完璧な家族 ---首縊りの家---

藍上央理

完璧な家族 ---首縊りの家---

プロローグ 鷹村 翔太

(1)

 その空き家は、丁字路の突き当たりに門を構える、平屋の一軒家だった。


 屋根付きの門には蔦の代わりに虎ロープが張り巡らされている。壊れた扉は半開きで、ロープの効果はなさそうだ。


 長い間、風雨に晒されて、黒く腐った柱は緑色に染まり苔むしている。


 空き家を囲む高いブロック塀から、鬱蒼とした枝葉がはみ出して、蔓性植物が巻き付き、いよいよ野放図に生い茂っている。


 荒れた印象の木々は暗く沈んで見え、まるで、だらりと手を垂らした緑色の怪物だった。


 ブロック塀から剥がれかけた、雨ににじむ売り家の張り紙は、門と同様にどことなく異質で、現実離れしている。


 空き家の周辺には、白い箱のような形の建売住宅が建ち並び、この一角だけが時代に取り残されたように見えた。


 当時、十歳だった私は虎ロープの前に立ち尽くし、自分を取り囲む少年達を直視できずに俯いていた。


 日差しが作る、足下の影だまりを無言で見つめ、どうすべきか逡巡する。


「早よ行きぃ」


 少年の一人が乱暴な方言で私を責付く。


 私は決心が付かず、何度も同い年の少年達と古びた門を交互に見ていた。




 じりじりとした夏の日差しと、道を取り囲むように響く蝉の声が、雨のように肌を打つ。


 額からじっとりと汗が垂れて、それを腕で拭う。黄色いタンクトップに汗がにじんで、肌にへばりついている。


 退屈な夏休みの暇つぶしに、馴染みのない町を一人でぶらぶらと探索するのは、思っていた以上に面白いものだった。


 この頃、私は父の仕事の関係で福岡にあるこの町に引っ越してきたばかりだった。


 元々、父母は福岡の出身だが、赤ん坊の時から関東で育った私にとって、福岡は未知の土地だった。


 言葉も、町の空気の匂いすら違う、福岡にある小さな町。スーパーやコンビニも駅前にあるきりで、三階建て以上の家屋やビルは珍しく、新興住宅が駅を囲むように広がっている。


 やたら点在する公園や空き地、町中に突如現れる畑や田んぼ。それらが全て、私には目新しい。


 古い建て屋の立ち並ぶ、ひと一人通れれば良いほど狭い路地には鉢植えが並び、鉢にはひょろひょろと頼りない花が植えてある。


 くねくねと続く路地裏を抜けて狭い通りに出る。


 車が一台通れるかどうかも怪しい道に乗用車が駐車しているのを見て、どうやってここまで入ってきたか不思議に思った。


 駅前にあるコンビニへアイスを買いに家を出て、その帰り道だった。


 面白がってあちこちの角を曲がるうちに、元来た道を見失っていた。それでも楽しいと思えたのは最初のうちで、アイスを食べ終わる頃には不安に変わっていた。


 とぼとぼと歩く道の先に、子供の集団がいた。公園の入り口にたむろしている少年達は手にサッカーボールを持っている。


 見覚えのある顔ぶれに、すぐにクラスメイトだと気付いた。思わず、足を止めて身構えてしまう。


 一学期の途中で転校してきた私は、すでに出来上がったクラスメイトのグループに混ざれず馴染めないままだった。


 だから、彼らの笑顔に悪意を感じたし、乱暴に聞こえる方言に怯えてもいたのだ。


「おまえ、鷹村っち、言ったっけ?」


 そう言いながら、体格の良い少年が寄ってきて、目を合わせないように縮こまる私の前に立ち、訊ねてきた。


「う、うん」


 私は小柄な子供だったので、ケンカにでもなったらすぐにねじ伏せられてしまうだろう。そんな恐れを抱いてしまうくらい、彼らを傍若無人な人間だと思い込んでいた。


「なんしよん?」


 他の少年も寄ってきて、私を囲んだ。


 何を聞かれているのか、聞き慣れない方言では分からず、私は押し黙るしかなかった。


「どこ行きよん?」


 外国語のような方言を必死で聞き取ろうと耳だけは大きく澄ませていた。


「家に帰ってるとこ……」


 少年達が目配せしている。次に何が起こるか分からず、私は目を伏せた。私など放って、早く公園にサッカーをしに行けばいいのにと、必死で願った。


「ちょ、来ちゃりぃ」

「おまえ、ここら辺初めて?」


 何やら親しげに彼らが私の手を握って、引っ張り出した。


「うん」

「やったら、あそこ行かな」

「やね。あそこ行っとかないかんやろ」


 口々に言う、「あそこ」がなんなのか、さっぱり分からず、しばらく彼らに引っ張り回されて新興住宅地を歩き回った。


 新興住宅地から外れ、古い家並みの区域に入っていく。昭和然とした家々と高いブロック塀に囲まれた道を進んでいく。


 道の先、丁字路の突き当たりに立派な門が見えてきた。


「あそこっちゃ」


 少年の一人が指を差す。


 私は顔を上げて、その古い門を見た。古い門に張り巡らせた虎ロープに不安を感じる。


「ここ、誰も住んどらんっちゃ」

「空き家っちゃん」

「ここ入って、中にあるもん持ってこれたら、一緒にサッカーしよ」


 彼らが何を言っているか、さすがに分かった。ニヤニヤ笑っている少年達の顔つきに、やはり悪意を感じた。

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