(5)

 二度目のツイートはさほどいいねもリツイートもされず、そのままタイムラインに埋もれていった。通知が来なくなったことでねちねちと文句を言われたけれど、夕飯にカップラーメンを食べる頃には収まった。


 しかし、その夜から先輩の様子がおかしくなった。


 舞美さんが帰った午後八時からずっと、スマホで撮った画像を眺めながら、先輩が、「俺にも撮れるち思うんちゃねぇ」と呟いている。


「何がっすか?」


 私は気になって先輩に尋ねた。


「これ。これよりめっちゃスゲぇ写真撮れるち思うんよ」


 これとは、あの家族写真だった。


「これ、心霊写真やったやないか。心霊写真、俺も撮れるち思うんよ。あの廃墟やったら、俺でも撮れるんやないかな」

「心霊写真を、すか?」


 とんでもないことを呟く先輩に対して、私は気味悪い生き物を見るような気持ちになった。何を言っているんだとしか思えない。


「冗談すよね?」

「いや、まじやけど」

「あそこにまた行って写真撮るんすか」

「これよりスゲぇ写真を撮るんやから、行くに決まっとろうもん」


 先輩が行くと言うことは私も連れていかれると言うことだろうか。そう考えただけで、胃が痛くなってきた。だから、反射的に私は答えた。


「俺は行かないすから!」


 ムキになったみたいに怒鳴っていた。


 先輩は私を胡乱な目つきで見て、薄く笑った。


「馬鹿か。怖いんか? おまえ、吐いとったもんなぁ。しょんべんチビるくらい、あそこが怖いんやろ。おまえが行かんでも、俺は行く。マジモンの心霊写真撮ったら、またバズらせちゃるけ」


 そういう先輩の目は私ではなく、視点がずれていて、どこか遠いところを見つめているように見えた。


 その夜、先輩は本当に空き家に出掛けていった。一体何を撮ろうとしているのか分からない。家族写真に取り憑かれたのか、それともあの空き家に取り憑かれたのか、明け方になる頃に先輩は帰ってきて、そのまま布団に寝っ転がって寝てしまった。


 それまで平日の昼間はなんだかんだ大学に通っていたのに、パソコンを開いて企業からのメールを見ることもせず、何百枚も撮った空き家の画像を目を皿のようにして見つめ、黙々と何かを探しまくっている。


 一枚一枚見終わる度に、「くそっくそっ」と呟いている。時折、私を振り向いて、「なぁ、見ちゃらんか。どれかに幽霊写っとるはずなんよ」と頼んできたが、私はにべもなく断った。


 心霊写真よりも空き家そのものが怖い。だから内部が写っている画像を見られるわけがなかった。見ないで済むなら、臆病者と言われても平気だった。


 そのうち、先輩は昼間もふらりと出掛けるようになった。夜も昼もどこかに出掛けていくが、多分行く先はあの空き家だろうと手に取るように分かる。


 先輩は割合身なりには気を遣っている、そこそこ顔の良い男だったが、空き家に行くようになって以来、手入れしていた髪はボサボサになり、無精髭が目立ち、服を着替えなくなった。


 時折違う服を着ていたが、それは舞美さんが無理矢理先輩に清潔な服を着せたときだった。


 舞美さんが遊びに来ても、先輩はパソコンに取り込んだ画像を眺めて、相手にしようとしなかった。


「ねぇ、ねぇって」


 何度も舞美さんが呼びかけても、見向きもしない。


 夜中にふらっと出掛けて帰ってきて、パソコンに取り込んだ画像に幽霊が写ってないか探す。思い出したように空き家に出掛けていく。食事や寝ることもおろそかになってしまった。


 だんだんと舞美さんは泣きそうな顔をして、先輩について行くようになった。一度、心配になって舞美さんと先輩の後を追ったが、あまりにも鬼気迫る先輩の様子に、舞美さんは空き家に入ることを躊躇っていた。


「幽霊写るまでここに通うん? このままじゃ、とおるちゃん、死ぬんとちゃう?」


 私はそうですねとも言えず、だからと言って、先輩を止めることもしなかった。


「そのうち、飽きて諦めちゃいますよ」


 気休めに言った言葉を、舞美さんは信じたい様子で自分に言い聞かすように呟く。


「そうだよね……、うん、きっと飽きちゃう」


 けれど、やはり舞美さんは納得できなかったようで、遊びに来たのに相手もしてくれない先輩に、とうとう切れた。


「なんなん! あたしよりあんなボロ家のほうがいいっちゆうん? あんたはあたしの彼氏やんか。なんで、彼女が遊びに来とるのに、無視できるん!」


 私にも、舞美さんの言いたいことは理解できる。幽霊だろうが、何だろうが、あの空き家に価値があるとは思えなかった。寝食を忘れるような魅力があるとも思えない。


 先輩のパソコンのデスクトップには、数え切れないほどフォルダがあって、それが全部、空き家の内部の画像だった。


 廃墟写真家が撮るような情緒やロマンのあるものじゃなく、ただあちこち無造作に撮りまくっている。夜は懐中電灯の明かりとスマホのフラッシュだけで撮っているようで、ほとんどの画像がぶれまくっていた。


 昼間の画像は何枚も押し入れを撮ったもので、同じようなものがいくつもあった。それを、飽きもせずツイッターにツイートしているのだ。


 いいねやリツイートも最初のうちは、ひとつふたつ付いていたけれど、そのうち何の反応もなくなってしまった。唯一、舞美さんだけが先輩のツイートにいいねをしている。


 もはや、いいねが付こうがリツイートされようが、関係なくなっていた。先輩は機械的に画像をツイートする。そして、空き家へ出掛けて新たに画像を撮ってくる。


 少しずつ空き家に滞在する時間が長くなっていって、朝出かけると、夜中まで帰ってこなくなった。


 さすがにこれはおかしいと気付いた。けれど、もう手遅れだとも思った。


 完全に空き家に取り憑かれている。それともあの家族写真がきっかけなのだから、あの写真に取り憑かれたのだろうか。


 それは先輩が珍しく私に話しかけたときに確信した。


「なぁ、完璧な家族になるっちなんやと思う?」


 背筋に冷たい水を垂らされたみたいに、ゾワッと鳥肌が立った。


「え……、分からないっす。なんすか、それ」


 幼い頃、私の背中に向かって囁かれた言葉。暗闇から聞こえてきた言葉だ。知らない振りをするのが精一杯だった。


「分からんかぁ……」


 先輩は空ろな目つきで、残念そうに呟いた。


「おまえ、俺の家族にならんか」

「え? 嫌っすよ。なんゆうとるんですか」


 私は冷たく言い返した。


「そうかぁ……」


 その日、先輩は午後六時に空き家に出掛けて、結局朝になっても戻ってこなかった。

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