無理ゲーへの挑戦。
瑠璃蜘蛛。
出現するダンジョンが限られる上に滅多なことでは接敵しないため、情報や戦闘記録は極端に少ない。
どうやら物理耐性、
ただ単に逃げる場合は、“睡眠”や“麻痺”などが有効という話もあるが……。
ゴブリンなどとは比べものにはならないほど、難攻不落のモンスターである。
それにも関わらず危険度が【B+】という判定なのは、「テリトリーに長居しない限り接敵することはないこと」「道具や魔法を使用してこない」……という二点によるものであり、決して討伐が可能であることを示すわけではない。
――瑠璃蜘蛛に獲物だと認識されること。
それは高い確率で死の
――――――――
・つまり無理ゲーってこと
――――――――
配信に流れるコメントが、集まった情報をそう統括し、「そんなあ」と桜彩が悲鳴をあげた。
……俺たちはいま、俺が道中で全滅させたゴブリンたちの巣穴に身を潜めている。
瑠璃蜘蛛の足は巨体の割りに速く、しばらく走ったところで逃げ切るのは無理だと判断し、なんとかここに潜り込んだのだ。
桜彩を助ける前に切っていた配信を復活させたのは、瑠璃蜘蛛の情報を集めるためだったのだが……どうにも芳しくないのが現状だ。
――――――――
・さやちなんか汚れてね?
・きたない
・風呂入れ
――――――――
「しっ、失礼な……!
これはですね、ゴブリンの血でニオイを欺く作戦なんです!
“逃げ”のプロであるこの私、『脱兎のさやち』だからこその機転、です!」
――――――――
・瑠璃蜘蛛、嗅覚ないぞ
――――――――
「え!? ……じゃあこの作戦の意味は!?」
桜彩が絶望的な悲鳴をあげている。
……どうやら、これ以上得られる情報はなさそうだ。
俺は配信に映らないように桜彩の前を通り、巣穴からわずかに顔を出す。
……かれこれ十分ほど、瑠璃蜘蛛はこの先の角で動いていない。
おそらくは、現実世界へのポータルの前から動かないつもりだろう。
「待ち伏せか……」
頭がいいのか習性なのかは分からないが、厄介だ。
……さて、どう切り抜けるか。
“スキル”とやらでなんとかなるならそれに越したことはなかったが、どうにも無理らしい。
このままここに籠もって籠城……という線もなくはないが、瑠璃蜘蛛相手に救助が来るかどうかは怪しい、とのこと。
いや、そんなことあるか? 警察とか救助隊とか、人命救助に動いてくれないのか?
……とは思うが、さておき。
そうなるとやはり――。
「――俺がなんとかするしかない、か」
ダンジョンなんてものが“当たり前”になっている世界であっても、俺が使うような異世界仕込みの“能力”はなるべく秘匿すべきものだ。
……まあ、そう分かってはいるものの結構便利に使ってしまっているのが実情だが、それくらいの意識は俺にだってある。
少なくともこの
第一、面倒だしな。隠すに越したことはない。
「……でもまあ、やるしかないよな」
幸いにして、ここはモンスターやスキルが存在する
言い訳はいくらでもきく……はずだ。
「ええと、たしか――」
俺はツールズを通じて浮かび上がっているUIに焦点を合わせ、項目を選択する。
すると、“インベントリ”と左上に表記された半透明のウィンドウが視界に広がる。
手を伸ばし、目当てのものをタップすると――。
「……マジかよ」
俺は思わず笑いそうになった。
音もなく、いつの間にか俺の手に原始的な石斧が握られていたからだ。
……「そういうものだ」と理解するしかないのは分かるが、それにしても意味不明だろこれ。
俺がおっさんだからついていけないだけ……なのか?
ともあれ、視界に注釈的に浮かぶアイテム名はそのまま【石斧】である。
桜彩を助けに向かう途中で、何本かこれがドロップした通知は視界に出ていたが……こうして取り出すのは初めてだ。
振ってみる。
……なんだこりゃ。
「……ひどいな」
軽い。
あまりに軽すぎる。
感触としては、武器というよりキッチンツールに近いだろうか。
これでは、鶏肉を叩いて柔らかくする用途が最適だと言わざるをえない。
「ユウ……じゃなかった、鍋島く――んぎゃっ!!」
呼ばれて振り返ると、桜彩が悲鳴をあげて尻もちをついていた。
こいついつも悲鳴あげて尻もちついてるな。
「なにやってんだ。……大丈夫か?」
「す、すみません……。武器を構えていたのでびっくりして……。
無意味にゴブリンの内蔵まみれにした私を殺すつもりかと……」
一体なんだと思われてるんだ、俺は。
「あのな……もっと普通に、あのデカ蜘蛛を倒そうとしてるとは思えないのか?」
「で、ですよね。瑠璃蜘蛛をたお……。
……え!? 倒す!?」
「いやまあ、倒せないかもしれないが……。
俺が戦ってる間に、桜彩は隙を見てポータルに飛び込め」
「だ、だめですっ!
瑠璃蜘蛛を引き付ける役目は私がやるので、鍋島くんは――」
「大丈夫だ」
口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。
根拠はない。
ここは俺が知っている世界じゃないし、相手に魔術が通用するかどうかも分からない。
――でも俺は。
幼なじみひとりを助けられないほど無力じゃないし、臆病でもない。
そう信じている。
自分を。
あの二十年間を。
灯り続ける胸の火を。
根拠などなくても、信じている。
「大丈夫だから、そんな泣きそうな顔すんな」
俺はそう笑って、桜彩の髪をかき回した。
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