(11) (改)

 お母さんと毎日、お父さんを囲んで、宇宙と交信を続ける。


 本当に、これでぼく達は完全無欠の家族なんだろうか。お父さんがいない、ぼく達は完璧な家族にはなれない。


 お母さんはお姉ちゃんのおなかの子が気に入らないようで、僕との子供じゃないから、お姉ちゃんのおなかを僕との子供に譲るべきじゃないかって迫ってくる。


 ぼくとお姉ちゃんは、お母さんに、もしも産婦人科に行って堕胎することになったら、近所中の噂になって、お父さんを生き返らせる儀式をやめなくちゃいけなくなるって、なだめすかして、やんわりと諦めるように促した。


 お母さんとの完璧な家族は、お父さんがいないから、無理だ。でもぼくとお姉ちゃんは完璧な家族になれる。子供が生まれたら、もっと完璧になれる。一人も欠けることがない、平和で幸福な家族。昔から、ぼくとお姉ちゃんがものすごく待ち望んでいた家族だ。


 宇宙の交信をやめて、お母さんが急に、「家族写真を撮らない?」と言い出した。


「どうしたの?」


 お姉ちゃんが不思議そうに訊ねると、お母さんはお父さんを指した。


「お父さんが綺麗なうちに、家族全員の写真を撮っておきたいの。お父さんが生き返ったときの参考の為よ。さっきね、高次元の存在から、お父さんの血肉になるものを揃えなさい、もうすぐですって言われたのよ」

「もうすぐ、生き返るの?」


 お姉ちゃんが不安そうに聞いた。


「そうよ。二人ともお父さんに会いたいでしょう? お母さんもとても会いたい」


 ぼくとお姉ちゃんはお父さんなんて、いらなかった。このままでいいじゃないかって思ってた。


「そうしたら、やっと完璧な家族になれる」


 でも、お母さんはぼく達のことなんて気にせず、これから起こる奇跡に胸を躍らせている。


「お母さん達の寝室に、インスタントカメラがあるから持って来て。封を切ってないフィルムもあるし、たくさん撮っておきましょう」


 ぼくは言われた場所にあったインスタントカメラと十枚入りのフィルムの包みをあるだけ持って、リビングに戻った。


 お父さんは日に日に臭くなる。ここに戻ってきたときの臭いは強烈なアンモニア臭だった。何日もお風呂に入ってないような垢臭い匂いも漂わせていた。


 今は、もっと酷い。


 お母さんは気にならないのかな。ぼく達は毎日リビングに入るのに勇気がいる。


 肉とウンコが混じって腐ったような、吐き気を催す悪臭と、ずっと汚物の掃除をしてない、ウンコが山になった公衆トイレみたいな鼻につく臭いで、部屋中が充満している。口で息をしても辛い。


 お父さんの体は、二週間も経つとグズグズに溶けてきた。まだ残暑が続いているから、体が腐るのが早いのかな。内臓がズボンの裾から床に落ちて、首の肉が伸びきってちぎれそうだ。靴下をはいた足首から、筋を残して落ちてしまいそうに頼りなくぶら下がっている。


そのお父さんを画角に入れて、家族写真を撮ろうとお母さんは言うんだ。


 ぼくは座敷に上がって、お父さんとお母さん、お姉ちゃんが写るように何回もシャッターを切って、そのたびに出てくるフィルムをダイニングのテーブルに並べて置いた。


 時間が経つと、フィルムの表面に、撮った光景が浮き上がってくる。どのくらい写真を撮ったか分からなくなるくらい取りまくった。


 だいたい百枚くらい撮って、やっとフィルムがなくなった。


 テーブルの上の写真をお母さんとお姉ちゃんが物色している。一番いい写真を選ぶんだとお母さんは言った。


「あら、これいいわね」


 ぼくとお姉ちゃんは、お母さんが手に取った写真をのぞき見た。


 お父さんのピンボケした足の裏とぼくとお母さんとお姉ちゃんがこっちを向いて、笑顔で写っている。


「ほんと、いいね!」


 お姉ちゃんが感心して、ぼくを見た。


「篤、写真撮るのうまいね」


 ぼくは照れ隠しに、テーブルの上の写真を見てる振りをした。どの写真もぼく達がピンボケしてた。高性能なカメラじゃないから仕方ないんだろう。本当に、お母さんが選んだ写真が一番ましだった。


「これ、写真立てに入れておこうか」

「そうだね!」


 お姉ちゃんが嬉しそうだと、ぼくも嬉しい。


 お母さんは納戸から写真立てを出してきて、家族写真を額に入れた。その写真をみんなが目にするキッチンのカウンターに飾った。



 

 日が経つにつれて、お姉ちゃんのおなかはどんどん大きくなる。


 病院に行かないから、お母さんが医者の代わりにお姉ちゃんの健康状態を注意深く観察している。


 お姉ちゃんはつわりが酷かった。今まで大好きで食べていたものが全部食べられなくなった。何を食べても美味しくないらしい。


 お母さんは、毎日お父さんに食事の用意をする。ぼく達はその食事のお裾分けをもらって食べていた。


 それがお姉ちゃんには精神的に良くなかったみたいだ。


「お父さんにあげたご飯、臭くなってすごくまずい……。篤の手料理なら食べられるかも……」


 それで、ぼくはお母さんに相談して、お姉ちゃんのご飯だけぼくが作るようになった。


 お姉ちゃんはおなかが張っていつも気分悪そうにしてた。おなかの中で赤ちゃんが暴れまくるらしくて、苦しいとよく漏らした。それでも僕らの子供は、おなかの中で元気に育っているんだと思うと、胸が熱くなってくる。


 夜、布団に入っていると、お姉ちゃんがそっとぼくに耳打ちした。


「男の子かもってお母さんが言ってた。もし男の子だったら、自由にどこへでも飛んでいける鳥みたいな名前にしたい。女の子ならなんて名前にしようか? 明るい太陽みたいな名前?」


 ぼく達は額をくっつけ合って、まだ生まれてもいない、可愛い赤ちゃんに付ける名前を、眠くなるまで考えては口にした。

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