(6)
笑いながら話している三人が、私のほうを振り向き、手招きする。
私は呆けたように見つめていた。
脳裏を走馬灯が巡る。トラックと軽自動車の巻き込み事故。道を歩いていた沙也加と隼也に、車が突っ込んできた。沙也加は即死、隼也は病院に運ばれたが、助からなかった。隼也の最期に立ち会った。どうしても隼也まで死んだと思いたくなかった。
沙也加の遺品は、沙也加の親族が根こそぎ持って行ってしまった。手元に残されたのは隼也の遺品だった。
間を置かず、母のことでケアマネージャーから連絡が来て、気持ちの整理も付かないまま、福岡へ帰ることになった。
結局、隼也の荷物を整理できないまま、母の家に持って来てしまった。
沙也加の位牌と隼也の位牌、私達三人が写った家族写真を直視できず、仏壇に写真立てを伏せて置いた。
いつから、私は隼也が生きていると思い始めたんだろう。気がついたときには、隼也がいた。側にいることに不思議と疑問を抱かなかった。
隼也が描いたと思っていた絵は、私が描いた。三善さんはそれを見ていたから、私に酷く同情してくれたんだろう。
母を空き家に連れていっていたのも私だ。隼也がしたと思っていたことは、全て私自身の仕業だった。
よく思い出せば、おかしな事はたくさんあったはずだ。三善さんや伊藤さんには、隼也が見えていなかったじゃないか。
けれど、私を手招く沙也加達は確かに目の前に存在している。
私はふらふらと、沙也加達の側へ歩いていった。ダイニングテーブルの前に立つ。気がつけば、沙也加達の後ろに、先輩や舞美さん、他にもたくさんの人が立っていた。
ニコニコと微笑む、彼らの顔にはモザイクがかかっていた。
ハッとして、沙也加達を見つめ直す。モザイクがかかって、顔が分からない。でも、微笑んでいるのだけは分かる。
思い出してみれば、隼也の顔は最初から見えていただろうか。記憶の中の隼也の顔にはモザイクがかかっていた。なんの疑問も抱かずに、私は顔も見えない子供を隼也だと思い込んでいた。
「翔太」
名前を呼ばれて我に返る。
いつの間にか、沙也加や隼也は消え、知らない——いや、よく知っている家族が目の前にいた。
あの家族写真に写っていた
背中に穴が開いて血が垂れている母親は、テーブルに突っ伏している。
喉笛を横一文字に切られた血まみれの少女が、私のことを「翔太」と呼びかけてくる。
その隣には、首が二倍以上に伸びた青年が座っている。「翔太」という声はひしゃげて低い。
椅子に座った二人は、黒いクレヨンで塗りつぶしたように真っ黒で、白い眼球が私を見ている。
いつの間にか、部屋には夜の
最初からこの部屋が暗かったことを忘れていた。
背後で、ぎぃきぃぎぃきぃと軋む音がして振り向くと、姉弟の父親が首を吊って揺れている。
正面には、首から血が溢れる少女が、「私達、ずっといっしょだからね」と口から血の泡を吐きながらゴボゴボと音を立てた。
首が伸びた青年が、「おかえり、翔太」とひしゃげた声を漏らした。
そうか、私はここに来なければいけなかったんだ。
私は、口元を緩ませて、「ただいま、お父さん、お母さん。これで完璧な家族だね」と笑った。
みんなが幸せに微笑んでいる。真っ黒な底の見えない穴のような口を大きく開けて、笑っている。
虎ロープで首を吊った認知症の老婆を、私は床に降ろした。床に横たわる小さな老婆は、眠るように目を閉じている。
私は老婆の首に掛かっていた虎ロープを外して、転がった椅子を立てると、天井から下がる照明に再びくくりつけた。
椅子の上に立ち、輪の中に首を通して、幸せな気持ちのまま、椅子を蹴った。
静まり返った暗いリビングに、ぎぃぎぃぎぃと軋む音を立てて、揺れている黒い人影がある。人影から漏れた体液が、ぴちゃぴちゃと床に滴っている。
真下の影が
しばらく、ぺちゃくちゃと人がざわめくような音を立てていたが、崩れる砂山のように、ザァと床に散っていった。
同時に床に落ちていたスマホの画面が明るくなって、ぼんやりと頼りない光で辺りを照らし出す。囁くような小さい音が、しばらくスピーカーから漏れてくる。画面には、幸せそうな家族の画像が映っていた。
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