(4)

 ようやく先輩のアパートに帰ってきたのは、午前三時近くだった。なんだかんだとあの空き家に長居していたようだ。


 もう二度とあそこには行かない。誰が何と言おうと拒否すると心に決めた。


 先輩は帰ってきてから、ずっと写真を眺めている。あんな気味の悪い家族写真の何が良くて執着しているのか分からない。


 スマホを取り出して、先輩が写真をカメラで撮りだした。影が出来ないように角度を気にして、何枚も撮っている。


 それを舞美さんが横目で見ながら、自分のスマホを眺めている。


「なんしよーと?」


 スマホから目を離さず、舞美さんが先輩に尋ねた。


「あ? これ、ツイッターに上げようち思って」

「へぇー」


 舞美さんがスマホを置いて、先輩のスマホを覗き見た。


「誰も見らんのやないん?」

「バズるかもしれんやろ。よし、アップした。○○町の最凶心霊スポットで見つけた心霊写真、っと」

「心霊写真やないやん」


 先輩の嘘八百を、舞美さんがケラケラと笑って冷やかした。


「お」


 先輩が嬉しそうな声を上げた。


 舞美さんが、何々と言いながら、じっと覗き込んでいる。


「えらいいいねがついとーぞ」

「ほんとやん」


 二人がスマホを眺めながら、はしゃぎ始めた。


 横になった私は、住所まで晒したからにはますます興味本位の馬鹿なヤツが、あの空き家に押し寄せるだろうなと漠然と考えていた。




 朝起きると、先輩と舞美さんはまだ眠っていた。時計を見ると午前十時を過ぎている。


 先輩は手にスマホを持ったまま寝ている。結局、先輩は朝までツイッターに張り付いて、例の画像がバズるのを楽しんでいたようだ。


 私はシャワーを浴びてすっきりすると、先輩と舞美さんの朝ご飯を作り出した。パンを焼いて、インスタントコーヒーを作る簡単なものだが。


 床に座ってざくざくとトーストを食べていると、舞美さんが起きて、だらしない格好のまま、シャワーを浴びに行った。


 舞美さんがバスルームから出てくる頃には、先輩も起き出して、私が焼いたトーストを食べていた。


「なぁ、あの写真、どうなったか聞きたいか?」


 どうにも自慢したそうだったので、私は興味がある振りをして、先輩の言葉に頷いた。


「これ見てみ」


 スマホを顔の間近に突き出されて、私はのけぞった。


 画面のツイートをまじまじと見ると、すでにいいねが二万を超えていた。


「あと、これも見てみり」


 スマホの画面をスクロールして、リプライを見せてくれた。


 画像の色調を弄っているものや、何にもなさそうな箇所をアップにしているリプライが数え切れないくらいあった。そのほとんどに何かが写っていると書いてあった。


 写真をスマホのカメラで撮っているので、スマホの情報以外画像には残っていない。だから、粗いJPEG画像に見えもしないものを見てしまうのは仕方ないことだ。


 でも、色調補正してある画像には興味が湧いた。


 手前に写ったピンボケした何かの輪郭が少しはっきりして凹凸も見えた。


「足だ」


 私は思わず呟いていた。


 なぜ、手前にある空中に浮いた足の裏が見えるのだ。二の腕まで鳥肌が立ち、私は勝手にスマホを操作してツイッター上のツイートを削除してしまった。


 それを見ていた先輩が、私が勝手にツイートを削除してしまったことに気付いて、掴みかかってきた。


「なんじゃきさん、なん勝手に消しよるんか! ざけんな!」


 わめき散らしながら、私の胸ぐらを掴み、思い切り頬を拳で殴りだした。私は突然のことに驚いてスマホを投げ出し、顔を庇った。


「ちょ! なんしよん!」


 さすがの舞美さんも驚いたらしく、私と先輩の間に割って入り、先輩をなだめた。


「なんしよーと。あんたも、なん勝手に消しよーと」


 舞美さんも少なからず、バズった画像のことが気に入っていたらしく、私を非難の目で睨みつけた。


 気が済むまで私を殴った先輩がフローリングに投げ出されたスマホを拾い、文句を言いながら、結局もう一度画像をツイートしたのだった。


 私がいくらツイートを削除しても元画像を持っているのは先輩なので、無駄骨、殴られ損ということだ。


 殴られはしたが、ケンカが特に強いわけではない先輩の拳で、歯が折れるということはなかった。それでも鼻血が止まらず、しばらく仰向けに倒れていた。血が喉を通り気持ちが悪い。舞美さんは先輩と寄り添って、再ツイートされた画像を眺めている。


 リプライにわざわざツリーでツイートしたから、またバズると思っているのだろう。


 あんなものを何万人、何百万人の目にさらすのは倫理的にどうかと思う。すでに、それに気付いた人間がリプライで指摘していた。通報で削除されてしまうのも時間の問題じゃないだろうか。


 先輩は画像に気を取られて、元のインスタントフィルムの家族写真には興味無くしたようで、私はこっそりその写真をポケットに突っ込んだ。先輩の見ていないうちにどこかに捨てようと考えていた。


 わたしは、こっそり自分のスマホで先輩がアップしたツイートを見た。色調補正された画像をもう一度見る為だ。


 やっぱり足が見える。それとも足に見えるものが、偶然撮られたのだろうか。


 この足は一体誰なのだろう。家族の一人ということはないか。写真には母親らしき女性が写っている。素直に考えるなら、この家族写真には父親が欠けている。


 さらに、気のせいでなければ、この写真はあの空き家で撮られたもののような気がする。アングル的に座敷からダイニングにカメラを向けて撮ったように思う。その途中に足があると考えると、リビングの可能性が高い。


 他にもリプライには、幽霊が写っているというのもあった。背景の暗がりにいるらしい。その箇所に赤丸を付けているアカウントもいたが、点が三つあると人の顔に見えるあれと同じ気がした。


 しかし、とあるリプライは、コントラストだけでなく、もっと細かに画像を弄ったようで、背景の暗がりに凹凸があるのを示していた。色はあくまでも漆黒で、どんなに色調を弄っても黒から色が変わることがなかったらしい。それは普通に考えてありえないことで、不自然な影だそうだ。


 凹凸がある漆黒の影。それも天井に届くほど背が高い。しかし、周囲に人が立っている様子はない。


 画像自体が写真をカメラで撮ったものであるならば、媒体の情報がなく、これ以上は調べようがないと書かれていた。確かにこの画像は写真をカメラで撮ったいわば二次媒体だ。もしかすると、一次媒体ほどの情報すらないかもしれない。


 写真とカメラのレンズの間に他の情報が入り込めば、一次媒体の情報は歪められて、私にも誰にも写真が持つ情報は伝わらない。


 今でこそそんなふうに考えられるが、当時の私にそんなことは分からない。


 ただ、元凶の写真を捨ててしまえば、自分が感じている恐怖は収まるだろうと信じていた。

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