(2) (改)

 今日は引っ越しの日。慌ただしく引っ越し業者の人がダンボールや、緩衝材で包んだ家具を、新しい家に運び入れていく。


 立派な家具もすんなり持ち運べるくらい大きな屋根付きの門と玄関の引き戸。全部全開にして、働き蟻のように引っ越し業者の人達が荷物を持って行ったり来たりしている様子を、ぼくは外から眺めていた。


 お父さんは仕事でいない。引っ越し業者の人に指示を出しているのは、お母さんだ。朝からウキウキしているのか、お母さんは張り切っている。


 お姉ちゃんは家の中を歩き回って、新しい家を隅々まで見て回っている。時々、窓から顔を出しているのが見えた。


 一年前、ここは更地だった。でも今は僕たちの新しい家が建っている。何もないところにこんな大きな家が建てられて、不思議な気分だ。建つあいだの過程を時々見て知っていても、感動が湧き上がってくる。


 この家から始まる新しい生活に、みんなが期待に胸を膨らませているのが分かる。


 玄関を入って右手に行くとお姉ちゃんの部屋。その隣がぼくの部屋。廊下をまっすぐ行って突き当たりがお母さんとお父さんの部屋。結構たくさん部屋がある。


 外観は平屋の日本家屋で、家の中は洋風に作ってある。座敷はLDKにある仏間だけだ。


 その仏間には、お父さんは拝まないけど、仏壇が置いてある。


 リビングには、大きなスクリーンを壁に設置してある。スクリーンの真ん前に大きな革張りのソファが置いてあって、お父さんの好きな野球やサッカーなんかのスポーツの観戦が出来る。


 キッチンは仕切りがなくて、リビングとダイニングがよく見える。ダイニングには、新しく買ったダイニングテーブルがあって、今はまだ緩衝材に包まれている。


 昼前にはあらかた荷物は運び入れられて、荷ほどきまで業者の女の人がしてくれる。小物を包むのも、ほどいて仕舞うのも全部やってくれる。


 昼過ぎくらいに、ようやく引っ越しが完了した。


 ゴミやダンボールを業者の人達が持って帰ってくれたので、まるでずっとここに住んでいるみたいに僕たちはリラックス出来た。


千咲ちさき、篤、お茶にしようね」


 ダイニングに座った僕たちに、お母さんが紅茶を入れてくれた。荷ほどきを女の人に任せているあいだに、真っ先に荷ほどきしたキッチンのポットでお湯を沸かして、買ってきたお菓子を入れおいた菓子盆をテーブルの上に置いた。


 おなかが空いていたから、僕たちは菓子盆のお菓子を手に取って、とりとめのないおしゃべりをした。


 気がつくと四時を過ぎていて、お母さんは慌てて、買い物に出掛けてしまった。車庫から車が出ていく音がする。駅前のスーパーまで徒歩十分で着くけど、大きな冷蔵庫いっぱいに食材を買うつもりなのかもしれない。


「今日はご馳走だね」


 お姉ちゃんがチョコレートを頬張りながら、ぼくに言った。


「お母さん、何を作るのかなぁ。唐揚げだといいな」

「唐揚げも作るし、お父さんの好きなものも作るんじゃないかな」


 ぼくもクッキーを頬張った。入れ立ての熱い紅茶に息を吹きかけながら冷ましてすする。


「春休みの間にこの辺りを探索しなくちゃ」


 お姉ちゃんが待ち遠しそうに言った。


 中学校は今までの学区から二駅ほど離れてしまったから、全く見知らぬ子達が通う中学に入学する予定だ。


 ぼくは今年中学校に入学するからまだましだけど、お姉ちゃんは中学校の友達と別れて知らない中学校に編入するから大変だ。しかも、高校受験をするから、勉強に力を入れてる中学校なのか分からなくて、ちょっと不安かもしれない。


 春休み中は、お姉ちゃんの言うとおり、この辺りに詳しくなっておきたい。駅前に行って、ゲームセンターがあるか、見てみたいし。 


 今まで暮らしていた地域の駅前には、大きな商店街があって、本屋やゲームセンターなんかがあったから、ここの駅にもあるといいな。


「ちょっと、散歩しようか」


 お姉ちゃんの提案に、ぼくはすぐに賛成した。




 家の前の丁字路を、右に進むとだんだん家が少なくなっていった。こんもりとした森と竹藪が続いていて、田舎みたいな印象だ。


 丁字路に戻って左に進むと、公園があった。児童公園みたいで、滑り台とブランコと砂場があった。公園内にはベンチもあるから、ベンチに座ってぼんやりするのもいいかもしれない。


 駅は家の前のまっすぐな道を十分ほど行くとある。


 正直、駅前の様子にガッカリしてしまった。お父さんの選んだ地域はすごく田舎だった。


「さすがにあのくらいの敷地の家が、今まで住んでた町にあるとは思えない。お父さんも分かっててこの町を選んだんだし、少し田舎でも仕方ないんじゃない?」


 お姉ちゃんは訳知り顔でぼくに説明してくれた。


「ゲームセンターがないなんて、酷いよ」


 ぼくは楽しみが減ったことにガッカリして、情けない声が口から漏れた。


「その分、勉強が出来るじゃない?」

「勉強かぁ……」

「あんたには勉強をしてもらって、同じ高校に受かってほしいしね」

「お姉ちゃんみたいに頭良くないからわかんないよ」

「あんたは可愛い顔してるから、得してると思うよ」


 そういうお姉ちゃんもすごく可愛いのに、すぐ、ぼくのほうが可愛いって言う。あんまり嬉しくない。


 ぼくはもう少し背が高くなって、強くなりたい。お姉ちゃんを護れるくらい、体も丈夫になりたいんだけどな……。


「あんたはあんたのままでいいよ」


 ぼくの気持ちが顔に出てたのか、お姉ちゃんに頭を軽くポンポンと撫でられた。


 お姉ちゃんはぼくをいつも小学生みたいに扱う。もう中学生になるんだから、あんまり子供扱いされたくない。


「それに、前より怖い怖いって言わなくなったじゃない」


 確かに、一年前まで怖かったものが少し平気になっている。それでも、お姉ちゃんがいっしょにいるからましなだけだ。


 今でも怖いものはたくさんある。そのせいで小学校に通うのがままならなくて休みがちだったし、もしかするとこれからの中学校生活も同じような感じかもしれない。


 お姉ちゃんはいつも「お姉ちゃんが付いてるから安心してたらいいよ」って言ってくれる。そうしたらぼくも安心してくるんだ。

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