第五章 鷹村 翔太

(1) (改)

 このままにしておくと、きっと隼也と母はあの空き家に入ってしまう。ろくなことにならないという言葉が楽観的と思えるくらいに、それだけでは済まない予感がする。下手をしてもしなくても、関わるだけで致命傷を負いそうだ。


 門を閉じるか、鍵をかけるか、取り壊すかしないと、先輩や舞美さんのように、多くの好奇心旺盛な若者が空き家に取り込まれてしまう。生きて帰られた私は、特殊で幸運だったのだ。


 母も隼也も寝静まった夜に、ノートパソコンで土地の持ち主を調べる方法を検索した。


 どうやら、法務局に出向き、そこで「登記事項要約書」というものを発行して貰えばいいらしい。


 翌日、私は空き家の住所を調べて、その足で法務局に行くことにした。とんぼ返りすれば往復二時間でいけそうだ。


 JRと地下鉄を乗り継いで、福岡市の法務局に赴いた。区役所とは違った雰囲気で、空気がピリピリしている。出入りしている人の表情がどこか固いせいかも知れない。


 窓口で書類を受け取って必要事項に記入した。何故必要なのかとか、無関係な人間に発行できないとか言われるのではないかと、落ち着かなかった。


 しかし、思っていたよりも事務的に書類は発行してもらえた。こうやって不動産関係者は、土地の所有者を調べるのだなと妙に納得した。


 法務局を出て、急いで家路につく。JRに乗り換えたところで、改めて書類の内容を確かめた。


 要約書には、当該不動産の住所や床面積等、所有者の名前と住所が記載されている。


 土地の所有者は、宍戸勇二となっていた。


 所有したまま何年も放置しているところを見ると、あの家がどんな家なのか、何か知っているのではないか。


 駅を出て、時計を確認すると、すでに三時を過ぎていた。急いで三善さんに電話して、今駅に着いたことを知らせた。


「分かりました! お気を付けて」


 三善さんにはいつも甘えさせて貰っている。若い女性に頼り切りになってしまう自分がなんだか情けないが、頼れる人間がいない。


 学生生活で、少しは地元の友人を作っていれば良かったなどと真剣に考えながら、足早に家に向かった。


 丁字路に差し掛かったとき、ゾワゾワと足下から虫が這い上がってくるような恐怖心が芽生える。なるべく空き家を見ないように左に曲がった。


 ようやく家に着き、玄関のドアを開けて中に入った。


「ただいま」


 三善さんに聞こえるように、やや声を張った。ダイニングのドアが開いて、三善さんが顔を出した。


「おかえりなさい、鷹村さん」


 なんだか三善さんが家族の一員のように感じて、少し気持ちが明るくなった。


 母と隼也の三人だけで生活していると、だんだんと息が詰まってくる。沙也加がいたら、少しは違っただろうな、と寂しく感じれば感じるほど、三善さんの存在の大きさに驚いてしまう。


 彼女の明るい声を聞くと、本当に心がほっとするのだ。母を安心して任せられると思える。


 隼也もおとなしく待っていたようで、騒ぎ声は聞こえない。三善さんを母親のように思っているのだろうか。言うことを素直に聞いているようだ。


 帰り支度をした三善さんが、玄関に出てきた。


「すみません、また時間が過ぎちゃって……」


 私が頭を下げると、三善さんは笑顔で、「気にしないでください」と言った。


「今日は遠出されたんでしょう? 法務局ってここからだと一時間ちょいの距離じゃないですか。それを考えるとかなり早かったと思いますよ。少しでも鷹村さんの手助けになってたら嬉しいですよ。それに、わたし、プロですから!」


 私は苦笑い、反面、彼女が介護士で、家族でも親友でもないと思い知らされた。


 彼女が帰って、母がテレビを見ている隣で、鞄の中に仕舞っていた要約書を取り出した。


 それに所有者の住所が記載してあるので、電話番号案内に問い合わせてみると、運よく登録してあった。


 いきなり電話をされたら、警戒されるだろうと思ったが、これしか方法がない。空き家に勝手に入ったり、立て札や張り紙をすればそちらのほうが罪に問われる。


 教えられた固定電話に電話してみる。何度目かの呼び出し音の後、男が電話に出た。


「もしもし」


 しわがれた年配の男の声だ。


「私、鷹村と申します。宍戸勇二さんはいらっしゃいますか?」


 決して怪しいものではないと匂わせつつ、まずは名乗った。いきなりクレームを付けたら、電話を切られてしまう。


「勧誘? そういうのは要らないよ」


 案の定、いきなり切られそうな雰囲気になって、慌ててもう一度詳しく名乗った。


「あ、違います。私は、○○町に住む、鷹村です。私は、以前、あの空き家で死体を発見した子供です。覚えていらっしゃいますか?」


 いっとき黙りこくられて、切られるかなと一瞬思ったとき、「あぁ」と何か思い出したように宍戸が声を上げた。


「あのときの。しかし、なんで、今頃になって電話を?」


 思い出してくれて、私は安心した。少なくともいきなり切られることはなさそうだ。


「大学を出た後、東京の会社に勤めていたんですが、認知症の母の看病の為に、最近こちらに帰ってきたんです」

「へぇ、親孝行だ。でも、それが私とどんな関係が?」

「すみません、宍戸さんが所有されてるあの空き家ですが、うちの母が何度も入りそうになって、とても危ないと心配していまして……」

「大変だね。あそこは崩れそうだから、危ないのは、確かにそうだな」


 どこか、他人事のように話す。このままでは平行線なので、私は思いきって、空き家をどうにか出来ないかと切り出してみた。


「あの空き家、鍵も開いてるようですし、虎ロープもバリケードにはなってないみたいですし……。なんとか、人が入られないようにするか、近々取り壊すとかないんでしょうか?」

「えぇ? 取り壊す? ああ、それは予定してるよ。ただ、今すぐじゃないけど。でもねぇ、入られないようにするというか、鍵つけてもすぐ壊されるから意味がないんだよ。窓から入る奴らもいるしね」


 取り壊しの予定があると聞いて、一旦は胸をなで下ろした。


 しかし、第三者が空き家に侵入するのを阻止することに関しては、責任を放棄しているとしか思えなかった。


 それで、もう少し宍戸と親密になろうと考えて、私はあの家のこと、自殺遺体のことを聞いてみた。


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