アデルフィーラの片割れたち


 ――間に合わなかった。

 

 第五階層のボス、それが手にしている白い槍のようなものを叩き斬り……俺は、思わず唇を噛んだ。

 

 リィナはその場にへたり込んでしまったままだ。

 泣きそうに歪んだ顔――俺を見上げるその目には、隠しきれない安堵の色が浮かんでいる。

 

 ……間に合わなかった。

 俺はもう一度、そう思う。

 

 確かに、間一髪のところで攻撃は防げた。

 ……だが彼女の表情を見れば、すでに心が折れてしまっているのは瞭然としていた。

 

 あの少女に「おにーさん、寝てる場合じゃないよっ」と呼びかけられ、ここに転移させられるまでに何があったかは実際のところ分からないが……少なくとも、リィナの力が通用しなかったのだろうというのは想像がつく。

 

 【アデルフィーラの片割れたち 危険度: 】

 

 そいつは、闖入者である俺を、まるで興味深げに観察するかのようにゆっくりと揺れていた。


 視界には、そのモンスターを示す僅かな情報が浮かび上がっている。

 名前と、空欄の危険度。

 片割れということはもう一体いるということか、それとも――。

 

「……っ、ユウキ! そいつ、魔法が効かない!」


 ようやく我に返った様子で、リィナが俺にそう警告する。

 ……強大な魔女であるはずの彼女が、無力な只の人に落とされているのはそういう訳か。


 状況から予想できたことを裏付けるリィナの言葉を耳に入れつつ、俺は後ろ手で刀を鞘ごと彼女に渡す。


「柄に手をかけて、七秒そのままで居れば奴を斬れる」


「――……」


「さっきの槍は叩き落とせた。これなら、通用するはずだ」


 それに……だからこそ、あの謎の少女は俺を待機させたのだろう。


 おそらく、あらかじめあの少女の頭にあったはずだ。

 リィナの魔法が一切効かない可能性が。


 だから、その場合の保険として俺は生かされた。

 その身体でリィナを護り、彼女に得物を運ぶ役目として。


「……俺が、時間を稼ぐ」


 帰るんだろ、元の世界へ。


 言外にそう込めて、俺は“魔弾バレット”を掃射する。


 【片割れたち】は動かない。

 不可視の“魔弾”が、生成された気配すら残さずに消えていく。

 

 続いて生成した“火球”も同様だ。

 それが到達する前に掻き消えてしまう。

 

 ……だが、それでいい。

 どうやら【片割れたち】は、すっかり俺に興味を移したようだ。

 俺の動きに合わせて、身体の向きを変えていく。

 

 見た目や纏う荘厳な雰囲気に反して、それはずいぶんと愛玩動物的……というより、子どもっぽい仕草に感じられた。

 

 いずれにしても、このまま――。

 奴の周囲を走り回りつつ、俺は絶え間なく魔術を唱える。


 このまま、リィナの剣閃が発動すれば――!


「――――!」


 【片割れたち】が動きを見せた。


 一際大きく光を放ったそれは、生成した白い槍をつがえたかと思うと、その身体ごと回転するようにこちらに目がけて襲いかかってくる。


 反射的に距離を取ろうとするが、すぐさま【片割れたち】が眼前に迫る。

 ――速い。


「っ……!」


 ……攻撃手段は、至って単純だった。

 その一撃に、何か仰々しい特殊な効果などは付与されていない。

 

 ただ体躯を沈ませ、深く踏み込み、突く。

 ……その一連の動作は、完璧なものだった。


 きっと、神が槍を持つならばこうだろうとまで思わされるような――あまりにも無駄のない美しい動作は、こちらの意識の隙を突き、懐への侵入を無抵抗に許してしまう。

 危機探知を付与していなければ、何が起きたかも知覚できずに終わっていただろう。


「……くそっ」


 二撃目はかろうじて重力操作で避けきったものの、続く猛烈な倦怠感に俺は思わず足元をふらつかせる。

 

 ……おかしい、と俺は思う。

 自分の状態に対して、じゃない。

 高熱に浮かされたように視界が歪むのは、【片割れたち】になにかされたわけではなく、今の俺は限界を超えた状態……その無茶のツケが来ているというだけの話だからだ。

 

 

 そうではなく――とうに発動していて良いはずの剣閃が、いつまで経っても来ない。



 わずかに生まれた隙に奴が踏み込むのと、俺が「ユウキ!」という声を聞いたのは同時だった。


 ――俺の目が、リィナを捉える。

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