして第四階層で待ち受ける“メノラーの影”は、自爆以外の攻撃手段を持たない木偶の坊として出現するという寸法だ。
システムの裏を突いた、完璧な攻略法――。
【聖域】は完全に踏覇されたと、“メノラーの影”が爆散した瞬間、当時の誰もが思った。
……その続きを示唆する紫色のポータルを目の当たりにするまでは。
『この世界は、見放されている』
第五階層に足を踏み入れた、その唯一の探索者は語ったと、第五層到達の立役者である“不滅のメノラー”は明かしている。
『ここに在るのは同じ人間の視線だけだ。神や悪魔や幽霊、天使も怪物も、神秘に属する何もかもが興味を失っている。
だけど、【聖域】はそうじゃない』
――それが【聖域】探索後、なぜ多くを語らないまま探索者を引退したのかという“メノラー”の問いに返された、彼の迂遠な回答だった。
『そこに到達したことで分かったのは、ただそのダンジョンがどうして【聖域】と呼ばれるのかってことだけだ。そしてそれが分かってしまった以上、もう探索者を続けることはできない。
なぜなら【聖域】は今やこの世界のどこにでもあり、奴はそこから俺たちを見ているからだ』
俺たちは見放されている、とその探索者は繰り返した。
『だがそれでいいと思うし、そうでなくてはならないと思う。
星々は遠くに輝くから、俺たちは正気でいられるんだ』
以降、“メノラー”は幾度か彼を訪ねようとしたが、その回答の真意を語ることなく、やがて一切の消息を絶ったという。
語り部なき現在、【聖域】第五階層について残されている情報は、わずか十数秒の
不自然な大きさの月に照らされた、果てのない湖のような地面。
――そして、その幻想的な水面に立つ、布きれのようなものに覆われた人型のなにか。
恐らく、それこそが【聖域】の
……突如、世界中に現れたダンジョンそのものに大きく関わる何かなのではないかと、一部ではまことしやかに囁かれている。
***
ポータルを踏んだ先……そこにあったのは第五層ではなく、見覚えのある空間だった。
夕焼けに照らされた草原。
ここは、あの謎の少女と初めて遭遇した空間だ。
「――おにーさん、ひさしぶりだね!」
無邪気な声に振り返ると、件の少女がそこに立っていた。
「おねーさんなら、ついさっきまでここにいたよー」
周囲を見回してリィナの姿を探していると、少女が俺の疑問を汲み取ってそう答える。
「ほら、おにーさんがピンチみたいだったからね。だからおねーさんが助けに行けるようにって、がんばってこの場所と“繋げ”ようとしたんだけど……その前になんとかなっちゃった!
さすがは、おにーさんだね!」
「……やっぱり、そういうことだったのか」
先に進んだはずのリィナをカメラが映し出さなかったのは、この空間に連れてこられていたから――。
なんとなく、それは予想はついていた。
謎の少女による干渉があったのだろう、と。
重要なのは、その後どうなったか、だ。
「……リィナは無事に、向こうの世界に帰れたのか?」
「ううん。
でも、あと少しだよ!」
……その答えも、半ば分かってはいた。
単に視聴者を集めさせることが、少女の目的ではないことくらいは。
落胆も、なにか抗議の言葉も浮かばない。
もしかしたら、それができないくらい疲れ切っているせいかもしれない。
「じゃあ、リィナは先に……第五階層に進んだんだな」
いや、“進まされた”、というほうが正しいのだろう。
いくら強大な魔女とは言え、自発的に第五階層にひとりで行ってしまうとも思えない。
そしておそらく、それこそが少女の本命……。
本当の“やって欲しいこと”なんだろう。
その目的もなにも、皆目見当がつかないが……ただ、先に行ったリィナが心配だ。
「うー……あのね? ダマすつもりとかはなかったんだよ。
ただ、あのときは時間がなくて途中までしかいえなかったの……ほんとだよ?」
「……そうだな」
今は、そんなことはどうでも良かった。
……リィナはまだ、戦っている。
だったら、この少女の思惑も真の目的とやらもどうでもいい。
まずは、そこに行くのが先だ。
だが――。
「まだ、だめだよ」
どこかにポータルがないか探そうと足を踏み出した俺を、少女は止めた。
「ここに“道”はないし、だいたい、おにーさんは行かせられないよ。
これは、おねーさんがやってくれなきゃ意味がないんだもん」
「……意味がない?」
真意を問うたそのとき、少女が足元の水たまりをぱちゃりと蹴り上げた。
水しぶきが煌めきながら飛んで……水面が、どこかの景色を映し出す。
……黒いローブを着ているその少女は、間違いなくリィナだ。
【
「わたしがおねーさんを、こっちの世界に呼んだのはね。
おねーさんに、わたしの妹を殺してもらうためなんだあ」
水面の中のリィナに視線を落としながら、少女はあっさりと目的を明かした。
……殺す、とはまた物騒な話だが。
「その“妹”っていうのは……第五階層のボスってことなのか?」
「んー、ま-、だいたいそんなかんじ?」
少女は曖昧に首肯する。
……どういうことなんだ、と思考を巡らせる前に「とにかくね」と話は続く。
「おにーさんたちがたくさんの人たちの注目を集めてくれたから、妹の居場所がわかったの。
あとは、あの子をおねーさんが殺してくれれば、わたしのお願いは叶うし……そしたらもちろん、おねーさんも帰ることができるよ!」
「…………」
少女の話に嘘はない、と思う。
もちろん、全てを語っているわけじゃないのは分かっている。
それでも……今は、“帰ることができる”という言葉が聞けただけ上等だろう。
「…………」
俺は水たまりに映るリィナの姿を、そして、頭に浮かぶ疑問や疑念を遮断するために、目を閉じる。
少女に疑問をぶつけて、返ってくる答えの真偽や意味を吟味したり……あるいは、リィナの戦いを見て一喜一憂しているような余裕はない。
そんな暇があるなら、今は少しでも体力回復に努めるべきだ。
……少女は「おにーさんがピンチだったから」リィナをこの空間に呼び、俺の元へ加勢に行かせようとしていた。
そして、先ほどリィナの元へ行こうとした俺を、少女は「まだ」だめだと制止した……。
つまり……俺にはこの先、高い確率で出番があるってことだ。
それも、少女が「リィナに殺させる」ということにここまで拘っている以上、彼女が失敗したときのサブプランという形ではない。
おそらくは、リィナが一人で討伐できればそれに越したことはないが、それができなければ……身代わりでも囮でも、とにかく何か状況を打破するために送り込もうという算段だろう。
「――――」
俺は草原に腰を下ろし、まどろみの中に意識を漂わせる。
……魔王討伐の旅で自然と身につけた、我流の禅みたいなものだ。
肉体的疲労がどうにかなるわけじゃないが、連続的な戦闘で消耗していく、思考力や判断力を多少回復する効果がある……ような気がする。
まあ、ようするに気休めに近い。
……それでも、これが俺が今できる最大限である。
少なくとも、ただ水たまりを眺めてリィナを応援しても意味がないことは確かだ。
俺は努めて心を落ち着かせて、意識を少しずつ現実から切り離していった――。
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